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2006年6月18日 - 2006年6月24日

2006年6月24日 (土)

映画の小道具

 今日映画に関するある講座に参加してきた。2年ほど前から行われている講座で、できTeablue_1 る限り参加している。先月はバスを仕立てて「博士の愛した数式」のロケ地めぐりをする企画があった。残念ながら平日だったのでいけなかったが、これはぜひ参加したかった。

  それはさておいて肝心の講座のほうだが、講師はフィルム・コミッションのKさん。今回のテーマは「時代劇」。毎回現場の人でないと分からない面白い話が聞けるのだが、今回の話は特に面白かった。中でも小道具の話は目からうろこが落ちる思いだった。まあ順を追って説明しましょう。最初は普通の時代劇の話。今まで上田ではそれほど時代劇の撮影は行われていなかった。それが「たそがれ清兵衛」の真田広之と大杉漣が決闘するシーンを上田で撮って以来増えてきている。あるいは、普段時代劇に出ている俳優が上田に来て現代劇を撮ってゆくケースも増えているそうだ。

 面白かったのはその後の小道具の話。Kさんによれば、変化が激しく、しかも古いものをすぐ捨ててしまう「使い捨て文化」になってしまった日本では、10年前でも時代劇になってしまうという。10年前にあったものが撮影しようとするともう手に入らないというのだ。まあ、10年前はオーバーかもしれないが、何も時代劇といっても江戸時代から前の時代と限ることはなく、大正や昭和(特に戦前)だって時代劇だという指摘はうなずけるものがある。

 昭和の時代は「ALWAYS三丁目の夕日」の大ヒットで今注目されている。ところが、例えば電気製品などを例にとれば、次々と新しい製品が現れしかも使い捨ての生活になれているので、ちょっと前の時代を撮ろうとすると小道具が手に入らないらしい。まあ電気製品ならまだ作っている会社に頼めば作った製品は保存してあるので何とか借りることはできる。困るのは日常的でほとんど保存しておく価値のないもの。いい例が新聞に折り込まれるチラシ。言われてみれば、これは確かにどこの家庭も保存はしない。新聞と一緒に捨ててしまう。しかし、例えば昭和20年代の折込チラシの本物があれば、ぐっと画面にリアリティが出る。値段もその当時の金額が分かるし、「バーゲン・セール」ではなく「大売出し」とか「特売」とかの文字が躍っている。今の感覚でそれらしいものを作ってもリアリティは出せない。新聞そのものは新聞社に保存されているのでいくらでも再生が可能だ。その新聞の隣にたとえ一枚でも本物のチラシが置いてあれば実にリアルな画面になるというわけだ。映画の撮影で必用なのはごく普通の家屋やそれ自体は何てことはない生活の道具なのである。

 そんなものが映画の撮影に役立つなどと普段意識して生活していないし、映画を観るときも小道具など特に注意して観てはいない。だからこの話は新鮮だった。テレビなどの撮影なら、小道具が手に入らなければそこをカットするか、別のもので代用してしまう。しかし映画の場合は監督のこだわりようが違う。たとえば、「博士の愛した数式」で手紙を出すシーンがあるが、手紙の重さを計る昔の秤が手に入らなくて散々苦労したらしい。郵便局に行ってもそんなものは全部処分してしまってどこにもないという。逓信博物館だかにはあるが貸してもらえなかった。フィルム・コミッションも頭を抱えたが、ネットオークションで何とか手に入れたそうである(そんなものがオークションに出ているのか!)。

 Kさんが言うにはリサイクル店に行ってもあるのは新しいものばかり。骨董屋では扱っていTel_w2ない。本当に欲しいものがどこにもない。撮影で借りた家を片付けているときにぜひ欲しい小物を見つけることもあるそうだが、個人の所有物を欲しいといってもらってくるわけには行かない。高級なものなどいらない。何でもないありふれたものが必要になる。しかしそ れがない。みんな捨ててしまう。昔の鉄道やバスの切符、切符にパンチ穴を入れる鋏(どこの駅か分かるように切れ込みの形が全部違っていた)。切符が自動販売機になる前使っていた切符に印字する機械。こういったものは自動化(機械化)あるいは更新されたとたんにこの世から消えてなくなってしまう。

 興味深かったのはラムネのビン。戦時中の昭和17、8年頃のビンが手に入らないらしい。この時代は戦争による物資不足で、ガラスなら何でも溶かして間に合わせに作っていたらしい。だからそれ以前やそれ以後のものと比べると一目で違いが分かるそうだ。それが1本テーブルにでも置いてあるだけで、当時の生活がどれほど苦しいものだったか分かる。なるほど確かにそうかも知れない。リアリティは細部に宿る。観ているほうにそれだけの識別眼や知識があるかは別として。例のラムネビンは、ラムネの製造会社に日参して拝み倒し、「そこまで言うのなら」とやっと1本もらってきたそうだ。たまたま近所のフリーマーケットで絶対に手に入らないといわれていた昔の電車の切符を1枚200円で買ったこともあったそうだ。もちろん悟られて値段をつり上げられないように、何食わぬ顔でほしくもない切符も一緒に買ってきたそうである。別段彼個人が趣味で集めているわけではない。何かの撮影で必要になるかもしれないと思うから手に入れておくのである。しかしまあ、フィルム・コミッションの仕事とは大変なものだ。撮影の許可を取ったり、ロケ地の案内、弁当やバス等の手配だけではない。そんなことまでやっているとは知らなかった。

