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2007年1月17日 (水)

あの娘と自転車に乗って

1998年 キルギス・仏 99年10月公開 81分
評価:★★★★
原題:Beshkempir(The Adopted Son)
監督:アクタン・アブディカリコフ
製作:イリザイ・アリバエフ、セドミール・コラール
脚本:アクタン・アブディカリコフ、アヴタンディル・アディクロフ、マラト・サルル
撮影:ハッサン・キディリアレフ
出演:ミルラン・アブディカリコフ、アルビナ・イマスメワ、アディール・アブリカシモフ

Itmt01   昨年の12月から今年にかけてソ連/ロシア映画のDVDをアマゾンで結構手に入れた。先日取り上げた「雪の女王」などのアニメ作品や古典的作品の他に、「あの娘と自転車に乗って」、「旅立ちの汽笛」、「パパってなに?」が入手できたのはうれしい。これらはDVDになっていることすらうかつにも気づかなかったものである。DVD化は予想以上に深く広く進行していた。

  「あの娘と自転車に乗って」と「旅立ちの汽笛」はキルギスの監督アクタン・アブディカリコフの2作目と3作目の作品である。処女監督作品「ブランコ」は48分の中編なので、「あの娘と自転車に乗って」は彼の長編第1作に当たる。91年に旧ソ連から独立して以後、キルギス共和国が作った初の長編映画でもある。ただし、誤解を避けるために付け足しておくが、独立前にも当然キルギスで映画は作られていた。旧ソ連時代は15の共和国すべてに撮影所があって映画を製作していたのである。アブディカリコフ監督自身が当時のキルギスにおける映画製作の状況を次のように語っている。

  ソ連崩壊前には、キルギスタンの映画撮影所は大きな役割を果たしていました。ソ連の映画史に残るような作品が作られたこともあります。1年間に、4本の長篇劇映画、4本のテレビ映画、5、6本の短篇映画、さらに60本くらいの記録映画を作っていました。当時は国から資金が出ていたわけですが、独立後は、キルギスタンのような小さくて貧しい国では映画製作の資金を出すことが不可能になり、撮影所があっても使われない状態にありました。『あの娘と自転車に乗って』はキルギスタン共和国としてはじめての作品です。今後も製作が続いていけばいいのですが…。
 「アクタン・アブディカリコフ監督 インタビュー」

  このように各共和国で映画が製作されていたのだが、オタール・イオセリアーニ監督やゲオルギー・シェンゲラーヤ監督などを輩出し一時ちょっとしたブームになったグルジア映画を除けば、日本で各共和国の映画が上映される機会は極端に少なかった。そのため一般にはその存在自体が知られていなかったのである。それでも近年は福岡アジア映画祭、東京国際映画祭、東京フィルメックスなどで少しずつ知名度は広がってきている。

 「あの娘と自転車に乗って」は実に独特の味わいを持った映画である。これに近い映画が他に思いつかない。韓国映画「僕が9歳だったころ」のように子供たちが主人公で淡い恋愛が描かれるが、観る者を引き付けるはっきりしたテーマやストーリー展開はない。はるかに淡々としており、独特の民族的風習が織り込まれている。その淡々とした味わいと展開は例えばウルグアイ映画「ウィスキー」やグルジア映画「ピロスマニ」などに近い。また、子供の淡い恋愛といっても、「僕が9歳だったころ」や「玲玲の電影日記」の子供時代よりもやや年齢層が上だろう。性の目覚めが赤裸々に描かれているので13、4歳頃と思われる。

 監督自身の子供時代を元にしているので(主人公の少年は監督の息子)、全体を白黒画面で描いている。一部カラーの部分があるが、監督によれば主人公の記憶に強く焼きBicycle2_2 ついた部分はカラーで撮っているということだ(映画代を母親からもらう場面、主人公が思いを寄せる女の子が野を散歩しているシーンなど)。ただ、カラーになるのはほんの一瞬なのであまり効果的とは思えない。唯一効果的なのは冒頭のシーンである。村の5人の老婆たちが養子にもらった子供を揺りかごに入れ、魔除けの儀式をするシーンだ。まず色鮮やかな絨毯が鮮明に映される。そこへ一人ひとり老婆が現われて絨毯の上に座り、儀式が始まる。きわめてユニークなもので、よく訳が分からないものの観客は目を奪われてしまう。このとき主人公は赤ん坊だからこの色鮮やかな絨毯や儀式を覚えているわけではないだろう。冒頭の場面はむしろ導入部分を印象的にするための方策だったと思われる。いずれにせよやや時間的に長めなので、強烈な色彩と独特の儀式が長く印象に残る。優れた導入部分である。

