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2006年10月1日 - 2006年10月7日

2006年10月 7日 (土)

ゴブリンのこれがおすすめ 29

ほのぼの・のんびり・ユーモアドラマ

■おすすめの80本
「かもめ食堂」(2005) 荻上直子監督
「天空の草原のナンサ」(2005) ビャンバスレン・ダバー監督
「ライフ・アクアティック」(2005)  ウェス・アンダーソン監督
「犬猫」(2004) 井口奈己監督
「サイドウェイ」(2004) アレクサンダー・ペイン監督
「村の写真集」(2004) 三原光尋監督
「ライフ・イズ・ミラクル」(2004) エミール・クストリッツァ監督
「大いなる休暇」(2003) ジャン・フランソワ・プリオ監督
「カレンダー・ガールズ」(2003) ナイジェル・コール監督
「キッチン・ストーリー」(2003) ベント・ハーメル監督
「茶の味」(2003) 石井克人監督
「阿弥陀堂だより」(2002) 小泉堯史監督
「過去のない男」(2002) アキ・カウリスマキ監督
「月曜日に乾杯!」(2002) オタール・イオセリアーニ監督
「至福のとき」(2002) チャン・イーモウ監督
「ベルヴィル・ランデブー」(2002) シルヴァン・ショメ監督 
「僕のスウィング」(2002) トニー・ガトリフ監督
「ホテル・ハイビスカス」(2002) 中江裕司監督
「わが家の犬は世界一」(2002) ルー・シュエチャン監督
「アメリ」(2001) ジャン・ピエール・ジュネ監督
「思い出の夏」(2001) リー・チーシアン監督
「ポーリーヌ」(2001) リーフェン・デブローワー監督
「マーサの幸せレシピ」(2001) サンドラ・ネットルベック監督
「あの子を探して」(2000)  チャン・イーモウ監督
「初恋のきた道」(2000)  チャン・イーモウ監督
「ザ・カップ 夢のアンテナ」(1999) ケンツェ・ノルブ監督
「こころの湯」(1999) チャン・ヤン監督
「ストレイト・ストーリー」(1999) デビッド・リンチ監督
「ナビィの恋」(1999) 中江裕司監督
「山の郵便配達」(1999)  フォ・ジェンチイ監督
「ウェイクアップ!ネッド」(1998) カーク・ジョーンズ監督
「キリクと魔女」(1998) ミッシェル・オスロ監督
「黒猫・白猫」(1998) エミール・クストリッツァ監督
「ウェールズの山」(1996) クリストファー・マンガー監督
「熱帯魚」(1995) チェン・ユーシュン監督
「フォレスト・ガンプ 一期一会」(1994)  ロバート・ゼメキス監督
「パリ空港の人々」(1993) フィリップ・リオレ監督
「しこふんじゃった」(1992) 周防正行監督
「大誘拐」(1991) 岡本喜八監督
「ザ・コミットメンツ」(1991) アラン・パーカー監督
「少年時代」(1990) 篠田正浩監督
「マルセルの夏」(1990) イブ・ロベール監督
「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989) ジュゼッペ・トルナトーレ監督
「となりのトトロ」(1988)  宮崎駿監督
「子供たちの王様」(1987)  チェン・カイコー監督
「友だちのうちはどこ?」(1987) アッバス・キアロスタミ監督
「フランスの思い出」(1987) ジャン・ルー・ユベール監督
「コクーン」(1985) ロン・ハワード監督
「スイート・スイート・ビレッジ」(1985) イジー・メンツェル監督
「タンポポ」(1985) 伊丹十三監督
「バウンティフルへの旅」(1985) ピーター・マスターソン監督
「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」(1985) ラッセ・ハルストレム監督
「冬冬の夏休み」(1984) ホウ・シャオシェン監督
「標識のない河の流れ」(1983)  ウー・ティエンミン監督
「川の流れに草は青々」(1982)  ホウ・シャオシェン監督
「歌っているのはだれ?」(1980) スロボダン・シャン監督
「森浦への道」(1975)  イ・マニ監督
「チェブラーシカ」(1969-74) ロマン・カチャーノフ監督
「ルカじいさんと苗木」(1973) レゾ・チヘイーゼ監督
「ピロスマニ」(1969) ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督
「わんぱく戦争」(1961) イブ・ロベール監督
「貸間あり」(1959)  川島雄三監督
「駅前旅館」(1958) 豊田四郎監督
「僕の伯父さん」(1958) ジャック・タチ監督
「屋根」(1957) ヴィットリオ・デ・シーカ監督
「喜びも悲しみも幾年月」(1957)  木下恵介監督
「警察日記」(1955) 久松静児監督
「夫婦善哉」(1955) 豊田四郎監督
「お茶漬けの味」(1952) 小津安二郎監督 Pmhusuy43
「静かなる男」(1952)  ジョン・フォード監督
「僕の伯父さんの休暇」(1952)  ジャック・タチ監督
「本日休診」(1952) 渋谷実監督
「花嫁の父」(1950) ヴィンセント・ミネリ監督
「長屋紳士録」(1946) 小津安二郎監督
「浮草物語」(1935)  小津安二郎監督
「隣の八重ちゃん」(1934) 島津保次郎監督
「出来こころ」(1933)  小津安二郎監督
「生まれてはみたけれど」(1932)  小津安二郎監督
「マダムと女房」(1931) 五所平之助監督
「落第はしたけれど」(1930)  小津安二郎監督

