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2007年1月 6日 (土)

正月は読書三昧

  年末にまた頑張ってレビューを書いてしまったので、正月は骨休み期間に。正月の1日と2日は実家で箱根駅伝を見るのが年中行事。三が日は全く映画を観ず、パソコンにも触らなかった。「無菌状態」のままひたすら読書。『風の影』と『本所しぐれ町物語』は前からちびちび読んでいた。ブログに時間をとられてまとまった時間が取れなかったのだが、やっとこの正月に読み終えた。『葉桜慕情』は昨年の正月に読んだ『花びら葵』に続く”口中医桂助事件帖”シリーズ第四弾。著者は従兄弟の奥さんで、今回は本人のサイン入り本をいただいた。『パイオニア・ウーマン』は帰りの電車の中で読んだ。まだ途中。

カルロス・ルイス・サフォン『風の影』上下、(集英社文庫)
  これは実に面白かった。ロバート・ゴダード風ゴシック・ロマン、あるいはドイツロマン派のE.T.A.ホフマン風幻想文学という評もあるが、僕は子供時代に読みふけった江戸川乱Cutwindow3_1 歩の少年探偵団シリーズを連想した。顔のない不気味な怪人、アルダヤ家の廃墟や地下の納骨堂などはまさにその世界。まあ、全体としては確かに『リオノーラの肖像』の頃のロバート・ゴダードに一番近いか。恋愛を絡めた伝奇ロマンといった小説である。ジャンルはともかく、昨年読んだ中ではこの本と『ダ・ヴィンチ・コード』がダントツで面白かった。

  スペイン映画というと内戦時代が何らかの形で関係しているものが多い。その後フランコの独裁が続いていただけに、中国の文革以上に大きな傷を残している。この小説も語りの現在時点は第二次大戦直後だが、内戦時代に殺された一人の小説家の謎をめぐってストーリーが展開する。謎自体は案外底が浅く、途中である程度見当がついてしまう部分もある。しかし二重三重に謎が絡まり、探ってゆくに連れて謎が謎を生み渦巻いてゆくという展開で、容易に全貌が明かされない。否応なく読者はその渦に引き込まれてしまう。

  謎の中心にいるのはフリアン・カラックスという小説家。タイトルの『風の影』というのはその作家が書いた小説の名前でもある。少年ダニエルが「忘れられた本の墓場」でたまたま『風の影』という本を手に入れたのが発端である。上巻は盲目の美少女クララに対する幼いダニエルの恋心が描かれたりして多少間延びする部分がある。しかしフリアン・カラックスに興味を持ったダニエルが彼のことを調べ始めるあたりからぐんぐん引き付けられる。

  全編を覆う暗い雰囲気が秀逸。舞台となったバルセロナを影と暗闇が常時覆っている。建物や施設などの道具立てと登場人物の造形がうまい。「忘れられた本の墓場」という摩訶不思議な場所、老人の掃き溜めのような陰気で妖気漂う養老院、フリアン・カラックスの本を探し出してすべて焼き払っている顔のない謎の男、いたるところに現われてはダニエルたちを脅してゆくフメロという刑事の不気味さ。ダニエルと一緒にフリアンの謎を探るフェルミンがキャラクターとして出色。悲惨で謎めいた過去を持つ男で体中にミミズ腫れなどの傷がある。陽気でおしゃべりな男でなかなか詩的な話もする。ダニエルの恋愛指南役的な役回りも。女性は美女ばかりだが、謎に満ちたヌリアが抜群の存在感である。調べてゆくほどにダニエルがフリアンと重なってくる展開も興味深い。読者は何重にも折り重なった謎の深みにはまり、最後の最後にやっと解放される。どことなく文学的深みも感じさせる傑作。

藤沢周平『本所しぐれ町物語』(新潮文庫)
  藤沢周平には『日暮れ竹河岸』、『霧の朝』、『海鳴り』、『時雨のあと』、『驟り雨』、『夜消える』、『橋ものがたり』など一連の市井物がある。『本所しぐれ町物語』は江戸の市井の人々を描いた連作長編。魅力的なタイトルだが、正直言っていまひとつ引き込まれなかった。途中で中断して『風の影』を読み始めたのはそのためである。最初の「鼬(いたち)の道」から違和感があった。上方に行ったきり音信不通になっていた弟がひょっこり呉服商の兄の元に戻ってきて、兄夫婦の生活に暗い影を落としてまた去ってゆく。それだけの話。だからなんだ?他にも浮気の話や泥棒の話しも出てくるが、どれも味わいが少ない。

  どこかそれまでの藤沢周平の作品と違う。どうも男はふらふらとしてだらしなく、女ばかりがしっかりしている。それはそれでいいのだが、話が面白くない。狂言回しの役を務める地獄耳の万平やまるで「おしん」を思わせるおきちなど素材としていいキャラクターも登場するのだが、話に味わいや深みがない。つまらないわけではないし、最後まで読めるのだが、どこかさらっとしすぎて面白みに欠ける。彼の市井物が持っているしっとりとした味わいがない。たぶんそれが一番の不満なのだろう。枯れて乾いた藤沢周平がそこにいる。

