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2006年8月13日 - 2006年8月19日

2006年8月17日 (木)

過去4ヶ月間のアクセス数ベスト20

06年8月17日現在

1 「ALWAYS三丁目の夕日」                                     186
2 「嫌われ松子の一生」                                           171
3 「カーテンコール」                                                 116
4 「旅するジーンズと16歳の夏」                               98
5 「プライドと偏見」                                                  97
6 「父と暮らせば」                                                   78
 「イギリス小説を読む①キー・ワーズ」                      74
8 「イギリス小説を読む③『ジェイン・エア』」                 74
9 「ランド・オブ・プレンティ」                                       70
10 「天空の草原のナンサ」                                       63
11 「リンダ リンダ リンダ」                                       61
12 「スタンドアップ」                                            60
13 「ヒトラー 最期の12日間」                                   58
14 「これから観たい&おすすめ映画・DVD(06年6月)」 57
15 「ミリオンダラー・ベイビー」                                    55
16 「ゴブリンのこれがおすすめ 14」                          54
17 「空中庭園」                                                       53
18 「これから観たい&おすすめ映画・DVD(06年7月)」 50
19 「イギリス小説を読む② 『高慢と偏見』」                 50
20 「青空のゆくえ」                                                  49
次 「下妻物語」                                                      49

  8月2日、ココログに「アクセス解析」機能が追加された。時々眺めては驚いたり、笑ったりしている。驚くのは意外な記事が上位に入っていたり読まれていたりするからだ。ベスト10に「イギリス小説を読む」シリーズが二つも入っている。今年の1月に書いたものがど_016 うしてこんな上位に入るのか分からない。英文科の学生さんがレポートを書く参考にでもしているのだろうか。「小説」のカテゴリーも「映画」に続いてアクセス数が多いので、文学関係の人も結構見にきていただいているようだ。

  「嫌われ松子の一生」と「ALWAYS三丁目の夕日」がダントツなのは理解できる(この二つは見るたびに順位が入れ替わっている、デッドヒート状態)。人気のある作品だからだ。しかしどうして「カーテンコール」がベスト3に入るのか理解できない。もちろんいい映画なのだが、それほど評判になっただろうか。僕としては「THE有頂天ホテル」「博士の愛した数式」、あるいは「運命じゃない人」がもっと上位に入って欲しいと思うのだが。一方、「旅するジーンズと16歳の夏」、「天空の草原のナンサ」、「青空のゆくえ」などの地味な作品が上位に入っているのはうれしい。「キャロルの初恋」26、「風の遺産」25、「歌え!フィッシャーマン」19、「アマンドラ!希望の歌」15、「子供たちの王様」14など、ほとんど知られていないが強くおすすめしたい作品が多少なりとも読まれているのもうれしい。でも、出来ればもっと読んで欲しい、そして映画も観て欲しい。

  笑ってしまうのは「検索ワード/フレーズ」一覧を眺めている時だ。「輸入雑貨 あずきパンダちゃん」、「駆け落ちすると長生きしない」、「吉田日出子 巨乳」、「のんびりチャーリー 三輪自転車」、「太った森久美のコンサート」、「かざぐるまアート 文化祭」、「前世 突然変異 姫 アトランティス」等々、これで検索してどうして僕のブログに?さっぱり見当がつかない。吉田日出子って巨乳?最後のフレーズを打ち込んだ人は何を調べたかったの?いやはや、興味は尽きない。

 という訳で、またまた映画を観なかった日の埋め草記事でした。このところレンタル店に行ってもなかなか借りたいと思う映画がありません。しばらく手持ちの古い映画を観て「名作の森」(80年代までの作品は「掲載記事一覧」ではなくこちらのアーカイブに入れてあります)の収録作品数を増やしておこうと思います。

2006年8月16日 (水)