■こちらも要チェック
「ウィスキー」(2004)フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール監督

■追加
「迷子の警察音楽隊」(2007) エラン・コリリン監督
「リトル・ミス・サンシャイン」(2006) ジョナサン・デイトン・他監督
「キンキー・ブーツ」(2005) ジュリアン・ジャロルド監督
「サン・ジャックへの道」(2005) コリーヌ・セロー監督
「シャンプー台のむこうに」(2001) パディ・ブレスナック監督

2006年10月 6日 (金)

ノー・ディレクション・ホーム

2005年 アメリカ 2005年12月23日公開
評価:★★★★★
原題:BOB DYLAN NO DIRECTION HOME
監督:マーティン・スコセッシ
製作:グレイ・ウォーター・パーク・プロダクションズ、スピットファイアー・ピクチャーズ
        サーティーン-WNET、アメリカン・マスターズ
編集:デビッド・テデスキ
出演:ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、アレン・ギンズバーグ、アル・クーパー
        デイブ・ヴァン・ロンク、ウディ・ガスリー、メイヴィス・ステイプルズ
   ピート・シーガー、マリア・マルダー、スーズ・ロトロ、ピーター・ヤーロウ
   ボブ・ニューワース

  ミュージシャンを描いたドキュメンタリーのレビューをこれまで書いたことはない。音楽が好きであるにもかかわらずCDなどの感想をあまり書かないのは、ストーリーのある映画と違って感覚的な要素の強い音楽を表現する言葉を僕が持っていないからである。また、音楽に関して僕は純粋なリスナーであり、楽器も弾けないし、専門的な音楽の知識を持っていないという事情もある。

  したがって、初期ボブ・ディランのドキュメンタリー「ノー・ディレクション・ホーム」は、僕にTakigawa とって扱いにくい題材である。それでもあえてレビューを書こうと思ったのは、「ノー・ディレクション・ホーム」が非常に優れたドキュメンタリーだと感じたからだ。ほとんど写真でしか観たことのなかった若き日のディランの顔(表情)の美しさ、演奏される曲の素晴らしさに強く惹かれた。3時間半にも及ぶ長編ドキュメンタリーだが、ぐいぐいと画面に引き付けられ最後まで一気に観てしまった。

  僕がディランを聞き出したのはかなり後になってからだ。恐らく80年代のはじめごろだろう。最初に買ったディランのアルバムが何かは覚えていないが、現在持っているディランのレコードとCDは20枚を越える。では、かなりのディラン・ファンなのかというと、別にそういうわけではない。評論家がディランのものは何でもほめるので、一応買っておいたらいつの間にかたまってしまったというだけのことである。

  ディランのアルバムでは比較的初期のものが好きだ。フォーク時代はどれも悪くない。ロック転向直後のものもいい。『時代は変わる』、『追憶のハイウェイ61』、『ブロンド・オン・ブロンド』、『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』、『ハード・レイン』あたりがマイ・ベスト5である。70年代まではいくつかいいと思うのがあるが、80年代以降はほとんど魅力を感じない。最近はただもごもごと歌っているだけでちっとも面白くない。僕にとってのディランはほとんど60年代で終わっている。最も優れていると思う曲を2曲挙げればアルバム『追憶のハイウェイ61』に収められている「ライク・ア・ローリング・ストーン」と「廃墟の街」。この2曲は本当に別格で、文字通りの名曲だと思う。時々無性に聞きたくなる。

  恐らく「ノー・ディレクション・ホーム」に引き込まれたのはその一番好きな時代に焦点を当てているからだろう。この時代の楽曲にはかなり引き込まれる。歌に力を感じる。僕自身が高校生のころ(70年代初期)はフォークソングが好きでよく聴いていた。様々なジャンルを聞くようになった今でもフォークは好きなジャンルの1つである。90年代以降で言えばジュリー・マス、キャロル・ロール、ナンシー・グリフィス、ベス・オートン、メアリー・チェイピン・カーペンター、メアリー・ルー・ロードあたりがお気に入り(なんてこったい、全部女性だ!?)。フォークの伝統が絶えていないのはうれしい。今でもPPMを聞くと古里に帰ってきたような心地よさを思える。

