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2006年8月6日 - 2006年8月12日

2006年8月11日 (金)

Uボート

Deepblue015 1981年 西ドイツ 1982年1月公開
監督:ヴォルフガング・ペーターゼン
製作:ギュンター・ロールバッハ
製作総指揮:ルッツ・ヘンクスト
原作:ロータル=ギュンター・ブーフハイム
脚本:ウォルフガング・ペーターゼン
撮影:ヨスト・ヴァカーノ
音楽:クラウス・ドルディンガー
出演:ユルゲン・プロフノウ、ヘルベルト・グリューネマイヤー
    クラウス・ヴェンネマン ベルント・タウバー
   マルティン・ゼメルロッゲ、マルティン・マイ、 エルウィン・レーダー
    クロード・オリヴァー・ルドルフ、ヤン・フェダー

  先日「ドイツ映画ベスト100」を載せたとき、1位の「Uボート」をまだ観ていないのが気になった。以前「海の牙」のレビューを書いた時もこの映画は気になっていた。「Uボート」が公開された82年ごろは、一時年間に観た映画の本数が一桁台まで落ちていた頃から立ち直って間もない頃で、年間66本しか観なかった年だ。名作主義に徹し、内外の古典的名作ばかりをむさぼるように観ていた頃なので、エンターテインメントの潜水艦映画など目に入らなかったのだろう。ともかく、観たい時が観る時とばかり「Uボート」をアマゾンで注文して手に入れた。

  裁判物と並んで潜水艦物は傑作が多い。駆逐艦との死闘、潜水艦同士の戦い、とにかく限定された空間に閉じ込められているので、一種のパニックものの味わいもあり、緊張感あふれる映画になる。ぱっと頭に浮かぶだけでも、「海の牙」、「眼下の敵」、「深く静かに潜行せよ」、「原子力潜水艦浮上せず」、「マーフィの戦い」、「U-571」、「クリムゾン・タイド」、「レッド・オクトーバーを追え」、「ユリョン」など結構観ている。「ユリョン」はがっかりしたが、それを除けばいずれも水準以上の出来だ。もっとも日本の「ローレライ」は観る気も起きなかったが。

  「Uボート」はさすがにベスト100の1位に選ばれただけあって、3時間を越える長丁場をまったく飽きさせない傑作だった(観たのは上映時間209分のディレクターズ・カット版)。第1級のエンターテインメント映画、戦争映画であり、「眼下の敵」と並ぶ潜水艦映画の最高峰、かつ第1級のパニック映画でもある。監督はヴォルフガング・ペーターゼン。これまで「ネバーエンティング・ストーリー」(1984)、「第5惑星」(1985)、「ザ・シークレット・サービス」(1993)、「エアフォース・ワン」(1997)、「アウトブレイク」(1995)、「パーフェクト・ストーム」(2000)と観てきたが、傑作だと思ったのは1本もない。SFの「第5惑星」は悪くはないが、期待したほどではなかった。後は凡作ぞろい。今年「ポセイドン」が6月に公開されたが、最近流行のお手軽焼き直しものではこれも期待薄だ(元の「ポセイドン・アドベンチャー」は傑作)。どうも「Uボート」が生涯最高傑作になる気配濃厚。

  「ウィキペディア」によるとUボートは「ドイツ語のUnterseeboot(英語: Undersea boat )の略称である」。ドイツ軍の潜水艦一般をさす呼称である。映画の冒頭字幕が入る。日本語のスーパーはだいぶ省略してあるので多少補っておく。

  1941年、ドイツ占領下のフランス、ラ・ロシェル軍港。イギリスへの輸送を絶ちイギリスを兵糧攻めにしようとヒトラーが期待をかけた潜水艦隊は、初めて大規模な反撃を受けた。イギリスの貨物船は今やより強力でより性能のいい駆逐艦に守られて大西洋を渡っている。その結果Uボートの損害は甚大なものになった。にもかかわらずドイツの司令部は更なるUボートの攻撃を命じた。未熟な乗組員を乗せたUボートがフランスの港から次々に出撃して行った。大西洋の支配権をめぐる戦いはドイツ軍の不利な状況にあった。 ドイツ海軍Uボート要員4万人のうち3万人が帰還しなかった。

  冒頭、潜水艦の艦長(ユルゲン・プロフノウ)を乗せた1台の車が海岸沿いを走っている。酔っ払いが道端にたむろし、車に小便の洗礼をあびせる。その日は出撃の前日だった。乗組員たちは出航前最後のパーティで酔っ払って大騒ぎしている。ちなみに、パーティで騎士十字章の受賞者トムセン大尉が受賞の挨拶をする場面が思わせぶりに出てくるが、意外なことにこの後はほとんど画面に出てこない。元々はテレビシリーズだったのでTV版では出てくるのかもしれないが、ともかく映画ではこの日めちゃくちゃに酔っ払っている彼の姿しか描かれない(一度大西洋上でトムセンが指揮するUボートと出会うが、信号を送って互いの健闘を祈っただけですぐ分かれる)。翌日、すっかり軍人の顔に戻った乗組員たちがUボートの甲板上に勢ぞろいしている。艦長が現れ、従軍記者のヴェルナー少尉(ヘルベルト・グリューネマイヤー)が同乗することを部下に告げる。そしていよいよ出航。

  記者のヴェルナーが乗り込むのは語り手が必用だったからだろう。基本的に彼の視点で描かれる。丁度「海の牙」で医師ギベールが乗り込み、最後に彼だけが生き残って一切の顛末を手記として記録したのと同じ役割である。乗組員が素人のヴェルナーを連れて艦内を案内する場面があるが、あれは彼と同時に観客にも説明しているのである。実際彼がいなければトイレが1つだけで、50人で共用していることなどわれわれには分からなかった。「海の牙」のギベール医師も「Uボート」のヴェルナーも観察者なのである。乗組員には当たり前で説明の必要もないことが、彼らにとってはすべて新鮮なのだ。ヴェルナーがブリッジで若い乗組員の写真を撮っていると、艦長が写真は帰還する時に撮れと言う。みなまだ子供だが、帰る頃にはひげ面になっているからと。「イギリス軍は新聞を見たら恥じ入るぞ。ガキを敵にしているとな。私は老人になった気分だ。子供十字軍だからな。」冒頭の字幕にもあったが、次々にUボートが撃沈され、経験をつんだ優秀な乗組員が払底しているのだ。終戦直前の日本軍と同じである。

