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2006年11月19日 - 2006年11月25日

2006年11月24日 (金)

ゴブリンのこれがおすすめ 34

イギリス女優

マイ・ベスト・テン
キーラ・ナイトレイ(1985- ) ミドルセックス
<代表作>
「わたしを離さないで」(10)
「つぐない」(07)
「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ(03~)
「ドミノ」(05)
「プライドと偏見」(05)
「パイレーツ・オブ・カリビアン」(03)
「ラブ・アクチュアリー」(03)
「ベッカムに恋して」(02)
「穴」(01)

ケイト・ウィンスレット(1975- ) レディング Zt2
<代表作>
「おとなのけんか」(11)
「エターナル・サンシャイン」(04)
「ネバーランド」(04)
「アイリス」(01)
「タイタニック」(97)
「日蔭のふたり」(96)
「いつか晴れた日に」(95)

ヘレナ・ボナム・カーター(1966-) ロンドン
<代表作>
「英国王のスピーチ」(10)
「アリス・イン・ワンダーランド」(10)
「スウィーニー・トッド」(07)
「ハリー・ポッター・シリーズ」(07~10)
「チャーリーとチョコレート工場」(05)
「ビッグ・フィッシュ」(03)
「ファイト・クラブ」(99)
「ヴァージン・フライト」(98)
「鳩の翼」(97)
「フランケンシュタイン」(94)
「ハワーズ・エンド」(92)
「眺めのいい部屋」(86)

エマ・トンプソン(1959- ) ロンドン
<代表作>
「新しい人生のはじめかた」(08)
「ナニー・マクフィーの魔法のステッキ」(05)
「ラブ・アクチュアリー」(03)
「ウィンター・ゲスト」(97)
「いつか晴れた日に」(95)
「キャリントン」(95)
「から騒ぎ」(93)
「日の名残り」(93)
「ハワーズ・エンド」(92)
「ピーターズ・フレンズ」(92)
「ヘンリー五世」(89)

ヘレン・ミレン(1945-) ロンドン
<代表作>
「クィーン」(06)
「カレンダー・ガールズ」(03)
「ゴスフォード・パーク」(01)
「グリーンフィンガーズ」(00)
「英国万歳!」(94)
「コックと泥棒、その妻と愛人」(89)
「エクスカリバー」(81)
「オー!ラッキーマン」(73)
「狂えるメサイア」(72)

ジュリー・クリスティー(1941- )  インド・アッサム州
<代表作>
「ネバーランド」(04)
「シャンプー」(75)
「赤い影」(73)
「恋」(71)
「遥か群衆を離れて」(67)
「華氏451」(66)
「ダーリング」(65)
「ドクトル・ジバゴ」(65)

ヴァネッサ・レッドグレイヴ(1937- )  ロンドン
<代表作>
「もうひとりのシェイクスピア」(11)
「ダロウェイ夫人」(97)
「愛と精霊の家」(93)
「ハワーズ・エンド」(92)
「アガサ愛の失踪事件」(79)
「ジュリア」(77)
「トロイアの女」(71)
「素晴らしき戦争」(69)
「裸足のイサドラ」(68)
「遥かなる戦場」(68)
「わが命つきるとも」(66)
「欲望」(66)

グレンダ・ジャクソン(1936- ) チェシャー州
<代表作>
「レインボウ」(89)
「サロメ」(87)
「ウィークエンド・ラブ」(73)
「クイーン・メリー愛と哀しみの生涯」(71)
「日曜日は別れの時」(71)
「恋する女たち」(69)

ジュディ・デンチ(1934- ) ヨーク
<代表作>
「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(11)
「ヘンダーソン夫人の贈り物」(05)
「プライドと偏見」(05)
「ラヴェンダーの咲く庭で」(04) Mirror_2
「シッピング・ニュース」(01)
「アイリス」(01)
「ショコラ」(00)
「恋に落ちたシェイクスピア」(98)
「ムッソリーニとお茶を」(98)
「Queen Victoria 至上の愛」(97)
「ヘンリー五世」(89)
「眺めのいい部屋」(86)

マギー・スミス(1934- ) イルフォード
<代表作>
「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(11)
「ハリー・ポッター・シリーズ」 (01~11
「ラヴェンダーの咲く庭で」(04)
「ゴスフォード・パーク」(01)
「ムッソリーニとお茶を」(98)
「天使にラブ・ソングを」(92)
「眺めのいい部屋」(86)
「素晴らしき戦争」(69)
「ミス・ブロディの青春」(68)