  また60年代という社会が大きく揺れ動いていた時代が背景にあることも魅力を感じる重要な要素だ。音楽が今よりもずっと社会にコミットしていた時代だ。ディランが歌っていたのもトピカル・ソングやプロテストソングと呼ばれるものである。ただ恋愛を歌う歌もいいが、僕はそういう歌も好きだ。もちろんディランはプロテスト・ソングを歌いながらも、政治の中に巻き込まれまいとする姿勢をはっきり示している。僕としてはウディ・ガスリーやピート・シーガーのような社会とのかかわりの持ち方に共感するが、微妙な立ち位置を選んだディランの姿勢も理解できる。自分が歌いたい歌を歌っているだけで、他人に利用されたくない。そういう気持ちがあったのだろう。歌手に出来ることは結局歌うことだけなのだ。

  いずれにせよ、当時の世相を映し出す映像をたっぷり盛り込んで、それらと平行してTuki_gura_250_04_2ディランの生き方を描くという構成にしたことが成功している。「ノー・ディレクション・ホーム」はデビューから66年までのボブ・ディランの音楽と人間像を本人や関係者からのインタビューと当時の貴重な映像で再現しようと試みたドキュメンタリーであると同時に、ディランを含む当時の多くのアーティストたちが音楽という角度から社会にコミットしようとしていた類まれな時代を映し出したアメリカ現代史の貴重な記録でもある。特に貴重だと思ったのはワシントン大行進のとき舞台で歌っていたディランの映像である。彼も出演していたとは知らなかった。その時のキング牧師の演説はあまりにも有名で何度も聞いたことがあるが、映像はほとんど観たことがない。ピーター・ポール&マリーのDVD「キャリー・イット・オン ~PPMの軌跡」にその時の舞台で歌った「風に吹かれて」の映像が入っているのを観て仰天した覚えがある。ワシントン大行進の記録映像は20世紀の記録の中でもトップクラスに入るほど重要なものだ。恐らく当時のニュース映像などかなりの記録映像が残っているはずである。是非DVDにまとめて出してほしいものだ。

  記録映像としての価値はディランを取り巻く多彩な人物の貴重な映像にも表れている。出てくる人たちがすごい。大木のような体躯から野太い声を発するオデッタ、まだ10代のころのものすごくかわいい映像と丸々としたオバちゃんになった映像の両方が観られるマリア・マルダー、同じようにすっかりオバちゃんになったメイヴィス・ステイプルズ、彼女たち の動く映像は初めて観た。酒を飲んでいる姿がほんの一瞬映し出された黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの映像も貴重だ。極めつけはビート詩人のアレン・ギンズバーグ。銀髪の老人になって登場した。正直言って、この人まだ生きてたのかと仰天した(失礼)。後に名盤『スーパー・セッション』を残したアル・クーパーとマイク・ブルームフィールドの貴重な映像。銀髪ですっかり落ち着いた感じになった現在のインタビュー映像と若いころの透き通った声で歌っていたころの映像の両方が楽しめたジョーン・バエズ。特に若い時の映像はたっぷり映し出されていて、その声と姿の美しさに見とれてしまった。ピーター・ポール&マリーのDVD「キャリー・イット・オン ~PPMの軌跡」に収められたマリー・トラヴァースの若いころの映像に匹敵する美しさだった。

  映像ばかりではない。メモを取るに値する発言があちこちにちりばめられていた。とても全部は書ききれないので、2つだけ書いておこう。まずはメイヴィス・ステイプルズ。

  ″人と呼ばれるのにどれだけの道を歩まねばならないのか。(「風に吹かれて」の歌詞)″なぜこれが書けるの?私の父の経験そのものよ。人間扱いされなかった父のね。ボブは白人だっていうのにどうしてこんな詩が書けるのか不思議だった。きっと霊感を得てたのね。だから人の心に直接響いてくるのよ。ゴスペルと同じ。彼は真実を歌にする。

  次はアレン・ギンズバーグ。

  チベットの僧のことわざにある、「自分を越える弟子がいない者は師ではない。」私は彼の言葉に圧倒された。特に「歌う前に自分の歌の意味を知る」、「山にこだまさせ皆に伝えたい」といった言葉。聖書の預言のようだ。詩とは力ある言葉、人の髪も逆立たせる。主観的真実の表現であるが、他の人が客観性を与えた時にそれは初めて詩と呼ばれる。

