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2006年8月20日 - 2006年8月26日

2006年8月24日 (木)

しばらく北海道に行ってきます

Hills_1  25日から28日まで北海道出張です。その間はブログの更新が出来ません。「ナイトウォッチ」にがっかりしたので、何か口直しに映画を観てそのレビューを書こうかとも思いましたが、その時間がありません。そこで、パソコンの中をあちこちひっくり返して古い原稿を引っ張り出してきました。「イギリス小説を読む」シリーズが意外に好評なので2編付け足しました。他にも5編くらいあるのですが、かなり手を入れないといけないので今回はこの二つだけ。ところで、好評といってもどうやら夏季限定のようです。どこかの大学の夏休みレポートの影響らしい。8月前半は『ジェーン・エア』にアクセスが集中していましたが、後半は「博士の愛した数式」に群がっています。検索ワードが「博士の愛した数式 感想文」あるいはそれに「小説」が入っているので、原作の読書感想文が課題として出されているのでしょう。こういうことが分かるのでアクセス解析機能は結構面白い。それから、80年代以降のイギリス映画について以前まとめたものがあるので、それも載せてみました。長いので2回に分けてあります。

  いずれも3、4年前に書いた古い原稿ですので記述が古くなっている部分もありますが、全面的に書き直している時間はありませんのでそのまま載せておきます。全部あわせるとかなりの分量がありますので、留守中の隙間を何とか埋め合わせられると思います。

  なお、出張中にブログ開設1周年を迎えます。ブログを開設したのは去年の8月27日(ちなみにHPの開設は2005年6月5日)。今ではすっかりブログとHP中心の生活になっているので、もう2、3年はたっている気がします。1周年記念にこれまでこのブログを読んでいただいた方々に感謝しようと思っていますが、残念ながら出張の関係で1日遅れになってしまいます。

  札幌に行くのは2度目です。デジカメを持ってゆくつもりですが、あまり出歩けないのでいい写真が撮れるかどうか分かりません。戻ってきたら簡単な旅行記でも書くつもりです。

サッチャーの時代とイギリス映画②

第2章:80~90年代のイギリス映画:不況の中の人間像

(1)1980年代以降のイギリスの代表的映画監督/俳優
<監督>
・フリーシネマ系  ケン・ローチ マイク・リー ピーター・カッタネオ
・ポップ映画系  ニコラス・ローグ アラン・パーカー リドリー・スコット
 アレックス・コックス  トッド・ヘインズ イアン・ソフトリー アントニア・バード
・アート映画系  ケン・ラッセル ピーター・グリーナウェイ デレク・ジャーマン
 サリー・ポッター  ニール・ジョーダン リチャード・クウィートニオスキー
 ブラザース・クエイ
・文芸映画系  ピーター・ブルック ジェームス・アイヴォリー マイク・ニューウェル
 アンソニー・ミンゲラ ケネス・ブラナー マイケル・ウィンターボトム

<俳優(男優)>
 ヒュー・グラント ゲイリー・オールドマン ピート・ポスルスウェイト レイフ・ファインズ
 ダニエル・デイ・ルイス ロバート・カーライル ユアン・マクレガー ライナス・ローチ
 ジュード・ロウ ティモシー・スポール ボブ・ホスキンス クリストファー・エクルストン
 ピーター・ミュラン 

<俳優(女優)>
 ヘレナ・ボナム・カーター エマ・トンプソン ケイト・ウィンスレット ジュディ・デンチ
 タラ・フィッツジェラルド ブレンダ・ブレッシン ヘレン・ミレン 

・30~60年代を代表する監督
 アルフレッド・ヒッチコック: 三十九夜 第三逃亡者 バルカン超特急
 デヴィッド・リーン: 逢びき 戦場にかける橋 アラビアのロレンス ライアンの娘
 キャロル・リード; 第三の男 最後の突撃 邪魔者は殺せ 落ちた偶像
            文なし横丁の人々
 マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー:天国への階段 黒水仙 赤い靴 ホフマン物語
 アレクサンダー・コルダ: ヘンリー八世の私生活 レンブラント描かれた人生

・60年代を代表する監督
 トニー・リチャードソン: 怒りをこめてふり返れ 蜜の味 長距離ランナーの孤独
 カレル・ライス: 土曜の夜と日曜の朝 フランス軍中尉の女
 ジョン・シュレシンジャー: 或る種の愛情 ダーリング 遥か群集を離れて
 リンゼイ・アンダーソン: 孤独の報酬 ifもしも・・・ オー!ラッキーマン
 ジョゼフ・ロージー: エヴァの匂い 召使 できごと 秘密の儀式 恋

・70年代を代表する監督
 ケン・ラッセル: 恋する女たち 恋人たちの曲/悲愴 狂えるメサイア マーラー 
 デレク・ジャーマン: テンペスト カラヴァッジョ ラスト・オブ・イングランド
 ピーター・グリーナウェイ: 英国式庭園殺人事件 コックと泥棒、その妻と愛人

・80年代以降を代表する監督
 ケン・ローチ: ケス リフ・ラフ レディバード・レディバード レイニング・ストーンズ
 ジェームズ・アイヴォリー: 眺めのいい部屋 モーリス シャンヌのパリそしてアメリカ
 ニック・パーク: ウォレスとグルミット・シリーズ
 ケネス・ブラナー: ヘンリー五世 ピーターズ・フレンド ハムレット 恋の骨折り損
 マイク・リー: ライフ・イズ・スウィート 秘密と嘘 キャリア・ガールズ
 サリー・ポッター: オルランド タンゴ・レッスン 耳に残るは君の声
 ダニー・ボイル: シャロウ・グレイブ トレイン・スポッティング ヴァキューミング
 マイケル・ウィンターボトム: 日陰のふたり ひかりのまち ウェルカム・トゥ・サラエボ
 マーク・ハーマン:ブラス! リトル・ヴォイス シーズン・チケット
 ガイ・リッチー: ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ スナッチ

(2)80年代以降のイギリス映画 ・イギリス映画の復興
 1988年は「日本における英国年」で、第11回東京国際映画祭に協賛する形で10月24日から11月8日にかけて東京で「英国映画祭」が開催された。 画期的なことである。England1024 また2000年の4月4日から9日まで東京の草月ホールで「ケルティック・フィルム・フェスト」が開催された。南北アイルランド、ス コットランド、ウェールズというケルト圏の映画を集めた催しである。これもそれまでは考えられなかった企画である。さらに、「トレイン・スポッティング」 「ブラス!」「フル・モンティ」「エリザベス」「秘密と嘘」「リトル・ダンサー」「シーズン・チケット」等々、次々と話題作が公開されている。特に「秘密 と嘘」が1997年度『キネマ旬報』年間ベストテンの第1位に選ばれたことは特筆すべきことである。それほど話題にはならないとしても、毎月のようにイギリス映画が公開される。こんなことは80年代、いや90年代の前半までも考えられなかったことだ。なぜイギリス映画はこれほど急激に活況を呈するようになったのだろうか。

 1982年にイギリス映画界にとって画期的な出来事が二つ起きている。一つはイギリス映画「炎のランナー」がアカデミー作品賞を受賞したことである。もう一つはテレビ局のチャンネル4が出来たことである。この局は映画制作に力を入れることを念頭に置いて作られた局である。これ以降メジャーな配給会社による映画とチャンネル4によるインディペンデントな小品映画が並行して作られ、少しずつ成功作が生まれてくる。86年の「マイ・ビューティフル・ランドレッ ト」は中でも印象深い作品である。その他にもジェームズ・アイヴォリーの文芸映画、デレク・ジャーマン、ピータ・グリーナウェイのアート系映画などが次々に生まれた。「インドへの道」や「ミッション」などの大作も作られた。こうしてデビッド・リーンやキャロル・リードといった巨匠が活躍した時代から、怒れる若者たちの時代60年代を経てその後下降線をたどり、低迷の70年代を送ったイギリス映画界は、80年代の回復期を経て、90年代に入りついに復活し、 イギリス映画は再び黄金時代を迎えたのである。1989年には30本しか製作されなかったのが、90年代前半には50本以上になり(92年は47本、93 年は69本、95年は78本)、96年128本、97年112本と、96年以降は年間100本以上のイギリス映画が製作されているのである。

  このような好調の背景には、映画制作にかかわる事情の変化が関係している。前述したチャンネル4と公共放送のBBCが車の両輪となり、映画制作を支えている。他にもグラナダ・テレビとITCなどのテレビが劇映画を製作している。また、宝くじの売上金を映画制作に融資する制度も映画製作本数の増加に大きく貢献している。また、ブレア首相率いる労働党内閣も映画振興政策に力を入れている。ブレア首相は初めて映画担当大臣を置き、映画制作の資金調達と若手映画人育成に力を入れだした。制作費1500万ポンド以下の作品を非課税扱いとした。

 さらに、イギリスという国家がイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの地域からなっていることを考えたとき重要なのは、これらの影響がイングランド以外の地域にも及んでいるということである。90年代以前はイングランド以外の地域ではほとんど映画の製作は行われていなかった。 しかし90年代に入り、スコットランドでは宝くじ収益金のほかに、短編映画の助成金、グラスゴー映画基金、スコティッシュ・スクリーンなどの映画機関の援助が得られるようになった。ウェールズでは82年にウェールズ第4言語テレビチャンネルが設立され、宝くじ基金やウェールズ・アーツ・カウンシルなどの助成金制度などとあわせて映画制作やウェールズ国際映画祭などを支えている。北アイルランドでも、90年代に北アイルランド・フィルム・カウンシルが設立され、宝くじ基金とBBC北アイルランドと共に映画制作を援助している。こういったことがすべてあいまって80~90年代のイギリス映画の好調を支えているのである。

 90年代に入ってイギリス映画が一般に受け入れられるようになったのは、80年代のイギリス映画にあまりなかった明るさや前向きのエネルギーが感じられるからだとある批評家が言っている。辛らつなアクの強さや社会的メッセージ性が抑えられて口当たりがよくなったから、国際的な評価を得られるようになったのだと。確かに独特でアクの強い映画は少なくなったと言える。その分親しみやすくなったが、その分物足りなさも感じるところだSitu3 ろう。しかし「フル・モンティ」や「ブラス!」や「リトル・ダンサー」などの明るい前向きのイメージを持った映画にも、それらの映画の明るさの裏には失業、貧困、犯罪などの現実がある。そしてこの「失業、貧困、犯罪」こそが現在のイギリス映画を読み解く重要なキーワードなのである。