 全体に淡々とした映画なのだが、多少観客を引き付けるストーリーらしきものがないわけではない。前半は子供たちの無邪気ないたずら、後半は主人公ベシュケンピールの淡い恋。ところどころキルギスの様々な風習が描きこまれ、これが結構アクセントになっている。さらには前半から中盤にかけて性の目覚めと性に絡んだ遊びが何度か描かれる(ベッドの中でオチンチンに手を伸ばしたり、裸のおばさんのでっかいおっぱいを覗き見したり、地面に土を盛り上げて女性の形を作りパンツを脱いでチンチンを押し付けたり)。思春期は感情的に微妙な年頃である。だから子供たちがしょっちゅう他の子のズボンを脱がす場面が出てくる。ベシュケンピールの友達の一人がやはり可愛いアイヌーラを好きになり、ベシュケンピールに嫉妬してけんかになる場面がある。けんかのきっかけはアイヌーラと話しているベシュケンピールのズボンをその男の子がいきなり下ろしたことである。幼児のころは裸でも平気だが、性を意識し始めた時には性器が気になる。だから意地悪として効果があるのだ。

  同じように何度も出てくる小道具に自転車がある。この使い方がうまい。映画の映写技師にベシュケンピールはよく頼まれて、映写技師が惚れている女性を家から呼び出す役をやらされている。映写技師は女の子を自転車に乗せてどこかに去ってゆく。ベシュケンピールは自分も好きな女の子(アイヌーラ)を自転車に乗せたいと思っている。これが伏線として何度か描かれる。だからこそ、ラストでベシュケンピールがアイヌーラを自転車に乗せて坂を下ってゆくシーンが非常に感動的なのである。淡々とした展開で時には退屈にすら感じられるが、ラスト当たり、ベシュケンピールの祖母の葬式からこの自転車のラストシーンにいたるあたりは強く画面に引き付けられる。この映画の印象はこのラストで大きく変わってしまう。そういう意味では「あの娘と自転車に乗って」という邦題は実に素晴らしい。原題の「養子」ではとても観に行こうという気にならない。非常に美しい響きがあると同時に、映画の最も素晴らしいシーンをきちんととらえている名タイトルである。

 旧ソ連の各共和国の映画はいずれも素朴な映画が多い。ほとんどが生活の一部をそのまま切り取ったような淡々とした映画である。この監督も自らストーリーよりも主人公がどういう人間なのかということの方が重要だと語っている。思春期の少年が出会う様々な経験と成長という以上の明確な主題もない。様々な独特の風習が出てくるがほとんど説明もない。ハリウッド映画の対極にあるような映画である。ハリウッド映画に対する意識的な反発もあるかもしれないが、むしろこれが彼らの生活のリズムであり生活の現実だと言いたいのだろう。この種の作品はその流れに任せて、観客も主人公たちの環境に入り込み、そこで展開される生活のリズムに身を委ねるのが望ましい鑑賞態度だろう。

 しかしそうは言っても流れになじむまでかなり時間がかかる。前半は子供たちのいたずらが中心だが、効果音もなく、説明的描写もないので何をしているのか最初は理解できないのだ。いきなり前述の5人の老婆による儀式から始まる。日本にはない風習なので最初は何が始まるのか全く分からない。しばらくして赤ん坊の幸運を祈る儀式らしいことが分かってくる。この時点では赤ん坊が養子であることは知らされていない。ようやく映画の中ほどで分かるようになっている。万事この調子なのだ。そのすぐ後の場面ではいきなり10年くらい時間がたっている。画面も白黒に変わる。女性が子供の髪の毛をバリカンで刈っている。この子供が先ほどの赤ん坊だというのは何とか見当が付くが、特に何の説明もない。

 子供の髪型がまたユニークである。真ん中だけ残して後頭部と両脇を剃ってしまう。まるで金太郎、あるいは大五郎である。映画の最後に「綾取り」のシーンも出てくる。日本と全く同じだ。中国や中央アジアの映画を観ていると何か不思議な共通点を感じることがよくある。どこかで繋がっているという感覚。ジェイムズ・ジョイスの小説を読んでいて、自分が子供の頃やっていたのと同じ地面に釘を刺す遊びが出てきて仰天したこともある。物がなかった頃の子供の遊びには共通するものが多い。興味深い事実である。