  普段からそういうものを収集しておけばいいのだが、そのためには広大な敷地と巨大な倉庫が必要となる。撮影所を持っている映画会社ならそれなりに持ってはいるだろうが、スペースに限界があるので何でもそろっているわけではない。だから撮影スタッフやフィルム・コミッションが撮影の度に苦労するのである。国家が映画製作を支援している韓国の釜山には巨大な倉庫があり、膨大な数の小道具等がそろっているそうだ。一度中を見せてもらったときに驚嘆したという。

  こんな具合に話が文化論にまで及んで面白かった。使い捨て文化が進行する一方で、「何でも鑑定団」以来、人が古いものすべてに価値があると思い込んでひそかに隠し持って手放さない傾向が現れているという指摘も面白かった。持っているのに聞くとないと答えるという。あるいは貸してくれる場合もあるが、借り賃を要求したり保険を掛けてくれと言ってくるようになったそうだ。その一方で学校が廃品回収を始めてから、日常のなんでもないものが手に入りにくくなったとも言っていた。あるいは、特定のものにはコレクターがいて、非常に貴重なものまでそろっているが、なかなか貸してもらえないという。かといって、フリーマーケットやネット・オークションで「掘り出し物」が出るのを待っているようでは情けない。ともかくそんな社会に今の日本はなってしまったということである。

 講演後の雑談の中で、各家庭でいらなくなったものを市で集めて倉庫に保管するようにできないか、ただ保管するだけではもったいないので普段は博物館として公開してはどうか、貴重なものを持っている人のリストを作って必要なときだけ貸してもらえば場所をとらなくていい、などの意見が出た。というわけで、実に面白く、いろいろ考えさせられた講演でした。

<追記>
  小道具の話で忘れていたが、前から気になっていた韓国映画「青燕」のことを追加しておきます。気になっていたのはその映画に僕がエキストラとして参加していたからです。その時のことは本館HP「緑の杜のゴブリン」の「そら日記より」コーナーにある「韓国映画『青燕』にエキストラ出演」という記事に詳しく書いてあります。参加したのは04年の5月29日。この映画は韓国初の女性パイロットを描いた映画。日本で訓練を受け、資格取得後の初フライトで韓国に帰る途中事故で墜落死してしまう。

  初フライトで事故死してしまったため歴史に埋もれていた女性を発掘してきた映画です。その年の内に編集を終え、05年の正月ごろには日本でも公開される予定でした。しかしいつまでたっても公開されないのでどうしたのかずっと気になっていたわけです。それがこの日の話の中で事情が判明しました。竹島問題で引っかかっていたのです。韓国で上映されたときに、一部の人たちがプラカードを持って映画を観ないよう呼びかけていたりした。そういう事情なので日本の輸入会社も二の足を踏んでいるということのようです。

  政治問題の狭間で1本の映画が宙に浮いてしまっている。日本が過去の問題にきちんと決着をつけずにずるずる来てしまっているから、竹島問題にも過去のわだかまりが絡み複雑な問題になってしまう。自分が映っている場面がカットされずに残っているかも気になるが、この映画の行方も気になる。韓国の映画やドラマが大量に輸入されている影で、政治に翻弄され上映が見合わされている映画があることを心に留めておいてください。

カーテンコール

Cyou 04年 日本 05年11月公開
監督:佐々部清
原案:秋田光彦
脚本:佐々部清
撮影:坂江正明
出演:伊藤歩、藤井隆、鶴田真由、奥貫薫、津田寛治
    橋龍吾、田山涼成、栗田麗、伊原剛志 黒田福美
    井上堯之、藤村志保、夏八木勲、水谷妃里、福本清三

  この映画が扱う時代は昭和30年代から40年代と現代である。昭和30年代から40年代の日本映画界といえば頂点から急速な衰退へと移行してゆく時代に当たる。そのあたりを以前「近頃日本映画が元気だ」という文章に簡潔にまとめたことがあるので、そこから一部引用しておこう。

  しかし60年代の高度成長期に入りテレビが普及してくると、映画はテレビに次第に押されてゆき、長期低落の傾向が顕著になってくる。60、70年代には市川崑、今村昌平、浦山桐郎、岡本喜八、黒木和雄、熊井啓、新藤兼人、勅使河原宏、野村芳太郎、羽仁進、増村保造、山田洋次、吉田喜重などの新しい世代が活躍するが、もはや巨匠の時代は終わったといってよいだろう。

  それでもまだ今よりは活況を呈していた。この時代に様々な大ヒットシリーズが生まれている。70年代の東映を支えた「仁義なき戦い」、「トラック野郎」の2大ヒットシリーズ、それらと並ぶ東映の看板作品となった「網走番外地」シリーズ。東映はまた美空ひばり主演の映画も数多く製作した。ひばりと結婚したマイトガイ小林旭は石原裕次郎、「拳銃無頼帖」シリーズの赤木圭一郎とならんで日活の人気を支えた。松竹のご存知「男はつらいよ」シリーズは、第1作発表後27年間に48作が製作される大ヒットシリーズとなった。大映は勝新太郎の3大人気シリーズ、「座頭市」シリーズ、「兵隊やくざ」シリーズ、「悪名」シリーズを放ち、市川雷蔵主演の「陸軍中野学校」シリーズも大ヒットさせた。植木等の「無責任&日本一」シリーズとクレイジーキャッツの「クレイジー作戦」シリーズは喜劇の東宝。東宝はこの他にも森繁の社長シリーズと駅前シリーズ、加山雄三の若大将シリーズなどヒットシリーズをいくつも抱えていた。