 それと並行するかのように、男優も貴公子然としたダニエル・デイ・ルイスやヒュー・グラントよりも、ユアン・マクレガーやロバート・カーライルのような庶民的で人間臭い役者が人気を得ているのである。後者の2人ともスコットランド出身であることは暗示的である。「カルラの歌」の前半や「マイ・ネーム・イズ・ジョー」などの舞台はグラスゴーだった。グラスゴーは決してロンドンのような「ひかりのまち」としては描かれていない。「ボクと空と麦畑」にいたっては、グラスゴーは清掃業者のストのため、街中ゴミであふれかえった都市として描かれている。

・イギリス映画の4つのタイプ
①貧困・失業・ストを描いた映画  
 「マイ・ネーム・イズ・ジョー」「フル・モンティ」「マイ・スウィート・シェフィールド」  
 「ブラス!」「シーズン・チケット」「レイニング・ストーンズ」「ボクと空と麦畑」  
 「レディバード・レディバード」「リフ・ラフ」 「リトル・ダンサー」
②犯罪や麻薬を描いた映画  
 「スナッチ」「ザ・クリミナル」「シャロウ・グレイブ」「バタフライ・キス」「フェイス」  
 「アシッド・ハウス」「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」  
 「トレインスポッティング」
③文芸映画  
 「恋の骨折り損」「理想の結婚」「エリザベス」「鳩の翼」「ダロウェイ夫人」
 「日陰のふたり」「Queen Victoria 至上の愛」「ハムレット」「夏の夜の夢」
 「エマ」 「ある貴婦人の肖像」「世にも憂鬱なハムレットたち」「チャタレー夫人の恋人」
 「英国万歳!」 「いつか晴れた日に」「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」
 「オルランド」 「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」
④アート系映画  
 「プロスペローの本」「ピーター・グリーナウェイの枕草子」「イグジステンス」  
 「ベルベット・ゴールドマイン」

・不況の中の人間像
 日本でも評判になった「リトル・ダンサー」と「ブラス!」にはともに炭鉱のストライキが背景として登場する。前者は少年が女性ダンス・コーチにダンスの才能を見出され、ロンドンに出て行くまでを描いた作品である。後者はストの最中もブラスバンドの練習に打ち込み、ついにはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開かれた決勝コンクールで優勝するまでを描いている。彼らを支えていたのは、閉山反対闘争に敗れた仲間の炭坑労働者や家族たちへの連帯感である。イギリス労働運動の伝統とイギリス映画人の良心とが一体となった傑作である。ともに失業や貧困を乗り越えて前向きに生きる人々の姿が肯定的に描かれている。殺人罪を犯した囚人がガーデニングに目覚め、コンテストに出品するまでを描いた「グリーン・フィンガーズ」も同様の作品である。いずれの作品にも登場人物への深い愛情が表れている。わたしたちの身近にいくらでも起こりうる、それゆえに誰にでもよく分かる出来事が描かれている。人生の真実は身近にある、映画の素材は才能と人間への愛情があればいくらでも発見できるものだという意気込みが、とりわけハリウッド製の映画と比較してみると、なおさらよく伝わってくる。

  また、ロンドンを舞台にした作品も多いが、地方を舞台にした、それも労働者の街を舞台にした作品も目立つ。しかも主人公たちは地域に根付いていて、大都会の豊かな生活を夢見て脱出するというパターンをとらない。「フル・モンティ」や「マイ・スウィート・シェフィールド」のシェフィールド、「レイニング・ストーンズ」のマンチェスター、「がんばれリアム」のリバプール、「トレインスポッティング」のエディンバラ、「リトル・ダンサー」はイングラ ンド北東部の炭鉱町、「ブラス!」はヨークシャーの炭鉱町、「シーズン・チケット」はイングランド北部のゲーツヘッドが舞台である。

 ところで、ブラス・バンドとイギリスの労働者の結びつきについては高橋哲雄がおもしろい指摘をしている。「イギリス、とくに北部の工業中心地での爆発的普及の背景には、労働不安におびえる工場主や炭鉱主たちがこのあたらしい遊び道具を労働者の不満解消に積極的に利用し奨励しようとしたという事情があっ た」というのである。言うまでもなくイギリスは霧や通り雨の多い天候不順な国だが、「霧に閉ざされた原野や深い森のなかでも遠くへ届くだけの音量があって 指向性の強い金管楽器」が、その土地柄に適合したのである。フランス、ベルギー、ドイツ、オーストリアといった他のブラス・バンドの先進国が、その起源や発達に関して軍楽隊と強く結びついていたのに対し、イギリスでは「民間の職場、地域のバンドが質量ともに圧倒的だ」という指摘も興味深い。イギリスは弦楽器の名演奏者が育たない国だが(チェロのジャクリーヌ・デュ・プレは唯一の例外)、室内吹奏楽では世界の最高水準を誇っている。クラシックの大作曲家を生まなかったイギリスだが、粒ぞろいのオーケストラや室内楽団を保有する国であるなどの指摘もあり、イギリスの音楽事情がよく理解できる優れた文章である。 (高橋哲雄『二つの大聖堂がある町』、ちくま学芸文庫)

 また、炭鉱のストライキも単なる時代背景と受け止めてはいけない。最近のイギリス映画はよく80年代を描くが、それは80年代のイギリス社会には「失業、貧困、犯罪」が蔓延しJardin3sていたからである。イギリスの80年代とはそのままサッチャー時代である。ちょうど現在の日本のような閉塞感が社会に広がっていた時代である。1984年4月から85年3月まで丸1年間続いた炭鉱ストは組合側の敗北で終わるが、この大闘争はまさにサッチャー時代の象徴的出来事だったのである(「Strike 84」という豊富な写真を載せた貴重なサイトがある)。その時代を知るには藤本武の『イギリス貧困史』(新日本新書)が参考になる。関連の部分を要約してみる。

 1979年の総選挙で保守党が勝利し、サッチャーが首相として登場した。彼女は、さらに二回の総選挙でも勝利し、1990年まで首相としての地位にとどまるが、97年までメイジャーによる、保守党政権が続き、彼女の政策は継承される。サッチャー政権の政策を要約すれば次のようになる。

 1つは、自由な利潤の獲得を制限してきた労働運動をたたきつぶすことである。そのためには労働運動の活動をきびしく制限しなければならない。  
 2つは、この国で比重を高めている国営企業の民営化である。
 3つは、経済政策はすべてハイエクやフリードマンなどの主唱するマネタリズムに従って遂行する。多くの規制を撤廃し、公的支出は軍事費を除いてカットし、直接税は減免して代わりに間接税をふやし、公の借金や貨幣供給は抑えられ、労働党政府の下で課されてきた諸統制は撤廃する。社会保障への支出は削減し、賃金や労働安全、職業病への規制は撤廃ないし大幅にゆるめる。

 石炭生産の落ち込みは著しく、1979年を100とすると、急減して、1995年にはわずか37.7に落ちた。これは石油に押され、石炭の需要が減少したためであって、イギリス の有力産業の一つが失速したことを意味する。...1995年には50年前のわずか2%しか雇用していない有様で、労働運動の中核だった炭坑夫組合の弱体化を招き、イギリス労働運動へも打撃を与えていくことになる。

 1980年と82年の雇用保護法の改定には、同情ストの禁止、ピケッティングのきびしい制限、クローズド・ショップ制を禁止する規定などが含まれていた。83年の改定では、ストの前に法定のスト投票を義務付け、政治目的への組合費支出はすべて投票による承認を必要と定めた。そして、これらの弾圧立法を整えてから、1984年に最強の炭坑夫組合のいる国営炭鉱の大量解雇に打って出た。

 一方、労働運動ではサッチャーの攻撃の始まる前から、TUC(イギリス労働組合会議)の弱体化が起きていた。83年の組合選挙では左派の勢力は三分の一以下におち、指導部は右派と中間派で固められる結果となった。そしてTUCはサッチャーとの対話に応じるという決議を採択し、1984年3月からの大量の炭鉱閉鎖に反対する炭坑労組の長期ストライキに対し、傍観者的な態度をとったのである。ストライキを単独で戦った炭坑夫組合に対して、サッチャー政権は警官隊を大量派遣し、ピケに立つ労働者を襲撃した。労働者の中に死亡者さえ生じている。これは80年前から見られなくなった大弾圧であった。そして他方では妥協的な第二組合を育成して、炭坑夫組合の抵抗力を弱めたのである。結局このストライキは敗北に終わるが、それはイギリスのストライキ運動に対する大打撃となった。

 以上が『イギリス貧困史』からの要約である。かつてイギリス最強を誇った炭鉱組合はこ Welshdem_1 の敗北で今は見る影もない弱小組合に転落してしまった。一貫して労働者の立場で映画を作ってきたケン・ローチ監督が傍観を決め込んだTUCを「裏切り者」と呼ぶのは上のような事情があるからだ。彼は69年に有名な「ケス」を作った後BBCに入り、優れたテレビ・ドキュメント番組を次々に送り出した。映画界復帰後も素人俳優を使い、ドキュメンタリー・タッチの作品を作り続けている。彼の作品には貧しさから抜け出すための闘い、富者と貧者、勝者と敗者を生み出す社会へのプロテストが描かれている。しかし彼は「わたしは彼らの現状を取り立てて過酷に描いたわけではありません。彼らの生活そのものが過酷なのであり、人生というものは厳しいものなのです」とインタビューに答えているが(「シネ・フロント」1999年7月号)、時として彼の映画は(例えば「ケス」や「マイ・ネーム・イズ・ ジョー」)あまりにも悲惨で気がめいるほどリアルに現実を描いていて、耐え難いことがある。リン・ラムジー監督の「ボクと空と麦畑」やスティーヴン・フリアーズ監督の「がんばれ、リアム」などもそうだ。
 (左上の写真の出典:「STRIKE84」

 また一連の犯罪映画のように、麻薬や失業や貧困によって精神が荒廃し、犯罪に走る人々を描く方向に向かう ものもある。「シャロウ・グレイブ」「トレイン・スポッティング」などはその面がもっとも露骨に出たアナーキーな作品だ。それでも「スナッチ」「ザ・クリミナル」「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」「フェイス」などがハリウッド映画と一味違っているのは、人を食っていて、とぼけていて、 黒い笑いではぐらかすところがあるからだろう。主人公たちはどこか憎めないところがある。特に「フェイス」などは決して悪人ではない主人公が貧しさゆえに犯罪に走らざるを得ない状況がよく描けていて、単純な犯罪アクションものに終わっていないところが優れている。

 今後イギリス映画がどのような方向に進んでゆくのか、このまま好調を維持できるのかは分からないが、現実を直視しながら、等身大の主人公に励まされるような映画を期待する観客の意識が変化しない限り、イギリス映画は現実と関わることをやめないだろう。