  最初の1時間ほどは長々と戦闘のない艦内描写が続く。それでも退屈しないのは普段観ることのない潜水艦の内部のリアルな描写が続くからだ。出航したばかりは船内のあちこちに荷物や食料があふれ、乗組員たちは片付けに大童だ。この部分のハイライトは水圧テストの場面。艦長は船を深く潜行させる。150メートルあたりまで来ると、水圧で船が不気味にきしみだす。不安そうに周りを見回す乗組員たち。ヴェルナーは緊張のあまり汗をかいている。160メートル。「今日はここまで」という艦長の声で一同ほっとする。実はこれが後の伏線になっている。どれくらいまで潜行すると危険なのか前もって観客に教えているのだ。とにかく逃げ場のない閉じられた空間。駆逐艦による爆雷攻撃の恐怖と水圧の恐怖。一旦戦闘が始まったときの恐怖感は「パニック・ルーム」などの比ではない。

  乗組員も観客も早く戦闘が始まらないかとじりじりし始めた頃、ようやく敵の船(なんと無謀にも駆逐艦を攻撃しようというのだ)を見つけ攻撃態勢に入る。魚雷攻撃の準備。発射口が開く。緊張がみなぎる。しかし攻撃直前潜望鏡から敵艦が消えてしまう。潜望鏡をすSaba3 ばやくめぐらすと何とすぐ目の前に敵の駆逐艦がいた。先に攻撃を仕掛けるならともかく、駆逐艦に気づかれたら潜水艦は逃げるしかない。駆逐艦は英語でdestroyer、まさに潜水艦の天敵である。攻撃するどころか、逆に爆雷攻撃を受ける。180メートルまで急速潜行。爆雷攻撃で艦内はまるで震度7クラスの地震のような揺れ。しばらくはパニック映画状態。こうなったらただじっと息を潜めて耐えるだけ。とにかく敵の姿が映らないのが却って不気味だ。船の底が映るだけだ。これも観客にしか見えない。潜水艦の中ではスクリュー音だけが敵の存在を示している。まるでスピルバーグの「激突!」のような見えない敵の恐怖。潜水艦映画でおなじみのコーン、コーンというソナーの音はこの映画ではほとんど出てこない。最後のクライマックスあたりで一度出てくるだけだ。

  ようやく敵艦のスクリュー音が消える。しかし安心は出来ない。「これからが心理戦だ」と艦長。この艦長を演じたユルゲン・プロフノウが素晴らしい。これほど精悍でそれでいて人間味のある顔を持っている俳優はそういない。実に渋くていい役者だ。この人なら命を預けてもいいと観ているこっちまで思えてくるほどだ。他の出演作は「砂の惑星」(1984)、「イングリッシュ・ペイシェント」(1996)、「ザ・フォール」(1998、日本未公開)しか観ていないが、まったく印象が残っていない。いい俳優なのだが作品に恵まれていない感じだ。

  それはともかく、この場は何とか難を逃れた。いやはや、映画が始まって1時間たっているのにまだ一度も攻撃していないのである。これで退屈させないのだから、やはり演出と脚本が秀逸なのだ。海上に浮上した時に、ブリッジにたたきつけてくる波のしぶきがすさまじい。一度見張りの一人が波にさらわれかけたほどだ。肋骨を3本折る重傷。日常描写も巧みだ。閉じられた空間なので匂いがこもる。画面から悪臭が匂ってきそうだ。航海が長引いたため、パンにカビが生えてくる描写もあった。艦長や将校たちがテーブルを囲んで食事をしている場面が何度も出てくる。時々そこを通り抜ける者がおり、通路側に座っている者はいちいち立ち上がらなければならない。潜水艦の狭さが伝わってくる。とにかくつぶさに艦内を描写して飽きさせない演出はうまい。

  しかし後半は戦闘場面も含め、緊迫した場面満載。怒涛の1時間半が待っている。ある波が静かな夜、ついに敵艦5隻を発見。今度こそと勇み立つ乗組員たち。魚雷3発発射。しかし駆逐艦に見つかり砲撃を受ける。潜行。爆雷攻撃。もぐった後は音がたより。魚雷が敵艦に命中した音が伝わってくる。攻撃は成功。3発とも命中。しかし今は駆逐艦が味方の仇とばかり猛攻撃を仕掛けてきている。後はもう深くもぐるしか手はない。190メートル。210。220、230。前半に水圧テストを見せていたことがここで生きてくる。息詰る緊張感。テストの時は160でやめた。今はとっくに200を越えている。突然すさまじい音と共に水圧でボルトが飛ぶ。あちこちでボルトが飛び、つなぎ目が外れ浸水する。弾丸のように飛んできたボルトが当たって負傷するものも現れる。ここからはまたパニック映画になる。船内は大混乱。耐え切れなくなりパニック状態になった機関士(「幽霊」と言うあだなのヨハン)が船外に出ようとしてブリッジのはしごを上りかける。こうなったら艦長が制しても抑えられない。艦長が銃を取りに行っている間に他の乗組員が取り押さえて持ち場に連れ戻す。危うく銃殺されるところだった。この危機も何とか乗り切る。戦闘日誌には「潜行6時間後に敵駆逐艦は追撃を断念した」と記入された。