モア・テン、こちらもおすすめ
サマンサ・モートン(1977-) ノッティンガム
エミリー・モーティマー(1971- ) ロンドン
キャサリン・ゼッタ・ジョーンズ(1969-) ウェールズ
タラ・フィッツジェラルド(1968- ) ロンドン
エミリー・ワトソン(1967- ) ロンドン
シャーロット・ランプリング(1946-)  エセックス州スターナー
ブレンダ・ブレッシン(1946- )  ケント州ラムズゲート
サラ・マイルズ(1941- ) エセックス
スザンナ・ヨーク(1941- ) ロンドン
シリア・ジョンソン(1908-1982) サリー州リッチモンド

  エリザベス・テイラー、デボラ・カー、ヴィヴィアン・リーなど主にアメリカで活躍した超有名女優はベストテンからはずした。
  この中で特に好きなのはエマ・トンプソンとヘレン・ミレンの二人。「日の名残り」のエマ・トンプソンは実に魅力的だった。「ウィンター・ゲスト」は作品的にはたいしたことはないが、寒々としたスコットランドの海辺に立つ彼女の美しさには崇高さすら感じた。一方のヘレン・ミレンは庶民的なところが魅力。「カレンダー・ガールズ」まではさほど意識しなかった。しかし「カレンダー・ガールズ」ではおばちゃんパワー炸裂。強烈だった。しかし一番彼女の魅力が発揮されているのはTVシリーズの「第一容疑者」かもしれない。周りの男どもの嫌がらせを毅然として跳ね除け、堂々と捜査の指揮をとる彼女のきりっとした姿は(美人女優ではないが)美しいとさえ思った。
  最も優れた女優はと聞かれたらヴァネッサ・レッドグレイヴと答えたい。「ジュリア」での毅然とした美しさは圧倒的だった。大女優と呼ぶに値するのはジュディ・デンチとマギー・スミス。この二人はもはや別格。立派なのは過去の業績だけではない。いまだ現役で活躍し、次々に新しい地平を切り開いている姿勢には心から尊敬を感じる。グレンダ・ジャクソンは美人女優ではないが、彼女の代表作でイギリス映画屈指の名作「日曜日は別れの時」では強烈にひきつけられた。実に不思議な魅力を持った女優だった。女優引退後労働党の議員になり大臣も経験した。ジュリー・クリスティーは「ドクトル・ジバゴ」や「恋」の清楚な印象が強いが、「ネバーランド」で厳格な上流婦人として登場した時には仰天した。この人もすごい女優だ。ヘレナ・ボナム・カーターは、正直言うと、ずっと変な顔の女優だと思っていた。しかし「ヴァージン・フライト」あたりから彼女の魅力を感じ始め、「ビッグ・フィッシュ」で完全に見方が変わった。グレンダ・ジャクソンがD.H.ロレンスを原作とした作品に似合うように、彼女の特異な容貌はティム・バートンの作品が一番似合うと思う。
  ケイト・ウィンスレットは「タイタニック」でブレイクしたが、僕には「日蔭のふたり」や「いつか晴れた日に」の印象が強い。「アイリス」では息を呑むほど美しかったが、しっかりとした演技力を持っており、単なる美人女優でない。キーラ・ナイトレイは一番若い世代の代表として選んだ。「穴」や「ベッカムに恋して」の頃はまだ子供だったが、「プライドと偏見」では目を見張るほどの美人女優に成長していた。若手の中では群を抜いた存在。
  本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」の「イギリス映画の世界」コーナーに、より網羅的なリストを挙げています。こちらも参照ください。

2006年11月22日 (水)

シャンプー台のむこうに

2000年 イギリス 2001年12月公開
評価:★★★★
原題:Blow Dry
監督:パディ・ブレスナック
脚本:サイモン・ボーフォイ
製作総指揮:シドニー・ポラック
出演:アラン・リックマン、ジョシュ・ハートネット、レイチェル・グリフィス
   ナターシャ・リチャードソン、レイチェル・リー・クック、ビル・ナイ
   ヒュー・ボネヴィル、ウォーレン・クラーク、ハイジ・クラム
   ローズマリー・ハリス、ピーター・マクドナルド、マイケル・マケルハットン
    デヴィッド・ブラッドリー、レイ・エメット・ブラウン ローズマリー・ハリス

