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2006年1月15日 - 2006年1月21日

2006年1月21日 (土)

イギリス小説を読む① キーワーズ

SD-cut-mo3-07  昔まだパソコンではなくワープロを使っていた頃(ほんの3、4年ほど前までワープロを使っていたのです)のフロッピーを整理していたら、懐かしい原稿が出てきました。ある事情があって書いていたものですが、捨てるのには惜しい。そこで映画を観なかった日の埋め草にすることを思いつき、パソコンに取り込みました。
 イギリス小説の単なる紹介記事で、大した内容ではありません。ただ最近でも「オリバー・ツイスト」や「プライドと偏見」などイギリス小説の映画化は連綿と続いていますので、何かの参考にはなるでしょう。毎週1作を取り上げていたので、当時は非常につらかった。単行本を1週間で1冊読み上げ(もちろん翻訳です)、おまけに紹介文まで書いていたのだから当然ですが。幅広い人に読んでいただけたら当時の苦労も報われます。

【ヴィクトリア時代】
・ヴィクトリア時代(1837-1901)
  ヴィクトリア女王はわずか18歳で即位。英国史上最も輝かしい栄光の時代。

ヴィクトリア時代とは、いうまでもなくヴィクトリア女王が在位した時代のことで、1837年から1901年までの65年間を指す。ヴィクトリア初期(1837-50)、ヴィクトリア中期(1850-70年代)、ヴィクトリア後期(1870年代ー1901)の三期に分けて考えるのが一般的である。
 19世紀のイギリス史は、1870年代を境に大きく二分して考えることができる。1870年代以前は、世界に先駆けて産業革命をなしとげた工業国イギリスが世界の霸者となる躍進期であり、1870年代以降は、いわゆる「帝国主義」の時代で、それ以前が躍進期であるのなら、この時期は、イギリスの今日にまでいたる後退期の始まりであった。
 従来の通説は、産業革命の進展とそれにもとづくブルジョワ階級の発展を歴史叙述の機軸としていたが、その場合ややもすれば、ブルジョワ階級の経済力の増大をそのままかれらの政治支配権の増大と同一視する傾向があった。しかしながら、このさい、われわれもまたはっきり留意しておかなければならないのは、第一次選挙法改正と穀物法撤廃という画期的事件のあとに到来した1850-70年代のヴィクトリア中期においてさえも、上下両院をはじめとする全イギリスの政治機構は、なお地主階級によってほぼ完全に掌握されていたという事実であって・・・政治的な支配体制という見地からすれば、1870年代までイギリスは地主階級による貴族政の国家だった・・・。

 1832年の選挙法改正と1846年の穀物法廃止の最たる史的意義が、それぞれブルジョア階級への参政権付与と自由貿易の実質的な確立にあることはすでに周知のところである。
 一方労働者階級の運動についてみれば、まず19世紀の前半はまさしくイギリス労働者階級の英雄時代であった。ラダイト運動、オーエン主義、労働組合主義、政治的チャーティズムと様々な運動が起こったが、伝統的な地主・貴族階級がブルジョワ階級と手を結んだとき、これと対抗するのには結局のところあまりにも非力であった。したがって、ピータールー事件に始まり、第一次選挙法改正の運動、全国労働組合大連合をへて新救貧法反対闘争からチャーティズムへといたる敗北の歴史は、労働運動の歴史は、これを遺憾なく物語っているといえる。
   参考文献:村岡健次『ヴィクトリア時代の政治と社会』(ミネルヴァ書房:1980年)

 世界に先がけて産業革命を経験したイギリスは、その後は他国の追随をゆるさない繁栄の時代を迎える。しかもその発展は、これを経済史的に見れば、直線的に行われたわけではけっしてなく、1825年の恐慌以後は、ほぼ10年の周期をもって規則正しくくりかえされた景気循環過程(好況→恐慌→不況)を通じて、中断をともないながら螺旋的に行われた。...ところが、70年代になると、「世界の工場」としてのイギリスの地位に、かげりが見えはじめる。遅れて世界市場に登場したドイツやアメリカの工業生産力が、非自由主義的なカルテルやトラストの組織を背景として飛躍的に発展し、イギリスは守勢に立たざるをえなくなったからである。資本主義の世界史的発展段階としては、1873年から20年以上にわたる「大不況」期を過渡期として、自由主義段階と帝国主義段階とに区分する理由がここにある。
 50年代は、ロンドン万国博覧会に象徴されるように繁栄の時代であるが、この時代の底辺の労働者の実態は、H.メイヒューの『ロンドンの労働とロンドンの貧困』と、その中に含まれている数多くのイラストによって、余すところなく描き尽くされている。
  イギリスが、チャーチズムの荒れ狂った「飢餓の40年代」を脱し、ヴィクトリア朝の繁栄とパックス・ブリタニカを本格的に謳歌するのは50年代に入ってからである。他国を農業国とする国際分業体制の下で、文字通り「世界の工場」として君臨してきたイギリスが、ユニオン・ジャックの国旗の威力を世界に誇示する晴れの舞台、それが1851年にハイド・パークで開催されたロンドン万国博覧会であった。そして、その会場でイギリスの威光を何よりも雄弁に物語っていたのが、当時の科学技術の粋を集めて建設された鉄枠総ガラス張りのクリスタル・パレス(水晶宮)であった。
 パビリオンとなった水晶宮は、全長560メートル、幅120メートル、高さ30メートル、建築面積7万平方メートルという巨大な建造物であった。  万博の入場料は、「二つの国民」の存在を数字の上で示した。定期券所有者と金曜日(2シリング半)土曜日(5シリング)の入場者延べ160万人は、上・中流階級の人々であったことはまちがいない。しかし、入場者の大半は、1シリング入場券の見学者で、しかもその中には、地方から往復割り引き切符を手に会場を訪れた団体客もかなり含まれていた。1830年に開業した鉄道も、その後の20年間で、イギリス全土を文字通り網の目のように覆っていた。これに目をつけた旅行業者T.クックや鉄道会社が、こぞって割安の観光切符を発売したり、団体旅行を請け負ったことが、すでに述べたように、「1シリング・デイ」の入場者数を膨らませたもう一つの理由であったわけだ。
 ロンドン万博を契機に大衆化したものは、観光旅行だけにとどまらなかった。...40年代初頭『パンチ』と『イラストレイティッド・ロンドン・ニュース』というヴィクトリア朝期を特徴づける大衆向け娯楽週刊誌が創刊されていたが、両誌を含めたマス・メディアは毎号、万博の話題を盛り込んで、万博熱を高めるのに寄与していた。
   長島伸一『世紀末までの大英帝国』(法政大学出版局)

【階級社会/ジェントルマン/ジェントリー】
  会田雄治の「アーロン収容所」に、174センチの彼より長身の英軍下士卒は少なく(そのうえ単純な計算が苦手で、満足に英語を綴れぬものもいた)、一方彼より背の低い将校はまれで、体格はみな立派だったという記述がある。イギリスがいかに画然とした階級社会であるかがよく分かる。階級はイギリスを読み解く上で欠かせないキーワードである。以下に関連の引用を示す。