  この後の場面も印象的だ。Uボートは海面に浮上する。外を見ると夕焼けのように空が赤い。不思議な雰囲気だ。実はまだ敵艦が燃えていたのだ。炎が映って空が赤く見えていたのである。6時間たってもまだ沈んでいない!この演出は見事だった。とどめの魚雷を放つ。手前に潜水艦があり向こう側に燃えている敵艦。魚雷を放ってしばらくして敵艦に火柱が上がる。この構図も秀逸だった。ところがまだ敵艦上に生存者がおり、体に火が付いたまま海に飛び込んでいるのが見える。十分時間があったのに味方を見捨てていったのかと艦長は怒るが、しばし沈黙の後船を後退させるよう命ずる。後ろで顔を見合わせる乗組員たち。生存者がこちらに向かって泳いできたからだ。同じ海の男たちを見殺しにするのはさすがにつらかったのだろう。しかも輸送船だから戦闘員ではなく民間人だ。戦争のむごさを感じさせる場面だった。

  この後がいよいよクライマックス。艦長宛の暗号電報が届く。イタリアのラ・スペチアに入港せよ、その前にスペインのビゴで燃料補給との命令だった。これが如何にとんでもない命令であるかはすぐに分かる。スペインからイタリアに向かうにはジブラルタル海峡を通らねばならない。狭いし敵がうようよいる。まるで敵の駐屯地の真ん中をジープで通り抜けようとするようなもの。自殺行為に等しい。しかし軍人は命令に逆らえない。ヴェルナーともう限界に来ていた機関長をスペインで降ろすつもりだったが、これも司令部に却下された。全員死地に赴くしかない。艦長は悩んだ挙句、ジブラルタル海峡の手前まで浮上したまま行き、そこから潜行してスクリューを止め、海流に乗ってブラルタル海峡を通過する作戦を立てた。音さえ立てなければ通過できるかもしれない。わずかな希望が見える。

  しかしジブラルタル海峡に入る直前に発見され、敵の飛行機から爆撃を受ける。どこか損害を受けたのだろう、潜行したとたんコントロールがきかなくなりそのまま船は沈み続けた。前回の230メートルどころではない。深度計の目盛を超えてしまう。280メートル。幸いそこが海底だった。被害甚大。海底に横たわったまま動けない。撃沈したと思って敵は去ったが、問題は水圧と時間。酸素もいつかは尽きる。ここからの30分くらいはすごい。この絶望的状況をどう乗り越えるのか。ここから先も書きたいが我慢しよう。ただ、15時間を越える奮闘の末彼らは浮上に成功して無事母港に帰還するのだが、その先にはまたとんでもない結末が待っていたとだけ書いておこう。どうです、まだ観ていない人は観たくなるでしょう。そうです、是非観ていただきたい。この傑作を見逃す手はない(おとといまで見逃していた自分が言うのもなんだが)。

  ストーリーに直接関係のないところだけちょっと書きましょう。憔悴しきった雰囲気の中でヴェルナーが艦長に語った言葉。「私は望んだ。″一度極限状態に身を置こう。母親が我らを探し回らず、女が我らの前に現れず、現実のみが残酷に支配する所″。これが今Deepblue023_1 だ。これこそ現実だ。」もう1つ。乗組員たちが「ティペラリの歌」を歌う場面が2度出てくる。以前オーストラリアで取材したドキュメンタリー番組にこの歌が出てきて耳に残っていた。”It’s a long way to Tipperary, it’s a long way to go.” この曲を聴くと年配の人はみんな涙を流すという。思いを込めてゆっくりしたリズムで歌うので、日本で言えば「ふるさと」のような歌なのかと思っていた。しかしここでは早いリズムで勇ましく歌われていた。ネットで調べてみると「世界のマーチ」というCDのシリーズに収められているので行進曲のようだ。イギリスの古謡で、ティペラリはアイルランドの地名(州名でもある)である。ドイツ人にとっての「リリー・マルレーン」に当たるような曲なのだろう。ドイツ人にすれば敵の歌を歌っていることになる。それだけに印象的だった(「シルミド」でも最後に「北」の革命歌を歌う場面が出てくる)。

  「Uボート」で出色なのは艦内の日常を描くリアルさだ。「Uボート」は確かに戦争を描いてはいるが、勇ましい戦闘映画ではない。最初の3分の1まで一度も魚雷を発射していないというのは象徴的である。普通の潜水艦映画は行き詰る戦闘シーン、駆逐艦や敵の潜水艦との駆け引きに焦点が当てられるが、この映画では戦闘をしていない兵士たちの日常、あるいは戦闘場面でも勇ましく戦う姿ではなく、爆雷の衝撃に吹き飛ばされ水圧の恐怖に顔をゆがめておびえる姿が強調されている。この映画が普通の潜水艦映画のレベルを遥かに超えているのはそのユニークな視点のためである。不衛生状態が続くために毛じらみが発生して、下半身丸出してチンチンを手で隠しながら医者の前に列を作っている姿には情けなさはあっても勇ましさのかけらもない。トレヴェニアンの『ワイオミングの惨劇』(新潮文庫)というサスペンス小説に次のような会話がある。

  「戦争ってどんなでした?すごい冒険だったでしょう?」
  「戦争が?戦争なんてだいたいが退屈だ。兵隊はいつも濡れて凍えてる。それにくたびれてる。虫に刺されてかゆい。そのうち突然みんなが銃を撃ちだし、怒鳴ったり、走りまわったりする。ものすごく恐ろしくて唾も飲めないくらいだ。闘いはやがて終わり、仲間が何人か死んで、けが人もでる。無傷な者はまたかゆいところを掻いたり、あくびをしたりする毎日に戻る。それが戦争だ。」