  Artkurione250wa_1 1年くらい前に中古店でDVDを手に入れた作品。退院後の療養期間中なのであまり肩の凝らないものをということで選んでみた。期待以上に面白い映画だった。拾い物の逸品。映画のタイプとしては、一度バラバラになった家族が全英ヘアドレッサー選手権をきっかけに再び絆を取り戻すというよくあるタイプのハートウォーミング・コメディである。したがって、何の変哲もないコメディだと一蹴する向きもないではないのだが、あれこれブログを読んでみると全体としてはすこぶる評判がいい。確かによく出来ているのだ。あっさり先が読めてしまうストーリーに依拠しながらも、これだけ魅力的な映画に仕立てている手腕はむしろ褒められるべきだろう。

  ではどこがありきたりのものと違うのか。一つにはいくつかのジャンル・系統からおいしいところを取ってきて、それらをバランスよく組み合わせていることである。90年代以降のイギリス映画は、「Qeen Victoria 至上の愛」、「エリザベス」、「アイリス」、「いつか晴れた日に」、「日陰のふたり」、「プライドと偏見」、「オリバー・ツイスト」などの文芸映画や歴史劇を別にすれば、大きく3つの系統に分けられるだろう。一つは「ウェールズの山」、「ブラス!」、「フル・モンティ」、「リトルダンサー」、「グリーン・フィンガーズ」、「ベッカムに恋して」、「カレンダー・ガールズ」などの系統。努力して困難を乗り越え成功を掴むという、明るい元気が出るタイプの映画だ。二つ目は「リフ・ラフ」、「レディバード・レディバード」、「ボクと空と麦畑」、「人生は、時々晴れ」、「がんばれリアム」、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」、「家族のかたち」、「SWEET SIXTEEN」、「やさしくキスをして」などの、イギリスの現状を反映したつらく、厳しく、暗い系統の作品群。社会を反映したもう一つの系統は「シャロウ・グレイブ」、「トレインスポッティング」、「ザ・クリミナル」、「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」、「ロンドン・ドッグズ」などの一連のイギリス版犯罪映画である。いずれも、サッチャー時代に福祉国家から競争国家に路線転換し、アル中や薬中や犯罪がはびこるリトル・アメリカ化したイギリス社会の明と暗の反映である。「シャンプー台のむこうに」は明らかに最初の明るい楽天的タイプに入る。観終わった後のさわやかさはこのタイプの作品に共通する要素である。

  もう一つイギリスのテレビ番組でよく見かけるコメディ・ドラマの要素がこれに付け加えられている。おどけた会話や表情や身振り、コンテストに出演したヘアドレッサーや司会を務める町長たちの大げさで滑稽なキャラクター造形などはまさにこの伝統を引き継いでいる。これらにさらに「壊れた家族の再生」というファミリー・ドラマの要素が加えられているところが「シャンプー台のむこうに」のユニークな特徴なのである。これはどちらかというとアメリカ映画が得意とする分野で、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」、「ラスト・マップ 真実を探して」、「エイプリルの七面鳥」、「イン・アメリカ三つの小さな願いごと」、「海辺の家」、「アメリカ、家族のいる風景」、「綴り字のシーズン」、「ドア・イン・ザ・フロア」、「イン・ハー・シューズ」など数え上げればきりがない。イギリスにも「秘密と嘘」や「人生は、時々晴れ」などいくつかあるが、アメリカ映画ほど単純には描かれない。要するに、「シャンプー台のむこうに」はこれらの明るい要素のいいとこ取りなのである。くすくす笑わせながらストーリーが展開し、時々しんみりさせ、最後はお約束の明るいハッピーエンド。そりゃ楽しめますよ。あまり難しいことを言わず映画の流れに乗っかって楽しめばいい。コメディなのだから。普通なら有り得ないことが「自然に」展開されるという特殊な領域はアニメだが、実写版でこれに近いのがコメディ。コメディは既成の枠から外れたところで成り立つジャンルである。既成の枠を踏み越えるから面白いと言ってもいい。少々の無理は笑って済ます。それでいいのである。

  「シャンプー台のむこうに」の魅力はこれにとどまらない。イギリスの牧歌的な風景が楽しめるのも魅力の一つ。舞台はイングランド北部のヨークシャー州。キースリーという田舎町。高い山がなく、なだらかな丘が続くイギリスの田園風景は絵のように美しい。素朴な郊外のファームハウスやそこに住む素朴な人々。羊も出てくるのどかな風景。