和田はつ子『葉桜慕情』(小学館文庫)
  こちらも連作長編。〈いしゃ・は・くち〉を開業している″口中医″藤屋桂助が活躍する江戸版シャーロック・ホームズ・シリーズ。悪の親玉″そちも悪よのう″岩田屋が次々と仕掛けてくる難事件を桂助の推理で見事に解決してゆく。しかし岩田屋そのものには手が出せない歯がゆさも最後に描かれる。事件も変化に富んでいて、推理にも無理がない。すいすいと読める。

  ひょうひょうとした桂助と彼にほのかな恋心を寄せる志保、自分も志保に惚れながらも志保の気持ちにさっぱり気づかない桂助に「じれってえ」思いをしながら手足となって桂助の捜査を助ける鋼次、いつものコンビが好調。特に求愛者が現われて揺れ動く志保の女心がよく描かれている。直情型の鋼次のせりふや独白はちょっと紋切り型過ぎるが、合いの手程度なのでそれほど気にはならない。

  一番気になったのは最後の第五話「直山柿」、全体のクライマックスとなる毒殺犯との対決部分が説得力を欠いていること。意外性を狙ったのだろうが、設定に無理がある。あんな無理な設定にする必然性が感じられない。山本一力の『大川わたり』の最後の展開もかなり強引だと感じたが、最後の詰めが甘いと全体の印象が悪くなってしまう。その点が残念だった。

  しかし見逃せないのは、その「直山柿」で面白い要素が導入されていることである。飢饉倉の役人を務める下倉藩士佐藤亀之助。彼の語った飢饉の時の農民の惨状は全編の中で際立った衝撃度を持つ。その話は桂助の「飢えを治せる医者など、この世にいないのですからね」、あるいは道順(志保の父)の「病はざまざまだが、亡くなってゆく人たちの数の多さからいえば、飢えが一番多い病かもしれぬ」という言葉とつながってゆく。だが残念ならがここでは充分展開されずに終わっている。亀之助の語った話はあまりにも重く衝撃的なために、結果的に作品の中で浮き上がってしまっている。ただ、この最後のエピソードは次回作につながってゆく気配なので、次の作品で全面的に展開されるのかもしれない。テーマ的に亀之助の言葉と響き合う内容を持つ『藩医宮坂涼庵』(未読)という本を新日本出版社から出している人なので、農民問題を正面から取り上げれば、白戸三平の『カムイ伝』に匹敵するとんでもない傑作を生むかもしれない。どんな内容になるのか楽しみだ(全然違う方向に行ってしまうかもしれないが)。

ジョアナ・ストラットン『パイオニア・ウーマン』(講談社学術文庫)
  国の歴史を読んで一番面白いのは恐らくアメリカと中国だろう。波乱万丈、歴史そのものが壮大なドラマである。アメリカで一番面白いのは開拓時代である。先住民たちの「豊Ride2 かな」暮らし、自然と共に生きてきた彼らがほとんど荒らさなかった自然の豊穣さと美しさ、開拓の苦労、様々な伝説や英雄譚やほら話(トール・テイル)、探検隊の冒険、奴隷制の問題、南北戦争、金鉱の発見とゴールドラッシュ、フロンティアの消滅と海外への進出、急激な工業化と摩天楼の出現、等々。西部劇でおなじみの保安官やカウボーイばかりが開拓時代のイメージではない。いや、カウボーイのイメージでさえ、現実は西部劇のイメージとは大幅に違う。例えば(これは現代の話だが)「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」でメキシコ人のカウボーイが出てきたし、「黒豹のバラード」では黒人のカウボーイが出てきたが、実は当時のカウボーイには黒人やメキシコ人あるいは日本人や中国人などが多数含まれていたのである。しかしハリウッド映画では彼らはみんな画面から排除され、勇ましく荒々しい白人だけが画面を占領していた。

  藤沢周平が平侍の日常を描いたように、少しも勇ましくない開拓者の日常をリアルに描いた名作がある。ローラ・インガルス・ワイルダーが書いた有名な『大草原の小さな家』シリーズである。このシリーズはどれも読み物としてすばらしいばかりではなく、実にリアルに開拓者の労働、自然の猛威、質素で考えられる限りの智恵を絞ったぎりぎりの生活、それでいて何もない中で楽しくたくましく生きようとしていた人々の暮らしを余すところなく描いている。NHKドラマのチープなイメージを持っている人も多いだろうが、これは紛れもない開拓者小説の金字塔である。当時の生活が眼に浮かぶように描き出されていて、下手な文学作品よりはるかに面白い。

  今回実際にその時代を生きた女性たちの手記をまとめた『パイオニア・ウーマン』を読んで、ローラ・インガルス・ワイルダーの小説がいかにリアルで正確だったかが改めて確認された。また、その手記そのものが実に面白く、興味が尽きない。上に書いたように、現実そのものがドラマだったのである。