  なにしろ400時間を越えるアーカイブ映像から選び抜いたというのだからほとんど無駄な映像はない。映画として考えれば3時間半は超大作並だが、DVDはさらに映像を増やし、演奏も最後まで入れて、1本2時間×3巻くらいあってもいいと思った。3夜連続のテレビの特集だと考えれば決して長くない。

  それはともかく3時間半でも当時の雰囲気がよく伝わってくる。特に、当時多くのアーティストや若者が集まっていたグリニッジ・ヴィレッジの雰囲気が映像で見られたのは貴重だった。様々な才能を持った人々が様々なパフォーマンスを繰り広げていた。実に独特の雰囲気だった。そこから多くの才能が発掘された。ボブ・ディランもまたそこで大先輩たちから様々なことを学んでいた。ジョニー・キャッシュやリアム・クランシーのパフォーマンスから多くを学んだ。ほぼ同じ世代のジョーン・バエズにも圧倒され、パートナーになる予感がしたと率直に語っている。

  音楽だけではない。ジェームス・ディーンやマーロン・ブランドの映画からも影響を受けたと語っている。50年代はアメリカが空前の繁栄を享受していた時代だった。ウィリアム・ホールデン主演「ピクニック」(1955)を観れば当時の浮かれた雰囲気が分かるだろう。そこに登場した二人の反逆児。「理由なき反抗」で無軌道な行為に突っ走っていたジェームズ・ディーン、「乱暴者」、「波止場」でふてぶてしい面構えを見せたマーロン・ブランド。彼らは当時の反逆者の象徴だった。この二人の影響とグリニッジ・ヴィレッジでの経験から反逆児ボブ・ディランが生まれたのである。

  グリニッジ・ヴィレッジでの経験を通じてディランは別人のように成長した。本人も「悪魔と取引きして、一夜にして変わったんだ」と語っている。ブルース・ギタリストであるロバート・ジョンソンの有名な伝説の引用である(彼はある時四つ角で悪魔に出会い、魂を売るのと引き換えにギター・テクニックを手に入れた、さらに元をたどればゲーテも取り上げた「ファウスト」伝説に行き着くだろう)。

  ディランの記録映像には他にD・ A・ペネベイカー監督の「ボブ・ディランDONT LOOK BACK 1965 LONDON」もあるが、これはもっとディラン個人とそのパフォーマンスに焦点をArtkazamidori01250wd 当てているようだ。だから観たいとは思わない。ディランを、特に60年代のディランを理解しようとすれば、「ノー・ディレクション・ホーム」の様により広い社会的視野から彼を捉えなければならないと思うからだ。ディランを理解しようとするならウディ・ガスリーとの関係は切り離せない。ディランはガスリーに会いに行っている。抜け殻のようになっていたその姿にショックを受けたようだ。初期のディランのしゃがれ声とぶっきらぼうな歌い方には明らかにウディ・ガスリーの影響が見て取れる。ガスリーの自伝にはケルアック(『路上』の作者)以上に親近感を覚えたと語っている。

  ディランはガスリーからその自由な生き方と、常に自分と歌を社会と民衆の中におく姿勢を学んだのだろう。ギンズバーグが絶賛しているように、ディランの詩人としての才能はガスリー以上だった。ロックに転向した時、ファンは彼を「裏切り者」、「ユダ」とののしったが、僕から観れば「ライク・ア・ローリング・ストーン」や「廃墟の街」はガスリーの延長線上にある気がする。ウディ・ガスリーの影響が明瞭な初期の「時代は変わる」も名曲だと思うが、「ライク・ア・ローリング・ストーン」や「廃墟の街」にはより優れた詩人に成長したディランがいる。本人の言葉によれば、泊まった人の家に詩集があると手当たり次第に読んだそうである。彼は単なるミュージシャンであるばかりではなく詩人だったのだ。ジョーン・バエズが面白い体験を語っていた。当時売れっ子の彼女がディランを連れて高級ホテルに泊まろうとした時、ディランの格好があまりに汚いので最初断られた。何とかねじ込んで泊まれるようにしたが、その苦い体験を元にディランがホテルで一気に書き上げたのが有名な「ホエン・ザ・シップ・カムズ・イン」だった。 僕が大学院生だったとき、大学の学会で「廃墟の街」を詩としてとらえた研究発表を聞いたことがある。