  Uボートが給油のためにスペインのビゴに立ち寄った時、船長や士官たちを食事に招いた現地のドイツ人は、上の引用のように勇ましい戦争の土産話をしきりに艦長から聞きだそうとしていた。しかし実際そこに立っていたのは薄汚れた服を着たよれよれの男たちだった(あまりに艦長がみすぼらしい身なりをしているので、隣にいる士官を艦長と間違えて握手したほどだ)。戦争の実態はハリウッド映画のようではない。それは誰もが知っていることだが、そのように戦争を描いた映画は少ない。なぜならそれでは「映画的面白さ」が出せないからである。第1次大戦で大量の戦死者を出したことで有名なソンムの塹壕戦を描いた「ザ・トレンチ」(「トレンチ」は塹壕という意味)という映画がある。ほとんど戦闘場面もなく、ただ延々と塹壕の中の兵士たちの日常を描いた映画だ。まさに上の引用の通り。だから実に退屈でつまらない映画だった。唯一の救いは部下の信頼篤い軍曹(だったと思う)役に扮したダニエル・クレイグの見事な存在感だ。なんてうまい俳優だと感心した(「シルヴィア」で詩人テッド・ヒューズに扮し、「ミュンヘン」で車輌のスペシャリスト、スティーヴを演じた人)。しかし、その彼も最後の最後に出てくる突撃場面で、塹壕を飛び出たとたんにあっけなく撃たれて死んでしまう。散々な出来の映画だったが、しかし戦争とはこんなもんだというのはよく分かる。戦場の兵士はアンチ・ヒーロー以外の何者でもない。「Uボート」は同じように戦争をリアルに描きながら、なお緊張感を保ち続けた稀有な映画である。

  反戦映画という作りではない。顔の見えない敵ならいくらでも撃てる。西部劇のインディアンやアメリカの戦争映画におけるドイツ兵のように。彼らは撃たれてばたばたと倒れてゆくだけだ。しかし敵の中に一旦自分と同じ人間を見たとき、人は簡単に銃の引き金を引けなくなる。そこまで描いた時反戦映画になる。「Uボート」でも敵の輸送船の生存者が助けを求めた時それに近づいた。しかし「顔」が見える前に潜水艦は後退してしまった。あくまで敵は顔が見えないままにとどめた(それが悪いと言っているわけではない)。代わりに、戦争のむなしさ、戦争の見苦しさや汚らしさやつらさ、戦争の恐怖がこれでもかと描きこまれている。乗組員たちは勇敢に戦う英雄ではない。恐怖に顔を引きつらせて見えない敵におびえる卑小な人間たちである。しかし彼らは違った意味で勇敢であった。水が勢いよく吹き込んでくる穴に必死で詰め物をしてふさぎ、もう修理できないだろうというほどめちゃめちゃに破損した部分を何とか工夫して直してしまう。不眠不休で奮闘するその姿は感動的ですらあった。あの一度パニックになった機関士のヨハンも海底まで沈んだときはふらふらになるまで逃げずに踏ん張った。彼らは単なる乗組員ではなく、船のどこがどうなっているかを知り尽くした優秀なメカニックでもある。その描き方がいい。

  潜水艦という牢獄のような閉鎖空間の中で展開する人間ドラマ。人間臭さ、汗臭さ、物が腐る悪臭、英雄たちではなく等身大の人間たちをリアルに描いた。そのリアルな映像を映し出した、艦内を縦横無尽に駆け巡るキャメラワークが見事だった。一旦緊急事態になると乗組員たちは一斉に走り出すのだが、キャメラは被写体と一緒に走り出す。いったいどうやって撮ったのかと不思議に思うほど自由自在にキャメラが動いていた。スピルバーグの「宇宙戦争」に出てきた、ぶっといホースのようなものの先にレンズが付いている監視装置を火星人から借りてきたのだろうか?冗談はともかく、「Uボート」は優れた脚本と演出と技術によって作り出された傑作である。

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2006年8月 9日 (水)

浮雲

Arthibiscus1200wb 1955年 日本 1955年1月公開
監督: 成瀬巳喜男
製作: 藤本真澄
原作: 林芙美子 『浮雲』
脚本: 水木洋子
撮影: 玉井正夫
美術: 中古智
編集: 大井英史
音楽: 斎藤一郎
監督助手: 岡本喜八
特殊技術: 東宝技術部
出演:高峰秀子、森雅之、中北千枝子、岡田茉莉子、山形勲、加東大介
    木匠マユリ、千石規子、村上冬樹、大川平八郎、金子信雄
    ロイ・H・ジェームス、森啓子

  成瀬巳喜男(1905-1969)の作品はこれまで「妻よ薔薇のように」(35)「めし」(51)「稲妻」(52) 「あにいもうと」(53)「晩菊」(54) 「山の音」(54)「浮雲」(55)「流れる」(56)「女が階段を上る時」(60)「乱れる」(64)「乱れ雲」(67)と11本観てきた。少なくない数だが、それでも生涯に89本もの作品を残した彼の膨大な作品群の一部を垣間見ただけに過ぎない。最初に観たのが「山の音」でその翌日に「浮雲」を観ている。「あの頃名画座があった(改訂版)④」にも書いたが、82年の11月24日から12月2日にかけて日比谷の千代田劇場で「東宝半世紀傑作フェア」と銘打った企画が催され、「雪国」、「忍ぶ川」、「夫婦善哉」、「また逢う日まで」などと共に観たのである。上の10本の中では「流れる」と「浮雲」が好きだ。千代田劇場で観た6本の中でも「夫婦善哉」、「また逢う日まで」と「浮雲」の3本は図抜けた傑作だと思った。いや、「浮雲」は日本映画を代表する1本にすら数えられる名作である。

  成瀬巳喜男は神格化されてきた黒澤明、小津安二郎、溝口健二などに比べると海外での評価が遅れたが、日本を代表する大監督の一人である。昨年が生誕100周年に当たり、DVD-BOXも発売された。やっと彼の評価がなされてきたことは喜ばしいことだ。この4人に今井正を加えたのが日本の映画監督「マイ・ベスト5」である。