  この史上最初の「消費革命」の一特徴は、中流階級に虚栄の生活態度を抜きがたく植えつけてしまったことで、かれらの社会は、まさにサッカレイのいう『虚栄の市』となった。かれらの生活目標は、一段階上のジェントルマンで、年々の消費の増大は、「ジェントルマンの体面を獲得するのに必要な道具立て」を、年収の増加に応じて順次購入していくという形で顕現した。19世紀を通じて増大しつづけた馬車と召使の数値は、その端的な現れであったし、また地位向上と体面維持のための経済膨張は、多面での節約を余儀なくさせ、かくして結婚の延期と家族計画が中流階級の習慣となって定着した。
  ジェントルマンとは、・・・ イギリスに特有な有閑階級のことなのであって、19世紀の前半には、ジェントルマン、ノン・ジェントルマンの区別は、なおすぐれて支配、被支配の区別に対応するものであった。だが、ジェントルマンをジェントルマンたらしめるのは、支配という要素だけではない。おそらくより重要であったのはジェントルマンの教養で、この点でパブリック・スクールとオックスブリッジが大きな意味をもつ。
  ジェントルマンになるためには、...ジェントリ=地主になるか、ジェントルマン教育コースに学ぶか(そしてその後、たいていはジェントルマンのプロフェッションにつく)のいずれかしか道はなかったことになる。ところが幸い、16世紀以来のイギリス社会は「開かれた貴族制」で、ここから中流階級のジェントリ=地主ないしジェントルマンをめざす社会移動の問題が生まれた。そしてこの問題が、なかんずく大きな史的意義を持ったのは、19世紀、わけてもジェントルマン化意識が、いうなれば大量現象として、中流階級のエートス[時代風潮]と化した19世紀中葉においてであった。
   村岡健次『ヴィクトリア時代の政治と社会』(ミネルヴァ書房:1980年)

 上流階級は、さらに貴族階級、ジェントリー、そして地主階級ないしは労働の必要のない自立紳士階級の3種に分けることができる。貴族階級とは、1万エーカー(約18平方マイル)をこえる私有地をもつ大地主から成っていて、彼らは大部分がいわゆる爵位貴族階級に属していた。年間1万ポンドを上まわる収入を産み出す資産をもち、絶大な権力を備えたこの一握りのグループの数は、3百世帯から4百世帯程度であった。彼らの下に、1千から1万エーカーまでの私有地をもつ、やや小規模の土地所有者から成るジェントリーがいた。このジェントリーの年収は1千ポンドから1万ポンド。そして彼らは約3千世帯を形成していた。    
  J.P.ブラウン『19世紀イギリスの小説と社会事情』(英宝社、昭和62年)

  「わたくしずっと以前から堅く信じておりますけれど、実際どんな職業でもそれぞれに無くてはならないもの、尊いものでございますけど、まあいつまでも達者でいられるというしあわせは、職業に就かないですむ方、時間も勝手に使え、自分の好きな事ができ、財産で食べていけ、お金を殖やそうと齷齪しないですむ方、まったくそういう方だけに恵まれた運でございますわ。そういう方以外には、どんな方面の人でも、そろそろ若さを失いかける時分には、どうしたって幾分器量が落ちてまいりますわ。」(ウォールター卿に対するクレイ夫人の言葉)
   ジェーン・オースティン『説き伏せられて』(岩波書店)p.33

SD-fai2-09【家庭の天使】
 かつて理想とされた良妻賢母型の理想的主婦像。以下の引用参照。

 良妻賢母の理想像の背後には、言うまでもなく、男は公領域(=職場)、女は私領域(=家庭)という性別分業がある。工業化の進展が家庭と職場の完全な分離をもたらしたなかで、男には生活の糧を得るために家の外で経済活動に従事することが、女には良き妻、賢い母として家庭を安らぎの場とすることが、それぞれ期待されていたのだ。つまり、家庭は激烈な生存競争の場たる職場からの避難所、安らぎと憩いの聖域として位置づけられ、女はそこで生存競争の闘いに傷ついて戻る男を迎え、その傷を癒し、男の魂を清める天使の役割を割りふられていたのである。ということは、男性領域たる職場と女性領域たる家庭が相携えて産業資本に基づく社会の歯車を円滑に回転させていたということであろう。<家庭の天使>とは、端的に言って、イギリス産業資本がその支配権確立の一環として制度化した「理想の女性」にほかならないのである。
 本書が対象とする家庭は、さまざまな例から見ておおよそ中産階級の中流以上と言ってよかろう。女主人は、料理や育児に直接手を下すことを期待されていない。代わりに、指示を与える職務上、家政のすべての面にわたる知識が要求されているのだ。
 まず指摘したいことは、女性の使命が娘・妻・母という三つの性役割においてとらえられていることだ。  次は、女性が男性に劣る存在としてはっきりと規定されていることだ。つまり、女性は、個人的才能はどうであれ、女性という性に属するだけで、問題なく男性に劣る存在なのである。エリス夫人は『イギリスの妻たち』において、「あなたのほうが夫に比してより才能があり、より学識があり、人びとからより高く評価されているかもしれません。ですが、そうしたことは女性としてのあなたの地位となんら関係がないのです。女性の地位は夫の男性としての地位に劣るものであり、かつ劣るものでなければならないのです」と説き、したがって「妻は、夫がどんな愚かなことをしようと、夫を尊敬しなければなりません。妻となったからには、その男より劣った立場になったのですから」と諭し、続く『イギリスの娘たち』においても「女にとってまず重要なことは、男に劣っていること--体力において劣っているのと同じ程度に知力においても劣っていること--を甘んじて受け入れることです」と男女の優劣関係をくり返し強調している。                
  川本静子「清く正しく優しく--手引き書の中の<家庭の天使>像」
   『英国文化の世紀3 女王陛下の時代』(研究社出版、1996年)所収

【性のダブル・スタンダード】
 女性に厳しく、男に甘い性の二重基準のこと。以下の引用参照。

 このことは、言い換えればダブル・スタンダードの程度がはなはだしい社会ほど、一方で強調される女性の貞淑さと男性への従属とのバランスをとるために、もう一方で売春行為とそれを行う女たちを必要とする社会だということになる。そしてヴィクトリア朝のイギリスは、まさしくそうした社会の一つであった。たとえばこの時代、夫婦のうち妻に一度でも不貞行為があった場合、夫はまちがいなく離婚が認められたが、夫が同じような行為をしたという理由で妻からの離婚請求が認められることは滅多になかった。妻は夫から不貞だけでなく、重婚や虐待、遺棄、近親姦、強姦、その他の「離婚理由として十分な」被害をこうむったことを立証しなければならなかったのである。こうした態度の背景には、妻は夫の所有物であるという観念とともに、男の性欲は強くて制御が難しいのに対し、女の場合には「まともな女性」であればそのような欲求は感じるはずはないという考え方が存在していた。
 当時のイギリスにはその一方で、男女ともに厳しい性的モラルを要求し、婚姻外でのすべての性関係をゆるすべからざることとみなす考え方も存在していた。これはピューリタンの伝統とともに、中流階級の勃興とも関係があった。新興ブルジョアジーは、富裕だが淫蕩な上流階級の生活とも、貧しい下層階級の性的無秩序(と彼らが考えたもの)とも異なる高い道徳性やリスペクタビリティを、自分たちの階級的アイデンティティのよりどころとしていたのである。もちろんこれにはつねに、悪名高いヴィクトリア朝風お上品ぶりや、表面だけをとり繕った欺瞞という側面が伴っていたのでもあるが。
   荻野美穂「「堕ちた女たち」--虚構と実像」 、  『英国文化の世紀4 民衆の文化
  誌』 (研究社出版、1996年)所収