拝啓天皇陛下様

1963年 松竹
監督:野村芳太郎
製作:白井昌夫
原作:棟田博
撮影:川又昂
音楽:芥川也寸志
出演:渥美清、長門裕之、左幸子、高千穂ひづる、中村メイコ、桂小金治、葵京子
     加藤嘉、西村晃、藤山寛美、多々良純、小田切みき、北竹章浩、穂積隆信
     井上正彦、森川信、清川虹子、山下清

  野村芳太郎監督作品は松本清張原作の「張込み」(58)、「ゼロの焦点」(61)、「砂の器」(74)、「疑惑」(82)、大岡昌平原作の「事件」(78)、横溝正史原作の「八つ墓村」、そして棟田Kaeru1_1 博原作の「拝啓天皇陛下様」(63)の計7本を観た。野村芳太郎監督と聞いてほとんどの人が最初に思い浮かべる映画は「砂の器」だろう。松本清張原作の映画化作品としても群を抜いた傑作であり、ミステリー・サスペンスものを得意としてきた野村監督の代表作とすることに異論はない。しかし、「拝啓天皇陛下様」もまた「砂の器」に匹敵する傑作であり、彼の喜劇作家としての優れた腕前が存分に発揮されている。最初に観たのは87年。文芸地下で観た。かなりびっくりした映画だった。勝新太郎と田村高廣主演の異色兵隊映画「兵隊やくざ」シリーズとはまた違った軍隊コメディ。よくこんなものが作れたと感心したものだ。

  「兵隊やくざ」シリーズが勝新の個性と切り離せないように、「拝啓」もまた主演の渥美清の個性と切り離せない。渥美清といえば「男はつらいよ」シリーズだが、その監督の山田洋次は野村監督の門下生である。寅さんを思わせるせりふや所作が何箇所も出てくるのもうなずける。というより、渥美清はどこを切っても渥美清。彼の持ち味は一貫して変わっていないと言うべきなのかもしれない。渥美清は寅さんの前から寅さんだったのだ。

  冒頭、就寝ラッパが鳴る。そのメロディに合わせて「新兵さんは可哀想だねェー また寝て泣くのかよォー」と字幕が入る。面白い工夫だ。導入部としてよく出来ている。訓練中の新兵の中に一人だけリズムが合わない男がいる。山田正助(約してヤマショー)。もちろんこれが渥美清の役。この山正、字が書けず読めない。かろうじて使えるのはカタカナだけ。すぐ同じ初年兵の棟本博(長門裕之)と親しくなる。原作者の名前がそのまま使われている。映画の視点は当然棟本の視点であり、彼の目から見た山正の愚直だが共感を禁じえない人生が描かれる。

  山正の人物設定がいい。彼は風呂に浸かりながら自分の生い立ちを棟本に語る。3歳で母親を亡くし、以後一人暮らし。父はいない。親戚は鬼みたいでいやな奴ばかり。馬みたいにこき使われ、13歳の時に村を飛び出した。「沖仲仕、炭鉱夫、土方もやったわ。人夫やってる時にけんかしてのう、臭い飯食わされたんじゃ。そのこと思えば軍隊は天国じゃけえ。」棟本「こんなに絞られてもか?」山正「雨降っても三度三度飯食えるしのう。あと2年は天国暮らしじゃ。」あまりに待遇がいいので、日本軍が南京に入城してこれで戦争が終わるらしいと聞いた山正は、天皇陛下に手紙を書いて自分だけでも軍隊に残して欲しいと訴えようとしたほどだ。「ハイケイ 天ノウヘイカサマ」天以外は全部カタカナなのが可笑しい。しかし天皇に直訴するのは不敬罪だと棟本に止められる。