  「カーテンコール」の特に前半は数々のヒット作を生んできた日本映画へのオマージュであり、懐かしい映画がたくさんスクリーンに登場する。「いつでも夢を」、「下町の太陽」、「網走番外地」、「続・男はつらいよ」等々。名作というよりも広く大衆に支持されたヒット作品、いわゆるプログラム・ピクチャーズが中心。音楽も倍賞智恵子の「下町の太陽」(歌が先にヒットし、翌年山田洋次が映画にした)、橋幸夫と吉永小百合のデュエットで大ヒットした「いつでも夢を」とグループ・サウンズ時代を代表するザ・タイガースの名曲「花の首飾り」がなつかしい。〝星よりひそかに 雨よりやさしく〟という「いつでも夢を」のメロディーは何度も流れ、特に最後の重要な場面では効果的に使われていた(「いつでも夢を」と「寒い朝」は今でもファンが多い名曲だ)。テレビが普及し映画が斜陽になってきた頃の代表曲が「花の首飾り」。64年の東京オリンピックを期に一気に普及したテレビという媒体を得て爆発的に広まったGSブーム(60年代後半)の中心にいたのは、ジュリーこと沢田研二というカリスマ的ヴォーカリストを擁したザ・タイガース(「チデジン」岸辺一徳と岸辺シロー兄弟もメンバー)。「花の首飾り」はそんな新しい時代を象徴する曲として映画の中で歌われている。堺正章、井上順、かまやつひろしが在籍したことで有名なザ・スパイダースの名も出てくる(”歌詞間違えて、スッパイダース” というギャグ)。「パッチギ」の冒頭でもオックスの有名な失神コンサートが出てくるが、まさにあの時代だ。佐々部清監督の「チルソクの夏」で描かれる時代はさらにその10年くらい後の77年である。

  この映画の事実上の主人公は、地方の小さな映画館“みなと劇場”に勤めながら日本映画の歴史とともに生きてきた一人の幕間芸人・安川修平である。安川修平の若い頃を藤井隆、年老いた頃を元ザ・スパイダースのメンバー井上堯之が演じている。今では消息不明となった安川修平を、ある失敗が元で福岡のタウン誌に異動させられた橋本香織(伊藤歩)が取材することになり、彼の人生を再構成しつつ遂にはその行方を突き止めるというのがメインのストーリーである。

  香織の実家は下関である。そこには疎遠になった父が住んでいた。香織は実家から通いながら取材を続ける。したがって「チルソクの夏」、「四日間の奇蹟」と共に下関三部作を形作っている。最初に観た佐々部清監督作品は「半落ち」。これにはがっかりした。しかし「チルソクの夏」は若い出演者たちの演技が未熟で完成度の高い作品とはいえないが、映画に込められたメッセージは強く胸に迫ってきた。「四日間の奇蹟」は未見。3本目となる「カーテンコール」もストレートで甘い映画だが観客の心をつかんでぐいぐい引きずり込んでゆく力を持った作品だ。これが3本の中では一番出来がいいと思う。ただし「チルソクの夏」と「カーテンコール」に共通する在日というテーマに関しては「チルソクの夏」の方がずっと深く追求している(だからこそ俳優たちのつたなさを超えて芯にあるテーマが胸に訴えかけてくる)。

  香織が与えられた仕事は<懐かしマイブーム>の取材。一通の葉書が彼女の関心を引いた。そこには「昭和30年代終わりから40年代中ごろまで 下関の映画館にいた幕間芸Komachi1_1 人を探して欲しい」と書かれていた。まさにテーマにうってつけの素材。香織はさっそく“みなと劇場”へ安川修平の取材に行く(「あの子を探して」の看板が見える)。館主は代替わりしていて修平のことは覚えていなかった。幸い昭和33年(東京タワーができた年、「ALWAYS三丁目の夕日」の時代)からそこに勤めているという宮部絹代(藤村志保)から話を聞くことができた。「絹代」という名前は明らかに田中絹代を意識して付けられている。「風の中の牝鳥」、「夜の女たち」、「西鶴一代女」、「煙突の見える場所」、「雨月物語」、「山椒大夫」、「流れる」、「彼岸花」、「サンダカン八番娼館 望郷」など日本映画を代表する数々の名作に出演してきた大女優である。ここにも先達に対する監督のオマージュがある。

  宮部絹代が語ったのは修平が映画館で雇われ、やがてひょんなことから芸人としての才能を買われ幕間芸人として人気を博した絶頂期から、映画が斜陽になり遂には首になるまでの彼の半生だった。彼の人生の浮き沈みは見事に映画産業の隆盛、衰退と軌を一にしていた。修平の半生を語りながら当時の映画館の様子が描かれる。絶頂期にはもう1軒映画館を経営していたので上映が終わったフィルムを自転車で修平が運んでゆく。法被を着てビラ配りや呼び込みをやり、映画館の前にできた行列を整理する。映画館前の雑踏や館内の立ち見客が時代を感じさせる。回想場面はモノクロなのだが、映される映画はカラーになっているのが面白い(昔は「総天然色」と麗々しく謳っていたものだ)。香織がホールのドアを開けて中に入るとそこは昔の空間で、彼女だけがカラーで周りの観客が白黒というシュールな場面もあった。