【余った女】
 女あまりの時代に結婚できない女はこう呼ばれた。以下引用。

  中産階級女性の有閑生活は、父親から夫への扶養者交代の歯車が順調に回転してこそ可能であり、この歯車の回転がいったん滞れば、たちどころに崩れてしまうことは誰の目にも明らかだろう。事実、19世紀の40年代頃から、この歯車は男女の数のアンバランスによってスムーズに回転しなくなったのである。男女数の不均衡は、本文で触れるとおり、①男女の死亡率の相違、②海外移住に関する両性間の相違、③上流および中流階級男性の晩婚の傾向など、主として三つの原因に由来するが、とにかく、適齢期の女の数に見合うだけの適齢期の男の数が大幅に不足したのだ。その結果、夫を見つけられない女--俗にいう<余った女>--が世紀の半ば以降、大量に出現したのである。
 かつてないほど大量の未婚女性がガヴァネスの職を求めて殺到するとなれば、これまた需要と供給のアンバランスから、労働条件の悪化を招くことは当然の成り行きだろう。19世紀の「女性問題」は、中流階級の女性に関するかぎり、ひとえに困窮したレディの問題に他ならないが、それは事実上「ガヴァネス問題」という形であらわれたのだった。
   川本静子『ガヴァネス』(中公新書、1994年)

【ガヴァネス】
 上流家庭の子供を住み込みで教える女性家庭教師のこと。彼女自身出身は中流の上層か上流であるが、親が財産をなくしたり女性であるがゆえに財産を相続できなかった女性が収入を得る唯一の手段。

 18世紀には娘たちを寄宿学校に入れるのが広く流行したが、寄宿学校では健康についての配慮がほとんどなされず、結核にかかって死ぬ者が少なくなかったという。こうしたことから、裕福な親たちは娘たちを学校にやらず、ガヴァネスをおいて家で教育を受けさせようとした。この時代のガヴァネスは、ヴィクトリア時代とはちがって、敬意をもって扱われたらしい。ガヴァネスに無礼な態度をとることはマナーにかけると見なされていたし、女性作家マライア・エッジワース(1767-1849)も「私の育った頃にはガヴァネスは上級の雇い人としてではなく、レディとして扱われました」と言っている。
  上流階級の家でガヴァネスを雇うことが慣行となったのはチューダー王朝期以降だったが、摂政時代(1811-20)になると裕福な中産階級もガヴァネスを雇うようになった。この頃、女性作家ジェイン・オースティン(1775-1817)の作品『エマ』(1816)に登場するミス・テイラーのように、恵まれたガヴァネスがいたことも確かだが、一般にガヴァネスの扱いに変化がでてくるのはこのあたりかららしい。
 ヴィクトリア時代におけるガヴァネスの定義だが、これはレディ・イーストレイクが有名なエッセイ「『虚栄の市』、『ジェイン・エア』およびガヴァネス互恵協会」(『クォータリー・レヴュー』1848年12月)の中で次のように明確な定義を与えている。

  ガヴァネスの真の定義は、イギリスでは、生まれ、振る舞い、教育の点で私たちと対等であるものの、財産の点で私たちに劣る人のことである。生まれも育ちも、言葉のあらゆる意味において、レディである人を例にとろう。彼女の父親が失職したとしよう。すると、このご婦人は、私たちが子どもたちの教育者として考えている最高の理想像にぴったりというわけだ。ガヴァネスという収穫を刈り取るには、何人かの父親が軽はずみ、浪費、誤り、罪などを犯すことによって種をまいておいてくれる必要があるのだ。このように同胞の不幸によって供給される仕組みになっている雇用労働者は、他に類がない。

  つまり、ガヴァネスとは、一言で言えば、生計の資を得るために教師として働くレディというわけである。
 19世紀中葉以降ガヴァネスの数が増え続けた最大の原因は、女性の数の過剰である。ヴィクトリア時代の女性について少しでも学んだ者は、1851年のセンサスによって明らかになった事実、すなわち、女性の総数が男性のそれに約51万人以上上回ることを知っていよう。
 当時レディにとって恥ずかしくないと見なされた唯一の職業はガヴァネスだったので、自活の必要に迫られたレディたちがきまってガヴァネスの仕事を求めたのは、論理の当然の帰結だったのである。それに加えて、商人や農場経営者の娘たちが社会的上昇の手段としてガヴァネス職を選んだことも、ガヴァネス人口の供給源の一つとなっていた。
   川本静子『ガヴァネス』(中公新書、1994年)

【付録 イギリス歴史・社会・文化用語解説】

■チャーチスト運動(Chartism)
 1838年から58年にかけての労働者階級による議会改革運動。1838年ロンドン労働者協会は、男子普通選挙権、無記名秘密投票、議員への歳費支給、財産による議員資格制限の撤廃、選挙区の均等有権者数制、議会の毎年開会の6項目を掲げて議会改革を呼びかけた。まもなくこの6項目は人民憲章(People's Charter)として公表された。そのためこの運動はチャーチズム、運動参加者はチャーチストと呼ばれた。請願は再三拒否され、結局直接成果は挙げられなかった。この運動は1832年の第一次選挙法改正で参政権を与えられなかった労働者が参政権を求めたものであるが、中産層の支持を得られなかったために収束していった。

■ピータールー虐殺事件(Peterloo Masacre)
 1819年8月16日、マンチェスターのセント・ピーター広場で起こった、官憲による民衆運動弾圧事件。集まった5万人の群集を前に弁士が演説を始めたとき、軽騎兵が抜刀して群集に襲いかかった。11人が死亡、400人以上が重軽傷を負った。

■ラッダイト(Luddites)
 19世紀初め、機会破壊運動を起こした手工業者や労働者たち。彼らは、ナポレオン戦争による困窮の原因を産業革命によって機械が導入され、省力化が進められたことにあると信じ、集団で工場や製造所を襲撃し、機械を破壊した。運動は1811年から翌年にかけ、中部や北部の繊維工場地帯で起こり、広まった。政府は軍隊を投入して厳しく弾圧した。

■ロバート・オーエン(Robert Owen, 1771-1858)
 イギリスの社会主義者、社会改革家。1799年ニューラナークの紡績工場を買い取り、この工場で人道的な工場管理により効果を上げて、世間の注目を浴びた。1825年アメリカに渡り、ニューハーモニー共同社会を建設したが、失敗に終わった。33年には労働組合を結成して全国労働者組合大連合を成立させ、議長になった。しかし、1~2年で瓦解した。晩年は財産も使い果たし心霊主義者になった。

■改正救貧法(Poor Law Amendment Act)
 1834年に制定された救貧法。これにより、院外救済は廃止され、救済対象の貧民はすべて強制的に救貧院に収容して働かせることになった。怠け者への懲罰の意味を含めるため、救貧院の居住条件は最悪とされ、拘置所と大差ないものになった。

■選挙法改正(Reform Act)
◇「第1次選挙法改正」1832年。
 選挙区の合理化と選挙権の拡大が図られた。これまで議員選挙権をもたなかった新興都市に議席が与えられた。新たに富裕層、地方商人、新興工場主など、中産階級の上層、中層部にまで選挙権が拡大した。

◇「第2次選挙法改正」1867年
 この改正で都市の一般市民や工場労働者にまで選挙権が広まった。また第1次改正後も残っていた腐敗選挙区などの統廃合が行われた。

 次回は「プライドと偏見」の原作『高慢と偏見』を取り上げます。

2006年1月20日 (金)

