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2007年6月24日 (日)

馬坂橋は沈下橋だった

Bicycle2_3  「依田川探索 その1 馬坂橋を撮る」という記事を改めて読み直してふと思いついたことがある。馬坂橋の不思議な形について「橋の横に支えのような形の木組みがあるが、不思議なことに橋とはつながっていない。これは一体何のためにあるのか?上流側にだけにあるのも不思議だ。」と書いたが、ひょっとしてこれはいわゆる沈下橋ではないかと思い当たったのだ。Wikipediaで確かめてみたらどんぴしゃ。

  「橋の上に欄干が無く(あってもかなり低い)、水面からの高さが高くないことが特徴」、「一部の橋には流木避け(増水時流木やゴミが桁や橋脚に直撃して壊れるのを防止する為、橋上流部側面に設けられた斜め状の部材)が設置されている事もある」と解説されている。まさに馬坂橋の説明文を読んでいるようだ。なぜこんなに低く、また欄干がないのかと言えば、「増水時に、橋が水面下に没するようになっており、流木や土砂が橋桁に引っかかり橋が破壊されたり、川の水が塞止められ洪水になることを防ぐため」である。なるほど、納得。

  沈下橋というのは高知県の有名な四万十川での言い方で、他にも潜水橋や潜り橋、冠水橋などの呼び方があるらしい。実は、馬坂橋を見た時に一瞬沈下橋という言葉が頭をよぎった。しかしすぐ忘れてしまった。おそらく「まさか上田にあるはずがない」と無意識のうちに否定していたのかもしれない。

  沈下橋のことを何で知ったのかははっきりしない。一時富山和子の著書を読みあさっていた時期があったので、おそらくその中のどれかで読んだものと思われる。『水の文化史』(文芸春秋、文庫版もある)、『水と緑と土』(中公新書)、『水と緑の国、日本』(講談社)、『水の旅』(文春文庫)。どれも滅法面白い。ざっと目次を見てみると『水の旅』に沈下橋が触れられている。これだったか。あるいは四万十川はカヌーイスト野田知佑の本にも頻繁に出てくるのでそっちで読んだのかもしれない。野田知佑と椎名誠の本はこれまた一時期むさぼるように読んだ。まあ、いずれにせよ、四万十川はテレビなどでもよく取り上げられるので、いろんなところで見聞きしたのかもしれない。

  こうやってみると、僕はずっと川を意識していたのだ。思い返してみれば川との「付き合い」は今に始まったことではない。自分で川と橋の写真を撮り、それをブログで公開するということはつい最近、それもたまたま浦野川と出会ったことがきっかけで始めたばかりなので、自分でも最近新しいことを始めたつもりでいた。しかし川との付き合いは30年以上前から始まっていた。1997年12月18日に「川沿いを自転車で」というエッセイを書いた(ホームページ「緑の杜のゴブリン」に収録)。そこにも書いたが、川沿いの散歩を日課のごとく始めたのは1973年。江戸川のすぐ近く(千葉県流山市、最寄り駅は東武野田線の江戸川台)に住むようになってからだ。

  流山市と東京の調布市にいたころの記憶は江戸川と野川の記憶と深く、切り離しがたく結び付いている。上田に来て最初常田に住んでいた頃の記憶が千曲川散歩(散輪)と切り離せないのと同じである。海の近くで育った僕は水に惹かれる。海、湖、川、池、何でもいい。学生の頃、銀座に行けば無性に勝鬨橋を渡って晴海埠頭に行きたくなった。海が見たくて仕方がなかった。今でも盆と正月に実家の日立に帰るとよく海を見に行く。長野県には海がないからだ。何も遮るものがない海を見ると開放感を感じる。

  ハンガリー映画の名作「ハンガリアン」に、ドイツに出稼ぎにきたハンガリー人農夫たちが初めて海を見るシーンがある。海のない国から来た人たちが初めて見た海。男たちは嬉しそうに石ころだらけの海岸を波打ち際まで走ってゆく。波をよけきれずに足を濡らしてしまうもの、病気なのに海に入ろうとして止められるもの。特にどうということのない場面なのだが実に印象的だった。僕にとって海は子供のころから身近にあった。もし自分が大人になって初めて海を見たら、どう感じどう受け止めるのだろうか。

<追記>
 「上小橋梁百選」というホームページがある。馬坂橋の存在はこのホームページで知ったのだが、馬坂橋の説明文に沈下橋という言葉(あるいはそれにあたる地元の言い方)は使われていない。沈下橋という言葉が僕の頭に一瞬浮かんですぐ消えたのは、ここにそう書いてなかったからかも知れない。

 そのホームページに載っている馬坂橋の写真は架け替える前の写真である。洪水で何度も流失したと書いてあるので、昔から沈下橋として作られていたのだろう。それにしてもあの小さな川が橋を押し流すほど増水する光景は想像できない。写真を撮った時には橋の土台のコンクリートの部分すら水に浸かっていなかったのだから。

 もう一つ不思議なのは橋の高さと堤防の高さが同じこと。写真を見てもらえばわかるが、堤防上の道と橋は同じ高さで段差がない。ということは、橋が水面下に没するほど増水したら水は堤防自体も越えてしまうことになるだろう。いいのかそれで?どうして橋の高さを堤防より少し低くしないのか?

 ひとつ考えられるのは、以下の理由だ。橋に当たった水は橋を乗り越えるか左右に別れて流れる。そうすると橋の両端部分に水が押し寄せ、橋と堤防が接するあたりに大きな力が加わることになる。水の圧力が限界を超えると堤防が決壊するかもしれない。そうなると大変な被害が出る。それよりは堤防からあふれた分だけを堤防の外に流した方が被害は少ない。特定の個所に圧力が集中しなければ堤防はもつだろう。橋の高さと堤防の高さが同じなら、橋の両端に押し寄せた水はそのまま堤防を越えて外に流れる。橋が流されても橋だけを掛け替えればいいので堤防の修理はしなくて済む。そういうことか?

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