  しかし何といっても面白いのは全英ヘアドレッサー選手権そのものとコンテスト出場者のキャラクターである。サイモン・ボーフォイの練りに練った脚本のコミカルな仕掛けがこれに命を吹き込んでいる。全英ヘアドレッサー選手権なるものは恐らく実在しないのだろうArtbasya05200wb が、アメリカには実際あるらしく、スタッフがラスヴェガスまで取材に行ったというコメントがメイキングの中にある。それはともかく、全英ヘアドレッサー選手権は4回戦行われて、その合計点で優勝を争う。「女性ヘア・ブロー部門」、「男性フリースタイル部門」、「ナイト・ヘア部門」そして「トータル・ルック部門」。会場となったキースリーの代表が映画の主人公たちである。かつて2連勝したが3連覇目前に妻に逃げられて挫折、今はすっかりしょぼくれて田舎町のしがない理髪店を営んでいるフィル(アラン・リックマン)。コンテストに出る気など全くない。妻とはこの10年間口もきいていない。不甲斐ない父親に不満を抱きつつ自分はコンテスト出場に前向きなその息子ブライアン(ジョシュ・ハートネット)。フィルの妻シェリー。実はすぐ近くで別の美容院を営んでいる。そしてそのシェリーと駆け落ちした相手サンドラ(レイチェル・グリフィス)。何とシェリーの同棲相手は女性だったのである。元はコンテストの時のモデルだった。

  この真っ二つに割れていた4人が再びチームを組みコンテストに出場する。出だしは不調で回が進むごとに順位が上がり、最終決戦の「トータル・ルック部門」で大逆転という、まるで2004年のアテネ・オリンピックでの男子体操のような展開。否が応でも盛り上がるという仕掛け。しかも1回ごとに登場する髪型がより大胆に、より奇抜になってゆく。優勝をさらった決めのトータル・ルックは小林幸子もあっとのけぞるとんでもない大胆スタイル。うれしさは優勝ばかりではない。優勝と共に4人は家族になった。もともと夫と息子に出場を持ちかけたシェリーの目的は「優勝」ではなく、「私たち4人が家族になること」だった。宙を舞うフィルのハサミは「家族の再生に向けての架け橋だ!」と司会者も思わず興奮して叫んだ、ということはないが、めでたしめでたしのエンディング。こうなると分かっていてもやはり引き込まれてしまう。それだけ映画に力があるということだ。

  小ネタを積み重ねたギャグの用い方も効果抜群。最初のあたりにブライアンが老人の髪を切っているシーンが出てくる。老人にあれこれ話しかけているのを見かけた人が誰に話しかけているのかと問う。ブライアンは老人の足の指に引っ掛けてある名札を観て名前を言う。つまりその老人は死体だったのだ。本物の髪で練習したいためにブライアンは死体置き場の死体を練習用に使っていた!このブラックさがいかにもイギリス映画らしくていい。しかもこれにはもう一つ笑えるエピソードがある。恋人のクリスティーナ(レイチェル・リー・クック)と一緒に死体を使ってカラーリングの練習をしていた時、ひょんなことから外に出たら鍵がかかって戻れなくなってしまう。翌日その老人の葬儀のために集まってきた人たちが窓から覗いて「シド・ヴィシャスだ」と叫ぶところは爆笑ものの傑作。とにかく練習をしたいクリスティーナは羊もまだらに染めてしまう。

  多少不満なのはコンテストに出場したライバルたちがいまひとつ活躍しないこと。強敵があってこそコンテストは盛り上がる。95分という短い映画なので、さすがにそこまでは手が回らなかったということだろう。ただその中でも異彩を放っているのがフィルの最大のライバル、最近2連覇しているレイモンド(通称レイ)。演じているビル・ナイの小悪党ぶりが笑える。中年のおっさんたちがロックバンドを再結成するコミカルな音楽映画「スティル・クレイジー」のくたびれたヴォーカル役で最初に意識した脇役俳優だが、腕は一流なのに下手な小細工ばかりしているこの役柄も見事にぴったりはまっている。まったくの悪人でないところがいい。

  しかし何といってもこの映画を支えているのはアラン・リックマン、レイチェル・グリフィス、ナターシャ・リチャードソンの3人。何をやらせてもうまいアラン・リックマンはさすがの存在感。女房に逃げられてしょぼくれた生活を送っている出だしのやる気のない態度から(チャップリンの「犬の生活」をもじって言えば「負け犬の生活」を送っていた)、カリスマ美容師として復活する最後の「トータル・ルック部門」での颯爽としたハサミ捌きまで(背伸びをすると足の裏のはさみの刺青が見えるのが可笑しい)堂々と演じきっている。「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」でジャクリーヌの姉ヒラリーを演じたレイチェル・グリフィスは、ここでは一転してコメディエンヌぶりを発揮している。ラストの変身振りもすごい。ナターシャ・リチャードソンに言及する人はほとんどいないが、僕はこの可愛いおばちゃん女優が痛く気に入ってしまった。主に舞台やテレビで活躍している人らしい。ここでは不治の病を抱えているという設定だが、湿っぽくならずに明るく前向きに行動する姿がさわやかだ。彼女は何とイギリス映画界の巨匠トニー・リチャードソン監督と大女優ヴァネッサ・レッドグレイヴの娘だそうである。