<参照資料>
小林義正「ケルト圏の最新の映像を集めた意欲的な催し:ケルティック・フィルム・フェ
   ストの 上映作品」、『シネ・フロント』No.248
大森さわこ「最近英国映画事情」、『キネマ旬報』No.1274
品田雄吉「イギリス映画の今を探る」、同上
ケンローチ、グレアム・フラー『ケン・ローチ 映画作家が自身を語る』(フィルム・アート社)

サッチャーの時代とイギリス映画①

第1章:サッチャリズムと1980年代 City42
◇1980年代:サッチャーの時代
  19世紀、イギリスは大英帝国として世界に君臨し、繁栄を謳歌した。20世紀に入るとさすがの大英帝国もかつての勢いを失う。イギリスは世界初の福祉国家の道を選択する。第2次世界大戦後次々にかつての植民地が独立して行った。1970年代のオイルショックを契機にして、低成長、経済停滞、インフレと高失業率というスタグフレーションに悩まされ、長期低落の傾向から抜け出せなくなる。いわゆる「英国病」だ。70年代後半は巨大化した福祉国家体制を維持しつつ、長引く深刻な経済的停滞に悩まされる深刻な状況となる。

  1979年,「不満の冬」(The Winter of Discontent)と呼ばれる1978年から79年にかけての大労働争議の後に「鉄の女」サッチャー首相が登場。マーガレット・サッチャーは79年から90年まで政権を維持した。つまり80年代のイギリスはまるまるサッチャーの時代なのだ。サッチャー率いる保守党は、福祉国家の理想、大きな政府の可能性を放棄し、これまで国家がコントロールしてきた広範な経済領域を市場と個人に委ねた。この所有と選択の拡大によって競争意識は高まり、経済は活性化した。しかし誰もがその恩恵に与れたわけではない。豊かな南部と貧しい北部という南北の格差、富める者と貧しき者との格差はさらに拡大した。サッチャリズムの功罪を見てみよう。

<1980年代以降のイギリス首相>
・1979年――1990年 マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher、1925-)
・1990年――1997年 ジョン・メイジャー(John Major、1943-)
・1997年――      トニー・ブレア(Tony Blair、1953-)

<サッチャリズム>
 サッチャーはイギリス初の女性首相だったが、右翼主義の強硬路線を取った。女性ではあったが、フェミニズムにとは相容れない価値観を持っていた。ヴィクトリア時代の家族像を理想とし、女性が主婦として母親として家庭内にとどまることを美徳とした。
 同様に、サッチャーにとっての人間の美徳は自助、独立の精神、努力、簡約、勤勉などであり、福祉政策は人々に国家に頼る体質を植えつけ、労働意欲をそいでいると批判した。怠惰や福祉依存の文化が国民の間に蔓延していると。

◇サッチャリズムの思想
・福祉国家こそが経済停滞の主要原因 →肥大化した福祉国家の解体を図る。
・経済の活力を回復するために強い個人による競争社会を復活させる。
   →市場への国家干渉を控え、市場原理を導入し民営化、規制緩和を行う。
・自由主義経済と強い国家を同時に目指す。
・反共思想

◇具体的な政策
①財政支出の削減
  →公共住宅供給を抑制、老人ホームを公立から民間セクターへ移管
  →社会保障経費(社会保険、公的扶助、児童給付など)の削減
  →所得比例の失業給付廃止(1981)
  →補足給付金制度の年齢制限引き上げ
  →多くの給付金の削減、受給資格の制限強化
  →年金の給付水準を大幅に引き下げる→私的年金を奨励
  →公営住宅を民間に払い下げる。持ち家の所有を奨励

②国営企業の民営化
  →ブリティッシュ・ガス、ブリティッシュ・エアウェイズ民営化(1986年)
  →ロールス・ロイス民営化(1987年)
  →ブリティッシュ・スティール民営化(1988年)
  →メイジャー首相時代に国鉄が民営化された。

③労働組合の抑制
  →労働争議やストが国の経済機能を脅かしている。
  →労働組合を弱体化させるために雇用法や労働組合法を改正する。
  →最大の山場は1984年4月から85年3月まで続いた炭坑スト。最後には警察力を導入して徹底的につぶした。

④金融政策(英国内の通貨量を調整する)によりインフレを抑制する。
  →福祉国家型政策であるケインズ主義に対し、マネタリズムを基本に据える。

◇サッチャリズムがもたらしたもの
・フォークランド戦争(1982年、3月-6月)の勝利Pink_moon_b2
  西大西洋上のフォークランド諸島の領有をめぐり、イギリスとアルゼンチンとの間で起こった紛争。1982年、アルゼンチンの民間業者が同島に国旗を掲げ、英国政府に退去させられたことをきっかけに、アルゼンチン軍が進攻し、紛争が勃発した。最新型ミサイルも使用されたこの戦闘では、両国とも多くの犠牲者を出し、2ヶ月余りの激戦の末にイギリスが勝利した。
・経済停滞からの脱却
  →1987年国家財政が黒字に転じる。
  →90年代後半に入ると、経済は徐々に上向きはじめ、今やアメリカ風の大量消費社会へと変化を遂げた。
・労組の弱体化
  組合組織率  1979年55%→1990年36%
  スト発生件数 1979年約2500件→1990年300件弱
・平均世帯収入 10年間で25%アップ
・持ち家率の急増 ・国民生活が豊かに
・アメリカとの関係の強化

◇サッチャリズムの負の面
・二極化・貧富の差の拡大
 →富裕層はより豊かに、貧困層はより貧しく
 →中流階級の中以上の層の税制を優遇、税率の引き下げ
 →1980年代失業者は300万人を越えた。その後低下したものの93年に再び大台に乗った。
・アンダークラス(最下層)の増加
  →失業者、ホームレス、小額給付受給者、マイノリティ、障害者、片親家族、女性貧困層、貧しい年金生活者  
 →英国では、サッチャー政権下、1979年から82年までの3年間で、製造分野の雇用者数の4分の1が喪失、失業者率は上昇した。当時、イギリスの若年者(25歳未満)の失業率は10%から20%超まで高まった。
・イギリス社会の小型アメリカ化
 →非寛容、貪欲、非人間的、利己的、物質主義的な社会になってしまった。  
 →労働争議への国家介入、警察の権限の強化、福祉・教育への公共支出の削減、地方自治の弱体化。
 →麻薬、犯罪の蔓延。
 →犯罪防止を学ぶテーマパーク 1998年11月、観光都市ボーンマスに安全教育を目的とした室内テーマパーク「ストリートワイズ」がオープンした。身の回りに潜む事故や犯罪などの危険を子供が楽しみながら学ぶテーマパークだ。高学年の子供は麻薬の売人に遭遇したりした場合の回避方法などを学んでいる。 英国では離婚や十代での妊娠の増加に伴い、子供の23%が片親で、EU15か国中最も比率が高い。
 →人種差別(ロレンス事件)の激化  1993年黒人学生スティーブン・ロレンス(当時18歳)が白人少年5人に襲われ、ナイフで刺殺される。警察は当初黒人同士のけんかと思い込み被害者の友人(黒人)を容疑者扱いした。
 →「憲章88」の結成 マグナ・カルタの精神を受け継ぎ、「国民の自由と権利を保障する憲法を作ろう」と1988年に結成された団体。当時のサッチャー政権は労働組合への攻撃、ロンドン市制の廃止、教育の中央直結化、人頭税の強行導入など強硬政策を極めていた。
 →1997年に「ニュー・レイバー」を掲げた労働党のトニー・ブレアが勝利。
   しかしサッチャリズムからの脱却を果たせていない。
  ブレア首相の下で大麻の自由化が進められている。

 イギリスは表面上確かに豊かになったが、その一方でアメリカ的な消費生活が急速に拡大し、金の有無だけがその人間関係を決定する社会に変貌していった。競争意識が高まることによって経済は好転したが、極端な上昇志向や拝金主義が蔓延し、弱者は切り捨てられることになった。サッチャー時代の自助努力による立身出世というイデオロギーは、上昇志向の個人が他人を踏みにじって這いあがろうとする風潮を生み、そのあおりでかつてのコミュニティという人のつながりは解体されてゆく。這い上がる余地のない失業者や社会の最底辺にいる者たちは、出口のない閉塞した社会の中に捕らわれて抜け出せない。社会が人々を外から蝕み、酒とドラッグが中から蝕(むしば)んでゆく。

 サッチャーがイギリスをこのような社会に変える際に、乗り越えなければならなかった最大の障害は強大な労働組合である。アーサー・スカーギル率いるイギリスの炭坑労組はかつて最強を誇った組合だった。しかし1年間の闘争の末に、労働組合のナショナル・センターが政府との妥協を図って炭坑労組を見殺しにしたことと、警察力の武力行使によって、炭坑労組はついに敗北する。その後は見る影もない弱小組織になってしまった。これに勢いを得てサッチャー政権は労働争議への国家介入、警察の権限の強化、福祉・教育への公共支出の削減、地方自治の弱体化等を次々と推し進めていった。

イギリス小説を読む⑨ 『土曜の夜と日曜の朝』

【アラン・シリトー作品年表(翻訳があるもののみ)】 _
Alan Sillitoe(1928-  )
1 Saturday Night and Sunday Morning(1958)
 『土曜の夜と日曜の朝』(新潮文庫)
2 Lonliness of the Long Distance Runner(1959)
 『長距離ランナーの孤独』(集英社文庫)
3 The General(1960)            
 『将軍』(早川書房)
4 Key to the Door(1961)         
 『ドアの鍵』(集英社文庫)
5 The Ragman's Daughter(1963)      
 『屑屋の娘』(集英社文庫)
6 The Death of William Posters(1965)  
 『ウィリアム・ポスターズの死』(集英社文庫)
7 A Tree on Fire(1967)         
 『燃える木』(集英社)
8 Guzman Go Home(1968)         
 『グスマン帰れ』(集英社文庫)
9 A Start in Life(1970)
 『華麗なる門出』(集英社)
10 Travels in Nihilon(1971)
 『ニヒロンへの旅』(講談社)
11 Raw Marerial(1972)
 『素材』(集英社)
12 Men Women and Children(1973)
 『ノッティンガム物語』(集英社文庫)
13 The Flame of Life(1974)
 『見えない炎』(集英社)
14 The Second Chance and Other Stories(1981)
 『悪魔の暦』(集英社)
15 Out of the Whirlpool(1987)
 『渦をのがれて』(角川書店)