  フォークからロックへ移っていったのはディランにとって恐らく自然なことだったのだろう。しかしそれを理解しないファンからの野次にはかなり心を悩ましていたようだ。インタビューもひどい。実にばかげた質問を執拗に繰り返している。観ていて腹が立った。結局彼らは自分たちの理解の範囲でしかディランを「理解」していなかったのだ。バイクの絵柄のシャツにこだわっていたファンはディランではなく自分を語っていたのである。ディランを理解しなかった当時のマスコミも同じだったのである。僕は決して彼のファンではないが(というより僕は個人崇拝がきらいなので誰のファンにもならない、映画であれ音楽であれ僕にとって重要なのは個人ではなく「作品」である)野次が飛び交う中で自分が歌いたい歌を歌いきったディランの姿には感動すら覚えた。

  「ノー・ディレクション・ホーム」の最後のほうは苦悩するディランを映し出している。この苦悩を突き抜けてディランはさらに大きく成長したのだろう。このドキュメンタリーが成功したのはディランを決して美化しなかったことだ。賛美するのではなく客観的に彼を描こうとした。その点を評価したい。最後にマーティン・スコセッシ監督のインタビューから引用して終わろう。

  この映画を見る若い人たちにとって興味深いのは、あるアーティストの成長と、彼のしてきた選択の数々が見られるところだと思う。彼が選んできたのは、自分自身であること、そしてもう少し成長した後では、自分自身からより多くをひきだせるかどうか、挑戦し続けることだった。

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2006年10月 4日 (水)

長野県上田市で「スティーヴィー」の無料上映会を開きます

 これまで何度も書いてきましたが、地方都市では観たい映画があってもなかなか観られないのが現状です。映画館の数が少ないからです。上映されるのは日本映画とアメリカの娯楽大作がほとんど。地方都市とはいえ、熱心な映画愛好者はどの都市にもいるはずです。僕もその一人です。地方の小さな都市ではDVDのレンタル開始あるいは発売まで待たなければ観たい映画が観られません。

 そういった「映画文化不毛の地」ではしばしば有志による自主上映会が開かれることがあります。上田でも過去に何度か自主上映会がありました。その自主上映もここしばらく途絶えていたのですが、今回話題のドキュメンタリー映画「スティーヴィー」の無料上映会が開かれることになりました。

 少人数で毎月開いている「映画の会」(僕も含めて現在6名)のメンバー小林さんが立ち上げた企画です。僕も上映会スタッフの一員として協力しています。日時、場所、チケット(整理券)の入手方法(無料ですが整理券が必要です)など、詳しいことは下記をご覧になってください。今回の上映会、および映画「スティーヴィー」については「映画『スティーヴィー』について語ろう」というブログに詳しい情報が載っていますので、関心のある方はそちらのブログも参照してください。サイドバーの「お気に入りブログ」に載せてあります。

 現在のところ順調にチケットがはけています。県外からのチケット希望も何件か寄せられています。定員がありますので、チケットを入手したい方は早めにお申し込みください。

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

【「スティーヴィー」上映会の案内】

日時: 2006年10月21日(土) 午後2時開演 (午後1時半会場)
場所: 長野大学リブロホール (定員320名 入場にはチケットが必要です)

≪チケット情報≫
配付期間: 2006年9月8日(金)~ (なくなり次第終了)
配付場所: 以下の場所で各100枚程度。

長野大学 地域連携センター
  〒386‐1298 上田市下之郷658-1 Tel:0268-39-0007
松尾町 真田坂キネマギャラリー幻灯舎
  〒386-0012 上田市中央1-3-1 Tel:0268-21-7280
長野大学 小林一博研究室
  〒386‐1298 上田市下之郷658-1 Tel:0268-39-0001(代表)

※ 遠方の方でチケットの郵送をご希望の方は「チケット希望」と朱書した封書に住所・氏名を書いた封筒と返信用の切手を入れて、希望枚数を明記のうえ、長野大学 小林一博研究室宛にお申し込みください。1回の申し込みにつきチケットは2枚までお送りできます。申し込みはお早めに。

2006年10月 2日 (月)

メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬

2006年 アメリカ・フランス  06年3月11日公開Fuukei1a
原題:THE THREE BURIALS OF MELQUIADES ESTRADA
製作:マイケル・フィッツジェラルド、トミー・リー・ジョーンズ
監督:トミー・リー・ジョーンズ
脚本:ギジェルモ・アリアガ
撮影:クリス・メンゲス
音楽:マルコ・ベルトラミ
出演:トミー・リー・ジョーンズ、バリー・ペッパー、ドワイト・ヨーカム
    ジャニュアリー・ジョーンズ、アシュトン・ホームズ、ハイディ・ヘイズ
    メリッサ・レオ、フリオ・セサール・セディージョ、ヴァネッサ・バウジェ
    レヴォン・ヘルム