  日本の軍隊映画といえば市川崑監督の「野火」(59)、山本薩夫監督の「真空地帯」(52)などに代表される異常ないじめと狂気が渦巻く暗くじめじめした世界というイメージが浮かぶが、山正はいじめなど物ともせず、むしろ飯に困らないから「天国」だと言う。この逆転の発想が新鮮だった。逆に言えば、軍隊にでも入らなければまともに食っていけないという事情が前提にあるわけだ。もちろん軍隊を美化しているわけではない。高田渡の「自衛隊に入ろう」に通じるパロディ映画である。実際「自衛隊に入ろう」にも″自衛隊に入ればこの世は天国″という歌詞が出てくる。そして「自衛隊に入ろう」の最後に出てくる″祖国のためならどこまでも 素直な人を求めます″という言葉、これがまた「拝啓天皇陛下様」の理解を助ける。山正はまさに愚直なほど「素直」な男なのだ。素直すぎて「現実」が見えないからこそパロディが成り立つのである。ある時山正たちの演習を天皇陛下が視察する場面がある。山正は天皇を間近に見て、感動する。「なんと優しい顔してなさるんかいのう。あれじゃあちっとも怖いことありゃせんわい。」この日から山正は天皇に対して親しみを抱くようになった。その感情は最後まで変わらなかった。だからこそ映画の最後に浮かび出る字幕「拝啓天皇陛下様 陛下よ あなたの最後のひとりの赤子(せきし)がこの夜戦死をいたしました」という言葉がなんとも言えない皮肉になるのである。

  軍隊のパロディだから暗く陰湿な場面は出てこない。もちろんいじめや「狂気」は出てくSagi_2 る。例えば書類整理をしている浦上准尉(多々良純)のエピソード。いつも上官(穂積隆信)にしかられてばかり。ついに彼は精神の平衡を失い、刀を振り回して上官に襲いかかる。だが、全体にこのエピソードはコミカルなドタバタ調で描かれている。初年兵の時山正たちも二年兵からいじめを受ける。彼らをいじめる二年兵が西村晃扮する原一等兵。しかしそれも決して陰湿なものではなく、むしろ彼の除隊の前日に山正が彼と相撲をとって「あだ討ち」する場面が滑稽に描かれる。そしてそのすぐ後の場面では一気に1年後に飛び、山正たちは二年兵になっている。今度は彼らが初年兵に威張り散らしているのだ。こういう展開はコメディの常道で、いじめも笑いになっている。

  したがって軍隊はむしろ人間的に描かれている。その典型が加藤嘉扮する堀江中隊長である。二年兵になった山正はある時酔っ払って門限に遅れ、逆切れして門に小便をかけたため重営倉処分になる。独房で正座して「反省」の日々を送るのだが、なんと独房の中に中隊長も一緒に正座している。寒くて鼻風邪をひきながらも中隊長は正座を5日間続けた。足がしびれた中隊長が立ち上がろうとして転がってしまうあたりは滑稽だが、そこには何とかして山正を真人間にしようという中隊長の真心が描かれている。あるいは中隊長が柿内二等兵(藤山寛美)から字を習えと山正に命令する場面も印象的だ。「お前は文字を知らん。それは人生において甚だ損。学を修めるということは人間が正しく生きる道を学ぶことである。」一等兵の自分が初年兵である柿内二等兵から字を習えるかと最初はまじめに習おうとしないが、柿内の言葉は中隊長である自分の言葉であり、ひいては「畏れ多くも」天皇陛下のお言葉でもあると中隊長に言い含められているので、柿内が「畏れ多くも」と言う度に山正はしぶしぶ従う。

  柿内の努力の甲斐あって、やがて山正は「のらくろ」が読めるようになる。「のらくろは可哀想じゃのう。わしによう似てるけんのう。」入隊から2年がたち山正が満期除隊を迎えた日、柿内が言った別れの挨拶がまた感動的だ。「落ち着いたら柿内に手紙をください。二年兵どのはもう手紙を書けるようになっておられます。」軍隊には山正のような食い詰め者や家督を継げない農家の次男、三男が多く入隊していた。中には山正のように無学なものも少なくなかっただろう。パロディの中に野村監督は人情話を巧みに織り込み、また教育の大切さを逆説的に描きこんでいる。この点は見逃すべきではない。