  しかし登場人物の中でもっとも異彩を放っていたのは町長トニー役のウォーレン・クラーク。キースリーが全英ヘアドレッサー選手権の会場に選ばれた時は町おこしにうってつけの企画とばかりに大喜びで飛びつく。いかにも小さな田舎町らしく、予算をちびって会場は古いダンスホールを改装して使い、駅の電車発着時刻表示板のお古を電光掲示板代わりに使うというけちけちぶりが笑える。自ら司会を買って出るが、最初は選手権のこともヘア ドレッシングのことも分からないので完全に一人会場から浮いている。それが回を追うごとPhoto_21にどんどん板についてきて司会者らしくなってゆく。それに連れて衣装もどんどん派手になってくる。ひたすら町のために選手権を盛り上げようと涙ぐましい努力をする姿に、彼なりに町を愛してるんだといつしか応援したくなってしまう。最後の「トータル・ルック部門」の頃には司会者を越えてすっかりエンターテイナーになっている。もうほとんど自己陶酔の境地に入っている感じだ。選手権終了後も、勢い余ってか、一人ステージに残ってプレスリーのI Just Can’t Help Believingを陶酔したように歌いまくる。どうやら口パクで、歌こそ歌っていないが、その振り付けのはまりっぷりは「ビヨンドtheシー」のケヴィン・スペ イシー並み。いや、お見事でした。

  このように、一見単純なストーリーながら、実に様々な要素が盛りだくさんに詰め込まれている。ほとんど触れなかったが、ブライアンとクリスティーナ(フィルのライバルであるレイの娘)の恋愛も描かれている。恐らく「ロミオとジュリエット」を意識しているのだろう。これだけ色々詰め込んでも展開にもたつきはない。アメリカ映画のようなド派手な演出や豪華さはなくても、アイデアしだいでこれだけ魅力的な作品が作れるのだ。イギリス映画の実力や恐るべし。

2006年11月20日 (月)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(06年12月)

【新作映画】
11月25日公開
 「赤い鯨と白い蛇」(せんぼんよしこ監督、日本)
12月1日公開
 「武士の一分」(山田洋次監督、日本)
12月2日公開
 「イカとクジラ」(ノア・バームバック監督、アメリカ)
 「ファミリー」(イ・ジョンチョル監督)
12月9日公開
 「硫黄島からの手紙」(クリント・イーストウッド監督、アメリカ)
 「人生は、奇跡の詩」(ロベルト・ベニーニ監督、イタリア)
 「敬愛なるベートーヴェン」(アニエスカ・ホランド監督、ハンガリー、英)
 「王の男」(イ・ジュンイク監督、韓国)
12月16日公開
 「あるいは裏切りという名の犬」(オリビエ・マルシャル監督、仏)
 「オーロラ」(ニルス・タベルニエ監督、フランス)
 「長い散歩」(奥田瑛二監督、日本)
 「愛されるために、ここにいる」(ステファヌ・ブリゼ監督、フランス)
12月23日
 「リトル・ミス・サンシャイン」(ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス監督、米)
 「合唱ができるまで」(マリー=クロード・トレユ監督、フランス)

【新作DVD】
11月22日
 「プラハ!」(フィリップ・レンチ監督、チェコ)
 「さよなら、僕らの夏」(ヤコブ・アーロン・エステス監督、アメリカ)
 「緑茶」(チャン・ユアン監督、中国)
 「花よりもなお」(是枝裕和監督)
11月25日
 「エドワード・サイード OUT OF PLACE」(佐藤真監督、日本)
11月30日
 「アメリカン・ドリームズ」(ポール・ウエイツ監督、米)
 「おさるのジョージ」(マシュー・オキャラハン監督、米)
12月1日
 「森のリトル・ギャング」(キャリー・カークパトリック監督、米)
12月22日
 「胡同のひまわり」(チャン・ヤン監督、中国・香港)
 「ジャスミンの花開く」(ホウ・ヨン監督、中国)
 「プルートで朝食を」(ニール・ジョーダン監督、アイルランド、英)
 「ハイジ」(ポール・マーカス監督、イギリス)