  「浮雲」は幸田ゆき子(高峰秀子)とその愛人である富岡(森雅之)の2人が主人公だが、視点はゆき子の視点である。「浮雲」には異様な緊張感と迫力があり、観客をぐいぐいと引き込んでゆく。冒頭のゆき子が仏印(インドシナのこと、ハノイという地名が出てくるのでおそらくベトナムと思われる)から日本に引き上げてくる場面と富岡との再会、そしてそれに続く仏印での回想場面(富岡との出会い、作中最も明るい部分)から屋久島でのゆき子の病死まで一気に映画は突き進む。そのため観終わった後にずっしりと映画の重み(無常観と悲哀感が混じったようなもの)が観客にのしかかり、何か途方もない作品を観てしまったという思いに包まれる。「重い」のは悲劇的結末だからであり、「無常」なのはその悲劇にカタルシスがないからである。何か劇的な盛り上がりがあるわけではないが、かなり波乱に富んだストーリー展開である。

  波乱に富んでいるという印象が残るのは、この映画の中であるパターンが繰り返し現れるからである。そのパターンとはゆき子と富岡が何度も別れと再会を繰り返すというものだ。面白いことに、映画の中で誰かが誰かを訪ねてくるという場面が何度も出てくる。異常に多い。その度ごとに訪ねてくる人物も訪ねられる人物も境遇が変わっている。さらに、その訪問を機にまた人間関係が変わってゆく。付かず離れずの腐れ縁関係。そうなるのは主に富岡に甲斐性がなくふらふらしているからだ。まさに空に浮かぶ「浮雲」のごとく、あるいは碇を失った船のごとく、決まった目的地もなくただただ流れに任せてどこへともなく漂ってゆく二人。

  この富岡という男が実に情けない男である。日本に引き上げてきたゆき子はすぐ渋谷区代々木上原にある富岡の家を訪ねる。最初に富岡の母親、次に妻(中北千枝子)が出てきて怪しそうにゆき子を見る。ゆき子は富岡を外に連れ出して二人で歩きながら話す(背景は焼け野原なのか建物の少ない街並みだ)。二人は闇市の中を通りホテルに入る。彼は妻ときっぱり別れてゆき子を迎えると言っていたのにまだ妻と別れずにいた。戦時中農林省に勤めていたが「官吏なんかいやだから」と日本に帰ってからやめてしまい、今は木材関係の仕事をしていると話す。愛してもいない妻と別れられずにずるずると一緒に暮らしている。ゆき子には別れ話を持ち出す。富岡は手切れ金として彼女に金を渡すのだ。「正直に言えば、僕たちはあの頃夢を見ていたのさ。こんなことを言うと君は怒るだろうが、日本に戻ってまるっきり違う世界を見ると、家の者たちをこれ以上苦しめるのは酷だと思ったんだ。別れるより仕方がないよ。」この段階ではありふれた別れ話に思える。しかし富岡の言葉に彼の優柔不断さがすでに表れている。

  「僕たちはあの頃夢を見ていたのさ」という彼のせりふに注目すべきである。二人が歩いている家の少ない東京の景色から突然一転して豪華なお屋敷が映し出される。ここは回想場面で、貴族の館かと思える豪華な建物は日本軍が現地で接収した建物である。タイピストとして雇われたゆき子が富岡を含めた職員たちに紹介されている。輝くばかりの豪華な建物の中にいるゆき子も(豪華なドレスではないが)眩いばかりの白い衣装を身にまとい実に美しい。内地の混乱をよそに、彼女たちはここで優雅に暮らしていたのだ。敗戦ですっかり変わってしまった日本に比べると確かに「夢」のようだった。しかし富岡はすでに夢から覚めていた。「いつまでも昔のことを考えたって仕方がないだろう。」一方ゆき子はあくまで当時の思い出にこだわる。「昔のことがあなたとあたしには重大なんだわ。それを無くしたらあなたもあたしもどこにもないんじゃないですか。」結局二人は分かれる。家に帰った富岡は「あなたこのごろ私と別れたいと思っているのでしょう」と妻にも泣かれる。

  どうやらゆき子と富岡との違いのひとつは昔にこだわるかどうかの違いである。回想部Sizuka2 分の最後は二人で森の中を散歩している時突然富岡が振り返り、二人で見つめあう場面である。寄り添いキスをするのかと思いきや、突然ホテルにいる現在の二人の場面に切り替わる。キスをしている二人。ゆき子にとって過去と現在は繋がっているのだ。だから2人でいると必ずゆき子は仏印で過ごした頃の思い出話をするのである。「思い出すわ色んなこと。」この時もゆき子の方から彼の部屋に行った思い出を語っていた(常に彼女のほうが積極的である)。

  その次に二人が会った時、ゆき子は進駐軍兵士のオンリーになっていた(もっとも当時はパンパンと呼んでいた)。今度は富岡のほうから訪ねてきた。ゆき子はその外人から教えられたという「忘れな草」の歌詞を口ずさむ。

  懐かしき君よ 今はしぼみ果てたれど
  かつては瑠璃の色 いと鮮やかなりしこの花
  ありし日の君と過ごせし 楽しき思い出にも似て  
  あたしの心に消えぬよう

  やはり彼女は過去を引きずっている。バーの女のような格好をしているゆき子に(話し方も前よりぞんざいになっている)富岡は「君はたくましいさ。感服するよ」と言う。ゆき子はこう返す。「あなたの力じゃどうにもならないんでしょ。あたしと一緒に暮らすことが出来なければ、あたしの生活はあたしでやってくんですから、そのつもりでいてくださいね。」富岡「邪魔はしないさ。邪魔はしないが、時々は遊びに来てもいいだろ。」富岡は未練たらたらだ。互いに辛らつな言葉を交わしながらも付かず離れず、だらだらと2人の関係は続く。