  修平が単なる雇い人から芸人になったきっかけは「座頭市物語」だった。昔は途中でフィルムが止まってしまうことがよくあった。投光機の熱でフィルムが見る見る溶けて行くのが見えることもあった。珍しくもないことだから普通なら特に騒ぎになることはないが、この場合は切れた場面が悪かった。座頭市(勝新太郎)と平手造酒(天知茂)の映画史上有名な決闘場面の最中にフィルムが止まってしまったのだ。観客が「馬鹿野郎、何だ肝心なところで」とばかりに怒り出すのも無理はない。騒然とする観客をなだめようととっさに修平が舞台に上がる。驚いて見守る観客たち。修平はいきなり箒を刀に見立てマイク片手に効果音を出しながら座頭市の殺陣のまねを始める。これが受けた。気を良くして歌まで歌い始める。満場やんやの喝采。この瞬間形態模写の芸人安川修平が誕生した。「形態模写」という言葉が懐かしい。「声帯模写」や「声色(こわいろ)」という言葉もあった。どれも今では死語。「ものまね」という言葉が新しく出てきたときには変な言葉だと当時は違和感を感じたものだ。

  とまあ、こんな事情でいきなり「幕間芸人」になってしまった修平。そんなわけだからどこの地方にもそんな芸人がいたわけではないだろう。少なくとも僕は見たことも聞いたこともない。ともかく、僕の子供の頃は幕間にはニュース映画を流していたものだ。あるいは全国を探せば似たようなことをやっていた人は他にもいたかもしれないが。

  話を修平本人に戻そう。後半との関連で重要なのは話をした宮部絹代が日本人だということ。彼女は、安川修平が来たのは36年だが、なぜか正社員にはならなかったと言っていた。その理由が後半で明らかになる。実は修平は在日コリアンだったことが判明する。香織はさらに調査を進め(その間にかつての同級生金田信哲(橋龍吾)が民団で活動していることを知る)、修平と妻の良江(奥貫薫)の間にできた娘美里が近くに住んでいることを突き止める。この良江を演じた奥貫薫が素晴らしい。良江と修平の出会いの場面(破れ目をガムテープで補修したロビーのイス!)や“みなと劇場”の舞台で挙げた結婚式、そして妻と子供を舞台に上げて挨拶した最後の舞台(「たった一人のファンはこいつでした、女房です」)の場面は感動的だ。藤井隆も力演だったが静かに彼を支える奥貫薫の姿が素直に心を打つ。

  香織は美里(鶴田真由)に会いに行く。どこか反応が変だ。迷惑そうに見える。何度もしつこいくらい食い下がって、やっと修平が済洲(チェジュ)島出身で母は大分出身(美里が5歳のときに亡くなる)、“みなと劇場”を首になった後はキャバレーなどで歌を歌っていたが長くは雇ってもらえなかったこと(「所詮は素人の芸だったんよ」という言葉が痛い)、そしてついには食ってゆけなくなり「いい子にしていたら迎えに来るけえ」といったまま結局二度と現れなかったことなどを聞き出す。美里は父を恨んでいたのだ。鶴田真由があっと驚く変身ぶりで、暗い影を背負って生きてきた女性の悲しい人生を見事に演じている。この後半部分は泣かせどころ満載で、安易なお涙頂戴ものになるぎりぎりのところで抑えているが、安っぽい人情ものと批判する人もいるだろう。父を嫌っている美里に、そうは言ってもお父さんには会いたいはずだと香織がしつこく食い下がるところは僕も押し付けがましさを感じた。しかし、映画の衰退とともにどこへともなく姿を消した修平の後半生が次第に明らTuki_gura_250_04_1 かになってゆく後半部分は、ミステリーのような面白さだけではなく、在日として日本で生きる辛さ、時代に取り残された人物の哀れさ、それと同時にそれでも何とか生き抜いてきたたくましさが前面に出た展開になり、ストーリーにぐっと厚みが増す。その点を評価したい。

  香織はついに修平の居所を確認し、済洲島まで会いに行く。家の中から出てきた老人(井上堯之)が「安川修平さんですね」と問いかけられ、ニコっと笑った顔が実に素晴らしかった。やっと連絡が取れた修平は閉館が決まった“みなと劇場”(撮影されたのは北九州市にある「八幡有楽映劇」という実在の映画館)にゲストとして参加する。「さよなら終幕 みなと劇場 61年間ありがとうございました 8月15日」と書かれた横断幕。その横に「懐かしの幕間芸人安川修平」と書いた立て看板。さらにその横に「閉館のお知らせ」の小さな看板。何十年かぶりに舞台に上がって修平がしわがれ声で歌った「いつでも夢を」はまさに絶品。先代館主の遺影を舞台に向けてそっと劇場の隅に立つ館主。香織の目には涙が。