【旧作DVD】
11月22日
 「パーマネント・バケーション」(80、ジム・ジャームッシュ監督、米)
 「祇園の姉妹」(36、溝口健二監督)
 「夜の女たち」(48、溝口健二監督)
 「残菊物語」(39、溝口健二監督)
 「浪華悲歌」(36、溝口健二監督)
11月24日
 「愛妻物語」(51、新藤兼人監督)
11月25日
 「冬冬の夏休み」(84、ホウ・シャオシェン監督、台湾)
11月27日
 「陽気なドン・カミロ」(51、ジュリアン・デュビビエ監督、仏)
 「ドン・カミロ頑張る」(53、ジュリアン・デュビビエ監督、仏)
11月29日
 「さすらいの二人」(75、ミケンランジェロ・アントニオーニ監督、伊仏、他)
12月8日
 「注目すべき人々との出会い」(79、ピーター・ブルック監督、米)
12月20日
 「フランク・キャプラDVDコレクターズBOX」
12月22日
 「ドライビングMissデイジー」(89、ブルース・ベレスフォード監督、米)

  劇場新作の話題はなんと言っても山田洋次監督の「武士の一分」とクリント・イーストMorinoieb ウッド監督の「硫黄島からの手紙」に尽きる。巨匠二人の新作に期待大。
  新作DVDはいまひとつぱっとしない。ただし中国映画3本がまとまって出るのは朗報。もう1本注目すべきはドキュメンタリー映画「エドワード・サイード OUT OF PLACE」。今年は「三池 終わらない炭鉱の物語」、「六ヶ所村ラプソディー」、「ガーダ パレスチナの詩」、「ヨコハマメリー」、「蟻の兵隊」などドキュメンタリーの力作がそろった。ポレポレ東中野の果たした役割も大きい。特筆すべきことだろう。
  一方旧作DVDは花盛り。なぜか発売が遅れていた新藤兼人監督の「愛妻物語」がついに出る。彼の代表作の一つで必見。溝口のばら売りも続く。特に「祇園の姉妹」と 「浪華悲歌」は日本映画を代表する名作。絶対に観るべし。ピーター・ブルック監督の「注目すべき人々との出会い」は神秘思想家グルジェフの伝記映画。一風変わった摩訶不思議な映画。一見の価値あり。フランク・キャプラ監督のBOXはばらで持っていなければお買い得。「スミス都へ行く」、「或る夜の出来事」、「オペラハット」、「我が家の楽園」等名作ぞろい。デュビビエ監督のコメディ「ドン・カミロ」シリーズも懐かしい。フェルナンデルの馬面にはまれば結構楽しめるかも。

2006年11月19日 (日)

カミュなんて知らない

2006年 日本 1月14日公開
評価:★★★★
監督・脚本:柳町光男
撮影:藤澤順一 
音楽:清水靖晃 
出演:柏原収史、吉川ひなの、前田愛、中泉英雄、黒木メイサ、田口トモロヲ
    玉山鉄二(友情出演)、阿部進之介、鈴木淳評、伊崎充則、金井勇
    たかだゆうこ、柳家小三治、本田博太郎
特別協力:立教大学

  「人を殺す経験をしてみたかった。」2000年5月に愛知県豊川市で起きた男子高校生Sky_window_1 による殺人事件。犯人の少年は神戸の酒鬼薔薇聖斗や西鉄バスジャックの少年と同じ82年生まれだった。当時社会に衝撃を与えたこの事件をほぼ同じ世代の大学生たちが「タイクツな殺人者」というタイトルで映画にしようとしている。「カミュなんて知らない」はある大学で“映像ワークショップ”を受講する学生たちが映画を製作する過程を描いた映画である。

  異様な迫力のある映画だった。特に最後の20分。高校生がふらっと農家に上がりこんで主婦を殴り殺す場面は異様なほど生々しく、鬼気迫るものがあった。この映画を観た時に感じる迫力はこの部分から伝わってくるものである。しかし全体としてみれば中途半端な映画だと言わざるを得ない。

  この映画は様々な要素を持った映画なのだが、どの面から見ても中途半端なのである。まず、若者映画という観点から見た場合。新しいタイプの青春映画という触れ込みだが、本当にそうなのか。多少馬鹿ふざけの場面も出てくるが、大学生たちを描く時にありがちな軽薄でふざけまわるだけの演技をさせていない。その点は評価できる。ただ人間関係はいかにも作り物という感じだ。平板で深みに欠ける。映画作りという中心テーマに学生たちの私生活を絡める展開は悪くないが、そこで展開されるのは恋愛のもつれというお決まりのパターンに過ぎない。群像劇という言葉を使うこともためらわれるようなステレオタイプの若者像。映画製作にかかわる大学生たちの個性をそれなりに描き分けてはいるが、描き方が外面的で心の揺れが伝わらない。最後は殺人場面の強烈な描写にすべてが収斂してしまい、その他の人間関係はあっけなく途中で放り出されてしまう。クライマックスに至るまでの間に合わせのストーリーという感じだ。この点では中学生同士のみずみずしい人間関係を描いた「青空のゆくえ」に及ばない。