【作者略歴】
 1928年、イングランド中部の工業都市ノッティンガムに、なめし革工場の労働者の息子として生まれた。この工業都市の貧民街に育ち、14歳で学校をやめ、自動車工場、ベニヤ板工場で働きはじめ、この時期の経験が、『土曜の夜と日曜の朝』など、一連の作品の重要な下地になった。19歳で英国空軍に入隊し、1947年から48年までマラヤに無電技手として派遣されていたが、肺結核にかかって本国に送還された。1年半の療養生活の間に大量の本を読み、詩や短編小説を試作した。病の癒えた後、スペイン領のマジョルカ島に行き、『土曜の夜と日曜の朝』と『長距離ランナーの孤独』を書き上げた。「ロレンスを生んだ地方から新しい作家が現れた」と評判になった。その後ほぼ年1冊のペースで詩集、長編小説、短編集、旅行記、児童小説、戯曲などを発表している。1984年にはペンクラブ代表として来日している。

【作品の概要と特徴】
 アラン・シリトーの『土曜の夜と日曜の朝』は、労働者階級を労働者側から描いた最初の作品と言ってよい。それまでも下層出身の主人公はいなかったわけではない。ハーディの『日陰者ジュード』の主人公は職人だった。シリトーと同郷の先輩作家D.H.ロレンスの『息子と恋人』(1913年)は炭鉱夫を主人公にしていた。しかし工場労働者が工場労働者であることを謳いながら工場労働者を描いた小説はそれまでなかった。しかも、『息子と恋人』の主人公ポール・モレルは炭鉱夫でありながら、そういう境遇から抜け出ようと志向し努力するのだが、シリトーの作品の主人公たちは上の階級入りを目指そうとはしない。

 シリトーは旋盤工の息子。D.H.ロレンスも同じノッティンガムシャーの「自分の名前もろくに書けない」生粋の炭鉱夫の息子である(母親は中流出身)。シリトーの『土曜の夜と日曜の朝』を初めとする多くの作品はノッティンガムを舞台にしており、ロレンスの『息子とCut_bmgear04 恋人』『虹』『チャタレー夫人の恋人』などもノッティンガムシャーを舞台にしている。ノッティンガムは、マンチェスターやバーミンガムとともに、イギリス中部の工業地帯を形づくる三角形の頂点の一つをなす都市であって、産業革命を契機に起こった労働者階級の暴動や運動には中心的な役割を果たしてきた土地である。1810年代に起こった機械の破壊を目的とするラッダイトの暴動はここを中心としていたし、1830年代末から起こったチャーティズムの運動にも関係していた。この土地から、ロレンスとシリトーという二人の下層階級出身の小説家が出たことは、単なる偶然ではあるまい。

 シリトーはロレンスよりもほぼ半世紀遅れて作家活動を始めた作家で、文学史的には〃怒れる若者たち〃と呼ばれる一派、すなわち『怒りをこめて振り返れ』(1956年)のジョン・オズボーン、『ラッキー・ジム』(1954年)のキングズレー・エイミス、『急いで駆け降りよ』(1953年)のジョン・ウェインなどとほぼ同時期に『土曜の夜と日曜の朝』(1958)が発表されたために、シリトーもその一派と見なされたりした。しかし〃怒れる若者たち〃がその後体制化し「怒り」を忘れてしまってからも、シリトーの主人公たちはなおも怒り続けた。

 『土曜の夜と日曜の朝』は「土曜の夜」と「日曜の朝」の2部構成になっている。小説の始まりから終わりまでにほぼ1年が経過している。主人公のアーサー・シートンは旋盤工だが、金髪の美男子だ。15の時から自転車工場で働いている。重労働だが高賃金である。アーサーの父が失業手当だけで、5人の子供をかかえ、無一文で、稼ぐ当てもないどん底生活を送っていた戦前に比べれば、今は家にテレビもあり、生活は格段に楽になっている。アーサー自身も数百ポンドの蓄えがある。しかし明日にでもまた戦争が起こりそうな時代だった。

 作品はアーサーが土曜日の夜酒場での乱痴気騒ぎの果てにある男とのみ比べをして、したたかに酔っ払って階段を転げ落ちるところから始まる。月曜から土曜の昼まで毎日旋盤とにらめっこして働きづめの生活。週末の夜には羽目を外したくなるのも無理はない。しかし、アーサーの場合いささか度が外れている。ジン7杯とビール11杯。階段から転げ落ちた後もさらに数杯大ジョッキを飲み干した。挙句の果てに、出口近くで知らない客にゲロをぶっかけて逃走する。その後職場の同僚のジャックの家に転がり込む。ジャックは留守だ。亭主が留守の間に、彼の妻のブレンダと一晩を過ごした。

 アーサーは決して不まじめな人間というわけではなく、仕事には手を抜かず旋盤工としての腕も立つ。しかし、平日散々働いた後は、週末に大酒を飲み、他人の妻とよろしくやっている。月曜から金曜までの労働と、土曜と日曜の姦通と喧嘩の暮らし。まじめに働きながらも、ちゃっかり「人生の甘いこころよい部分を積極的に」楽しんでいる。しかもブレンダだけではなく、彼女の妹のウィニー(彼女も人妻)とも付き合っている。さらには、若いドリーンという娘にも手を出している。「彼はブレンダ、ウィニー、ドリーンを操ることに熱中してまるで舞台芸人みたいに、自分自身も空中に飛び上がってはそのたびにうまくだれかの柔らかいベッドに舞い降りた。」とんだ綱渡りだが、ついにはウィニーの夫である軍人とその仲間に取り囲まれ散々ぶちのめされる。祭の時にブレンダとウィニーを連れているところを、うっかりドリーンに見つかるというへままでしでかす。しかし何とかごまかした。アーサーは嘘もうまいのだ。「頭がふらふらのときだって嘘や言い訳をでっちあげるくらいはわけないからな。」

 アーサーの狡さはある程度は環境が作ったものだろう。アーサー自身「おれは手におえん雄山羊だから遮二無二世界をねじ曲げようとするんだが、無理もないぜ、世界のほうもおれをねじ曲げる気なんだから」と言っている。世界にねじ曲げられないためには、こっちもこすっからくなるしかない。軍隊時代は自分に「ずるっこく立ち回ること」だと言い聞かせて、自由になるまで2年間がまんした。「おれに味わえる唯一の平和は軍隊からきれいさっぱりおさらばして、こりやなぎの並木の土手から釣り糸を垂れるときか、愛する女といっしょに寝ているときしかない。」彼がハリネズミのように自分の周りに刺を突き立てるのは、自分を守るため、自分を失わないためだ。自分の定義は自分でする。「おれはおれ以外の何者でもない。そして、他人がおれを何者と考えようと、それは決しておれではない。」この自意識があったからこそ、彼は環境に埋没せずに、自分を保てたのだ。

 アーサーは政治的な人間ではない。確かに彼は「工場の前で箱に乗っかってしゃべりまくっている」連中が好きだとは言う。しかしそれは彼らが「でっぷり太った保守党の議員ども」や「労働党の阿呆ども」と違うからだ。アーサーは、自分は共産主義者ではない、平等分配という考え方を信じないと言っている。もともとアーサーの住む界隈は「アナーキストがかった労働党一色」の地域であった。実際、彼の自暴自棄とも思える無軌道なふるまいにIsu4 はアナーキーなやけっぱちさがある。「おれはどんな障害とでも取っ組めるし、おれに襲いかかるどんな男でも、女でも叩きつぶしてやる。あんまり腹にすえかねたら全世界にでもぶつかって、粉々に吹き飛ばしてやるんだ」とか、「戦う相手はいくらもある、おふくろや女房、家主や職長、ポリ公、軍隊、政府」とか、勇ましい言葉を吐くが、結局ノッティンガムの狭い社会の中でとんがってずる賢く生きているだけだ。

  彼の反抗は反体制的な反抗というよりも、非体制的な反抗だと批評家たちからよく指摘される。だが、反抗といっても他人の女房を寝取るという不道徳行為に命を賭けるといった、ささやかなものに過ぎない。むしろ今から見れば、将来の希望の見えない労働者の、酒や暴力で憂さを晴らし、人妻との恋愛に一時的な快楽を求める、刹那的な生き方と言った方が当たっているだろう。「武器としてなんとか役立つ唯一の原則は狡くたちまわることだ。...つまり一日中工場で働いて週に14ポンドぽっきりの給料を、週末ごとにやけっぱちみたいに浪費しながら、自分の孤独とほとんど無意識の窮屈な生活に閉じ込められて脱出しようともがいている男の狡さなのだ。」窮屈な生活から何とか逃れようともがいている、やけっぱちの男、これこそ彼を一言で表した表現であろう。

 そうは言っても、彼の生き方に全く共感できないわけではない。アーサーという人物は、80年代以降のイギリス映画によく出てくる一連の「悪党」ども、「トレイン・スポッティング」等の、「失業・貧困・犯罪」を描いた映画の主人公たちに一脈通じる要素がある。アーサーは彼らの「はしり」だと言ってもよい。イギリスの犯罪映画に奇妙な魅力があるように、『土曜の夜と日曜の朝』に描かれた庶民たちの生活には、裏町の煤けた棟割り長屋に住む庶民の、したたかな生活力と、おおらかな笑いが感じられる。西アフリカから来た黒人のサムをアーサーの伯母であるエイダの一家が歓迎する場面はほほえましいものがある。中にはからかったりする者もいるが、すぐにエイダはたしなめるし、みんなそれなりにこの「客」に気を使っている。アーサーがいとこのバートと飲んだ帰りに酔っ払いの男が道端に倒れているのを見て、家まで連れて帰るエピソードなどもある。この時代の「悪党」はまだ常識的な行動ができていたのだ。もっともバートはちゃっかり男の財布をくすねていたが(ただし空っぽだった)。

 面白いのは、最後にアーサーがドリーンと結婚することが暗示されていることである。この間男労働者もいよいよ年貢の納め時を悟ったようだ。最後の場面はアーサーが釣りをしているところである。「年配の男たちが結婚と呼ぶあの地獄の、眼がくらみ身の毛がよだつ絶壁のふちに立たされる」のはごめんだとうそぶいていた男が、釣り糸を見ながら、「おれ自身はもうひっかかってしまったのだし、これから一生その釣り針と格闘をつづけるしかなさそうだ」などと、しおらしく考えている。さて、どのような結婚生活を送るものやら。