  今年のアメリカ映画は違う。「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」(長いので以後は「メルキアデスの埋葬」と省略する)も期待を裏切らない力作だった。変わったタイトルが目を引くが、この映画から連想される映画がいくつもある。何度も埋められては掘り返されるという点ではヒッチコックの「ハリーの災難」をすぐ連想した(もっともハリーの場合は3度なんてものではないが)。もちろんコメディである「ハリーの災難」に比べると「メルキアデスの埋葬」は遥かに重い映画だ。単に掘り返すのではなく、死者をその故郷に運ぶ旅につながるからである。その意味では、むしろ同じアパートに住んでいたユダヤ系の老婦人の遺灰を彼女の生前の望み通りイスラエルの地で撒いてやろうと奔走する青年を描いたフランス映画「C階段」(1985)や、祖父の遺灰を息子と孫がメキシコ国境近くまで運んでいって撒くまでを描いた「ラスト・マップ/真実を探して」(2004)に近い主題を持っている。さらには、トルコ映画の名作「遥かなるクルディスタン」(1999)ではトルコ人の主人公が、迫害されて死んだクルド人の友人の棺を持って彼の故郷に向かう。死んだ友人が差別される人間だったこと、遺灰ではなく死体を運んでゆくこと、故郷が近づくにつれて荒涼とした風景になって行くこと、故郷に至るラストで衝撃的な事実を知る点など、共通点は非常に多い。また、それまでほとんどまともに描かれることのなかったメキシコ人を正当に描いたという点では「スパングリッシュ」(2006)に通じるものがあり、国境の向こう側もこちら側も決して「約束の地」ではなかったことを描いたという点では名作「エル・ノルテ 約束の地」(1993)にも通じる(国境の越え方は逆方向だが)。

  「メルキアデスの埋葬」の展開は途中からガラッと変わる。最初の3分の1くらいまでは時間軸をずらし、メルキアデス(フリオ・セサール・セディージョ)の死体発見後の展開、メルキアデスが誤って射殺されるまでの展開、彼を誤射した国境警備員のマイク・ノートン(バリー・ペッパー)と妻ルー・アン(ジャニュアリー・ジョーンズ)がシンシナティから舞台となったメキシコ国境に近いテキサス州バンホーンに引越して来るエピソードが、何度か時間を撒き戻しながら交錯するように描かれている。後半はメルキアデスのカウボーイ仲間ピート・パーキンス(トミー・リー・ジョーンズ)がマイクを無理やり連れ出して、メルキアデスの遺体を彼の故郷に埋葬する旅に出る直線的展開に変わる。ここから映画はロード・ムービーになる。

  一風変わった展開には脚本を担当したギジェルモ・アリアガの個性が強くにじみ出ている。「アモーレス・ペロス」や「21グラム」の脚本家だ。時間軸をずらす手法は彼の得意とするところである(同じ場面を別の角度から撮って真相を見せてゆくという手法をより徹底して全編にわたって駆使したのが内田けんじ監督の「運命じゃない人」)。

  「アモーレス・ペロス」や「21グラム」は皮肉な運命に翻弄される個人のドロドロした絡まりあいを描いた。個人的人間関係に限定したために、インパクトは強いが深みに欠けるきらいがあった。その点「メルキアデスの埋葬」はより広い社会的テーマを扱っている。そのテーマとはアメリカとメキシコの関係であり、その関係のシンボルとなるのが国境である。狭い人間関係に焦点を絞っていた前2作は空間的にも狭かったが、二つの国にかかわる「メルキアデスの埋葬」は空間的にも広がりがあり、そこで「旅」のテーマが導入される。この「旅」は単なる移動ではない。飛行機でひとっ飛びしたのでは得られないものを、彼らは国境を越え山を越えて、地上をゆっくりと進む旅で得たのである。後半がロードムービーになる所以である。したがって、全体としてみれば後半に重点があり、前半はむしろ状況設定の部分である(だから退屈にならないように時間を交錯させて変化をもたせる必要があったのだ)。

  監督と主演を務めたトミー・リー・ジョーンズは公式サイトに収録されたインタビューで、「私はずっとテキサスとメキシコのボーダーをテーマにした映画を撮りたいと思っていたんだ。私が生まれて育った場所の物語を描きたかった」と語っている。さらに、「国境」についても次のように述べている。

  この映画は同じ土地に生き、同じような文化を共有していながら、そこに国境が横たわっているという、我々の現実の姿を描いている。でも実際にテキサスとメキシコの間に立ってみれば、どこが国境かなんてわからないだろう。まったく同じ風景が続くだけなんだから。つまりボーダーなんてものは、ないということを描いてもいる。