  映画の最後は済洲島への美里の旅。ここは書きたいところだがぐっと我慢しよう。思えばこの映画は人生の旅を描いていたのかもしれない。時代の波に翻弄され押し流されながらも、最後は自分のペースで歩いてきた修平の旅。その修平の下へ今度は娘の美里が旅立ってゆく。いつまで待っても帰ってこなかった父。なら自分から行こう。ストレートな展開なのでラストの予想が付いてしまうが、それでも悪くないラストだ。

  原案を作った秋田光彦は「原案は私が高校時代、大阪・千日前で目撃した幕間芸人が元になってはいるが、映画のシナリオは佐々部監督のオリジナルである」と語っている。佐々部監督は「 最初は、日本映画が活気のあった時代の自分にとっての『ニュー・シネマ・パラダイス』を撮ろう、と考えていたのですが、撮っているうちに、どんどん家族が出てきた。最終的には『ニュー・シネマ・パラダイス家族編』になりました」とインタビューに答えている。この映画の特徴がよく説明されている(ちなみに、よく似た映画にマルチェロ・マストロヤンニ主演の「スプレンドール」というのもある)。

  キャストもなかなか豪華にそろえてある。上で紹介したほかに、東京時代の上司に伊原剛志、香織の父は夏八木勲、ミニコミ誌の編集長には黒田福美、劇場の映写技師には福本清三、若い頃の宮部絹代を水谷妃里、美里の夫役に津田寛治、高校時代同級生金田信哲に橋龍吾。

  「ALWAYS三丁目の夕日」もそうだが、どうしてもこの手の懐古趣味の映画は甘い人情話になってしまう。そこが魅力でもあるが物足りないところでもある。しかし満点は付けられないにしても好ましい作品であることは率直に認めたい。昨年の日本映画は実に充実していた。まだ「ゲルマニウムの夜」、「埋もれ木」などを見落としてはいるが、最後に昨年の日本映画マイ・ベストテンを上げておこう。5点満点をつけたものは1本もない。すべて4点。一応の順位はつけてあるが、ほとんど横並びに近い。

  1.  メゾン・ド・ヒミコ            犬童一心監督
  2.  運命じゃない人            内田けんじ監督
  3.  ALWAYS三丁目の夕日       山崎貴監督
  4.  いつか読書する日          緒方明監督
  5.  パッチギ                井筒和幸監督
  6.  カーテンコール             佐々部清監督
  7.  村の写真集              三原光尋監督
  8.  フライ、ダディ、フライ          成島出監督
  9.  リンダ リンダ リンダ        山下敦弘監督
  10.  青空のゆくえ             長澤雅彦監督
  11.  NANA                  大谷健太郎監督

2006年6月20日 (火)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(06年7月)

  新作はいまひとつの感がある。ただ、「ゴブリンのこれがおすすめ 18」で中国映画の公開数がやっとまた伸びてきたと書いたばかりだが、さらに2本増えた。喜ばしい限りである。
  一方DVDは花盛り。今年始めに封切られた作品が一気にDVD化される。特に「博士の愛した数式」はおすすめ。「クラッシュ」、「シリアナ」、「ジャーヘッド」も期待度大。旧作DVDもすごい。木下恵介監督の選りすぐりの傑作がバラで出る。BOXをもっていない人は全部買ってもいいくらい。それだけの価値はある。数が多すぎるので「カルメン故郷に帰る」だけ挙げておきます。その他ヌーヴェル・ヴァーグの代表作2作やマックス・オフュルスの珍品まである。

【新作映画】
6月17日  
 「ジャスミンの花開く」(ホウ・ヨン監督、中国)
7月1日  
 「レイヤー・ケーキ」(マシュー・ボーン監督、イギリス)
 「美しい人」(ロドリゴ・ガルシア監督、アメリカ)
7月8日  
 「胡同(フートン)のひまわり」(チャン・ヤン監督、中国)
 「ローズ・イン・タイドランド」(テリー・ギリアム監督、カナダ・イギリス)
 「ゆれる」(西川美和監督、日本)
 「チーズとうじ虫」(加藤治代監督、日本)
7月15日
 「時をかける少女」(細田守監督、日本、アニメ)
 「ハイジ」(ポール・マーカス監督、イギリス)
 「奇跡の夏」(イム・テヒョン監督、韓国)
7月22日  
 「パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト」

【新作DVD】
6月21日  
 「歓びを歌にのせて」(ケイ・ポラック監督、スウェーデン)
6月23日  
 「ダウン・イン・ザ・バレー」((デヴィッド・ジェイコブソン監督、米)  
 「ドア・イン・ザ・フロア」(トッド・ウィリアムズ監督、米)
 「あおげば尊し」(市川準監督、日本)
7月5日
 「SAYURI」(ロブ・マーシャル監督、アメリカ)
7月7日
 「博士の愛した数式」(小泉堯史監督、日本)

 「ヘイフラワーとキルトシュー」(カイサ・ラスティモ監督、フィンランド)
7月14日
 「クラッシュ」(ポール・ハギス監督、米独)
 「シリアナ」(スティーブン・ギャガン監督、アメリカ)
7月28日
 「ジャーヘッド」(サム・メンデス監督、アメリカ)

