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2007年8月11日 (土)

芙蓉鎮

1987年 中国 1988年岩波ホールにて公開 165分
評価:★★★★★
監督:シェ・チン
原作:クー・ホア(古華)
脚色:アー・チョン
撮影:ルー・チュンフー
音楽:コー・イェン
美術:チン・チーフェン
出演:リュウ・シャオチン、チアン・ウェン、チョン・ツァイシー、シュー・ソンツー
   チュー・シーピン、チャン・クァンベイ、リュウ・リーニェン、シュー・ニン

はじめに
  中国映画100周年の2005年に中国映画ベスト100が選ばれた。その中にシェ・チン監督作品が8本含まれ、「芙蓉鎮」は観客の好きな映画ベスト1に選ばれたそうである。僕が「芙蓉鎮」を最初に岩波ホールで観たのは88年7月24日。今回DVDで19年ぶりに観Ataiwan076 直した。20年近く前に観た映画であるにもかかわらず、記憶に残っているシーンが驚くほどほど多かった。それほど鮮烈な衝撃を受けた作品だったということである。中国映画はこれまでに7、80本は観たと思うが、ずっと「芙蓉鎮」が中国映画の最高傑作だと思っていた。今回見直してそれは確信に変わった。文化大革命を正面から描いたおそらく最初の作品である。当時日本ではまだ文革について詳しいことはほとんど知られていなかった。だからこの映画が暴きだしたそのすさまじい実態には心底から驚愕し、体が震えるほどの憤りを覚えた。「芙蓉鎮」は僕にとってユルマズ・ギュネイ監督の「路」と並んで、これまでで最も強烈な衝撃を受けた映画である。

  「芙蓉鎮」が描きだした文革の恐るべき実態はそれまでテレビや新聞報道などから想像していたイメージをはるかに超えていた。「芙蓉鎮」はどんな優れた歴史書よりも文革の実態をつぶさに、手にとるように教えてくれた。歴史とは記号ではない。ある意味で人間のドラマの集積である。よく、広島の原爆で何人が死傷した、イラク戦争で米兵の死者が何人出たと報道される。しかし数字はその実態を正確に反映しない。20人死のうが、1000人死のうが、一人ひとりの死の重みに変わりはない。歴史書から人間の苦悩や悲しみを読み取ることは困難だ。優れたドラマやドキュメンタリーこそがそれを語れるのである。歴史書から漏れ落ちた人間たちの苦悩する姿、すなわち、もがき苦しむうめき声、歓声と怒号、ため息や悲鳴、ささやかな喜びと底知れない不安、嫉妬や羨望、保身と野心、人を思いやる心と人を踏みにじる行為、弾劾や糾弾、打ち砕かれた誇りとくじけない意志、希望と絶望、そして何よりも地を這ってでも生きようとする意志。「芙蓉鎮」にはこれらのものがあふれかえっている。

  「ユナイテッド93」をレビューした時、「現場の混乱や緊張感に焦点を絞ればサスペンスや臨場感は盛り上がるが、その分広い社会的視野がスクリーンの外に追いやられる」と書いた。これは一般的には当てはまると思う。しかし数は少ないが例外もある。「芙蓉鎮」は巨大国家の中の小さな町とわずかな登場人物を描きながらも、中国全土で荒れ狂った政治の嵐、怒涛のごとく個人を否応なく巻き込み、翻弄し、押し流していった中国の現代史を同時に描き得た稀有な作品なのである。

 「芙蓉鎮」の後、文革時代を描いた映画をいくつも観てきた。「青い凧」(1993)、「さらば、わが愛 覇王別姫」(1993)、「活きる」(1994)、「シュウシュウの季節」(1998)、「小さな中国のお針子」(2002)等々。いずれもすぐれた作品である(特に最初の3本は中国映画マイ・ベストテンに入る傑作だ)。これらを観た後でも、新たに観直した「芙蓉鎮」は少しも色あせていなかった。ドラマが優れているのである。まるで『ヨブ記』のように、いわれもなく次々と苦難や不幸が襲いかかる。その理不尽さ、その残酷さ。しかし、ヒロインのユーインはヨブのように自分は「何故こんな苦しみを受けなければいけないのか」と神に問うたりはしない。むしろ「こんな理不尽なことが許されていいのか」という問いが繰り返し観客に投げかけられている。苦悩と悲しみと恥辱に満ちてはいるが、最後まで生き抜くヒロインとその夫にはそれに耐え抜くたくましさがあった。「芙蓉鎮」は極太の筆で描いた書のような雄渾なタッチの映画である。