寄せ集め映画短評集 その13

relief 久々の在庫一掃セール。今回は各国映画7連発。

「フォーガットン」(2004年、ジョゼフ・ルーベン監督、アメリカ)
  気をつけて歩いていたつもりだったがまた地雷を踏んでしまった。このところのアメリカ映画がそこそこ出来がよかったので、つい油断してしまった。「シックス・センス」、「サイン」の系統に属するトホホ映画だった。あまりにひどい。こんな出来損ない映画を作る奴らの気が知れない。サスペンス映画に見せかけながら宇宙人を出してくるという荒唐無稽な展開。一切納得のゆく説明がない。何のことはない、でかい音で脅かしたり、ぎょっとする映像でびっくりさせたりしたいだけ、逆に言うと他にとりえがない。全くのクズ映画。誰かこの手の映画に「シックス・センス」印をつけて、観る(あるいは借りる)前にはっきりこれはハズレですと表記することを義務付ける法律を作ってくれないか。
  主演はジュリアン・ムーアだが、彼女の子供を思う母親の演技も上滑りしているだけ。ゲイリー・シニーズの相変わらずの曲者ぶり、「ターミネーター2」のロバート・パトリックを思わせるライナス・ローチなどは健闘しているのだが、ストーリーがこれじゃね。意外なところでは、「ER」のグリーン先生役アンソニー・エドワーズがジュリアン・ムーアの夫役で出ている。しかしぱっとしない役だった。どうも映画ではちょい役ばかりで当たり役がない。

「スイミング・プール」(2003年、フランソワ・オゾン監督、フランス)
  フランソワ・オゾンの作品の中では一番いい出来だと思った。シャーロット・ランプリングの謎めいた表情がいい。彼女はサスペンス小説の作家という設定。最初はただの堅物のように見えたが、彼女が借りたフランスの別荘に家主(出版所の編集者ジョン)の娘が突然現れる。だらしなく、毎晩のように違う男を連れ込む娘に彼女は顔をしかめる。そのうち娘の行動がいちいち気になって覗き見おばさんのようになる。しかしやがてその若い娘を題材に小説を書くことを思いつ く。そこから彼女の表情が変わる。娘と話を交わし、付き合い始める。特に心を引かれたのは娘の母親のことである。
  ある時娘の荷物を引っ掻き回して、母親が書き残したという小説を見つける。どうやらそれを借りて自分の小説に仕立て上げようということらしい。その頃には彼女の顔から表情がなくなっている。覗き見おばさんから冷静な観察者に代わってゆく。このあたりが不気味だ。  娘が、連れ込んだ男を殺したと言ったときも顔色一つ変えない。非難もしないし警察も呼ばない。それどころか娘を手伝って死体を庭に埋めてしまう。どうも彼女が書いている小説が同じようなストーリーになっているらしい。彼女は娘と最初に会った頃に、あんたは言葉に書いても実際は何も出来ないのよとののしられた。その言葉に反発するように、彼女は行動を起こしたのだ。世話してくれる近所の老人が死体を埋めた地面を見て不審に思ったとき、彼女は男に体を与えて気をそらす、あるいは口止めすることさえする。こうして何事もなくときは過ぎ去り小説は仕上がる。娘は別荘から出て行く。
  ところがこの後ある重大な事実が発覚する。そこから謎が生まれる。その謎は最後まで謎のままである。さらにすごいのは、その驚くべき事実に気付いた主人公がこのときもまた顔色を変えないことだ。そのことを知っていたはずはないのだが、ではあの落ち着きようはどういうことだ。これまた謎である。この余韻の残し方がいい。フランス・サスペンス映画の一級品だ。

「ヤンヤン夏の思い出」(2000年、エドワード・ヤン監督、台湾・日本)
  久々の台湾映画。監督はエドワード・ヤン。彼の映画を観るのは恐らくははじめてだが、かなり才能のある監督だと思った。5人家族とその周りの人々を描いた映画で、これといった一筋通ったストーリーがあるわけではない。病気で寝たきりの祖母を除いて家族一人一人とその人間関係が描かれている。誰が主役というわけではないが、特に詳しく描かれているのは一家の主とその娘。主はゲームソフト関係の会社の役員。日本人の太田(イッセー尾形)と契約を結ぶことで傾いている会社を立ち直らせようと懸命になっている。ちょうどその頃かつての恋人と出会う。元の関係を取り戻そうとする彼女に対して、男は終始冷静である。 結局契約は太田のコピーをしている小田という若い女性と交わすことになり、日本にまで行って太田と契約一歩手前まで行った彼の努力は水の泡となる。昔の彼女との逢びきも結局実を結ばなかった。
  彼の娘は隣の部屋の若い女性と仲良くなる。その隣人には恋人がいたが、その若い男は優柔不断な男で、なかなか彼女に声をかけられない。そうこうしている間にその男は主人公の娘の方に気持ちを引かれる。しかしまたもとの彼女と付き合い始め、ついには恋のもつれからその女性を殺してしまう。
 タイトルのヤンヤンはこの一家の息子の名前。彼はそれほど前面に出て描かれることはない。彼の目を通して描かれているわけでもない。どうして彼の名前をタイトルに入れたのか不思議だ。日本で勝手につけたのかもしれない。ヤンヤンはカメラに興味を持ち始め色々撮りまくる。不思議な写真ばかりだ。人間の後頭部ばかり撮ったりしている。いつも年上の女の子にいじめられてばかりいるが、その中の一人に淡い恋心を抱き始める。
  一家の主の妻はまったくの脇役だが、その妻の弟と弟の新妻のエピソードはメインの筋の一つだ。この部分は面白い。映画の冒頭場面で弟たちの結婚の場面が描かれるが、式に彼のもと恋人の女性が乗り込んでくる。花嫁の腹ははちきれそうに膨らんでいる。女は私の彼を奪ったと花嫁をなじる。後に彼ら夫婦が開いた パーティにまたこの元彼女が乗り込んできた時には、新妻が切れまくり元彼女を追い出してしまう。この若妻がなかなかの美人である。全体に美女がうようよ出てきて、それがまた魅力の一つになっている。
  しっちゃかめっちゃかで全体にまとまりはないが、家族の絆は最後には映画が始まったときよりも強まっている。そのあたりに共感を覚える。一家の主人が東京で昔の恋人と過ごす場面はかなり印象的だ。イッセー尾形の奇妙な存在感も忘れがたい。印象的なエピソードがいくつもちりばめられている。独特の語り口だが、それがまた魅力だ。前半多少もたつき感があるのが残念。