【旧作DVD】
6月21日
 「カジュアリティーズ」(69、ブライアン・デ・パルマ監督、米)
6月23日
 「誓い」(81、ピーター・ウィアー監督、オーストラリア)
 「南部の人」(45、ジャン・ルノワール監督、フランス)
 「フィオリーレ 花月の伝説」(93、タヴィアーニ兄弟、伊仏独)
6月24日
 「死刑台のエレベーター」(57、ルイ・マル監督、フランス)
 「地下鉄のザジ」(60、ルイ・マル監督、フランス)
 「魅せられて」(49、マックス・オフュルス監督、アメリカ)
 「カルメン故郷に帰る」(51、木下恵介監督、日本)
7月14日
 「マルクス一番乗り」(37、サム・ウッド監督、アメリカ)
7月21日
 「ウォーターシップダウンのうさぎたち」(78、マーティン・ローゼン監督、アニメ)

2006年6月19日 (月)

ゴブリンのこれがおすすめ 18

チェン・カイコー監督Akizr1a
■マイ・ベスト5
1 「さらば、わが愛/覇王別姫」(93)
2 「子供たちの王様」(87)
3 「大閲兵」(85)
4 「黄色い大地」(84)
5 「始皇帝暗殺」(98)

チャン・イーモウ監督
■マイ・ベスト10
1 「活きる」(94)
2 「紅いコーリャン」(87)
3 「紅夢」(91)
4 「初恋のきた道」(00)
5 「HERO」(02)
6 「あの子を探して」(00)
7 「菊豆」(90)
8 「至福のとき」(02)
9 「キープ・クール」(98)
10 「秋菊の物語」(92)

■気になる未見作品
 「一人と八人」

コン・リー
■マイ・ベスト5
1 「活きる」(94)
2 「紅夢」(91)
3 「さらば、わが愛/覇王別姫」(93)
4 「紅いコーリャン」(87)
5 「きれいなおかあさん」(01)

■気になる未見作品
 「テラコッタ・ウォリア」(89)

中国映画
■おすすめの中国映画(チェン・カイコー、チャン・イーモウ作品を除く)
「天雲山物語」(1980) シェ・チン監督
「標識のない川の流れ」(1983)  ウー・ティエンミン監督
「黒砲事件」(1985) ホアン・チェンシン監督
「最後の冬」(1986) ウー・ツーニュウ監督
「恋愛季節」(1986) ウアルシャナ監督
「スタンド・イン 続黒砲事件」(1987) ホアン・チェンシン監督
「芙蓉鎮」(1987) シェ・チン監督
「古井戸」(1987) ウー・ティエンミン監督
「北京物語」(1987) チェン・トンティエン監督
「乳泉村の子」(1991) シェ・チン監督
「心の香り」(1992) スン・チョウ監督
「青い凧」(1993) ティエン・チュアンチュアン監督
「女人、四十」(1995) アン・ホイ監督
「變臉この櫂に手をそえて」(1995)  ウー・ティエンミン監督
「宋家の三姉妹」(1997) メイベル・チャン監督
「シュウシュウの季節」(1998) ジョアン・チェン監督
「スパイシー・ラブスープ」(1998) チャン・ヤン監督
「きれいなおかあさん」(1999) スン・ジョウ監督
「こころの湯」(1999) チャン・ヤン監督
「山の郵便配達」(1999)  フォ・ジェンチイ監督
「西洋鏡」(2000) アン・フー監督
「鬼が来た!」(2000) チアン・ウェン監督
「思い出の夏」(2001) リー・チーシアン監督
「ハッピー・フューネラル」(2001) フォン・シャオガン監督
「インファナル・アフェア」(2002) アンドリュー・ラウ、アラン・マック監督
「上海家族」(2002) ポン・シャオレン監督
「涙女」(2002) リュウ・ビンジェン監督
「小さな中国のお針子」(2002) ダイ・シージエ監督(フランス)
「ションヤンの酒家」(2002) フォ・ジェンチイ監督
「 わが家の犬は世界一」(2002) ルー・シュエチャン監督
「ココシリ」(2004) ルー・チュ-アン監督 
「キムチを売る女」(2005) チャン・リュル監督 
「胡同(フートン)のひまわり」(2005) チャン・ヤン監督 
「孔雀 我が家の風景」(2006) クー・チャンウェイ監督 
「長江哀歌」(2006) ジャ・ジャンクー監督
「トゥヤーの結婚」(2006) ワン・チュアンアン監督
「胡同の理髪」師(2006) ハスチョロー監督
「戦場のレクイエム」(2007) フォン・シャオガン監督
「ラスト、コーション」(2007) アン・リー監督 
「千年の祈り」(2007) ウェイン・ワン監督
「花の生涯~梅蘭芳」(2008) チェン・カイコー監督
「小さな村の小さなダンサー」(2009) ブルース・ペレスフォード監督、豪
「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」(2009) ジョニー・トー監督、フランス・香港
「再会の食卓」(2010) ワン・チュアンアン監督
「無言歌」(2010) ワン・ビン監督、香港・フランス・ベルギー
「北京の自転車」(2000) ワン・シャオシュアイ監督、中国・台湾
「桃さんのしあわせ」(2011) アン・ホイ監督、中国・香港