イギリス小説を読む⑧ イギリスとファンタジーの伝統

(1)イギリス児童文学におけるファンタジーの系譜
W.M.サッカレー William Makepeace Thackeray(1811-63)
  『バラと指輪』The Rose and the Ring(1855)
チャールズ・ディケンズ Charles Dickens(1812-70)
  『クリスマス・キャロル』A Christmas Carol (1843)
ジョン・ラスキン John Ruskin(1819-1900)
  『黄金の川の王様』The King of. the Golden River or the Black Brothers(1851)
チャ-ルズ・キングズリ Charles Kingsley(1819-75)
  『水の子たち』The Water-Babies(1863)
トマス・ヒューズ Thomas Hughes(1822-96)
  『トム・ブラウンの学校生活』(1857)
ジョージ・マクドナルド George MacDonald(1824-1905)
  『ファンタステス』Phantastes; A Faerie Romance for Men and  women(1858)
  『北風のうしろの国』At the Back of the North Wind (1871)
  『リリス』Lilith (1895)    
  『黄金の鍵』The Golden Key (1871)
  『ファンタステス』 Phantastes (1858)
ルイス・キャロル Lewis Carroll(1832-98)
  『不思議の国のアリス』Alice's Adventures in Wonderland (1865)    
  『鏡の国のアリス』Through the Looking-Glass (1871)
フランシス・E・H・バーネット  Frances Eliza Hodgson Burnett(1849-1924)
  『秘密の花園』The Secret Garden(1909)
ロバート・L・スティーヴンソン  Robert L. Stevenson(1850-94)    
  『宝島』Treasure Island(1883)
オスカー・ワイルド Oscar Wilde(1854-1900)
  『幸福な王子』Happy Prince and Other Stories(1888)
ケネス・グレーアム  Kenneth Grahame(1859-1932)
  『たのしい川べ』The Wind in the Willows(1908) Artosiro150bbb
ジェームズ・バリー  James M.Barrie(1860-1937)
  『ピーター・パン』 Peter Pan in Ksensington Gardens(1906)
ラドヤード・キップリング Rudyard Kipling(1865-1936)
  『ジャングル・ブック』The Jungle Book(1894)
ビアトリクス・ポター  Beatrix Potter(1866-1943)
  『ピーター・ラビットのおはなし』(1901)
エリナー・ファージョン Eleanor Farjeon(1881-1965)
  『銀のシギ』The silver curlew(1953)
  『本たちの小部屋』The Little Bookroom(1955)
  『リンゴ畑のマーティン・ピピン』 Martin Pippin in the apple orchard
  『ムギと王さま』
  『ガラスのくつ』
A・A・ミルン  A.A.Milne(1882-1924)
  『熊のプーさん』Winnie-the-Pooh(1926)
ヒュー・ロフティング(1886-1947)
  『ドリトル先生物語』シリーズ
J・R・R・トールキン  J. R. R. Tolkien(1892-1973)
  『ホビットの冒険』The Hobbit(1949)
  『指輪物語』
       『旅の仲間』The Fellowship of the Ring(1954)
       『二つの塔』The Two Towers(1855)
       『王の帰還』The Return of the King(1955)
ルーシー・ボストン Lucy Boston(1892-1990)
  『グリーン・ノウの子どもたち』The Children of Green Knowe
  『グリーン・ノウの川』The River at Green Knowe
  『グリーン・ノウのお客さま』A Stranger at Green Knowe
C・S・ルイス  C.S. Lewis(1898-1963)
  「ナルニア国ものがたり」シリーズ(7巻)
    『ライオンと魔女』The Lion, the Witch and the Wardrobe(1950)
    『カスピアン王子のつのぶえ』Prince Caspian(1951)
メアリー・ノートン  Mary Norton(1903-1992)
  『床下の小人たち』The borrowers(1952)
  『野に出た小人たち』The Borrowers Afield(1955)
パメラ・L・トラヴァース  Pamela L. Travers(1906-  )
  『風にのってきたメアリー・ポピンズ』Mary Poppins(1934)
キャサリン・ストー Catherine Storr(1913-  )
  『マリアンヌの夢』 Marianne Dreams(1958)
ロアルド・ダール  Roald Dahl(1916-90)
  『魔女がいっぱい』
  『チョコレート工場の秘密』(1964)
フィリッパ・ピアス  A. Philippa Pearce(1920-  )
  『トムは真夜中の庭で』Tom's Midnight Garden(1958)
  『真夜中のパーティ』What the Neighbours Did and Other Stories(1959-72)
  『まぼろしの小さい犬』A Dog So Small(1962)
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ Diana Wynne Jones(1934-)
  『トニーノの歌う魔法』The Magicians of Caprona(1980)
  『9年目の魔法』Fire and Hemlock(1984)
  『魔法使いハウルと火の悪魔』Howl's Moving Castle(1986)
  『クリストファーの魔法の旅』The Lives of Christopher Chant(1988)
  『アブダラと空飛ぶ絨毯』Castle in the Air(1990)
アラン・ガーナー Alan Garner(1935-  ) Mjyokabe3_1
  『ゴムラスの月』The Moon of Gomrath(1963)
アンジェラ・カーター Angela Carter(1940-92)
  『魔法の玩具店』The Magic Toyshop(1967)
  『ラヴ』Love(1971)
  『血染めの部屋』The Bloody Chamber(1979)
  『夜ごとのサーカス』Nights at the Circus(1984)
  『ワイズ・チルドレン』Wise Children(1991)
フィリップ・プルマン(1946-)
  『黄金の羅針盤』Noethern Lights/The Golden Compass(1965)
   『神秘の短剣』 The Subtle Knife(1997)    
  『琥珀の望遠鏡』The Amber Spyglass(2000)
J・K・ローリング  J.K.Rowling
  『ハリー・ポッターと賢者の石』Harry Potter and the Philosopher's Stone(1997)
  『ハリー・ポッターと秘密の部屋』Harry Potter and the Chamber of Secrets    
  『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』Harry Potter and the Prizoner of Azkaban    
  『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』Harry Potter and the Goblet of Fire(2000)

(2)リアリズム系列の児童文学作家たち
イディス・ネズビット(1858-1924)
  『砂の妖精』Five Children and It(1902)
アーサー・ランサムArthur Ramssome(1884-1967)
  『ツバメ号とアマゾン号』Swallows and Amazons(1930)
  『ツバメの谷』
  『ヤマネコ号の冒険』
  『長い冬休み』Winter Holiday(1933)
ローズマリー・サトクリフ Rosemary Sutcliff(1920-92)
  『太陽の騎士』Worrior Scarlet(1958)
  『ともしびをかかげて』The Lantern Bearers(1959)
  『第9軍団の鷲』
  『銀の枝』The Silver Branch(1957)
  『王のしるし』The Mark of the Horse Lord(1965)
  『ケルトの白馬』
  『アーサー王と円卓の騎士』The Sword and the Circle(1981)
  『アーサー王と聖杯の物語』The Light Beyond the Forest(1979)
  『アーサー王最後の戦い』The Road to Camlann(1981)
ジョン・ロウ・タウンゼンド John Rowe Townsend(1922-  )
  『ぼくらのジャングル街』The Gumble's Yard(1961)
  『アーノルドのはげしい夏』The Intruder(1969)
ウィリアム・メイン William Mayne(1928-  )
  『砂』Sand(1964)
  『地に消える少年鼓手』Earthfasts(1966)
キャスリーン・ペイトン Kathleen M. Peyton(1929-  )
  『愛の旅だち』Flambards(1967)
  『雲のはて』The Edge of the Cloud(1969)
  『めぐりくる夏』Flambards in summer(1969)

(3)イギリスとファンタジー
1 ファンタジーの源流 ・イギリス:最初に小説を生んだ国
 →『ロビンソン・クルーソー』と『ガリヴァー旅行記』は刊行後すぐに子供の本として書き直され、人気を博した。その意味では最初の子供向け創作童話を生み出した国だとも言える。
・イギリスの伝説:ロビン・フッド、アーサー王伝説
 →昔のイギリスの蒸気機関車にはアーサー王ゆかりの人物の名前がつけられてい 
   た。
  「サー・ランスロット号」「サー・パーシヴァル号」「サー・ケイ号」「アーサー王号」etc.
・ナーサリー・ライム(童謡):マザー・グース

2 昔話、フェアリー・テイル、ファンタジー
・ファンタジーはフェアリー・テイルから生まれ、フェアリー・テイルは昔話から生まれた。
・昔話、口承物語、おとぎ話、言い伝え、伝承、伝説
  →本来は子供のためのものではないが、専ら子供が読むものになった。
  →教訓が含まれているから
・昔話の収集:グリム兄弟
 昔話の創作:アンデルセン

3 子供の本の創作
・『ロビンソン・クルーソー』と『ガリヴァー旅行記』が子供の本になったとき、前者の宗教に関する部分、後者の風刺的な面が大幅に削られた。
 →リアリスティックな冒険と夢の物語、空想的な冒険物語が生まれた。
 →大人向けの要素が削られ、単なる冒険物語になったとき子供の本になった。
 →わくわくする面白い物語を読むという読書本来の楽しさ
・物語から教訓臭さを取り除く →創作童話の発展

4 子供の発見 ・子供は17世紀に「発見」された。
・フィリッペ・アリエス「<子供>の誕生」(1960)
 →17世紀以降、人々の年齢意識や発達段階への関心が高まり、その結果、子供が大人とは違う存在であることに大人たちが気づくようになった。
 →「子供はその純真さ、優しさ、ひょうきんさのゆえに、大人にとって楽しさとくつろぎの源、いわば「愛らしさ」と呼び慣わされているようなものになっているのである。」
 →学校の発達、家庭の変化、子供の死亡率の低下
・W.ワーズワース:「子供は大人の親である」→子供時代を経ずして大人になることは誰にも出来ない。  

5 妖精
・妖精:別世界の超自然的な存在
→トールキン:妖精物語=妖精についての物語ではなく、妖精の国についての物語 すぐ身近にある世界、恐れと驚きを覚えさせる国、驚異の異世界 ・妖精は美しいどころかむしろ奇怪である。むしろ水木しげるが描く妖怪に近いと考えるべき。

6 ファンタジーの出現
・『不思議の国のアリス』:純粋に楽しみを目的にした最初の物語
   →教訓の排除、想像力の解放、ナンセンスの発見
・トールキン フェアリー・ストーリーは現実生活で起こってほしいことを扱う。そのほしいという望みを満たしたときフェアリー・ストーリーは成功したことになる。
 →an unsatisfied desireという表現は、C.S.ルイスも使っている。
 →人間は魚のように自由に深海を泳ぐことができない。鳥のようにかろやかに大空を飛行できない。人間以外の生き物と自由に話すことができない。限界があるからかえってそれを越えたいという願望をつのらせる。
・妖精の国のリアリティ、現在に出発点をもつ現代のファンタジー