「息子のまなざし」(2002年、ダルデンヌ兄弟、ベルギー・フランス)
  「ロゼッタ」のタルデンヌ兄弟の監督だが、独特のタッチがここでは成功していない。普通のビデオカメラで写したような映像がだらだら続く。緊張もストーリーもない。
 大工の親方オリヴィエの下に彼の息子を殺した少年が雇われてくる。オリヴィエを息子のように慕う少年に対し、オリヴィエは複雑な気持ちながら新しい息子を持ったような気持ちになってゆく。これらの事情は最低限説明されているだけだ。映画はただ淡々とオリヴィエの日常の生活と仕事を映してゆく。最後にオリヴィエが少年に向かって、お前が殺したのは俺の息子だと告げるあたりから画面に緊張がみなぎるが、すぐ唐突に終わってしまう。
  「ロゼッタ」はヒロインに観客の関心をひきつけることが出来ていた。だから彼女に共感できた。「息子のまなざし」はオリヴィエの顔をひたすら追うが(彼の顔のクローズアップをlady5多用している)さっぱり彼が何を考えているのか表情から読み取れない。だから彼に共感できない。オリヴィエが少年に息子のことを伝えた後に突然少年が逃げ出し、やっと追いついたオリヴィエは少年の首に一瞬両手をかける。しかしすぐ手を離し、材木を運ぶ仕事に戻る。ここで始めて感情が爆発する。ドラマティックな展開になる。このあたりは確かに力強い映像である。しかしすぐその後唐突に終わってしまう。やはり成功した作品とはいえない。
  では、「ロゼッタ」とはどこが違うのか。どちらも似たようなタッチである。せりふも少なく淡々と主人公の行動を映しているだけだ。ストーリー性の欠如が問題なのか。いや、それなら「ロゼッタ」にもあまりない。たぶん「息子のまなざし」はオリヴィエの表情に多くを語らせようとしているところに問題があるの だろう。しかし彼の表情からはほとんど彼の気持ちが読み取れないのだ。描こうとしているのは主人公の感情である。しかし感情は無表情な顔からは読み取れない。「ロゼッタ」はむしろヒロインの行動に重点があった。彼女の日常の生活自体が意味を持っていたのだ。それは行動を追うことで観客にも伝わる。おそらくここに成功と失敗の分かれ目があったのではないか。

「マグダレンの祈り」(2002年、ピーター・ミュラン監督、英・アイルランド)
  さすがはピーター・ミュラン、見事に暗い映画だ。アイルランドの身持ちの悪い女性ばかりを収容した修道院の話。ぞっとするほどひどい扱いをされている実態を暴いた映画だ。まず、そこに送り込む家族の頭の固さ。韓国映画「シルバー・スタリオン」と同じだ。男にレイプされた娘が汚れたといって修道院に送られる。おいおい、男はどうなったんだ。悪いのは男だろう。見事なまでのダブル・スタンダード。男はお咎めなし。孤児院に入れられていた娘は男と話しただけで男たらしだとされてこの修道院に送られる。他の収容者も似たような事情で送り込まれたのではないかと想像せざるを得ないように描かれている。
  時代ははっきりしないが今より前だ。映画の最後にこのような施設は1990年代の前半ですべてなくなったという字幕が出ている。90年代まであったのかと逆に驚く。修道院の中の扱いもひどい。裸にして一番のデカパイとペチャパイを選んだり、一番(濃い?)陰毛を選んだりと動物並みの扱いだ。一切の自由と楽しみを奪われている。修道院というより監獄だ。似非宗教でしばられているだけにもっとたちが悪いと言える。映画はこの実態をこれでもかとばかり描き出す。確かにひどい実態だし、最後に二人が脱走に成功するが、全体として暗い映画で、もう一度見たいと思わせるものではない。
  最近のイギリス映画にはこの手の気のめいるようなリアリズム映画がいくつもある。ピーター・ミュランが監督ではなく主演をしたケン・ローチの「マイ・ネーム・イズ・ジョー」も見事にお先真っ暗な映画だった。もっとも、日本映画「この世の外へ クラブ進駐軍」に出演した時にはいい味を出しており、さすがにうまい役者だと感心したが。それはともかく、事実を描くにしてももう少し工夫がほしい。

「ブラザーフッド」(2004年、カン・ジェギュ監督、韓国)
  朝鮮戦争を舞台にしたチャン・ドンゴンとウォンビンの兄弟愛を描いた大作だ。突然始まった朝鮮戦争に弟がいきなり徴兵されてしまう。兄は弟を取り戻そうとするが、逆に掴まってしまい彼も戦場に送られる羽目になる。兄は何かにつけて弟をかばう。自分はどうなってもいいから何としても弟を母の元に返そうと必死の努力をする。彼が思いついた方法は戦闘で殊勲をたて勲章をもらい、その見返りに弟を除隊させることであった。しかしあまりに無理をする兄に弟は反発する。ついに兄が無理をしたために戦友を死なせてしまう。弟はついに兄と袂を分かつ。だが母にあてた兄の手紙を読み、その真心にうたれ兄を許す。
  しかし母の様子を見に家に戻ったとき兄のいいなずけが北のスパイとして捕らえられ処刑されそうになる。弟は彼女を助けようとし、そこに兄も加わる。乱闘になって兄のいいなずけは撃たれて死んでしまう。弟は営倉に入れられる。兄は勲章のおかげで営倉入りは免れるが、弟の助命を上官が受け入れない。それどころか営倉を焼き払う命令を出してしまう。弟は危うく脱出して助かっていたのだが、兄は弟が死んだものと思ってしまう。兄は北の軍隊に捕らえられ、やがて北に寝返ったと言ううわさが南に流される。弟は兄を助けに北の軍隊の中に乗り込むが、戦闘が始まってしまい壮絶な戦闘の混乱の中、兄と弟は再び出会う。重傷を負っていた兄は弟を逃がし、自分は踏みとどまり戦死する。
  いかにも韓国らしい濃厚な兄弟愛の物語だ。愛し合いまた反発しあう兄弟の運命に胸が痛む。お得意の戦闘場面はアメリカ並みのすさまじさ。「ロスト・メモリーズ」評に「しかしアメリカ映画の域には達しているが、それを超えてはいない。」と書いたが、この作品はアメリカ映画を超えた数少ない映画である。「アメリカ映画から学びながらもそれを乗り越えるには優れたシナリオが必須である。派手さや切れのいい演出方法だけではなく、しっかりとした人間描写とドラマを描けるようになればこれからもたくさん傑作を生み出せるだろう」というそこでの指摘どおり、兄弟愛というドラマを組み入れることによってただド派手なだけのアメリカのアクション大作を乗り越えた。逆に言うと、アメリカ映画は総じて人間描写が薄っぺらだということだが。反面その粘っこいほどの兄弟愛が日本人には息苦しく感じられもする。最後に狂気に近い状態になるチャン・ドンゴンの描き方は韓国と日本では評価が分かれるかもしれない。

「シルミド」(2003年、カン・ウソク監督、韓国)
  おおよそのストーリーは知っていたが、最後は予想もしない展開だった。訓練兵はシルミ島で抹殺命令を受けた指導兵たちと壮絶な戦いを演じて、そこで全滅するのだと思っていた。しかし先手を取った訓練兵たちは指導兵たちを逆に全滅させ、直訴するために大統領官邸を目指す。バスをのっとり何重ものバリケードを突き破るが最後に大部隊に囲まれる。激しい撃ち合いの後、人質を逃がし手りゅう弾で自爆する。ラジオでは彼らのことを共産主義者のゲリラ部隊と放送していた。バスの中で撃たれた仲間の兵士を囲んで「赤旗の歌(?)」を歌う場面は何とも皮肉だ。
  全体の半分以上は軍事訓練のシーンである。地獄の様な訓練を通じて指導兵と訓練兵の間に人間的関係が作られてゆく。めまぐるしい展開があるわけではないがなぜか時間が長く感じた。退屈なときに感じる時間の長さではなく、ぎっしり中身が詰まっているために感じる時間の長さだ。もうたっぷり90分は観ただろうと思っても実際は60分しかたっていない、そんな感覚だ。新兵を鬼軍曹が訓練で鍛える映画はアメリカによくあるが、アメリカ映画と違うのはその人間関係の濃密さである。おそらく儒教的な考えが人間関係の背後にあるからだろう。それが濃密な感じを与え、ひいては時間が長く感じたのだろう。
  アン・ソンギが演じた人間味ある指揮官が強い印象を残す。指導兵がマンツーマンで訓練兵につけられていることも人間関係を濃密にしている。訓練兵は死刑囚などのならず者ばかりだが、けんかや対立をしながらも共通の目的と同じ厳しい訓練を耐え抜いた仲間意識が連帯感を培ってゆく。激しい戦闘場面は最後に持ってゆき、人間関係や個々の人間像をじっくり描きこんでゆく。「荒野の決闘」と同じストーリー展開だ。この映画が成功したのは、長い間隠されていた歴史の暗部に鋭くメスを入れたという話題性ばかりではなく、この濃密な人間関係を最後までじっくり描いているからだ。彼らを美化しすぎているきらいはあるが、大きな欠点とは言えない。