  次の場面も何の説明もなく始まる。子供たちが泥水の周りで体中に泥を塗っている。互いに泥をなすり付けたりしていかにも子供らしいが、どうも単なる泥遊びとは違う。泥でレKmrn01 ンガを作っている場面も出てくるので、レンガ作りの途中で遊び始めたのかと思うとどうやらそうでもない。積んであるレンガの上に一人がよじ登ってなにやらやり始めた。レンガの間の蜂の巣に手を伸ばしている。ハチミツを取ろうとしているのか、単に巣を壊そうとしているのか分からない。とにかくものすごい数の蜂が飛び出してきて、子供たちは一目散に逃げ出し、先ほどの泥水の水溜りの中に一斉に飛び込む。そこまで来て初めて蜂に刺されないように体に泥を塗っていたことが分かる。そこに女の子(アイヌーラ)が通りかかり、男の子たちは一斉に泥水の中にもぐる。女の子は苦笑している。

  思い出というものは美しく懐かしいものである。少年時代の想い出を綴ったこの映画を観て誰でもノスタルジアを感じるだろう。しかし懐かしい風物を総動員した感がある「ALWAYS三丁目の夕日」とはまた違う肌合いの映画である。作った懐かしさではないからだ。泣かせようとする演出も一切ない。出演者はみな素人である。子供たちが自然に発したせりふや行動を取り入れている。無邪気に振舞う子供たちの行動が微笑みを誘う。しかしただ楽しいばかりではない。先ほどベシュケンピールが彼に嫉妬した友達とけんかする場面に触れたが、けんかに負けた友達がお前は捨て子だと泣きながら捨て台詞を投げつけてゆく。そこからベシュケンピールの新しい悩みが生まれる。実際彼は養子だったのである(ベシュケンピールは「5人の老婆」という意味)。父親は厳しいばかりの男だが、キルギスでは男の子が困難に立ち向かえるように特に男の子にはとても厳しく接するようだ。彼の場合養子だからなおさら厳しく彼に接したのである。しかしベシュケンピールには父親の気持ちが理解できない。

  印象的なのは網戸代わりに薄いレースのような布を窓に取り付けるシーン。窓をはさんで父親と息子が共同の作業をしている。二人の気持ちが触れ合いほっとするシーンだ。しかし邪魔が入ってさえぎられてしまう。親子の気持ちはすれ違ったままだ。おばあちゃんだけがベシュケンピールに優しく接してくれる。彼を支えていたのはおばあちゃんとアイヌーラへの思いだったのかもしれない。しかしそのおばあちゃんが死んでしまう。葬式の場面は感動的である。恐らく「泣き女」の習慣がここにもあるのだろう。女や子供はみんな声をあげて泣いている。けんかした友達も一緒に泣いている。ここでベシュケンピールは大きな役割を与えられる。遺族の代表として挨拶をする役目だ。彼の言った言葉はあるいはお決まりの言葉なのかもしれないが胸に沁みる。「おばあさんが借金していたら僕が返します。おばあさんがもしお金を貸していたらなかったことにします。」苦悩を通り抜けて彼は少し成長した。

  最初に生まれて間もない赤ん坊が描かれ、最後のあたりでおばあさんの死が描かれる。そこにあるのは人生のリズムである。日本と比べると格段にゆったりとした生活のリズム。家の周りでは鳥の声が聞こえ、何もない平原に流れる川からは涼しげな水の音が聞こえてくる。子供たちはいたずらをし、また女の子をまぶしげに見つめる。決してわくわくしながら、手に汗握りながら観る映画ではない。劇的な要素はすべてそぎ落とされている。退屈に感じることすらある。われわれとは大きく異なる文化と風習、人々の生活の仕方や考え方も違う。しかしそこに描かれた素朴な人々と純朴な感情。喜びや悩み、そして悲しみ。日常的であるだけに深みはないが、多感な時期の少年たちの姿から感じるのは単なる懐かしさだけではない。生きることの実感がそこにある。

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コメント

tessさん TB&コメントありがとうございます。
東京国際映画祭でご覧になったのですね。うらやましい。地方都市に住んでいると、DVDが出ていなければこういう映画は観られません。情報の格差を感じます。
非常に地味な作品なのですが、こういう映画は大事にしたいですね。ネットで検索してもこの映画を取り上げている人はほとんどいませんでした。ですからこういう作品を取り上げることはとても大事なことだと思います。お互いに頑張りましょう。

こんにちわ!
TBどうもありがとうございました。
こちらからもTBさせて頂きました。
どうぞ、よろしくお願いします。
私は東京国際映画祭でこの映画とめぐり会ったのですが
陽だまりの中、アイヌーラを乗せたシュケンピールが自転車で
走ってゆくシーンが今でも脳裏に美しく記憶されています。
ゴブリンさんのように、濃く深く語れませんが、
こういう映画は純粋に大好きです。(^^)

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