7 なぜファンタジーはイギリスで圧倒的に多く産まれたのか
・ベッティーナ・ヒューリマン『ヨーロッパの子どもの本』(ちくま学芸文庫、1993)Hm1
 「イギリスの『ナンセンス』は...「不思議の国のアリス」やリアの詩や多くのナーサリー・ライムを生んだもので、イギリスの子どもに贈られた宝物である。この宝物によって本を読むイギリスの子どもには、どこの国の子どもも知らないようなまったく独特の世界がひらかれている。いまではくまのプーさん、ピーターラビット、ピーター・パン、ドリトル先生、メアリー・ポピンズなど、多くの人物がこの領域に集まっている。そしてほかのいかなる国も、これに匹敵するものを持ちあわせていない。」
・妖精が身近な存在だった。ケルトの伝統が息づいている。
  →『指輪物語』:ドワーフ、エルフ、トロル、大男、ゴブリン、竜
    創作はホビットとゴラムだけ
 →グリムには妖精は登場しない。アメリカの乾いた土地にも妖精は住めない。

(注)ケルト人とイギリス ブリテン島へのケルト人の侵入の大きな波は、少なくとも二つのものに区別して考えることが出来る。第一波は、今日のアイルランドとスコットランド地方に住む人々の祖先と見なされる、ゲール人ないしはゴイデル人の侵入であった。ついで第二波は、現在のウェールズ地方の住人の祖先、カムリ人およびブリトン人の侵入であった。これらのケルト人たちが先住の民であるイベリア人と交じり合って、現在のウェールズ人ができていったと考えられている。...各部族はそれぞれ独自の方言をもっていた。そして、ゴイデル人の言語ゴイデリックから、今日のアイルランド語、スコットランドのゲール語、そしてマン島語が発展してゆく。またブリトン人の言語ブリトニックから、現在のウェールズ語、コーンウォール語、そして南仏ブリタニー地方のブリトン語が発展していったといわれている。
   中野節子「風土とフェアリー・テイルズ(2)ウェールズとフェアリー・テイルズ」
   『児童文学世界』No.3(中教出版、1980年)

 →ファンタジーの源泉はケルト民族の豊かな想像力(幻想性が強い)
 →スコットランド出身の児童文学作家が多い
 →アイルランドには有名な作家は少ないが、民話の宝庫である。
 →ウェールズには中世物語集『マビノギ』Mabinogiがある。 アーサー王に関しては5編を収録
 →ファンタジーの最大の源泉である伝承の昔話が聞かれるのはほとんどゲール語である。
    ダブリンのユニヴァーシティ・カレッジの民俗学研究所(伝承物語の記録採集)
    エジンバラ大学のスコットランド研究所(伝承物語の研究)
 →アイルランドのナショナル・シンボルのうち二つが妖精である。
   ①植物のシャムロック、②楽器の竪琴、③バンシー、④レプラコーン
    河童と天狗が富士山や桜と並んでいるようなもの。
 →スコットランドやアイルランドの風土や地理的特性 どこから妖精が出てきてもおかしくない、さながらおとぎの国に踏み込んだような光景が多くある。また、高緯度で冬は夜が非常に長い。
 →薄明のケルトの妖域。

(4)おまけ:J.R.R. トールキンの『ホビット』
 『ホビット』の初版がイギリスで出版されたのは1937年のことである。若干の改定を加えた第2版がイギリスで出たのが1951年である。その続編という位置付けの『指輪物語』がイギリスで出たのが1954年から55にかけてである。『指輪物語』は日本でも大評判になったので知っている人も多いだろう。今年映画化作品も日本で公開されることになっている。『ホビット』の翻訳は岩波書店から出ていたが、1997年に原書房から「完全版」と銘打って新訳が出た。資料満載の豪華版である。特に各国の翻訳につけられた挿絵がふんだんに取り入れられているのがうれしい。

 物語は、ホビットのビルボ・バギンズが、ドワーフたちや魔法使いのガンダルフと繰り広げるさまざまな冒険を描いている。ホビットとは「背丈は低く人間の半分ぐらい、髭をはやした矮人(ドワーフ)よりも小柄です。髭はなく、とくにかわった魔法がつかえるというわけでもHalloween2 ありません。せいぜいが、すばやく目立たずに姿を消すことができるぐらいのものですが、こんなありふれた魔法でもけっこう役には立ちます。...ホビットの腹はだいたいつき出ています。はでな原色の洋服(たいてい緑か黄)を身にまとっていますが、靴をはくことはない。なぜなら生まれつき足の裏がなめし皮のように固くなっており、(巻き毛の)髪の毛とおなじような、こわくて暖かそうな栗色の毛が生えているからです」とあるように、トールキンが創造した空想上の存在である。その他、エルフ(妖精)、竜、トロル、ゴブリン、岩石巨人(「スター・ウォーズ」に出てきたような奴)、ゴクリ(ゴラム)、などの空想上の生き物が多数登場する。ただし人間や狼や鷲なども登場する。ホビットとドワーフと人間は共存しており、言葉が通じ合う。完全にトールキンが創造した架空の世界の中で物語が進行する。作者が作った地図も添えられていて、宮崎駿のマンガ版『風の谷のナウシカ』を連想させる。挿絵もトールキン本人が書いており、絵の才能をうかがわせる(新訳にはそのカラー写真が収録されている)。

<物語>
  ビルボの家にガンダルフと13人のドワーフたちが訪ねてきて、ビルボを冒険の旅に誘う。ドワーフの族長ソーリンの祖父の時代に、ドワーフたちは山で鉱山を掘り、黄金や宝石を見つけ富と名声を得た。しかし竜のスモーグが彼らを襲い、宝を独り占めにしてしまった。ソーリンはその先祖の財産を取り戻しに行くというのだ。初めは断ったビルボだが、彼の血にも伝説の英雄の血を引くトック家の血が流れていたため、ついに冒険の旅に出ることを承知する。

 彼らの旅は冒険の連続である。トロルに食われそうになったり、ゴブリンに追われたり、(そのゴブリンの穴で、ビルボは指にはめると姿が見えなくなる不思議な指輪を拾う)、ゴクリと謎なぞ合戦をしたり、狼に追われたり。闇の森に入ると、飢えに悩まされたあげくに巨大クモに襲われ、やっと逃げると今度はエルフに捕らえられる。

 エルフからも何とか脱出して森を突破し、ようやく竜のいる山に着く。火を吹く竜に手を焼くが竜は人間の町を襲ったときにバードという英雄に退治されてしまう。しかし街を竜に破壊された人間たちとエルフたちが共同で宝の分け前を手に入れるために山に向かうと、ドワーフの長ソーリンはそれを拒否する。危うく戦争になりかけたとき、ゴブリンと狼の大群が襲撃してくる。人間とエルフとドワーフたちは急遽手を組み、連合軍を組んでゴブリンに立ち向かう。激しい戦闘(後に「5軍の戦い」と呼ばれる)の末、ドワーフたちは何とか勝利をおさめる。ソーリンは戦闘で深手を負い、最後に改心して、宝をみんなに分けるよう言い残して死んだ。すべてかたがつき、ビルボはガンダルフと帰途に就く。

2006年8月23日 (水)

ナイト・ウォッチ

2004年 ロシア 2006年4月公開
原題:NOCHNOI DOZOR
監督:ティムール・ベクマンベトフ
製作:コンスタンティン・エルンスト、アナトリー・マキシモフ
原作:セルゲイ・ルキヤネンコ
撮影:セルゲイ・トロフィモフ
編集:ドミトリー・キセレフ
美術:ワレーリー・ヴィクトロフ、ムクタール・ミルザケイェフ
音楽:ユーリ・ポテイェンコ
出演:コンスタンチン・ハベンスキー、ウラジーミル・メニショフ
    マリア・ポロシナ、 ガリーナ・チューニナ、ヴィクトル・ヴェルズビツキー
    マリア・ミロノーワ イリア・ラグテンコ、ジャンナ・フリスケ
    ディマ・マルティノフ、 ワレーリー・ゾルツキン、ユーリ・クッシェンコ

  最近旧ソ連やロシアの映画をトンと観ていない。僕が何十本ものソ連映画をまとめて観たのは70年代から80年代にかけて。それでも彼の国の膨大な数の傑作群のごく一部を観たに過ぎない。東京から上田に来てからはもっぱらDVDに頼る以外にないのだが、旧ソ連やロシア映画のDVD化が遅々として進まない。それでも少しずつ出てはいるのでコレクションは結構たまってきたが、なかなか観る機会がない。いずれまとめてレビューを書いてみたいと思っている。

  さて、先日今借りたいのがないので手持ちの映画を観ようと書いたばかりだが、さすがに古いものばかりではと思って借りてきたのがこの「ナイトウォッチ」。ロシア国内で歴代興行記録を塗り替える大ヒットとなった話題作という触れ込みで、それなりに期待していた。Oldcastentrb1 しかし観てがっかり。この映画を一言で言えば、アメリカ映画をロシア語吹き替えで観た感じ、もうそれで十分だ。ほとんどロシア映画らしさが何も感じられない。監督自身がアメリカ映画に張り合えるロシア映画を作りたかったという意味のことを発言しているらしいが、まったくそういう作り。アメリカ映画自体がオリジナルなものを作れなくなってきて、ヒット作の続編ものや外国のヒット作のリメイクばかり作っているご時勢に(最近やっといいのも出てきたが)、アメリカ映画もどきを作ろうというのではそもそも志が低すぎる。ソ連やヨーロッパ映画は、娯楽映画はアメリカに任せて、自分たちは自分たちの文化に根付いた映画を作るという姿勢を保ってきたのではなかったのか。こんなものを作っているようじゃ、韓国映画界の後追いをすることになってしまうぞ。(ここから先は罵倒しまくりなので、この映画が好きな人はここでやめておくほうがいいでしょう。)

  まあ、フランスも「ジェヴォーダンの獣」や「ヴィドック」を作っているし、中国さえも「HERO」や「LOVERS」あるいはまだ未見だが「PROMISE」などを作っているので、何もロシアに限ったことでも今に始まったわけでもないが。それでもそれなりにフランスや中国らしい味付けはあった。しかし「ナイトウォッチ」はまったくのアメリカ映画だ。配給も20世紀フォックスだし、冒頭の字幕も英語である。最初からそういう作り、狙いなのである。

  映画の作りも何ら工夫が感じられない。ダーク・ファンタジーと言われているが、実際の作りはホラー映画。血を飲むシーンや豚肉を切り刻む映像が何度も挿入される。むかつく映像のオンパレード。画面が切り替わるごとに突然大きな音を出してドキッとさせる。ホラー映画のありきたりの手口。まるで映画学校の卒業制作で教科書どおりに作ってみましたという感じだ。でかい音と血まみれ、ぬるぬるべとべと映像で驚かせたり気味悪がらせている限りではもう先はない。「フォーガットン」とさして変わらないレベル。