  堀江中隊長の描き方はコメディタッチなのでそこはかとない笑いを誘う。人情味のある中隊長なのだが、山正は迷惑顔だ。しかし中隊長は後に中国で戦死してしまう。昭和19年、湖南省長沙で山正は元中隊長、堀江正義少佐の墓参りをする。丘いっぱいに立つ無数の粗末な墓標。その1つが堀江元中隊長のものだった。ここで回想が挿入される。山正と向き合って正座している姿、字を学べと命じている姿、山正にだけ特別に餞別を送る姿、へっぴり腰で訓練の指揮をとっている中隊長の姿。この回想場面が実に感動的なのだ。前に出てきた時と同じコミカルな映像なのだが、荒涼とした丘に立つ粗末な墓標とモンタージュされると正反対の効果を発揮する。山正は墓の前でさめざめと泣く。

  天皇陛下に手紙を書いてまで軍隊に残ろうとした山正だが、やがて終戦を迎え彼も除隊する。映画はなおも続く。山正の戦友棟本は一時除隊していた時に「分隊長日記」を書き、一躍流行作家となった。大東亜戦争勃発後は従軍作家として中国を駆け回った。戦 後は茨城県の土浦で妻の秋子(左幸子)と売れない作家として細々と暮らしていた。そこに熊みたいなひげ面で山正が現れる。この後山正と棟本は丁度「浮雲」の森雅之と高峰秀子のように何度も出会いと別れを繰り返す(このあたりの渥美清が一番寅さんに似ている)。その度に山正は職を変えている。夫が戦死した手島の未亡人(高千穂ひづる)に恋をして振られたりするエピソードなどが挟まれる。棟本が最後に山正と出会ったのは東京の立川だった。山正は千住の水道工事の飯場に勤めていた。なんと彼の横には若い女性がいた。おばの飲み屋で手伝いをしていて客の山正と知り合ったという井上せいこ(中村メイコ、若い!)だ。二人は結婚する予定だった。ニコニコとうれしそうな山正。しかし皮肉にも棟本が山正を見たのはこれが最後だった。突然山正の運命は暗転する。戦争が始まるたびにうれしそうに戦場に赴く山正だったが、彼が始めて戦争以外でうれしそうに笑った時、突然悲劇的結末が訪れる。パロディとして始まり、最後は苦いアイロニーで終わる。

  人が最も嫌う軍隊こそが唯一幸せが得られる場所という皮肉。彼にとって軍隊は家庭だった。食うに困らない安定した生活、信頼できる友人、家族的なつながり、山正が軍隊に引かれたのはそれまでの彼になかったものがすべてそろっていたからである。軍隊はTen3教育まで与えてくれた。そしてその軍隊の総元締めが天皇だった。彼にとっての天皇とは、そのために一身を投げ打って戦う存在ではない。彼に居心地の良い擬似「家庭」を保証してくれる存在だった。だから彼が戦っている場面は描かれない(あくまで戦争映画ではなく兵隊映画なのだ)。戦闘ではなく、軍隊という居心地のいい組織が彼には必要だったのである。戦争が続くことを彼が願うのは、戦いを望むからではなく、軍隊にいつまでもいたいからである。喜劇化することで軍隊を武装解除し、軍隊を殺人集団、侵略組織ではなく、一種の村社会に変えてしまった。だから山正は戦後も「私は貝になりたい」の主人公のような深い傷を心に負ってはいない。

  終戦後、彼はその居心地のいい組織から投げ出されてしまった。軍隊そのものが解体されてしまった。だが、山正は生涯の友と教育を既に手に入れていた。どんなことをしてでも生活してゆける自信もあった。彼は手島少尉の未亡人と結婚したい一心で、華厳の滝から飛び降りた人の死体を引き上げる仕事までやったのだ。それでも、「いるべき場所」を失った天涯孤独の山正は職も住む場所も定まらず、「浮雲」の二人のように漂流し続ける。