  直後、またゆき子は駅前で富岡と会っている(「インターナショナル」を歌いながら近くをデモ隊が通ってゆく)。「あたしたちって行くところがないみたいね。」「そうだな。どこか遠くへ行こうか。」この言葉は2人の境遇を見事に表していて象徴的だ。戦時中、この世のものではないような外地で「夢のような」時間をすごした二人にとって、すっかり変わってしまった戦後の日本には帰る場所がなかったのである。この場面の直後今度は二人は伊香保の温泉宿に泊まっている。どんな風に自殺するか二人で話し合っている。「あなたそのためにきたのね」とゆき子。二人で温泉に浸かるあの有名なシーンはこの後に出てくる。「ねえ。」「何だ。」「あたしあなたをもっと生きさせてあげたいのよ。いっそお正月をここで暮らしてゆかない?お金が足りなかったらあたしのコートを置いてもいいし。」「明日帰るよ。」かみ合わない二人の会話。実に秀逸だ。

  この時もまたゆき子がインドシナにいた頃の思い出を話す。その後の富岡のせりふが彼の性格をよく現していて重要だ。「昔話も時がたつと色があせてくるよ。二人で会って昔を懐かしがってみたところで、君と僕の間が昔どおりの激しさに戻るわけでもないし。そのくせ僕は女房にだって昔のような愛情を持っちゃいないんだよ。まったくどうにもならない魂のない人間が出来ちゃったもんさ。」自嘲気味に話す「どうにもならない魂のない人間」という言葉。この言葉自体とそれを口にする行為自体が彼の優柔不断で無責任で無定見な性格と生き方がよく表れている。そんな男にゆき子は「あたしあなたをもっと生きさせてあげたい」といって寄り添っている。「僕は神経衰弱なんだ。」と弱音を吐く男に、「しょうがない人ね。それで他人にはよく見えるんだからいいわ。移り気で、気が小さくて、酒の力で大胆になって、気取り屋で」と馬鹿にし、あるいは「ハノイのキャンプで『ベラミ』って小説読んだけど、あなたあの中の主人公ね。でもあの主人公は宿無しの風来坊だから、女をはしごして出世するんだけど、あんた女だけをはしごしてる」と皮肉を言ったりもするが、なぜか彼からきっぱりと袂を分かったりはしない。懲りない富岡は伊香保温泉では宿の主人の妻おせい(岡田茉莉子)と出来てしまい、後に同棲までしているというのに。

  富岡は一貫して「僕たちのロマンスは終戦と同時に消えたんだ。いい年をして昔の夢を見るのはやめたほうがいい」という姿勢をとり続けるが、憎まれ口をたたきながらもゆき子は結局どこまでも彼について行く。ついには流れ流れて屋久島まで二人で行くのである。列車を乗り継いで鹿児島まで来たとき、ゆき子はこう言っている。「あたし屋久島に住めなかったら、ここへ来て料理屋の女中したっていいわ。女ってそれだけのものよ。捨てられたらまたそれはそれにして、生きてくんだわ。」

  どうしてゆき子はこんなだらしない男と一緒にとことん転落してゆく破滅的な生き方をしたのか。口では相手を馬鹿にしたり皮肉を言ったりし、あるいは「絶望はしてません。生きて見せますとも。せいぜいあんた勝手に女作ればいいのよ」などと一人でも生き抜くたくましさを持っているかのような口ぶりであるにもかかわらず、なぜこんな男と別れられないのか。果ては屋久島までついて行き、病気で倒れても「あんたのそばで死ねば本望だわ」と口にしている。屋久島で病気の彼女を世話してくれる女(千石規子)にさえ、彼女が富岡と話していると嫉妬に駆られた目でじっと見つめてしまう。なぜ彼女はそうなってしまったのか。何が彼女を突き動かしていたのか。誰もが引っかかる疑問である。

  仏印での彼女は白い服を着て、まるで無垢な女に見える。しかし経験の少ない無垢な女が男にだまされてのめりこんだというわけではない。彼女の最初の男は富岡ではない。Sizuka2_1 義兄の伊庭杉夫(山形勲)が最初の男だ。本人も「俺はお前の最初の男だからな」と言っている。次はゆき子と伊庭の会話。「親戚にお手伝いに行った娘が一生を台無しにするなんて話よく出てるわね。お義兄さんの荷物売ってあたしが叱られるんだったら、あたしも元通りの娘に返してもらいたいわ、どお?」金のないゆき子は無断で義兄の荷物の一部を売って金にしていた。「お前もあっちへ行ってから人柄が変わったな。」

  ゆき子はすでに世の荒波にもまれた女だった。墜ちた女だった。だから進駐軍兵士のオンリーにすんなりなれたのである。そういう女だったから「毒舌家」の富岡に惹かれたのかも知れない。まあ個人の感情は推し量る以上にできない。毒舌家だが仕事はしっかりやる男と最初に紹介されたわけだが、内地に帰ってみると女房とも別れられずあれこれ言い訳するだらしない男になっていた。だが、彼女が強い言葉で非難しても「みんな僕が悪いんだ。僕だけが悪いんだよ。僕って人間はもぬけの殻なんだから。君のようにそう押し付けてきたってしようがないじゃないか。伊香保でお互いさっぱりしたはずじゃないか」と自嘲気味に言い募る「暖簾に腕押し」男からどうして離れられなかったのか。よく言われるように理屈では割り切れない何か人間の「業」のようなものを描いているのだろうか。普通の恋愛を超えたどろどろした人間の情念のほとばしりを描いたのだろうか。確かに伊香保で泊まった宿の主人向井清吉(加藤大介)の「ねえ旦那、めぐり合いってやつは大切にしなくちゃならねえ」という思わせぶりなせりふもある。向井と富岡には同じ南方にいた因縁があった。向井は「運命には逆らわないことにしています」とも言っている。後に向井の妻のおせいが富岡と同棲するようになり、嫉妬に狂った向井がおせいを殺すという展開にもなっている。これがラストでのゆき子の死を暗示する不吉な伏線になっていると言えないこともないが、ゆき子と富岡の関係はもっと起伏に富んでおりこんな単純ではない。