  そもそも「青春」という表現が似合う作品ではない。かといって、生活がかかっているわけではないし人間としての生き方を問われているわけでもないので、森川時久監督の「若者たち」のように真剣になって激論を戦わせるわけでもない。たださらっと流れてゆくだけだ。ただし、映画製作は集団作業だから、当然意見の食い違いやクランクインの日を数日後に控えてあせる気持ちなどは描かれている。

  しかしその学生同士の議論も決して深まらない。議論の焦点は”不条理殺人”をめぐるものである。議論のテーマとして充分な題材だが、犯人は犯行時狂っていたのかそうでないのか、犯行場面をどう演出するかがわずかに論じられるばかりで、それ以上には進まない。”不条理殺人”をめぐる討論劇という構成もありえたが、元よりそんな映画を目指しているわけではない。この点は後ほどまた別の角度から検討する。

  次に「劇中劇」を取り入れた作品として見た場合はどうか。これもカルロス・サウラ監督の名作「カルメン」には遥かに及ばない。「カルメン」の優れている点は、演出過程をそのまま劇中に収め、現実に進行している場面と劇の進行の場面の境界線をあえて曖昧にすることによって、舞台からはうかがい知ることのできない演出家や役者たちの実際の人間性や人間関係をも同時に描き出していることにある。「カミュなんて知らない」も形の上ではそれに近いものがあるが、何せ描かれる「人生」が浅すぎるのだから比較にもならない。

  では不条理劇として見た場合はどうか。タイトルにあるカミュとは小説『異邦人』(1940)を書いたアルベール・カミュを指している。僕が大学生だった頃はまだかなり人気のあった作家だ。カミュの『異邦人』はサルトルなどの実存主義が流行した時代にもてはやされたのである。アラブ人を殺害したムルソーが語った「太陽がまぶしかったからだ」という意味不明の動機が物議をかもした。理性では割り切れない何か「不条理」な行動原理が人間の奥底にあるという提起が当時は衝撃的であった。憎しみも利害関係のもつれもない、ただ「太陽がまぶしかったから」という動機は確かに「人を殺す経験をしてみたかった」という高校生の発言と重なる。そういう意味で高校生による殺人事件は論じるに足るテーマである。しかし言うまでもなく、この映画は「カミュなんて知らない」というタイトルが示すように、不条理劇にもなりきれていない。監督と俳優とスタッフの間で犯人は犯行時正常だったのか異常だったのかをめぐってちょっと議論になったというだけで終わってしまう。不条理な殺人の動機について深く追求しているわけではない。そもそも今の学生に議論は似合わない。ただ、殺人犯を演じる池田(中泉英雄)だけが一人役柄に引き込まれるようにしてのめりこんでゆく。犯人になりきった時の彼の目つきが実に不気味だ。彼を中心にして、そこをもっと掘り下げて描いていたらはるかに優れた作品になっていたかも知れない。

  結局、監督役の学生が自分の考えを強引に押し通して議論を棚上げにしたまま、一気に殺害場面の撮影へとなだれ込む。この殺害場面が不気味なほどリアルで生々しいのは、しばしば本当に殺しているのかと思わせる演出になっているからである。演じる池田の目が演技を超えて異様なほど不気味な光を放っている。彼は犯人像にのめりこむあまり犯人の意識が彼に乗り移り、本当に主婦を殺してしまったのではないか。しばしばそう思えるように描いている。最後には演出だということが横にカメラが映ることで分かるのだが、この「現実と演出が重なり合う」描き方が水際立っており、ぞっとするような効果を発揮している。

Big_0064_2   最後の異様なほど迫力のある演出はほとんどの人が褒めている。しかし同時に不安を表明する人も多い。なぜなら殺人に対する姿勢が微妙だからだ。もちろん肯定はしていないが、はっきりと否定しているわけではない。殺人場面のリアリティをひたすら追求するばかりで、映画として殺人行為をどう理解するかという観点がすっぽり抜けているのである。殺人犯の心理の奥底には全く踏み込まず、正常なのか狂気なのか、あるいは何が彼を殺人に追いやったのかという議論は棚上げにし、ただ池田が役柄にのめりこんでゆく様をそのまま薄気味悪いほど冷静に描いて、生の「リアリティ」を観客の前に投げ出すばかり。そういう演出だ。