石臼は回る
 1963年。映画は文革が始まる少し前から始まる。舞台は中国湖南省の小さな町、芙蓉鎮。市が立つ日、フー・ユーイン/胡玉音(リュウ・シャオチン)が夫のリー・クイクイ/黎桂桂(リュウ・リーニェン)と営む米豆腐の露店は大繁盛している。米豆腐自体もうまいらしいのだが、ユーインが美人であることも店が繁盛している大きな理由である。露店にはユーインたちにくず米を融通してやっている米配給主任のクー・イェンシャン/谷燕山(チョン・ツァイシー)やユーインの兄貴分としてふるまっているリー・マンコン/黎満庚(チャン・クァンベイ)も頻繁にやってくる。店の片隅ではチン・シューティエン/秦書田(チアン・ウェン)が隠れるようにして米豆腐を食べている。最初はなぜそんなに遠慮がちにしているのか理由が分からないが、次第に彼は反動右派のレッテルを張られ、“ウスノロ”と呼ばれて馬鹿にされていることが分かってくる。当時「地主、富農、反革命、悪質分子、右派分子」は「五悪分子」と呼ばれ思想改造を強要されていた。映画の中でも「五悪分子」が広場に集められて、リー・マンコンから「今後とも行動をつつしむように」と訓示されているシーンが最初のあたりに出てくる。

 ユーインの店の向かいには国営食堂があったが、こちらにはさっぱり客が寄り付かない。女店主リー・クオシャン/李国香(シュー・ソンツー)はユーインの店が気に入らない。党幹部であるリー・クオシャンは県の書記をしている叔父という後ろ盾があり、新しく芙蓉鎮に派遣されてきたばかりである。美人であるユーインの店ばかりが繁盛していることに腹を立てたリーはユーインに難癖を付ける。無許可だから営業差し止めにすると言うリーに、同じ党幹部のクー・イェンシャン(谷燕山)が割って入りその場は何とか収まった。ユーインの店はその後も繁盛を続け、ユーインと夫はついに党幹部ワン・チウシャー/王秋赦(チュー・シーピン)から土地を買い、自分たちで家を建てる。土台の石や建材を夫婦二人で何度も運んでゆくシーンが挿入される。その間も毎日夫婦でくず米を石臼で挽く。

 ユーインと夫のリー・クイクイが建てた家は立派なものだった。その家だけが周囲のみすHaneranbu ぼらしい家並から浮き上がって見える。新築の真新しい家はまばゆいばかりに輝いていた。映画の冒頭部分で目を引くのは、町を行き交う人々のぼろぼろで乞食のような服装とあばら家のようなみすぼらしい木造の家々である。土地を融通した党幹部ワン・チウシャー(王秋赦)に至ってはまるでルンペンのような格好である。彼の家は湖(?)の上に張り出すように建てられた掘立小屋だ(映画の最後に崩れ去る)。信じられないほどの貧しさ、そしてそこから這い上がろうとするかのように来る日も来る日も石臼を挽く夫婦。映画の導入部分でこの2点が繰り返し強調されている。おそらくこの貧しさこそ中国革命の原点だったに違いない。老革命家クー・イェンシャン(谷燕山)が若いころ身をささげた革命戦争と新しい中国を歌った歌を思い出す場面にその初心が描かれている。日本を含めた列強に食いつくされ、しゃぶりつくされてきた国。ユーインと夫が努力を重ね、より人間らしい生活を求めるのは当然の欲求だった。しかし、悲しいことに時代がそれを許さなかった。