  ストーリーも古色蒼然としている。光と闇の対決。もうたくさんですよ、このパターンは。闇は吸血鬼で光は智恵のフクロウというのもお決まりのパターン。SF的な味付けも試みているが、夜のモスクワのシーンなどは「ブレードランナー」そのもの。「強力ワカモト」の電光掲示板がないか探してしまいましたよ。どこをどう切っても、どこかで観た、聞いた、読んだという印象が付きまとう。斬新さなど毛ほどもない。監督はCMやミュージック・ビデオの監督として有名な人らしいが、その手の人は映像にばかりこだわって肝心な内容が伴わないことが多い。この点もパターンどおり。やっぱりそういう人かと納得したしだい。

  まあ、けなしてばかりでは何なので、一応ストーリーを説明しておきましょう。人類の中に特殊な能力を持った「異種」と呼ばれる者たちがいた。彼らは “光”と“闇”の勢力に別れ太古の時代より激しい対立を繰り返していた。ある時橋の上で両軍が激突し激しい戦闘になる。力は互角で、このままでは両方とも全滅してしまう。そこでボス同士がさしで話し合い、「かくて光と闇は休戦協定を結んだ。光の代表ゲンサー、闇の代表ザヴロン。協定内容はこうだ。善につくか悪につくかは本人が決める。光の戦士は″夜の番人(ナイトウォッチ)″として闇の異種の行動を監視、闇の戦士は″昼の番人(デイ・ウォッチ)″として光の異種を監視。こうして善悪の均衡は何世紀も保たれた。だがある日一人の異種が驚異の力を備えて現れる。彼も光か闇かを選ばねばならない。その選択で均衡は崩れる。」

  どことなく冷戦時代の暗喩とも取れるのだが、仮にそうだとしても今さらそれがどうしたという感じは免れない。光が「善」で闇が「悪」という設定もありきたりだ。描き方としてはどちらも悪みたいで、単純な二分法でもない感じではあるが、それが却って話の展開をごたごたしたものに感じさせる。どうも話に深みがない。

  そういう設定なので、伝説の“偉大なる異種”とは誰なのか、彼もしくは彼女はどちらの側につくのかがストーリー展開の焦点となる。古代から続く戦いとなれば、何か古文書(あるいは預言書)のようなものが出てくるのがお決まりのパターンだが、ご心配なく、ちゃんとお約束のものが出てきます。『ビザンチウム伝説』という本。ここに(ちっとも古くなく、真新しい本なのはご愛嬌だが)″災いを招く乙女″に関する記述がある。″災いを招く乙女″とは、呪いをかけられた女で、いつも頭上に不幸が渦巻いている。彼女が出現すると呪いは広まり、光と闇の戦いが始まる。「すべては一人の人間の呪いゆえである。伝説によれば乙女は再び世に現れて再び呪われ、それが戦いの前兆となる。善と悪の最終戦争が始まり均衡が崩れ去る時、偉大なる異種が現れる。彼が光の側につけば光が勝利する。だが予言によれば彼は闇を選ぶ。闇を追い払うより光を消すほうが簡単だからだ。」世界の運命を決する選択をそんな単純な理由で決めていいのか、と突っ込みを入れたくなるが、ここは我慢しよう。それにしても何の工夫もない話だ。定石どおりにしか駒を動かせないようプログラミングされたロボット同士の将棋を見ているようだ。こう定番そのものではさっぱり面白みがない。

  この″災いを招く乙女″はメガネをかけたインテリ風女性なのだが、彼女の上には巨大な竜巻ができている。何百羽というカラスがその竜巻の中を飛び回っている。まるで「ヴァン・ヘルシング」だ。浦沢直樹の『プルートウ』に出てくる竜巻のほうがずっと怖いぞ。しかし″災いを招く乙女″のエピソードは文字通りの羊頭狗肉、その結末は拍子抜けするほどしょぼい。呪いの正体というのが聞いてあきれる。母さえいなければ自分は結婚できると思ったというそれだけ。腎不全の母親に臓器の提供を申し出たが、母親は拒否。そうなることが分かっていて自分はそうしたのだ、私など呪われろ。っておいおい、それだけかよ!自分で自分を呪っていましたという落ち(それが分かったとたんに呪いが解けましたとさ)、そりゃああまりといえばあまりだろう。そんなんで竜巻が出来るのなら、ブッシュ一人で日本も含めて全部沈没だぞ!

  いやあ、散々な目にあった。こんなにひどいとは思わなかった。せいぜい褒めて「B級カルト映画」ってとこか。二作目の「デイ・ウォッチ」もすでに作られ、ロシアでこれまた大ヒットしているそうだが、もう結構。お代わりはいりません。ああ、下痢しそうだ。

2006年8月21日 (月)

TOMORROW 明日

Artspring250w 1988年 日本 1988年8月公開
監督:黒木和雄
製作:鍋島壽夫
原作:井上光晴 『明日・1945年8月8日・長崎』
脚本:黒木和雄 井上正子 竹内銃一郎
撮影:鈴木達夫
美術:内藤昭
編集:飯塚勝
音楽:松村禎三
出演:桃井かおり、南果歩、佐野史郎、黒田アーサー、仙道敦子
    水島かおり、馬渕晴子 、田中邦衛、賀原夏子、なべおさみ
    殿山泰司、絵沢萌子、岡野進一郎、長門裕之、 森永ひとみ
    原田芳雄、伊佐山ひろ子、荒木道子、入江若葉、横山道代
    楠木トシエ、 二木てるみ

  「TOMORROW 明日」は88年『キネマ旬報』ベストテンで「となりのトトロ」に次いで2位に入った作品。その時から気になっていたが、当時の日本映画に対する僕の評価は低く、また黒木和雄という監督をよく知らなかったこともあって観ようという気にまではならなかった。最初に観た黒木和雄作品は「美しい夏キリシマ」である。『キネマ旬報』と『シネフロント』のベストテンで共に1位になった作品なので、これはさすがに見逃せなかった。期待したほどではなかったが、なかなかいい作品だった。次に見たのが「父と暮らせば」。これはここ10年の日本映画の中でも群を抜く傑作だった。そして彼の遺作となった「紙屋悦子の青春」が現在公開中である(黒木和雄監督は惜しくも今年の4月12日に75歳で亡くなった)。こうなるとどうしても「TOMORROW 明日」が気になってくる。今頃やっと「TOMORROW 明日」を観ることになったのはこういう事情である。「とべない沈黙」(66年)、「竜馬暗殺」(74年)、「祭りの準備」(75年)、「泪橋」(83年)、「浪人街」(90年)など他にも注目作は多いが、僕は晩年の戦争にこだわった作品ばかりを観ていることになる。

  「TOMORROW 明日」は「父と暮らせば」(04年)、「美しい夏キリシマ」(03年)、そして現在公開中の「紙屋悦子の青春」へと続く“戦争レクイエム”4部作の第1作である。描かれたのは二日間。長崎に原爆が落とされる前日の1945年8月8日から翌日の原爆投下の瞬間まで。特定の主人公はなく、長崎に住む人々のなんでもない日常を描く群像劇である。

  「TOMORROW 明日」、「父と暮らせば」、「美しい夏キリシマ」の3作に共通しているのはどれも戦闘場面や原爆投下後の地獄絵図などを直接描いていないことだ。戦争の悲惨さを直接描くのではなく、戦時下の日常を淡々と描く、あるいは戦争が残した深い心の傷を描く。普通の戦争を描いた映画とは違った切り口から戦争を描いている。つまり3作とも生きることを通じて死を描いているのである。これは大事な視点だと思う。「父と暮らせば」や「美しい夏キリシマ」では生者が死者の影を引きずっていた。「TOMORROW 明日」では明日命を奪われることを知らずに人々は日常を生きていた。「TOMORROW 明日」はほとんど死の影のない日常を描いているが、彼らがいやおうなく突然の死へと向かっていることをわれわれは知っている。戦争のむごさを描く際の一般的な方法、悲痛な死の場面をリアルに描く方法は確かにインパクトがあるが、どうしても死に意識が向いてしまう。しかしその時まで彼らは生きていたのだ。死は彼らから未来を奪うばかりではない、彼らの生きてきた過去を無に帰してしまうのだ。「TOMORROW 明日」は直接彼らの死を描かない。8月8日から翌日の原爆投下の瞬間までの彼らの生を描く。そして最後にそれらが一瞬の光とともに奪われてしまう。死んだことではなく、生きてきたことに焦点を当てるというこの新鮮な視点がこの作品をユニークなものにしている。

  戦時下で物不足、食糧不足ではあっても人々は結婚式を挙げ、子供を産み、縫い物をしたり炊事をしている。若者は恋をし、子供たちは木登りをしたり魚を取ったりして遊んでいる。その日常が突然断ち切られてしまう。『風と共に去りぬ』の最後の1行は”After all, tomorrow is another day”というスカーレットのせりふだった。そこには明日への新しい可能性に希望を寄せる気持ちが込められている。しかし「TOMORROW 明日」の登場人物たちに明日はなかった。

  この主題は冒頭の引用にはっきりと示されている。

人間は 父や母のように
霧のごとくに
消されてしまって
よいのだろうか
(若松小夜子)

  映画は最初互いに関係ないと思われる何人もの人物たちを次々と点描的に描いてゆく。身重のからだで坂を苦しげに上る娘(桃井かおり)と彼女を叱咤激励する母親(馬渕晴子)、食糧配給所で食料を配る男(殿山泰司)、その裏口で食べ物を乞う朝鮮人、その朝鮮人への冷たい対応に抗議する男(黒田アーサー)、床屋で頭を刈ってもらっている男(長門裕之)。これらの一見何のつながりもないと思われた人物たちの共通点がやがて明らかになる。結婚式の準備に追われるある家にこれらの人々が集まってくるのだ。坂を上っていた母娘の家だ。身重の娘の妹(南果歩)が結婚するのである。しかしその花嫁の姿はまだない。花婿(佐野史郎)だけがぽつんと座敷に座っている。準備に忙しい母親を一番下の娘(仙道敦子)が手伝っている。

  戦時中ということもありささやかな式である。参加者は少ない。仲人(横山道代)、花嫁の叔父と叔母(なべおさみ、入江若葉)、花婿側の縁者(田中邦衛、絵沢萌子)、花嫁の同僚(水島かおり、森永ひとみ)。やがて花嫁も帰ってきて式が始まる。家の外には婚礼のご馳走を物欲しげに覗き込む子供たちの姿も見える。いつ空襲があるか分からないのでそそくさと式を終わらせ、一同そろって記念写真を撮る。この写真が、映画が終わった後、まるで遺影のように観客の脳裏に焼きつく。映画全体を通じて用いられる黄色みがかった色調が消え去らずに残った記憶のような印象を映像に与え、効果的である。