  彼の漂流が終わるのは本物の家庭を築く時だ。しかしその直前に無残にも彼の命は奪われてしまう。なぜ映画は幸せをつかみかけた彼を死なせたのだろうか。上に引用したように、映画の最後の字幕で彼は天皇の「最後のひとりの赤子」と位置づけられている。つまり、彼の「戦死」とともに確実にあるひとつの時代が終わったのだ。「拝啓天皇陛下様」は終戦からほぼ20年たって作られた。天皇はすでに神ではなくなり、かつての絶対的な権威もなくなった。それでも山正はずっと彼を慕っていた。そうである限り彼は天皇の「赤子」であった。その最後の赤子の死。戦争の時代の息子は最後まで幸福をつかめないまま戦死してゆく運命なのである。

  ここに描かれたのは、とにかく生きることに貪欲だった一人の男の一生である。その男の死はひとつの時代の終わりを意味していたが、それでいて新しい時代は見えてこない。われわれは幸福をつかみかけた男の死によって何を失ったのだろうか。それはつらく長い戦争の記憶ではなく、家庭のような人間関係だったのかもしれない。彼にとっての軍隊とはそういうものだったのだから。軍隊という帰るべき場所を奪われ、次に見出した家庭という安定の場も奪われてしまう。最後に映る山正の姿は酔っ払ってふらふら道を歩いている姿である。近くを通る車の音が聞こえるたびに観客はドキッとする。われわれは不安な状況に置き去りにされるのだ。コミカルな映画の苦いラストである。

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2006年8月15日 (火)

帰省中に読んだ本

 12日から郷里の日立に帰省していた。帰省の前日に63年の日本映画「拝啓天皇陛下様」を観ていたが、レビューを書く時間がなかった。この記事はとりあえずのつなぎです。「拝啓天皇陛下様」のレビューは明日かあさってには書き上げる予定。

 行き帰りの電車と実家で2冊本を読んだ(12日に高校の同窓会に出席したほかは、家でゴロゴロして高校野球を見ている毎日だった)。1冊目はピーター・マースの『海底からのTecho_w2 生還』(光文社文庫)。なぜこれを選んだかは説明不要だろう。ドイツ映画「Uボート」を直前に観ていたからだ。あわてて出発したのでじっくり本を選んでいる時間がなく、文庫本の山の中からたまたま目に付いたのを選んだのがこの本だったというしだい。こちらは「Uボート」より数年前(第二次世界大戦勃発直前)のアメリカ海軍の話。アメリカ東海岸の海軍基地ポーツマスから出航したアメリカの新造潜水艦が潜航試験をした際に浸水して海底に沈んでしまった。深度243フィート(74メートル)の海底から生存者33名を全員救出した実話に基づくノンフィクションである。

 映画「Uボート」の場合は自力で何とか浮上できたが、こちらは潜航中になんとエンジンのメイン吸気バルブが開いていたという信じられない原因で沈んだので、船の後ろ半分が水浸しだから浮上は不可能。海上からの救出作戦が展開されることになる。これが想像以上の難作業だった。何しろ沈没した潜水艦から生存者を救助したというのは後にも先にもこのとき以外ない。ほとんど奇跡の救出劇だったのである。

 この本は大きく3つの部分から構成されている。潜水艦内の描写と海上からの救出作業、そして潜水艦の引き上げと原因の究明。この本がユニークなのは、これらメインのストーリーを構成する救出作業に絡めてスウェード・モンセンという非凡な才能を持った男の生涯を描いていることである。海軍中将まで上り詰めた男だが、軍人と言うよりは科学者あるいは発明家といったほうがいい人物だ。ジュール・ヴェルヌの『海底2万哩』にあこがれて海軍に入ったという変わった男。潜水艦乗組員の救助方法に人生のかなりの部分をかけた男。「モンセンの肺」という潜水の時に用いる酸素とヘリウムの混合気体を考え出した男で、これがなければ今日のスキューバ・ダイビングは実用化されなかっただろうといわれる画期的な発明だった。また、「レスキュー・チェンバー」とよばれる釣鐘型の救出装置を考え出した男でもある(ある理由で別の人物の名前が冠せられているが)。このモンセンの肺とレスキュー・チェンバーが実際の救出劇で大活躍する。このレスキュー・チェンバーを海上の船から吊り下ろし潜水艦のハッチに取り付け、潜水艦の乗組員を乗り移らせて海上に運び上げるという方法である。