苦難の時代、踏みつけにされた弱き者たち
 ユーインと夫の幸せな生活は長くは続かなかった。しばらく町を離れていたリー・クオシャン(李国香)が芙蓉鎮に帰ってきた、政治工作班のリー班長として。彼女はさっそくユーインの店に乗り込みいろいろと探った後、町民を集めて集会を開く。彼女はまず“ウスノロ”チン・シューティエンをやり玉に挙げる。反動右派の彼が町の標語を書いているのはどういうことかと。彼に標語を書くよう命じたリー・マンコン(黎満庚)が居心地悪そうな顔をしている。次にリー・クオシャンはユーインを糾弾する。ある露天商が不当なほど大きな利益を上げて家を新築していると。彼女に米を優先的に融通しているとして、名前こそ出さないがクー・イェンシャン(谷燕山)も暗に批判される。首をすくめている小心者のリー・マンコンと違い、剛胆なクー・イェンシャンは演説の途中トイレに立ってしまう。

 こうしてユーインの生活に暗雲がたれ込め始めた。集会の日の夜、ユーインの夫リー・クイクイは不安になり、家を手放した方がいいのではないかと妻に話す。ユーインは納得しない。「バカね、そんな、弱音を吐くなんて!ひき臼の柄がすり減るほど、鍋底に穴があくほど働いたのよ。私たち、人をだました?なぜ家を売ろうと言うのよ?」自分たちは人一倍必死で働いて、その正当な報酬としてお金を得た。そのどこがいけないと言うのか。まともな主張だが、不幸なことにこの国では価値観が逆転していた。金を稼ぐことはすなわち「五悪分子」の富農になることである。リー班長の言い草がすごい。「新しいブルジョワ分子フー・ユーイン」。働いて富を得たユーイン夫婦の行為は「分派活動」とみなされた。滅茶苦茶な話だが、こんなことがまかり通ってしまう時代だったのである。

 ユーインもさすがにそういう不穏な空気を察知していた。彼女は貯めてあった1500元を兄のように慕っているリー・マンコンにこっそり預けた。しかし彼の妻に気づかれ、リー・マンコンは何で災いを家に持ち込むのかと妻に詰め寄られる。一人の不幸が他人にも伝播してゆく。リー・マンコンが思わず漏らした言葉が何とも痛切だ。「なんてことだ。弱いものは、ただ踏みつけられて、惨めに生きるしかないのか。」実は、リー・マンコンはかつてユーインと恋仲だったのである。しかし、彼女を選ぶのか党を選ぶのかという選択を迫られ、彼は党を選んだのだ。今また彼は家族を選ぶのかユーインを選ぶのかという不幸な選択を迫られていた。彼は再びユーインを裏切り、預かった金を党に差し出してしまう。彼の党内での株は上がったが、彼の苦悩は深まる。助かった彼も心に傷を負ったのだ。否応なく人々にこのような苦悩を負わせる政治体制。どこにも逃げるすべなど無い。その恐ろしさがこのようなエピソードを通じて観客の胸に食い込んでくる。

 ユーインは夫に言われ一時親類を頼って芙蓉鎮を離れていた。しかしそこも長居しづらくなったユーインが芙蓉鎮に戻ってきてみると、自分の家は町の「階級教育展示場」になっていた。驚いてリー・マンコンの妻に事情を聴きに行く。ユーインの夫はリー班長の命を狙って失敗し、一ヶ月後に死んでいた。クー・イェンシャン(谷燕山)は逮捕され、リー・マンコンは自己批判のため労働改造所送りになっていた。悲嘆のあまり夫の墓で倒れ伏して泣いていたユーインは“ウスノロ”チン・シューティエンからさらに打撃的なことを知らされる。彼女は「新富農」と認定されたというのである。「米豆腐売りが富農?」驚くユーイン。彼女はついにチン・シューティエンと同じ立場にまで「堕ちて」しまった。

恐怖の時代から狂気の時代へ
 時は移り1966年。ユーインとチン・シューティエンは毎日並んで道路の清掃をしていた。それが彼ら「新富農」と「反動右派」に与えられた思想改造のための労働である。ほうきで道のゴミを掃く二人の姿がこの後何度も映し出される。ひどいものだ。彼らは見世物にされているのである。暴力こそ振るわれないが、人間としての尊厳を奪い屈辱を味わわせる非人間的な仕打ち。革命の初志はとうに失われ、もはや恐怖政治になり果てていた。偏狭なイデオロギーが幅を利かせ、国民は始終おどおどして暮らさなければならない。自分たちもいつユーインや“ウスノロ”のようになるか分からないのだから。