  韓国映画に押されてか、ここ数年中国映画の公開本数が極端に減っていた。それが今年に入ってチャン・イーモウ監督の「単騎、千里を走る」、チェン・カイコー監督の「PROMISE」、チャン・ユアン監督の「緑茶」、シャオ・チアン監督の「玲玲(リンリン)の電影日記」、ルー・チューアン監督の「ココシリ」と立て続けに公開された。DVDでも1963年製作の「早春二月」(サイ・ティエリ監督)が発売される(今月の21日)。これらはまだ1本も観ていないが、中国映画が日本で勢いを盛り返しているのはうれしいことだ。
  朝日新聞の6月16日付「中国電影100年 下」という記事によると、05年に製作された中国映画は260本で前年比23%増、史上最多の記録を作ったそうである。中国もご他聞にもれずシネコン・ブームとのこと。ただ外国映画の輸入数が増えると懸念されているので喜んでばかりもいられないようだ。いずれにしても、そのほんの一部しか日本で公開されていないのは惜しい。中国映画祭なども開催されているが、DVD化されなければ地方に住むものには観る機会がない。もっとどんどん輸入し、DVD化してもらいたい。知られざる傑作はまだまだあるはずだ。

2006年6月18日 (日)

古井戸

1987年 中国 87年11月公開 Kaidan
監督:ウー・ティエンミン
原題:老井
原作: チョン・イー(鄭義)著『老井』 
脚本: チョン・イー 
撮影: チェン・ワンツァイ、チャン・イーモウ 
音楽: シュイ・ヨウフー 
出演:チャン・イーモウ、リャン・ユイジン、ニウ・シンリー
    ルー・リーピン

はじめに
  呉天明(ウー・ティエンミン)監督の「古井戸」。懐かしい映画だ。今観てもまったく色褪せていない。個人的には初めて中国映画をまとめてみた中の1本。文芸座で開催された「中国映画祭‘87」で観たのである。僕の映画自伝「あの頃名画座があった(改訂版)⑧」からその辺の事情を引用しておく。

  何といっても個人的に思い入れが強いのは文芸座で開催された「中国映画祭‘87」である。10月31日から12月1日までの期間で8本が上映された。もちろん8本全部を観た。料金は一般1500円、学生1300円、前売り1200円。初めて観た中国映画はチェン・カイコーの「大閲兵」である。僕にとって思い出深い映画だ。他に「黒砲事件」、「恋愛季節」、「最後の冬」、「死者の訪問」、「スタンド・イン」、「盗馬賊」、「古井戸」を観た。最後の「古井戸」はこの年の第2回東京国際映画祭のグランプリ作品。

  東京国際映画祭は85年の第1回しか観に行っていない。まだ東京にいたにもかかわらず第2回は1度も足を運んでいない。チケットを手に入れるのが面倒だったのか込み合うのを嫌ったのか理由は覚えていない。それはともかく、文芸座で「古井戸」を観たのは87年の11月27日。今から20年近く前になる。情けないことにほとんど忘れていた。あの岩だらけのごつごつした地形、山また山の独特の景観は今回観直して鮮烈に記憶に残ったが、なぜかまったく覚えていなかった。食器を洗う時に使う表面が波状にでこぼこしているスポンジ、その波型を不規則に並べたような地形が見渡す限り続いている奇観。全県山ばかりの長野県でも見たことがない摩訶不思議な景観だ。地面には平べったい石が一面に転がっている。それが全然覚えていない。ただ井戸を掘っていたということと、いい映画だったということしか記憶になかった。いやはや年はとりたくないものだ。

呉天明(ウー・ティエンミン)監督
  監督のウー・ティエンミンは、「北京物語」(87年)の鄭洞天(チェン・トンティエン)監督や「北京の思い出」(82年)の呉胎弓(ウー・タイコン)監督と並ぶ中国第四世代を代表する監督。中国の監督や俳優の場合、名前を思い浮かべるときに最初に漢字が浮かぶかカタカナが浮かぶかで世代が分かる。90年代の半ばごろに表記が漢字からカタカナに変わったので、80年代から知っている世代は漢字が先に浮かび、90年代後半から知った名前はカタカナしか知らない。呉天明(ウー・ティエンミン)、謝晋(シエ・チン)、陳凱歌(チェン・カイコー)、張芸謀(チャン・イーモウ)、田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)などは僕にとって漢字世代。リー・チーシアン(李継賢)、ジャ・ジャンクー(賈樟柯)、アン・フー(胡安)、ポン・シャオレン(彭小蓮)など後の世代は逆に漢字で書かれると誰だか分からない。90年代の前半から半ばにかけては表記がだいぶ揺れている。手書きの映画ノートを見ると、例えば同じ91年に観たものでも「桑の葉」はカタカナ表記だが、同じ韓国映画でも「ディープ・ブルー・ナイト」は漢字表記になっている。香港映画「風の輝く朝に」はカタカナ、台湾映画「冬冬の夏休み」は漢字で、韓国映画「旅人は休まない」は漢字の後に括弧してカタカナを付けている。この三つの形式は95年まで混在したままで続いている。96年以降はカタカナで統一されている。僕のノートで見る限り、この頃が切り替えの年ということだろうか。