  確かに成瀬は二人の不可解な関係に「運命の皮肉」のようなものを込めて描いているのだろう。二人は最後に「底知れない深淵」に飲み込まれていった。この映画のただならぬ力は二人の情念の強さから来ているように見える。しかし「情念」ですべてを説明出来ない。どす黒い情念が二人の関係の底にあるならあんな付かず離れずの先の見えない関係にはならない。ひたすら堕ちてゆくだろう。彼らが地に足が着かず「浮雲」のように漂っているのはこの世に足場を持たないからである。「あたしたちって行くところがないみたいね」というゆき子の言葉。あるいは、富岡が屋久島に行くと聞いた時に彼女が言った言葉。「あたしはどこへ帰るのよ。どこにも行くところがないでしょう。」富岡が農林省の官吏を辞めていろいろな仕事を転々としているのも象徴的だ。世の中に足場がないから過去の思い出にすがる。富岡は仏印時代をいつまでも振り返っていても無意味だといっているが、由紀子という昔の女からは離れられない。ゆき子も内地に帰ってきてからはパンパンになるか大日方教の教主になって羽振りのいい伊庭に養われるかで、まともな仕事には就いていない。口では自分で生きてゆくといいながら結局は男に頼っていた。彼女に唯一残された「足場」は富岡だった。だから彼にすがりついたのではないか。富岡の頼りなさを不甲斐ないと思いつつも彼と一緒に流されていった。仏印時代の彼女が輝いていたのはタイピストとして働いていたからだ。そう言えないだろうか。しかし戦後タイピストとして働こうとしても英文タイプが出来ない彼女には就職口がなかった。彼女は時代に取り残されてしまった。だから過去にすがる。すっかり変わってしまった戦後の日本に二人とも居場所が見出せなかった。

  しかし富岡が屋久島の就職口を見つけた時は二人の転機だった。地の果てのような国境近くの島。それでも人生をやり直そうとした富岡と彼についてゆこうとしたゆき子は初めて未来に顔を向けた。職を得て二人でやり直そうとした。しかしその時すでにゆき子の体を病魔が蝕んでいた。ここに彼女たちの人生最大の皮肉があった。彼女は鹿児島で寒気を訴えるが、堕胎手術を受けた(彼女は富岡の子供を堕ろしていた)直後も同じように寒気を感じていた。その時の病気の種が彼女の体の中に潜んでいたのか。ようやく過去を振り切ったかと思われた時、過去が彼女を引き摺り下ろした。幸福にやっと手が届く矢先だった。

  晩年の成瀬は「人生というやつはわれわれを裏切るものであると自分はいつも考えていた」と語っていたそうだ。「人生というやつは」、この言葉が成瀬以上に似合う監督はいない。波乱に富んだストーリー展開はメロドラマ調だが、成瀬は終始冷静に、いや冷徹に二人を見つめ続けた。いつものユーモアを排し、劇的な演出も避けて、ひたすら漂う二人を冷徹に描いた。流れ流れてやっと最後にたどり着いた島で惨めに死んでいった女の一生。病床に横たわるゆき子の顔はインドシナにいた時の彼女より美しかった。恐らくこれは成瀬が唯一作った悲劇なのだ。

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2006年8月 7日 (月)