 後はとにかく実際に読んでいただきたい。救出部分は息をもつがせぬ緊張感でぐいぐい引き付けられる。但し全体としてみれば、ノンフィクションものとしての出来は平均程度である。ジョン・クラカワーの『空へ』、ジョー・シンプソン著『死のクレバス』、アルフレッド・ランシング著『エンデュアランス号漂流』などの傑作と比べるとやはり見劣りすると言わざるをえない。全体に報告書的な記述がめだち、幾分退屈する部分があるからだ。それでも一気に読めるので一読に値すると思う。

 著者のピーター・マースは映画化された「バラキ」や「セルピコ」の原作者であるノンフィクション作家。これを読むまで知らなかった。翻訳者はなんと江畑謙介。あの独特の髪型でおなじみの軍事評論家。翻訳もやってたんですね。

 もう1冊は和田はつ子著『口中医桂助事件帖 花びら葵』(小学館文庫)。これは読もうと思って持っていったものではなく、実家で母親から読んでみてくれと渡されたもの。実は作者が僕の従兄弟の嫁さんなのである。実家に送られてきたそうだ。彼女のことは前にも聞いた事があったが、知らない名前だったのであまり気に留めていなかった。その時にはホラー小説のようなものを書いていると聞いたのだが、どうもこれは時代小説である。どうやら少し手を広げているらしい。読んでみたらこれも一気に読めた。それなりに面白い。

 タイプとしては山本一力の『損料屋喜八郎始末控え』に近い。最近このタイプの時代小説が増えている気がする。共通する特徴は特殊な職業の素人探偵を主役にしていることとミステリー仕立てだということ。山本一力の「損料屋」とは長屋住まいの庶民相手に鍋釜や小銭を貸す職業である。和田はつ子の主人公は江戸時代の歯医者「口中医」。テレビドラマでも家政婦やタクシー・ドライバーなどが探偵役で活躍している。今の流行なのだろう。もう1つ共通する特徴がある。どちらの主人公も表向きとは違う別の姿を持っているということ。しかしそれが何であるかは伏せておこう。『口中医桂助事件帖』はシリーズもので、これが3作目。他にも『藩医 宮坂涼庵』という時代小説がある。

 時代小説は今はやりで、書店にはたくさん並んでいる。かつては戦国武将もの、幕末ものが時代小説の主流だったが、最近は江戸の庶民を主人公にしたものが増えている。藤沢周平などは武家ものと庶民ものを描き分けている。僕の弟なども時代小説にはまっている。これからも当分流行は続くだろうから、その中で注目されるには他にない特徴を持つことが必要だろう。かといって、それまでなかった突飛な職業に就いている主人公を考え出せばいいという単純なものではない。飛びぬけた筆力も必要だし、江戸時代に関する深い知識も必要だ。『口中医桂助事件帖 花びら葵』では紋切り型のせりふがところどころ目だった。もっと書き込むことが必用なのかもしれない。

 帰りの電車では徳田秋声の『あらくれ』(講談社文芸文庫)を少し読んだ。イギリス文学のヒロインの系譜を自分なりに追っているので視野に入ってきた小説である。まだごく最初の部分しか読んでいないので感想は書かない。ただ、先日「浮雲」のレビューを書いたが、その成瀬巳喜男がなんと『あらくれ』を映画化していた。彼のフィルモグラフィーを見ていてわかったのだが、実に興味深い。原作を読み終えたら映画のほうも観てみよう。

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