  墓場でユーインがチン・シューティエンと出会う上記のシーンが象徴的だ。声をかけられたユーインが尋ねる。「誰?幽霊?」チン・シューティエンはこう答えた。「どうかな、幽霊のArtsyokujo300w ようで、人間のようで。」人間としての尊厳をはく奪されたチン・シューティエンはまさに「幽霊」のような存在だったのかもしれない。誰からも注意を払われず、そこにいることすら無視される存在。見逃してはならないことは、ユーインすら彼を疎んじていることである。名乗り出たチン・シューティエンにユーインが投げつけた言葉は「近づかないで、この右派の五悪分子」というむごい言葉だった。別れ際にはさらにこう付け加えている。「チン・シューティエンあなたのせいよ。あたしの婚礼で、あなたが祝い歌などを披露したのがつまずきの始まりよ。」長い間に刷り込まれたイデオロギーは、意識するとしないとにかかわらず、もはや骨がらみになっていた。リー・クオシャン(李国香)やワン・チウシャー(王秋赦)などの党幹部ばかりではない、一般の国民もまた偏狭なイデオロギーから無縁ではなかったのである。

 硬直したイデオロギーは人々から考える力を奪ってしまう。ユーインが結婚式での歌にこだわるのは、かつて文化会館の館長だったチン・シューティエンがブルジョワ的な歌を広めたために「反動右派」のレッテルを張られたからである(墓場から去ってゆくチン・シューティエンが歌う歌が切ないほど美しい)。その批判が正当であるかどうかなどユーインは考えもしない。彼女の頭にあるのは、自分はその巻き添えを食ったということだけである。ちょうどユーインから1500元を預かったリー・マンコンに、何で自ら家に災いを持ち込むのかと詰め寄った彼の妻と同じだ。恐怖が社会を支配している時、人々は自分たちの保身にばかり気をとられるようになってゆく。

 「芙蓉鎮」はユーインとチン・シューティエンを始めわずか数人にしか焦点を当てていないが、同時に社会の劇的な変動をつぶさに描いている。ユーインとチン・シューティエンがなめた辛酸は決して彼らだけの特殊なケースではない。いつ誰が同じような目に逢うか分からない。そういう社会全般に広がった不安と恐怖を描いている。それでいてユーインとチン・シューティエンの地獄のような苦難とその地獄を生き抜いたたくましさをも冷徹なリアリズムで描きぬいたのだ。

 個人と社会に深く複雑な奥行きを絡めて描く演出法はリー・クオシャン(李国香)の描き方にも表れている。一見ユーインのいわれのない苦悩の原因はリー・クオシャンの個人的嫉妬や彼女の個人的性格にあるように見える。確かに直接ユーインを地獄に突き落したのはリー・クオシャンである。しかしリー・クオシャン自身が一度偽左派として糾弾され、地位から転げ落ちている。野心に満ちたルンペン党幹部ワン・チウシャー(王秋赦)がリー・クオシャンを追い落とし、支部書記に納まっていた時だ。紅衛兵たちに追い立てられるリーは、屈辱的なことにユーインやチン・シューティエンと一緒に並ばされ、破れ靴を首に掛けさせられる。後に、恐らく叔父の裏工作で、リーは再び復権する。しかしリー自身が有為転変を経験するという描き方を見れば、問題の核心を単純に個人の意思のレベルで描いていないことが分かる。ユーインに対する嫉妬も絡んではいたが、むしろリーを突き動かしていたのは彼女の中に刷り込まれた硬直したイデオロギーだった。ラストで気が狂ったワン・チウシャー(王秋赦)が登場するように、リーもワンも激しい党内の権力闘争の中で何度も浮き沈みを経験しているのである。もはや誰しも安住できない世界。紅衛兵が登場した時、時代は恐怖の時代から狂気の時代に突入したのである。