  それらの手記は長い間屋根裏に眠っていた。それらを集めたのは著者の曽祖母ライラ・デイ・モンローだった。彼女自身1884年にカンザスに入植して、開拓時代の生活を経験した。「そこで出会った開拓地の女性の強さとしなやかな生き方に心を打たれ」、「開拓地の女性の生活を記録し、遺産を保存する」事業に取り掛かかったのである。最初の方に彼女の写真が掲載されているが、これは強烈に引き付けられる写真である。椅子に座って本を読んでいる姿を写しただけの写真だが、彼女の凛とした美しさに眼を奪われる。「美しさ」と言ったのは単に美人だという意味ではない。もちろん美人なのだが、そこにいるのはイギリスの19世紀の中上流婦人たち、「人形の家に住む家庭の天使」ではない。彼女の美しさは、人間のちっぽけさをいやというほど思い知らされる自然の猛威と耐えがたいほどの労働(家事や子育てだけではない)を潜り抜けてきた人だけが持つ強さとしなやかさを持った美しさなのである。今これだけのしっかりとした芯を持ち、かつ厳しさと優しさをあわせ持った女性はいない。そう思えてくる。1枚の写真がそれだけのことを語っている。彼女は何も自分では出来ない「人形妻」ではなく、まさに大地に生きた「開拓地のパイオニア・ウーマン」である。

  『パイオニア・ウーマン』はカンザス州に入植した約800人の女性の貴重な証言を集めたものである。著者の曾祖母が集め、祖母がタイプして索引と注を付けたが、彼女も仕事に追われその後出版されることなく屋根裏に埋もれていた。著者が偶然原稿を発見したことで現代によみがえったのである。著者の意図(それは著者の曾祖母の意図でもある)は次の言葉から窺うことができる。「概して歴史は・・・家庭でおこる種々雑多なことを手際よく処理した腹のすわった女性たちについてはまったく触れていないのです。」しかし厳しい開拓地の生活は女性たちの労働力や智恵、忍耐、そして優しさがなければ到底耐えがたく継続できなかったものである。その埋もれかけた女性たちの歴史を著者は文字通り掘り出してきたのである。

  当時の名もない女性たちの生の声は心を打つものがある。「人は都会で人間に触れ、荒野では神と触れ合います。」ほとんど身一つで開拓地に乗り込んだ女性たちの不安感は並大抵のものではなかった。「父が建てた、たった一間の芝土の家の前に、幌馬車から降り立った時の母の顔を忘れることが出来ません。生涯、なにごとにもしっかりと耐えた母でしたが、この時は、荒涼とした土地を声もなくじっと見つめた後、父の肩に身を投げかけて我を忘れたように泣きました。」しかし彼女たちはそれに耐えた。彼女たちも強かったが、そこにあったのはただ厳しいだけの生活ではなかったからだ。「苦労ばかりの生活に思えるでしょうが、けっこう充実した毎日でした。新しい土地を征服するときめき、素晴らしい自然、大草原の魅力などで胸がはちきれそうになって、不満なんてどこかに行ってしまったのです。低く連なる丘、なにもさえぎるもののない地平線、絶え間なく吹く風に流されてゆく雲。開拓精神は、いまだに家族中に引き継がれています。」

  時に自然が疲れを癒してはくれたが、それが過酷な労働であることに変わりはなかった。それでも彼女たちは畑仕事に、裁縫に、食事作りに、そして子育てに必死で働いた。なぜならそれは生きるがための戦いだったからである。「開拓民の女性にとって家庭とは、今までにない過酷な労働そのものだった。しかも、生き延びるための労働である。・・・気づいてみると、女性と男性の立場がほとんど平等になっていたのだった。」「暑い時期には、水は何より必用でした。一マイル先に泉があり、この水は冷たく、良質で臭いもありませんでした。母は二つのバケツを天秤棒で肩にかつぎ、十五年間毎日、水を運びました。」自然は容赦しない。時には一人で家を守る不安と寂しさに気が狂ってしまう女性もいた。それでも開拓は進んだ。よりよい生活を求めて彼女たちはたゆむことなく努力し続けたのである。

  「新しい土地を征服するときめき」という言葉には、活字になることを意識した「公式の」表現が感じられるが、同時に「マニフェスト・デスティニー」の響きも感じられる。アメリカの領土拡大は神が与えた「明白な使命」であるとする考え。彼らは征服者であった。原住民(ネイティヴ・アメリカン)を「征伐」し、やがては北米大陸を越え、米西戦争をへてプエルトリコ、グアム、フィリピンなどを手に入れ、さらにはハワイも領土にする。その精神は「世界の憲兵」を自認する現在にも引き継がれていると言える。彼女たちの誇らしげな声にそのおぼろげな響きを聞き取ることも可能だろう。

  映画を観る眼は映画だけによっては十全には養われない。このような文献、いや生の経験と接することによって、現実の中にドラマを見出し、平凡な生活の中に非凡な人生を感じ取り、日常生活の中に歴史を見て取る眼が養われるのである。是非おすすめしたい本である。

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