  式が終わり参列者はそれぞれの日常生活に戻る。映画はその日常を淡々と描き出すばかり。劇的な展開はない。せいぜい身重の娘の出産の場面程度だ。もちろん、日常とはそういうものである。そうではあるが、正直言ってあまりに淡々とした描き方には疑問も残る。平板だという印象は免れない。優れた着想に基づく映画だとは思うが、途中で何度も中だるみしていると言わざるをえない。その点が残念である。

  もちろん、ただだらだらと続いているわけではない。一つひとつのせりふにはっとさせられる場面がいくつもある。なんでもない日常が描かれていても、観ているわれわれはそんArtsyokujo300w な彼らに明日がないことを知っているだけに、「明日仕事が引けた後、待ち合わせて一緒に寺町を歩いてみよう」という言葉や「明日でも明後日でもまだ時間はいっぱいあるとでしょう」という言葉に胸がちくちく痛む。「さびしか花嫁衣裳じゃねえ。」「仕方なか、ご時勢やもん。でも戦争が終わったら金襴緞子の帯を締めて、もう一回結婚式やり直す積もりじゃけん。」戦争は終わったが、彼女は終戦を迎えられなかった。田中邦衛と原田芳雄が雨が止んだ後に出た虹を並んで見上げる場面も印象的だ。「悪かことばっかり続くわけはなかですよ。あん虹ごとよかことのかかる日も来ますけん、辛抱なさらにゃあ。」彼らにその日は来なかった。

  淡々とした中でも最も素晴らしい場面だと思ったのは俘虜収容所に勤務する黒田アーサーが娼婦と月を見上げる場面だ。外国人俘虜に満足な手当てが出来ず死なせてしまった彼は、軍の冷たい仕打ちに対する怒りとやりきれなさのあまり娼婦(伊佐山ひろ子)を抱こうとする。電灯から床に落ちた虫を外に逃がそうとした娼婦は、空にかかった真っ赤な月に気づく。その時娼婦がいった言葉が耳に残る。「お月さんも月に一度血ば流すことあるとやろか。」血の色のような真っ赤な月、不吉な前兆である。

  あるいは新婚の二人が蚊帳を吊った寝床で交わす会話。夫はそれまで黙っていた母親のことを打ち明けようとする。そこへ電報が届いて中断され、結局彼は話す機会を失ってしまう。上に引用した「明日でも明後日でもまだ時間はいっぱいあるとでしょう」というせりふはこの場面で新妻が言うせりふだ。この場面は小津を意識していると思われる。キャメラの角度、二人の座る位置(彼らは布団の上に正座している)。実は、登場人物の一人が小津の「父ありき」を映画館で観る場面も出てくる。DVDの特典映像に収められたインタビューで、黒木監督自身がこの映画は小津監督へのオマージュでもあると語っている。日常を描かせて小津に勝る人は他にいない。残念ながら「TOMORROW 明日」の日常描写は小津の域に達しなかった(無理もないが)。

  しかし日常描写に一部退屈な部分があるにしても、全体としてみれば決して悪い出来ではない。映画を観終わった後、その日常の描写と最後の原爆のきのこ雲の映像が交じり合い、時間がたつにつれていろいろな思いがじわじわと湧いてきて、胸がざわついてくる。この映画にはそういう効果がある。その点を付け加えておかねばならない。桃井かおりが子供を産む場面はラストの直前である。かなりの難産で、子供が産まれたのは明け方の5時17分だった。母親が雨戸を開けると空はうっすらと明るくなっていた。子供の出産は悲惨な現実の中でのかすかな希望の象徴として描かれることが多い。しかしこの映画ではそのわずかな希望さえも一瞬にして奪われる運命にある。この世に生を受けてほんの数時間しか生きられなかった赤子。生まれたわが子をいとおしげに見つめる母親の顔を見ていると、何ともやりきれない気持ちになる。だとすればそれは映画の力なのである。この映画にはそういう力がある。

  特典映像の監督のインタビューでもう一つ強く印象に残った言葉がある。撮影の際、当時の長崎の街並みは当然残っていないので、当時の長崎を偲ばせる雰囲気を残した佐世保や鎌倉でも撮影されたという。ラストの原爆が炸裂する映像はビキニ環礁の映像を使ったそうだが、その原爆が落ちる長崎の街はなんと88年当時の長崎の映像を用いたそうである。ビキニ環礁での水爆実験の映像と88年当時の長崎の映像をモンタージュし、それを45年8月9日の映像として映し出す。そこに込められた意図は明らかだ。原爆問題は終わっていない、今も起こりうる現在の問題として映画はそれを提起しているのである。この映画は「アトミック・カフェ」と併せて観るべき映画なのである。原爆を落とした側のあまりにも浅薄な認識と落とされた側の悲惨な現実。

  この映画を撮り終わった後でも、黒木監督の中では戦争は終わっていなかった。死の直前まで彼は戦争を主題とした映画を撮り続けた。当然様々な工夫をしている。恐らく「TOMORROW 明日」では日常を淡々と描きすぎて平板だったと反省したのではないか。それで「美しい夏キリシマ」では友人を見捨てたという少年の心の傷を描きこんでみた。しかしやはり淡々と日常を描く基本の姿勢は同じで、心の中の葛藤も内面化されたままで十分掘り下げられていなかった。「父と暮らせば」はその心の傷を本格的に掘り下げドラマ化した作品である。自分だけが生き残ったことを却って申し訳ないと思い込んでいる娘と娘に生きる力を与えようとする父親の幽霊の対話劇。前2作は群像劇でありその分散漫になっていた感は否めないが、「父と暮らせば」ではあえて登場人物を二人に絞り込み、畳み掛けるような言葉のやり取りを通じて、心の中にしまいこまれた辛い記憶を無慈悲なまでに一つ一つめくり取ってゆく。これでもかと妥協なくテーマに深く食い入り、強烈なドラマ的展開を持った作品をついに作り上げた。これらの3本の中ではこれが最も優れた作品だと思う。その後に作られた遺作「紙屋悦子の青春」はどんな作品になっているのか。実に楽しみである。

  DVDの特典映像には2種類のインタビューが収められていて、僕はその片方しか観ていない。それでも上で指摘したことのほかに、初夜の場面で新郎の佐野史郎が言いそびれたことが、実は彼の母親が被差別部落の出身だったということ、朝鮮人や外国人の捕虜の話は原作にないことなどを知ることが出来た。もう1つのインタビューと共に映画とあわせて観てみることをお勧めしたい。

  最後に仙道敦子について一言。彼女を見るのは実に久々だった。かつて結構好きだった女優である(歌手でもあって、彼女のCDを1枚持っていた)。今見てみると宮沢りえに顔も話し方も雰囲気も似ていると思った。なるほどそれで惹かれていたのか。

2006年8月20日 (日)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(06年9月)

A12 【新作映画】
8月19日公開
 「マッチポイント」(ウディ・アレン監督、イギリス)
8月26日公開
 「キンキー・ブーツ」(ジュリアン・ジャロルド監督、英米)
 「楽日」(ツァイ・ミンリャン監督、台湾)
 「UDON」(本広克行監督、日本)
 「ラフ」(大谷健太郎監督、日本)
 「ディア・ピョンヤン」(ヤン・ヨンヒ監督、日本)
9月2日 公開
 「グエムル 漢江の怪物」(ポン・ジュノ監督、韓国)
 「トリノ、24時からの恋人たち」(ダビデ・フェラーリオ監督、
 イタリア)
 「夢遊ハワイ」(シュー・フーチュン監督、台湾)
9月9日公開
 「バックダンサーズ!」(永山耕三監督、日本)
9月23日公開
 「フラガール」(李相日監督、日本)

【新作DVD】
8月25日
 「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」(ジョン・マッデン監督、米)
 「コルシカン・ファイル」(アラン・ベルベリアン監督、フランス)
 「NOEL 星降る夜の奇跡」(チャズ・バルミンテリ監督、米)
 「うつせみ」(キム・ギドク監督、韓国)
 「僕が9歳だったころ」(ユン・イノ監督、韓国)
9月6日
 「春が来れば」(リュ・ジャンハ監督、韓国)
9月8日
 「ヒストリー・オブ・バイオレンス」(デビッド・クローネンバーグ監督、米独)
 「美しき運命の傷痕」(ダニス・タノビッチ監督、仏伊他)
 「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」(トミー・リー・ジョーンズ監督、米仏)
 「ポビーとディンガン」(ピーター・カッタネオ監督、英豪)
 「単騎、千里を走る」(チャン・イーモウ監督、中国)
9月21日
 「ナニー・マクフィーの魔法のステッキ」(カーク・ジョーンズ監督、米英仏)
9月22日
 「ブロークバック・マウンテン」(アン・リー監督、米)
 「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々」(マルク・ローテムント監督、独)
 「カミュなんて知らない」(柳町光男監督、日本)9月27日
 「かもめ食堂」(荻上直子監督、日本)

【旧作DVD】
8月25日
 「女狙撃兵マリュートカ」(56年、グリゴリー・チュフライ監督、ソ連)
 「ムッソリーニとお茶を」(99年、フランコ・ゼフィレッリ監督、伊英)
 「若者たち三部作 DVD-BOX」(67~70年、森川時久監督、日本)
8月26日
 「家族の肖像」(74年、ルキノ・ビスコンティ監督、伊仏)
 「芙蓉鎮」(87年、シェ・チン監督、中国)
9月8日
 「ユージュアル・サスペクツ」(95年、ブライアン・シンガー監督、米独)
 「黒木和雄 戦争鎮魂歌三部作 DVD-BOX」
   (「TOMORROW明日」「美しい夏キリシマ」「父と暮らせば」)
9月22日
 「推手」(91アン・リー監督、台湾・米)
 「恋人たちの食卓」(94アン・リー監督、台湾)
 「ウェディング・バンケット」(93、アン・リー監督、台湾・米)

  劇場新作にはめぼしいものがない。一方、旧作DVDはすごい。なんと中国映画の名作「芙蓉鎮」がやっとDVDになる(「DVDを出してほしい映画」参照)。何年待ったことか。中古専門のゴブリンもこれだけは新作で買ってしまうかも。ビスコンティの「家族の肖像」とゼフィレッリの「ムッソリーニとお茶を」も必見。
  新作DVDではいよいよ「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」、「ブロークバック・マウンテン」、「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々」が登場。それはいいが「ククーシュカ ラップランドの妖精」はまだか?ええい、はよせんかい!

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