2006年1月18日 (水)

THE有頂天ホテル

clip-eng32005年 日本(東宝)
製作:亀山千広
監督:三谷幸喜
脚本:三谷幸喜
撮影:山本英夫
美術:種田陽平
音楽:本間勇輔

キャスト
<「ホテルアバンティ」従業員>
ホテルの総支配人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・伊東四朗
副支配人(宿泊部長) 新堂平吉・・・・・・・・・役所広司
アシスタントマネージャー 矢部登紀子・・・・・戸田恵子
副支配人(料飲部長) 瀬尾高志・・・・・・・・・生瀬勝久
ベルボーイ 只野憲二 ・・・・・・・・・・・・・・・・・香取慎吾
ウェイター 丹下哲平 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・川平慈英
客室係 (議員の元愛人) 竹本ハナ・・・・・・・松たか子
客室係 野間睦子 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・堀内敬子
筆耕係 右近  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オダギリジョー

<「ホテルアバンティ」のお客様>
汚職国会議員 武藤田勝利・・・・・・・・・・・・・佐藤浩市
武藤田の秘書 神保保・・・・・・・・・・・・・・・・・浅野和之
謎のフライトアテンダント 小原なおみ・・・・・・麻生久美子
マン・オブ・ザ・イヤー受賞者 堀田衛・・・・・・角野卓造
堀田衛の妻 (新堂の元妻) 堀田由美・・・・・原田美枝子
演歌歌手 徳川膳武・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西田敏行
徳川の付き人 尾藤・・・・・・・・・・・・・・・・・・・梶原善
ホテル探偵 蔵人・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石井正則
大富豪 板東健治 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・津川雅彦
板東の息子 板東直正・・・・・・・・・・・・・・・・・近藤芳正
コールガール ヨーコ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・篠原涼子

<芸人たち>
芸能プロ社長 赤丸寿一 ・・・・・・・・・・・・・・・唐沢寿明
スパニッシュマジシャン ホセ河内 ・・・・・・・・寺島進
シンガー 桜チェリー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・YOU
腹話術に使うアヒル ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アヒル

  日曜日に「THE有頂天ホテル」を観てきた。「ラヂオの時間」「みんなのいえ」に続く三谷幸喜の監督3作目である。うわさに違わぬなかなかの傑作。「運命じゃない人」に匹敵する一分の隙もない練り上げられたストーリー展開が秀逸。23人もの主要登場人物が絡まり、もつれながらも、ラストのカウントダウンに向かって進んでゆくダイナミックな面白さ、演技力があり癖のある俳優を多数そろえた豪華さ、ホテルの1階部分をまるまる造り上げたセットの華麗さ、どれをとっても極上のエンターテイメント作品である。

  2005年の大晦日、新年まであと約2時間あまり。カウントダウン・パーティーの準備で大忙しの「ホテルアバンティ」。そこから映画はリアルタイムで進む。新年のカウントダウン・パーティーの成否はホテルの威信に関わり、これを無事終えることが副支配人の新堂平吉に課せられた責務である。しかし、次から次へと思わぬハプニングが起き、新堂たちはてんてこ舞い。なぜだか頼りの総支配人は行方知れず、どころか足を引っ張る始末。ホテル内には神出鬼没のコールガールとアヒルがうろつき、宿泊客はいずれも訳ありの落ち着かない人たちばかり。新堂自身も偶然出会った元妻に見栄から思わず嘘を言ってしまい窮地に陥る。

  とまあ、コメディのテクニックを惜しみなく駆使しつつ、混乱の極みからクライマックスとなる最後のカウントダウン・パーティーへとよどみなく展開させてゆく演出の冴えはさすが。舞台がホテルというのは偶然ではないだろう。多数の人が行き交い、様々な人生が交錯する場所を舞台とした群像劇、いわゆる「グランド・ホテル形式」の映画。ホテルのスイートルームに「グランド・ホテル」のキャストの名前をつけていることからもこの形式を意識していたことが分かる。しかし「グランド・ホテル形式」という用語を聞くのは久しぶりだ。昔はよく使ったのだが、いつごろから使わなくなったのか。より複雑で複線化した「ショート・カッツ」building003_sや「パルプ・フィクション」タイプの映画が増えたために、「グランド・ホテル形式」という表現が合わなくなってきたせいだろうか。「THE有頂天ホテル」も「グランド・ホテル形式」というより「パルプ・フィクション」タイプの映画だ。

  ホテルを舞台にしたのは成功である。互いに知らないたくさんの人たちが出入りし集結する場所、同時にいろいろなことが進行している場所、華やかな表側と様々な思惑や秘密にまみれた裏側が同時に存在する場所、迷路の様な複雑な造り、まさにホテルは群像劇に適した場所なのである。

  三谷幸喜はさらにもう幾つか工夫を重ねている。新年のカウントダウンという年に一度のホテルの威信をかけたイベントが控えていて失敗は許されない。タイムリミットが設定された時限ドラマにしているのだ。さらに新聞記者を導入することによりホテルは脱出困難な閉じられた空間になる。これは最後に武藤田国会議員がホテルを脱出する場面で生きてくる。これらの設定が功を奏している。準備をあせるホテル関係者と遠慮なく発生するハプニング、関係者は対応に追われ準備は遅れるばかり。そうしている間に時間は迫り・・・。三谷幸喜のコメディのツボを知り尽くした演出が冴え渡る。

  最初のハプニングは垂れ幕。「謹賀新年」の字が「謹賀信念」に。あわてて筆耕係に新しいのを作らせる。しかし彼は大きな字など書いたことがない・・・。その後はもうハプニングの嵐。ホテルの品位を落とすコールガールの侵入、アヒルが逃げ出し、総支配人は顔にドーランを塗ったまま逃げ回る、マン・オブ・ザ・イヤーの受賞者はコールガールに付きまとわれ逃げ回る、副支配人の新堂も別れた妻と出会って思わず嘘を言ってしまう、その上にstag をstageと読み間違えてますます混乱を招く結果に・・・。

  何しろ主な登場人物だけでも23人も登場し、それがまたそれぞれにかなりの比重を与えられているのだから、まさに大混乱である。しかもそれがリアルタイムで展開されており、各登場人物がいろんなところで接触し、すれ違い、交錯し、その上思わぬ出会いまであったりと、先が読めないようになっている。コメディにはもってこいのシチュエーションである。それでいて観客がついてゆけなくなるほど複雑ではない。恐らく長回しを多用したことがうまくシチュエーションの理解を助けているのだろう。めまぐるしくシーンが切り替えられたのでは観ている方は混乱する。よく考え抜かれている。混乱の渦巻きの中心に、副支配人新堂平吉を演じる役所広司を置いたことも正解だった。