  国境近くはアメリカ領もメキシコ領も同じように荒涼とした丘が続いている。メルキアデスが撃たれたのもそういうところだ。アメリカには不法滞在者も多く、また彼らの存在があるから経済が成り立っている面もある。にもかかわらず二つの国の間には人為的な「目に見えない」線が引かれている。そしてその見えない線が本来一つであるはずのものを二つに分断しているのだとトミー・リー・ジョーンズは言っているのである。目には見えないが、実際にはベルリンの壁のようなものがそこに存在し、ベルリンの壁同様にそれを超えようとして命を落とした人は後を絶たない。映画の中でも密入国しようとして国境警備隊に阻止された人たちが描かれている。警備隊員のマイクはその際に逃げようとした女性(ヴァネッサ・バウチェ)の鼻を殴ってへし折っている。現実には存在しない線が現実に人の命を奪ったり傷つけたりしている。その国境線の存在はまたメキシコ人への偏見や差別を生む。マイクはメルキアデスを誤って射殺してしまったことを報告せず(死体を埋めて隠してしまった、第1の埋葬)、そのことを伝え聞いた保安官ベルモント(なんとカントリー歌手のドワイト・ヨーカムが演じている)もあえて追及せず闇に葬ろうとする。そこにはどうせ不法入国者のメキシコ人だからという差別意識が露骨に表れている。

  「メルキアデスの埋葬」は一見男と男の友情を描いた映画のように見えるが、そこには上の様な問題意識が描き込められていることにも目を配っておかなければならない。確かに、ピートが国境を越えてメルキアデスの遺骸をメキシコまで運んでいったのはメルキアデスとの約束があったからである。「約束してほしい。もし俺が死んだら家族の元へ連れてってくれ。故郷に埋めてほしい。国境のこっち側に埋められたくない。」夢を求めてアメリカにやってきたにもかかわらず無残にも殺されてしまったメルキアデスの願いをかなえてやりたい、故郷に葬ってやりたい、ピートの心にあったのは復讐ではなくこの願いだっただろう。マイクを強引に拉致して連れて行ったのは報復のためではなく、自分の犯した罪の重さを身をもって痛感させたかったからだろう。だからひどい扱いはするが決して殺そうとはしないし、蛇に噛まれた時は薬草の知識を持っている女性(マイクが殴って鼻を折った女性だった)に救いを求める。憎しみではなく、偏見を超えた深い人間相互の理解を追及しようとする脚本家と監督の姿勢がここに表れている。

  これだけでも充分共感できるが、映画はその上に「国境」を描いている。国境のこちら側、つまりテキサスでは沈滞した町のムードが描かれている。マイクの妻は娯楽らしい娯楽もない田舎町の日常に退屈している。なじみのカフェ・レストランでやるせなくタバコをくYama2 わえているシーンが何度も出てくる。そのレストランでウェイトレスをしているレイチェル(メリッサ・レオ)は夫がいながら保安官やピートと浮気をしている。男も女も浮気をしている。それが唯一の楽しみのようなものだ。田舎町の閉塞感が画面から漂い出ている。一転してメキシコ領に入ると人々はみな親切で(ピートたちに肉を分け与えてくれたメキシコ人役として脚本のギジェルモ・アリアガが特別出演している)。途中電話をかけるために寄ったバーには人が群れ、熱気があった。国境警備隊に追われながらの苦痛に満ちた旅。これは一体何に向かっての旅だったのか。ピートにとっては約束を果たすための旅だった。マイクにとっては自分の犯した罪の深さを知るための、あるいは贖罪の旅だった。彼の横でメルキアデスの死体はどんどん腐食が進み、異臭を放っているのである。旅自体が彼にとって責め苦だった。

  だが、観客の視点から見ればまた違った面が見えてくる。メルキアデスを故郷のヒメネスまで運んでゆく旅はメルキアデスを理解するための旅、彼が生まれ育った国を理解するための旅であった。偏見によって作られたイメージではない、本当のメキシコとはどんな国なのか。ロードムービーが描くのは出会いと発見である。彼らがメキシコで見たのは金と成功に目がくらんだ不法入国者予備軍が住む国ではなかった。マイクに鼻をへし折られた女性でさえも蛇に噛まれたマイクの足の治療を断らなかった(もっとも後で熱湯をマイクの足にぶっ掛けて仕返しをするのだが)。それはまた、翻ってアメリカを見直す旅でもあった。メキシコ国境近くに一人で住む盲目の老人(これまたびっくり、「ザ・バンド」のレヴォン・ヘルムが演じている)はピートたちにわずかな食料を分け与えたが、彼らと別れる時に「わしを撃ってくれ」と頼む。たった一人で生活し、意味も分からないスペイン語のラジオを聞いていたこの老人は既に生きる希望を失っていたのである。生気のないアメリカと親切で活気にあふれるメキシコが対比的に描かれている。