ドイツ映画ベスト100

1  「Uボート」(1981、ウォルフガング・ペーターゼン監督)
2  「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1921、F.W.ムルナウ監督)
3  「ヒトラー最期の12日間」(2004、オリバー・ヒルシュピーゲル監督)
4  Die Feuerzangenbowle(1943)
5 「女子学生(秘)レポートNo.1 」(1970、エルンスト・ホフバウエル監督)
6 「不安は魂を食いつくす」、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督)
7  「グッバイ・レーニン!」(2003、ヴォルフガング・ベッカー監督) 
8 「橋」(1959、ベルンハルト・ヴィッキ監督) 
9 「マニトの靴」(2000、ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督)
10 「ブリキの太鼓」(1979、フォルカー・シュレンドルフ監督)
11 「ラン・ローラ・ラン」((1998、トム・ティクヴァ監督)
12  Wenn der Vater mit dem Sohne (1955)
13 「クリスチーネ・F」(1981、ウーリッヒ・エーデル監督)
14  Die Legende von Paul und Paula (1973) 東独
15 「愛より強く」 (2004、ファティ・アキン監督)
16 「ベルンの奇跡」 (2003、ゼーンケ・ヴォルトマン監督)
17 「M」(1931、フリッツ・ラング監督)
18 「白バラの祈り ゾフィ・ショル、最期の日々」(2005、マルク・ローテムント監督)
19 「es エス」(2001、オリバー・ヒルシュピーゲル監督)
20 「快楽晩餐会 または誰と寝るかという重要な問題」
   (1996、ヘルムート・ディートル監督)
21  Die Mädels vom Immenhof (1955)
22  「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997、トーマス・ヤーン監督)
23  「フィッツカラルド」(1982、ヴェルナー・ヘルツォーク監督)
24  「ギガンティック」(1999、セバスチャン・シッパー監督)
25  Traumschiff Surprise - Periode 1 (2004)
26 「メトロポリス」(1926、フリッツ・ラング監督)
27   Der bewegte Mann (1994)
28   Ödipussi (1988)
29  「23 トゥエンティースリー」(1998、ハンス・クリスチャン・シュミット監督)
30  「マリア・ブラウンの結婚」(1979、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督)
31 「サン・アレイ」(1999、レアンダー・ハウスマン監督) 未公開
32  Comedian Harmonists (1997)
33  Schtonk (1992)
34  Spur der Steine (1966) 東独
35  Otto - Der Film (1985)
36 「ビヨンド・サイレンス」(1996、カロリーヌ・リンク監督) 
37  Herr Lehmann(2003)
38 「リリー・マルレーン」(1980、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督) 
39  Muxmäuschenstill (2004)
40 「嘆きの天使」(1930、ジョゼフ・フォン・スタンバーグ監督) 
41 「カリガリ博士」(1920、ロベルト・ビーネ監督)
42 Kleine Haie (1992)
43 「ベルリン・天使の詩」(1987、ヴィム・ヴェンダース監督) 
44  Werner - Beinhart! (1990)
45  Das Leben ist eine Baustelle (1997、ヴォルフガング・ベッカー監督)
46  Große Freiheit Nr. 7 (1944、ヘルムート・コイトナー監督)
47  Theo gegen den Rest der Welt (1980)
48  Der Untertan (1951) 東独
49  Wir können auch anders (1993)
50  Winnetou I (1963)
51 「青い棘」(2003、アヒム・フォン・ボリエス監督)
52  Aimée und Jaguar (1998)
53  Der Totmacher (1995)
54 「名もなきアフリカの地で」(2001、カロリーヌ・リンク監督)
55  Der Hexer (1964)
56 「モモ」(1986、ヨハネス・シャーフ監督)
57 「少年探偵団」(1931、ゲルハルト・ランプレヒト監督)
58 「ベルリン、僕らの革命」(2004、ハンス・ワインガルトナー監督)  
59  「ガソリンボーイ三人組」(1930、ヴィルヘルム・ティーレ監督)
60  Der brave Soldat Schwejk (1960)
61  Rosen für den Staatsanwalt (1959)
62 「リトル・ウィッチ ビビと魔法のクリスタル」
   (2002、ヘルミーネ・フントゲブルース監督)
63  Heimat (1984)
64 「ソロシンガー」(1980、コンラート・ヴォルフ他監督) 東独
65 「バニシングストリート」(1991、ヴォルフガング・ビュルト監督)
66  Wir Wunderkinder (1958)
67 「テルレスの青春」(1966、フォルカー・シュレンドルフ監督) 
68  Das Wirtshaus im Spessart (1957)
69  Das kalte Herz (1950)
70 「ウィンタースリーパー」( 1997、トム・ティクヴァ監督)
71  Jakob der Lügner (1974) 東独
72  Man spricht deutsh (1988)
73  Männer (1985)
74  Die innere Sicherheit (2000)
75  Die Supernasen (1983)
76  Erkan und Stefan (2000)  
77  Abgeschminkt (1992)
78 「裸で狼の群れのなかに」(1962、フランク・バイヤー監督) 東独
79  Die Mörder sind unter uns (1946)
80 「カタリーナ・ブルームの失われた名誉」(1975、フォルカー・シュレンドルフ他監督)
81 「ほら男爵の冒険」(1943、ヨゼフ・フォン・バキ監督)
82  Das Superweib (1996)
83  「ファウスト」 (1926、F.W.ムルナウ監督)
84 「別れの朝」(1983、ロベルト・フォン・アケレン監督)
85  Die Unberührbare (2000)
86  Die Halbstarken (1956)
87  Die Söhne der großen Bärin (1965) 東独
88  Quax, der Bruchpilot (1941)
89  Deutschland im Herbst (1978)
90  Männerpension (1995)
91 「ローザ・ルクセンブルグ」(1985、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督)
92 「ニーベルンゲン」(1924、フリッツ・ラング監督) 
93  Die bleierne Zeit (1981)
94  Der geteilte Himmel (1964) 東独
95 「最後の人」(1924、F・W・ムルナウ監督)
96  Unter den Brücken (1945、ヘルムート・コイトナー監督)
97 「罪ある女」(1950、ヴィリ・フォルスト監督)
98  Nachtgestalten (1999)
99  Menschen am Sonntag (1930)
100「会議は踊る」(1931、エリック・シャレル監督)

  2005年8月4日に公営テレビの北ドイツ放送「NDR」が発表した「ドイツ映画ベスト100」リストです。視聴者からの投票を集計したもののようです。だいぶ前にリストを入手していたのですが、邦題を確認するのが面倒でそのうちやろうと思いながら忘れていたものです。この1週間ほどまったく映画を観ていないので何かブログに使えるネタはないかとパソコンの中を探していて見つけました。

  こうやって見ると意外にドイツ映画は日本で公開されているなと改めて思います。もちろYimg ん劇場未公開でビデオやDVDでのみ観られるものも含まれています。日本で有名な「死滅の谷」(21、フリッツ・ラング監督)、「ドクトル・マブゼ」(22、フリッツ・ラング監督)、「プラーグの大学生」(26、ヘンリク・ガレーン監督)、「ヴァリエテ」(25、E.A.デュポン監督)、「パンドラの箱」(29、ゲオルグ・ヴィルヘルム・パプスト監督)、「三文オペラ」(31、ゲオルグ・ヴィルヘルム・パプスト監督)、「アギーレ・神の怒り」(72、ヴェルナー・ヘルツォーク監督)、「カスパー・ハウザーの謎」(75、ヴェルナー・ヘルツォーク監督)などは軒並み選外に。「会議は踊る」もぎりぎりの100位!比較的新しいものが多いのは仕方がない。それにしても同じ事を日本でやったら、かなり違うリストが出来上がるでしょう。

  個人的に大好きな「こわれ瓶」(37、グスタフ・ウチツキ監督)や「マーサの幸せレシピ」(01、サンドラ・ネットルベック監督)が入っていないのは残念です。しかし、ナチスを逃れて多くの才能ある映画人が国外に亡命したために、50年代から70年代のドイツ映画はすっかり停滞していたと思われていたのですが、その時期の作品が結構挙げられているのは驚きです。旧ソ連ばかりか、ドイツも知られざる傑作が大量に眠っているという感を強くしました。

<追記>
 本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」に「BFI選定イギリス映画ベスト100」および、「BFI選定英国テレビ番組ベスト100」を載せています。関心がある方はそちらも覗いてみてください。右のサイドバーに「緑の杜のゴブリン」へのリンクがあります。「イギリス映画の世界」というコーナーがありますので、そちらに入ってください。
 また、当ブログには、同じくBFI(British Film Institute)が選定した「14歳までに見ておくべき映画トップ50」も載せてあります。タイトルをクリックすれば記事に飛びます。

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