  笑いのつぼも押さえまくっている。伏線の張り方、小道具の使い方が絶妙だ。9つのエピソードが同時に進行するのだが、それぞれに色調を変えている。松たか子・津川雅彦・近藤芳正が中心のエピソードでは「取り違え」のテクニックが取り入れられている。角野卓造・篠原涼子のエピソードでは携帯が小道具としてうまく使われている。クネクネダンスの使い方は憎いくらいうまい。香取慎吾・麻生久美子・堀内敬子・川平慈英のエピソードでは「二役」のトリックが見事に決まっている。伏線の張り方もうまい。役所広司・原田美枝子・戸田恵子のエピソードでは嘘から出た思い込みのひとり芝居の世界に突入。

  伊東四朗・角野卓造・YOUの逃走3人組はチャップリンよろしくドタバタ調に。ここでは「てんぷくトリオ」時代に鳴らした伊東四朗のお笑い芸が満喫できる。ドーラン塗って逃げ回る伊東四朗はまさにバカ殿のノリだ。名人角野卓造の慌てふためきぶりも見もの。唐沢寿明・寺島進・YOU・石井正則の芸能グループでは何と言ってもアヒルが小道具(?)として大活躍。このアヒルは24人目の主要登場人物といってもいい(上のキャスト一覧の中に入れておいた)。オダギリジョー・役所広司の挿話では前述の垂れ幕が小道具として使われている上に、融通の利かないオダギリジョーのキャラクターが笑いを生む。

  西田敏行・梶原善・香取慎吾のエピソードでは自殺願望の演歌歌手という奇抜な設定を設け、あえてベタな芝居をさせて、有名人の意外な裏面を覗かせる。一転して、佐藤浩市・篠原涼子・浅野和之・松たか子グループではシリアス調になり、松たか子が熱く語ったりする。とまあ、こんな次第で、才人三谷幸喜は知り尽くしたコメディのテクニックを総動員して、笑いガス弾を撃って撃って撃ちまくる。観客はあえなくノックアウトである。

  混乱は一時はどうなることかと思うほどだが、12時のカウントダウンまでにはすべてうまく収まるところに収まる。嵐が去って、めでたく新年をみんなで迎える。めでたしめでたし。シェイクスピアじゃないが「終わりよければすべてよし」とあいなります。これだけでも十分腹応えがあるのに、さらに様々な愛のエピソードが絡まり、この映画のために建てられた豪華なホテルのセットを堪能できるおまけ付き。あそうそう、忘れてはいけない。新年を祝うパーティーでYOUが歌を披露してくれます。売れない歌手という設定ですから歌はうまいわけですが、彼女自身元は「フェアチャイルド」というバンドのボーカルだった。当時のジャケット写真は実にかわいかった。

  もうひとり最後に特記しておきたいのは篠原涼子。最近の彼女の活躍は目覚しい。そういえば彼女も歌手だが、女優としての方が才能はあると感じた。このコールガール役も実に似合っている。もっと出演作が増えればいい女優になるでしょう。

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2006年1月15日 (日)

ALWAYS三丁目の夕日

kael2w2005年 日本
監督:山崎貴
脚本:山崎貴
原作:西岸良平 『三丁目の夕日』
出演:吉岡秀隆、堤真一、小雪、堀北真希、三浦友和
    もたいまさこ、薬師丸ひろ子、 須賀健太、小清水一揮
    マギー、温水洋一、小日向文世、木村祐一
    ピエール瀧 、神戸浩、飯田基祐、麻木久仁子
    奥貫薫、石丸謙二郎、松尾貴史

  昭和33年、東京タワーが完成した年。僕は4歳だった。小学生の低学年くらいの時に東京の叔母に連れられて東京タワーを見に行った覚えがある。そういう世代にとってはとにかく懐かしさを感じる映画だ。冒頭に出てくる竹ヒゴ飛行機が屋根の上を飛ぶシーン。あの飛行機を見たとき懐かしさのあまり思わず声を出しそうになった。当時の男の子はみんなあれを作って飛ばしていた。竹ヒゴを火であぶって曲げて羽の先端の曲がったところを作るのが難しかった。ただあんな街中で飛ばすことはない。屋根の上に乗ってしまって取れなくなるからだ。みんな原っぱ(昔はあちこちに原っぱがあった)や小学校の校庭で飛ばしていた。あんなごみごみした街中で飛ばすのは、その後の空からのショットにつなげるための映画的演出のためである。

  それはともかく、三輪のミゼット、氷で冷やす冷蔵庫(電気冷蔵庫がはじめて来たとき家族が代わるがわる冷蔵庫に頭を突っ込むところが可笑しい)、駄菓子屋(当時は籤の「ハズレ」を「スカ」と言っていた、カスをひっくり返したものではないか)、都電、地方からの集団就職(金の卵と言われてもてはやされていたが、実際はこき使われていたのだろう)、フラフープ(「だっこちゃん」ブームもこの頃じゃなかったっけ?)、野球盤、納豆売り、蛇腹の洗濯板、蒸気機関車、湯たんぽ。何と言っても昔の上野駅前の映像は感涙もの。東京に行くにはいつも常磐線を利用していたから昔の上野駅は懐かしい。映画には出てこなかったが、昔の洗濯機は回転させて脱水するという機能がまだなかったのでローラーで絞っていた。2本のローラーの間に洗濯物を挟んで、取っ手でローラーを回転させて絞るのである。反対側からスルメの様にぺったらになった洗濯物が出てくるのが見ていて面白かった。

  物ばかりではない。アッカンベーをする子供。確かに最近見ない。近所のテレビのない人たちがテレビを見に来る様子はなんとも懐かしい。実家にも物心ついたときにはテレビがあったから、プロレスが始まる時間になると近所の人たちが集まってきたものだ。それから、電話のない家も珍しくなく、隣の豆腐屋のおばちゃん家に電話が来るとよく呼びにやらされたものだ(隣は電話がないのでうちにかけてくる)。なお、三種の神器も次代によって当然中身が変わってくる。テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器といわれていたのは50年代である。60年代の高度成長期にはカラーテレビ、クーラー、カーの3Cとなる。最近ではデジカメ、DVDレコーダー、薄型テレビがそう呼ばれるそうである(「ウィキペディア(Wikipedia)」より)。

  とにかく駄菓子屋の商品ひとつとってもどれも懐かしいものばかりだ。しかしよく考えてみるとこの懐かしさはどうも作られた懐かしさなのだ。実際、昔の日本映画を観ても(VFXではない本物が映っているにもかかわらず)これほど懐かしさを感じない。なぜならそこに映っているものは皆現役であって、少しも懐かしいものではないからである。これ見よがしに懐かしいでしょうと映しているのではなく、自然に映画の中に溶け込んでいる。それらを見せるこc_aki01bとに主眼があるわけではないからだ。翻って見れば、「ALWAYS三丁目の夕日」は当時を懐かしむ時に思い出される典型的なものを総動員したという感じなのだ。よく思い出はセピア色だと言うが、実際はそんなことはない。昔だってちゃんと色はある。昔の写真や映画が白黒である事からの連想である。セピア色の人工的な懐かしさ。まるで博物館だとブログで指摘している人もいたが、確かにその通りである。

  VFXの技術に長けた人が昔の風物を撮るとこうなるのか?まあ、それ自体は別に問題ではない(問題は肝心のストーリーが懐かしさを強調するあまりやせてしまっていないかという点である)。懐かしさを感じさせることもこの映画の「売り」の一つなのだから。VFX映像は実によく出来ていて一部に不自然さがあったけれども(都電の窓からの眺めが動きとややあっていない)、ほとんど作り物という感じは抱かせない。