ブタのように生き抜け。牛馬となっても生き抜け。
 嘲り笑う紅衛兵たちの目の前でユーインやチン・シューティエンと共に並ばされたリー・クオシャンは、かつてないほどの屈辱を経験する。それでも、このほうきを使うといいと親切に声をかけるチン・シューティエンに、「右派の反動のくせに」という言葉を投げ返す。ユーインもリー・クオシャンも自分がチン・シューティエンと同じ境遇に堕ちたことを認めたがらない。他人にした仕打ちが自分に返ってきても、リーは自分がした行為を振り返ろうとはしない。必死に誤解だと主張するばかりだ。彼女もまた自分の保身に汲々としている一個人にすぎない。ユーインもまたこの時点では自分の不幸はチン・シューティエンのせいだと思っている。当のチン・シューティエンだけが人間的な価値観を失わずにいた。だから彼は「右派の反動のくせに」と吐き捨てるように言ったリーに「あんたも人間だろ」という言葉を返すのだ。

 雨の降る日も2人で道路の掃除をしていたユーインとチンだったが、ユーインにチンに対するこだわりがあるために二人の心はいまだに通いあっていなかった。今は髪もぼさぼさで暗い顔をしているユーインは、しばしば幸せだった昔の生活を夢想する。なにかと世話を焼くチンが厭わしく、ついにもう朝呼びに来ないでくれと宣言する。チンは「闇夜が明ければ、鬼も出没できなくなるよ」と言うだけだ。

 ユーインはこの映画のヒロインだが、最初から立派な人物として描かれていたわけではない。夫の前で好きな人と結ばれなかった歌を歌ったり、夫を残して平気で自分ひとり親戚に身を寄せたりしている。そしていつまでもチンにうらみがましい気持ちを持ち続けている。額に汗して必死で働いたことは事実だが、美人の奥さんと周りからちやほやされていた彼女には自分は他の人より幸せになる権利があるという気持ちもあっただろう。必死で働いた正当な報酬を得て何が悪いというまともな気持ちの陰に、後に彼女を演じた女優リュウ・シャオチン自身が示したような金銭と成功に対する強い欲望が隠れていたかもしれない。ユーインをこのように描いたことはむしろ成功だった。彼女をジャンヌ・ダルクのような聖女として描かなかったからこそ、彼女の人物描写が陰影を帯びて豊かになったのである。

 ユーインはとびぬけた美人で商売でも「成功」を収めた人物なのだから、彼女は当時の一般民衆を代表していないという批判は当たらない。彼女が美人だからこそ、国営の店より彼女の店が繁盛していたからこそリーの反感を買ったのである。個人の嫉みが別の個人の運命を不当に左右してしまう、個人的感情がそのまま党の決定としてまかり通ってしまう恐怖、等しく貧しいことを強要される理不尽さ、「芙蓉鎮」が描いたのはそういうことである。いったんレッテルを貼られれば、彼女と関係ある者にもとばっちりが及ぶ。文革の恐怖は特定の個人ではなく国全体を覆っていたのである。

 映画の後半はユーインが次第にチンと心を通わせてゆく過程を描いている。苛酷な状況の中で身を寄せあって生きて行く二人。一時は生きる気力をなくしかけていたユーインの頑なな心を押し開いたのはチンの愛情と人間的な優しさ、そして彼の生きようとする力強い意志だった。ユーインはまた米豆腐を作るため石臼を挽き始めた。やがてユーインが妊娠する。除者の自分たちに結婚など許されるのか、しかも自分は結婚前に妊娠していると不安げなユーインを励ましたのもチンだった。「ブタやニワトリだってオスとメスなら」子供ぐらい作るさ。この言葉は後の有名な台詞へとつながる。彼はワン・チウシャー(王秋赦)の所に乗り込み、何とか許可をもらう。家の戸口に「黒夫妻」と書いた白い対聯を貼らなければならなかったが、「反動的だろうと反革命だろうと夫婦は夫婦だ」とユーインを慰める。