  この旅はまたピートとマイクの人間性が問われる旅でもあった。ピートは老いたカウボーイだが、長年の経験がいくつかの場面で発揮されている。メルキアデスの体にアリがたかった時、ピートは咄嗟にアルコールを死体にかけて火をつけた。さらに腐敗が進んだ時には例の盲目の老人の家で不凍液を借り(本当は塩を手に入れたかったのだが)死体の口から注入する。遺体に対する冒涜だという声もあるが、置かれた状況の中で最善の処置を施したのである。死体が腐ってどろどろに溶けてしまったのでは旅を続けられない。友誼に厚い古風な男だが、合理的な考え方の出来る男である。一方、馬が転倒してピートが下敷きになった隙にマイクが逃げ出した時は、追跡はするがすぐに捕まえようとはしない。つかず離れず、距離を置いて付きまとう。ほとんど生殺しの状態。どこか不気味なものを感じさせる。なぜこうも執拗にマイクを連れてゆくことにこだわるのか。この旅にはやはりマイクに対する報復も含まれているのか?映画は説明しない。

  マイクにすれば最初ピートの扱いは不当なものに思えただろう。彼がメルキアデスを撃ったのは一種の事故だった。無警戒でいる時に(その時彼がやっていたことはほめられたものではないが)突然銃声がしたので誰かに狙われていると思い、とっさに自衛の反撃をしたのである。しかしメルキアデスが狙ったのは彼ではなく狼だったのである。だから、むしろ問題はメルキアデスを死なせてしまったことを誰にも報告せず、闇に葬ろうとしたことである。あれは正当防衛だという思いがあるから、マイクは最初素直に謝る気にはなれない。しきりにあれは事故だったと弁明するのである。しかし自分自身何度も死ぬような思いをして最終目的地に着いたときに、彼の考えはかなり変化していた。銃で脅されはしたが、鼻水をたらし涙でボロボロになってメルキアデスに謝罪し、許しを乞うた彼の言葉に偽りはなかったであろう。だからピートも彼に「息子よ」と呼びかけたのである。いつの間にか二人の間には強い絆が作られていた。

  だが、より重要なことは、旅の終点で彼らがメルキアデスの故郷を発見できなかったことだ。美しい緑に囲まれ清らかな水が流れる「故郷」は存在しなかった。ただ荒涼とした谷に家の残骸が残っているだけである。これは何を意味しているのか。メルキアデスは「嘘」を言ったのだろうか。嘘でないなら、なぜあんなことを言ったのか。1つの答えは「故郷」に行くことではなく、「国境」を越えることに意味があったという解釈だ。メルキアデスは本当のメキシコを見て来いと暗示したのだと。あるいはこうも考えられる。この世に理想的な土地などない。努力して自分たちで作るのだと。ピートとマイクがメルキアデスの眠る家に掲げた「墓標」がそれを暗示している。その場合、この映画はアンチ・ユートピア映画になる。故郷にもアメリカンにも「約束の地」などない。故郷が夢のような場所でなかったからこそ危険を侵してアメリカに密入国したのである。そう考えれば、この映画は「エル・ノルテ 約束の地」と対になる映画だといえる。

  「メルキアデスの埋葬」はテキサス出身のトミー・リー・ジョーンズとメキシコ出身のギジェルモ・アリアガが組んだからこそ実現した作品である。テキサスというメキシコと地続きの土地を舞台にしたことが功を奏している。緑色に覆われてはいるが、木がなく草と潅木ばかりの地形は「パリ、テキサス」の砂漠以上に荒涼として見える。クリス・メンゲスのキャメラがその不毛な世界を見事に描き出している。不毛な地で繰り広げられる生きている男と死んだ男の友情、生きている男同士の間に芽生えた友情。アンチ・ユートピアの土台に咲いた小さな花。ピートを演じたトミー・リー・ジョーンズとマイク役のバリー・ペッパーの力演がそれを支えた。

  しかし、優れた作品であることを認めつつも、どこか深みに欠けるようにも感じる。「故郷喪失」と「国境」のシンボリックな使い方は実に効果的なのだが、たぶんそれに頼りすぎたのだ。移民に対する差別や偏見、命がけでアメリカに不法入国しなければならないメキシコの実情などは充分描かれているとは言えない。堅固なリアリズムの土台があってこそ、それを増幅するシンボリズムの効果的使用が生きてくるのである。

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