  この映画に懐かしさを感じるのは風物ばかりではない。人間関係の描き方はかつての日本映画が得意とした人情喜劇路線を踏襲している。懐かしい古い日本映画のタッチ、かつての日本映画はこうした庶民の哀歓を綴った人情喜劇が得意だったのである。人情物大好きの僕としては大歓迎である。もちろんこのタッチは原作の持ち味である。30年も連載しているそうだが、あまり読んだことはなかった。人物の目が横長のまるでカプセルの様をしているのが特徴で、ストーリーはほのぼのタッチ。決して嫌いなタイプの漫画ではないのだが、なぜかじっくり読んだことはなかった。映画化をきっかけに原作を買ってきたが、暇な時にじっくり読んでみたい。

  映画のストーリーはこれといって一貫した筋はない。東京タワーが建設中の東京下町の夕日町三丁目が舞台。自動車修理工場「鈴木オート」に青森から集団就職で星野六子(堀北真希)がやってくる。上野駅まで出迎えてもらってさぞや大きな工場だろうと思うが、行ってみたら家と工場が一体の小さな町工場(「こうば」と読まないと感じが出ない)だった。社長(堤真一)自身が運転する出迎えの車も三輪のミゼット。このように冒頭からコメディ調で笑わせる。向かいの駄菓子屋「茶川商店」の店主茶川竜之介(吉岡秀隆)は東大卒で、本業は売れない小説家。彼は行きつけの飲み屋の女将ヒロミ(小雪)に色仕掛けで迫られ、彼女の元に来た身寄りのない少年古行淳之介(須賀健太)を引き取るハメになる。茶川竜之介や古行淳之介というパロディ調のネーミングが全体のコメディ仕立てに合っている。

  中心人物はこの鈴木オートの家族と茶川竜之介・古行淳之介コンビである。これに医者の宅間先生(三浦友和)やたばこ屋兼暴走自転車ライダーのおばちゃん(もたいまさこ)などの多彩な近所の人たちが絡む。鈴木オートの息子の一平(小清水一揮)が宅間先生を「悪魔先生」と呼んで、「悪魔は嫌いだぁ~」と叫んで怖がるところが笑える。

  役者がみんな良い。堤真一演じる頑固オヤジが実に面白い。リンゴほっぺで東北弁を話す堀北真希がかわいい(昔の田舎の子供はみんな赤いほっぺをしていた)。そうそう、鈴木オートの「社長夫人」を忘れちゃならない。薬師丸ひろ子が椎名誠風に言えば「正しい日本のおかあちゃん」をしっかりと演じている。唯一心配だったのは吉岡秀隆。「寅さん」シリーズの満男役、「北の国から」の純役など子役の時はよかったのだが、いつまでも子供の様な甲高い声で大人の役者になりきれていない不安があった。「半落ち」の副裁判官役などは全く役柄の重々しさが出ていなかった。しかし茶川役は何とか無難に乗り切っていた。これまでやったことがない役柄だろう。ただし、ぼさぼさ髪にメガネという扮装がだいぶ助けているようで、まだ演技や台詞回しは拙い感じがする。

 売れないながらもいつかは賞をとって純文学作家になるんだと夢見る茶川(当時売り出し中の慎太郎だの健三郎だのを酔うとコケにする)、いつかは世界に打って出る自動車会社にするんだと誓う鈴木オートのオヤジ、明日を夢見るパワーがあった時代。まさに「プロジェクトX」の世代だ。彼らのパワーと創造力と技術が高度成長時代を到来させたのだが、しかし一方で公害を撒き散らし無駄な構造物をやたらと作った。

 「ALWAYS三丁目の夕日」は人情物の常として否定的な面は切り捨て「古きよき時代」をノスタルジックに描き出す。それはそれでいい。わずか2時間で人生や社会のすべてを描き切ることなど出来はしない。その一面を切り取ってくるしかない。いろんな切り取り方familyをした作品があっていい。人情物である本作は今では薄れてしまったものに焦点を当てる。物のない暮らしの中で人々が慎ましく生き、少ないものを互いに分け合い、子供がいたずらをすれば大人が本気で叱り、「本日休診」のように医は仁術を実践する医者がおり、「警察日記」のように貧しさゆえのちょっとした犯罪などは見逃してやる警官がいた。人情味のある生活がそこにあった。

  茶川は淳之介に「お前とは縁もゆかりもないんだからな」と言いながら、淳之介が遅くまで家に帰ってこないときには本気で心配した。薬師丸ひろ子が「本当のお父さんになったね」と言ったくらいだ。淳之介の帰りが遅くなったのは母親を探すために一平と高円寺まで都電で行っていたからだが、これなどは人情物の常道だ。

  全体にエピソードを寄せ集めたような作りなのは原作が続き物ではなく毎回読みきりの漫画だから。恐らく映画に盛り込む題材を探している時に、これもいいこれもいいと感動的なエピソードをどんどん盛り込んでいったのだろう。泣かせどころは普通1、2箇所なのだが、全編、特に後半はこれ泣かせどころのオンパレード。一平のセーターの肘に母親が忍ばせたお守り、茶川がヒロミに「指輪」をはめるシーン、六ちゃんがお母さんの手紙を読むシーン、裕福な実の父親に引き取られることになるが振り切ってまた茶川の元へ戻ってくる淳之介、六ちゃんと淳之介に生まれて初めてのクリスマスプレゼントを贈る場面、これでもかとばかり「催涙弾」を後から後から放つ。

 人情物に弱い僕はかなり泣かされたが、後で冷静になって考えてみると、これでもかと感動的なエピソードを積み重ね観客の涙を搾り取る演出はかなりえぐい。だから、さりげなく挿入された宅間先生の家族のエピソードが却って印象深いのである。大人たちの演技は皆大げさである。恐らく大げさな演技を要求するのは演出する側に「照れ」があるからだ。子供たちが一番自然な演技をしていた。小料理屋の女将ヒロミも、演じる小雪が輝くばかりに美しく、とても水商売で生きてきた女には見えない。子どもたちが青っ洟を垂らしていないあたりは確かに美化されている。作った過去、作られた懐かしさなので多少の無理はある。六ちゃんが古くなったシュークリームを食べて食中毒になったエピソードでは、シュークリームをはじめて見たので期限が切れていても捨てられなかったという貧しさへの言及が出てくるが、総じて懐かしい過去というユートピアを演出する方向に向かう。だからこれはある意味でファンタジーなのである。そう割り切って観た方がいいだろう。

  山田洋次監督だったらノスタルジー一辺倒に偏るのではなく、もっと現実の様々な面を描きこんでいただろう。あるいは、子供たちを主人公にして大人たちを脇役にしていればもっと自然な懐かしさを作れたかもしれない。ストレートな映画だから当然不満も出てくるだろう。それでも、まだ家族が家族らしかった時代、物不足を人情が補っていた時代の陽だまりのような温かさ、このほのぼのした持ち味は素直に受け入れたい。

  ストーリーの進展につれて建造中の東京タワーが徐々に出来上がっていき、ラストでは完成している。「50年後も夕日は美しい」というメッセージとともに映画は終わる。僕らは今その50年後にいる。その50年の間にわれわれはどんな道のりを歩んできたのか。それを考えるのは映画を観ている側の課題である。

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