  エンドロールでは畳の上に大量に流れた「血のり」を学生スタッフが黙々と拭き取るシーンを長々と流す。ああいう演出でよかったのかなどの議論はない。ただ黙々と後片付けをするだけ。不気味な血の色だけが最後の印象として残る。これは判断停止を暗示している。だが、映画のリアリティとはただ事実を映し出すことにあるわけではない。そこには、明確であるかはともかく、現実を切り取るある一定の視点があるはずだ。『異邦人』も判断停止はしていない。人間存在の「不条理性」を明確に提起している。「カミュなんて知らない」はただ”不条理殺人”を題材にしただけで、実際に描いたのは「殺人のリアリティ」である。しかも前半の”青春群像”とは直接つながっていない。そういう意味で、不気味な迫力はあるが、完成度が高い映画とは言えない。

  過去の映画に対するオマージュあるいはパロディという点ではどうか。「カミュなんて知らない」は映画製作にかかわる学生を主人公にしているだけに、いかにも映画オタクといったせりふがふんだんに出てくる。溝口健二、ヴィスコンティ、トリュフォー、ゴダール、ヒッチコック、フリッツ・ラングなどの名前がどんどん飛び出してくる。だが、映画談義といっても話題は溝口の長回しがどうのといった技術面の域を出ない。作品のテーマなどそっちのけで、技巧面などの「断片的な知識」にしか目が行っていない。いわゆる「映画検定」に夢中になるような手合、映画の本質とはかけ離れた、膨大だが断片的で細切れの知識を仕入れることに血眼になっている連中(いわゆる「映画通」を自称する連中のほとんどがこの手の輩だ)。もっとも、大学で映画を学んでいる連中なんてそんなものだから、それはそれでリアルだとも言えるが。「キル・ビル」のような、様々な引用を盛り込んだ映画を褒める人がいるが、そんなものは単なるお遊びであり、これはどの映画のもじりだと言い当てたからといって映画をよく理解していることにはならない。そういう基準で映画を考えること自体馬鹿げている。

  それはともかく、「カミュなんて知らない」には様々な過去の作品の場面をもじったシーンがちりばめられている。例えば冒頭場面の長回し。これはロバート・アルトマンの「ザ・プレイヤー」のパクリだと監督自身が説明している。中でももっとも徹底しているのはヴィスコンティの「ベニスに死す」のパロディだ。「タイクツな殺人者」を製作している学生たちがアッシェンバッハと呼んでいる人物がいる。彼らの指導教授で元映画監督である中條教授(本田博太郎)だ。アッシェンバッハとはヴィスコンティの「ベニスに死す」の主人公である作曲家の名前だ(トーマス・マンの原作では作家だったが)。アッシェンバッハが美少年タジオに魅せられたように、中條教授はレイという女子大生(黒木メイサ)に夢中である。中條教授がレイと会う前に顔に白粉を塗る場面、上から下まで白装束で固める場面(この場面は声を出して笑ってしまった)、彼が倒れている場面にマーラーの交響曲5番が流れる場面は、完全に「ベニスに死す」のパロディである(アッシェンバッハを演じたダーク・ボガードが観たら苦笑いするだろう)。それなりに面白いのだが、特に映画のテーマを深めているわけではない。ちょいとしたお遊び程度だ。中條教授はこのパロディのためだけに登場していると言っても過言ではない。

  要するに、「カミュなんて知らない」は主婦殺害場面をメインにして、それに学生たちの私生活や映画の薀蓄を盛り込んだ映画なのである。”不条理殺人”は単なる味付け程度。どの面から見ても中途半端な映画。確かに異様な迫力があるので引き込まれるが、手放しで褒められる作品ではない。

  柳町光男監督の作品を観るのはこれが初めてだ。「十九歳の地図」、「さらば愛しき大地」、「火まつり」など話題になった作品を作ってきた人だが、吉田喜重や今村昌平に近い作風の監督だという印象でいまひとつ心を引かれなかった。「カミュなんて知らない」を観てもその印象は変わらない。ただし、今村昌平に「未帰還兵を追って」という優れたドキュメンタリー・シリーズがあるように、柳町光男監督も「旅するパオジャンフー」という歌や踊りを交えながら薬を売り歩く旅商人たちを映したドキュメンタリーを撮っている。これは機会があれば観てみたい。ひょっとしたら掘り出し物かも知れない。

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