 しかし、ここでまたしてもリー・クオシャン(李国香)が邪魔をする。既に復権していた彼女060214sozai1 はこの結婚を問題視し、2人を裁判にかける。その結果チンは懲役10年、ユーインは懲役3年の刑に処せられてしまう。ただし妊娠中のユーインには執行猶予が与えられた。どこまで不幸が続くのか。観ているこちらまで気が重くなる。怒りがこみ上げてくる。しかしこの場面こそ最も感動的な場面でもあった。チンはユーインにささやく。「生き抜け。ブタのように生き抜け。牛馬となっても生き抜け。」この言葉こそ「芙蓉鎮」全編を象徴する言葉である。この言葉の重みが作品を根底から支えている。這いつくばってでも、土を喰らってでも生きろ。これほどの逆境を描きながら、この映画がペシミスティックでもシニカルでもないのは、映画の根底に生きようとする意志と活力がみなぎっているからだ。

 二人は別れ別れになったが、彼女はその意志を保ち続けられた。なぜなら彼女は決して一人ではなかったからだ。このころにはあまりの理不尽なやり方に義憤を感じる人たちが現れていた。身重の体で掃除をしているユーインに手を貸す人が次々に現れる。そしてもっとも力強い支えはクー・イェンシャン(谷燕山)だった。後半部分はユーインとチン・シューティエンの葛藤だけではなく、クー・イェンシャンとリー・マンコン(黎満庚)が乗り越えなければならなかった葛藤をも描いている。ユーインが預けた1500元を届け出て手柄を立てたリー・マンコンは党籍を残すことができた。今はワン・チウシャー(王秋赦)の秘書をしている。彼にはユーインを売ったという心の傷があった。彼の家に招かれたクー・イェンシャンに向かってリーは「あんたのように生きたい」と漏らす。クーは「おれのように生きる?ムリだね。良心がないと」と答え、ユーインを売ったリーを非難する。リーは「彼女は富農にされ人間以下になった」と続け、ずっと気が咎めていたと告白する。気が咎めていたのならまだ人間的なものが残っていると、クーはリーを許す。その夜久しぶりに酔っぱらったクーは帰り道「おしまいだ。まだ終わっていない」と何度も繰り返す。

 彼ほどの人物でも希望と絶望の間を彷徨っていた。それほど絶望的な状況だったのである。個人の力ではどうすることもできない出口の見えない状況。この状態で希望を持ち続けるのはとてつもなく困難である。安易な逃げ道などない。しかし迷いつつ、時に絶望に捉われそうになりつつ、人々は生き抜いた。ユーインとチンが二人で密かに結婚の祝いをしているところへクー・イェンシャンがひょっこり訪ねてくる場面がある。「結婚は媒酌人がいないと認められんよ。」もっとも、と彼は続ける、「本当の媒酌人は竹ぼうきとあの石畳だ。」彼の言葉は本当に慰めになる。ユーインの言葉が印象的だ。「党の幹部が皆あなたのような人なら庶民は幸せよ。この世ではご恩に報いられません。生まれ変わったら必ず恩返ししますから。」

 ユーインは生まれてきた子供に谷軍という名を付けることでこの恩に報いた。出産のためユーインが病院に運ばれた時もクーが彼女の家族として署名したのである。受付係である女性兵士の紅い襟章、帽子の赤い星がクローズアップされ、クーが本当の父親ではないことがばれるのではないかと緊張が走る場面だった。

政治運動が必要だ。政治運動の始まりだ。
 永遠に続くかと思われた暗いトンネル。しかしトンネルは突然終わり、強烈な光が差し込んだ。1976年に文革が終わったのである。それから3年たった1979年、ユーインは名誉を回復され、奪われた家と1500元も返ってきた。しばらくして夫のチン・シューティエンも帰ってきた。ユーインとチンは米豆腐の店を再開し、店は繁盛していた。店には笑い声が絶えない。クー・イェンシャンもいる。リー・マンコンもいる。みんな年をとったが、表情は明るい。一時はわが世の春を謳歌していたワン・チウシャーは気が狂ってしまい、銅鑼を鳴らして歩いていた。ユーインは彼にも米豆腐をふるまう。クーと出会う前の彼女なら追い払っていただろう。苦難を乗り越え、心から支えあえる夫とも出会い、彼女もまた変わっていたのである。

 しかし「芙蓉鎮」のラストは単なるハッピー・エンドではない。狂ったワン・チウシャーは「政治運動が必要だ。政治運動の始まりだ」と銅鑼を鳴らしながら歩み去ってゆく。それを聞いて言ったチン・シューティエンの言葉が暗示的だ。「確かだ。気をつけんとまた昔に戻るぞ。」これに「世の中皮肉なものだ。変なやつが変じゃなく、まともな人が変になる。政治運動のせいでね」というクー・イェンシャンの言葉を合わせてみれば、言わんとすることは明確だろう。人権と自由は不断に意識し追及しなければまたいつか奪われてしまいかねない。リー・クオシャンは文革が終わった後も、党幹部として生き残っていた。改革はいまだ完全なものではない。火種はまだ残っている。人権と自由を守るには真の政治運動が必要なのだ。

 決して重苦しい映画ではないが、もちろん明るい映画でもない。しかし時にユーモラスなシーンも差しはさまれている。印象的な場面を最後に二つ挙げておこう。一つはワン・チウシャーにいたずらを仕掛ける場面。ワンが一時肉体関係を結んでいたリー・クオシャンの家の窓から出てくるのを見かけたチンは、ちょうど足が着くあたりに泥(糞?)の塊を置いておいた。足から先に窓から降りてきたワンは滑ってひっくり返る。それを見て久々にユーインが笑う。もう一つはチンがユーインに掃除の仕方を教える場面。”1・2・3、1・2・3”とワルツのリズムで踊りながらほうきで道を掃いてみせる。ユーインも楽しそうにそのまねをする。どんなに苦しい時でもちょっとした工夫で気持ちの切り替えができる。それが絶望的な状況の中でも生きる意欲を沸き立たせるのだ。

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コメント

ななさん TB&コメントありがとうございます。

 このところ中国映画をよくご覧になっているようですね。取り上げる人はまだまだ少ないと思いますので、とてもうれしいことです。
 文革の実態は日本人にとって想像をはるかに超えるものです。その実態を生々しく描けばすさまじい人間ドラマが作れます。しかしそれはまた思い出したくない古傷をさらすことにもなります。文革をテーマにした多くの傑作が生まれましたが、中国映画全体の中ではそれほど多く取り上げられるテーマではないのかもしれません。
 悪夢としか思えないようなことを悪夢としてではなく現実として体験した人々。悪夢だったならばどんなによかったことか。夢なら覚めれば消える。消え去らない現実を何年にもわたって実際に国民全体が経験したわけです。
 日本もかつて戦争があった頃同じような苦痛を味わったわけですが、もはや遠い昔のことになってしまいました。しかし文革はほんの数十年前の出来事です。その生々しさは日本の比ではないでしょう。
 その苦難の日々を乗り越えてきた人々のたくましさとしたたかさには驚嘆しますが、その世代は中国の中で忘れられた世代になっているという現実がまたあります。まともな教育を受けられず、新しい時代についてゆけず置いてゆかれた世代。その実態を描いたのが日本の記録映画「延安の娘」です。文革の傷は今もうずいている。しかし新しい世代はそれに全く無関心。文革が残した傷はかくも深いものなのですね。

こんばんは!
この作品のレビューをアップしたのでTBさせてくださいね。
ゴブリンさんは劇場でご覧になったのですね,うらやましいです。
文革のおそるべき実態を暴きだした初の作品だったのですか!
それは思い切りましたね。改めてそう感じます。
こういう作品を観ると,中国の民衆の受けた試練によって培われた底力には
とても日本は敵わないなぁ,と思います。
わずか数十年前のお話ですもんね,文革を生き抜いてきた人は今も健在なわけで
そんな人たちが中国の原動力となっているのかもしれませんね。

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かなりの旧作なのだけど(1987年製作),初めてビデオをレンタルして観たときの衝撃と感動は今でも鮮明に覚えている。文化大革命の悲劇を,庶民の立場から描いた,中国映画の大傑作である。 芙蓉鎮というのは,町の名前で,日本語にすると,「芙蓉町」という意味だろうか。中国南部,湖南省の「王村」がロケ地として選... [続きを読む]

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