  ウー・ティエンミン監督は寡作である。監督作品は「CEO(最高経営責任者)」(02年)、「變臉 この櫂に手をそえて」(95年)、「古井戸」(87年)、「人生」(84年)、「標識のない河の 流れ」(83年)の5本しかない。このうち「CEO」と「人生」は未見。「變臉」はNHKの名作ドラマ「大地の子」で陸一心の育ての親を演じた名優朱旭(チュウ・シュイ)が主演。“變臉"とは「変面」つまり、顔に貼り付けた京劇のような隈取をした面を目にも留まらぬ早業で次々に変えてゆくというもの。両手を使ってやるのだが、1枚ずつ変えているのか最初から何重にも貼り付けてあるのを次々にはがしてゆくのか早すぎて分からない。四川地方に伝わる伝統芸で、まさに仰天もの。一度観たらさすがにこれは忘れない。ただドラマ自体は少々弱いと思った。「標識のない河の流れ」はNHKの教育で観た。もうほとんど覚えていないが、文革時代を背景にしていかだで河を行き来する3人の男たちを描いた作品。ゆったりとした河の流れが心地よいリズムを作っていた。非常に優れた映画だったと記憶している。かつてNHKが地上波で放送していたアジア映画は今となっては実に貴重だ。僕も10本以上ビデオに録画したが(「標識のない河の流れ」も録画してある)、いまだにほとんどDVDになっていない。

「古井戸」
  中国は広い。こういう映画を観るとつくづくそう思う。上海などの都市部では大規模な近代化が進んでおり、古い町並みは次々に壊されている。典型はフルーツ・チャン監督の「ハリウッド・ホンコン」のあの有名な場面。画面の手前には香港の貧民街が映っており、その背後の丘の上にはハリウッドという名の同じ形をした5つの超近代的高層ビルが立ち並んでいる。まさに黒澤明の「天国と地獄」。「わが家の犬は世界一」にも似たような場面があった。僕自身去年出張で大Mado_momizi_01連とフフホトに行ったときに近代化と貧困がすぐ隣に並存している様を実際に見てきた(「中国旅行記 中国の旅は驚きの連続だ」「中国旅行記余話」参照)。

  そうかと思うと、映画館ひとつなく移動映画館がたまにやってくるだけの小さな村があったり(「思い出の夏」)、まともな教育を受けていない代用教員が学校で教えている村があったりする(「あの子を探して」、「子供たちの王様」)。「山の郵便配達」や「小さな中国のお針子」の舞台も相当な山奥である。「最後の冬」(呉子牛監督、86年)にいたってはゴビ砂漠にある、地の果てとも思われる場所に設置された犯罪者労働改造農場が舞台。カラカラに乾いた大地以外文字通り何もない。

  カラカラ度では「古井戸」も負けてはいない。映画の冒頭あたりに天秤棒に桶を提げて水を運ぶシーンが出てくる。「水を汲むのに10キロ」というせりふが出てくるから想像を絶する大変な労働だ。まさに新藤兼人監督の「裸の島」(60年)の世界。中国の山西省の山奥の村が舞台だが、とにかく岩ばかりでカラカラの大地。平たい岩がごろごろ転がっている。山はその平らな岩が重なってできており、家も平らな岩を積み重ねて作ってある。村のいくつかの家系は代々井戸を掘ってきたが、いまだに空井戸ばかり。石灰岩の地層なので井戸を掘り当てるのが難しいのである。

  主人公の家は何代にもわたって井戸を掘り続ける孫一家。犠牲者もこれまでに何人も出してきた。映画の中でもチャン・イーモウ扮する旺泉(ワンチュアン)の父が事故にあう場面が出てくる。井戸に仕掛けた爆薬が不発だったので旺泉の父が井戸にもぐる。中で何か作業をしていたが、カチッカチッと音がしたとたん爆発する。火花が爆薬に引火したのだろう。井戸から炎と埃が吹き上げる場面は覚えていた。真上から覗くように撮っているのでぎょっとする。

  水を運ぶ村人の労働、井戸を掘る作業なども含めて、村での生活がリアルに描かれている。水がなければ生き物は生きてゆけない。ひとつの井戸をめぐって二つの村が対立し、ついには乱闘が起こる場面もある。一揆さながら手に手に鍬や棒切れを持って何十人という両村の男たちが本気で殴りあう。女も加わっている。しかもこの井戸は涸れ井戸なのである。水は出なくても井戸を使う権利を奪い合う。水はそれほど大切なもので、文字通り生命線なのである。一部の地域では水問題は今でも過去の問題となっていない。機械でボーリングすればもっと楽なのだろうが、こういう寒村ではそれだけの資金がない。すべて手掘りなのである。

  村の風俗や風習もリアルに描かれている。「初恋のきた道」でチャン・ツィイーが着ていた厚ぼったくて野暮ったいピンク色の服。この村でも女性はみんな同じような赤かピンクの服を着て、男はブルーの服を着ている。多少でもまともで垢抜けた服を着ているのは町に出て勉強してきた巧英(チャオイン)などのごく一部の人だけである。村で高校を出たのは旺泉と巧英(彼女は大学受験に失敗して村に戻ってきていた)と旺才(ワンツァイ)の外に2、3人いる程度。  そういう村だから当然古いしきたりも残っている。旺泉は巧英と恋仲だが、代々井戸を掘り続けてきた孫家は極度に貧しく、長男である旺泉は無理やり養子に出され、子持ちの寡婦喜鳳と結婚させられる。彼は婿だから毎朝″おまる″(室内便器として使われている壷)の中身を捨てさせられている。不平を言うが聞き入れてもらえない。こういった日常の描写が実にリアルである。

  原作者鄭義の作風はしばしば「グロテスク・リアリズム」と評される。原作の『老井』はかなり幻想的な作品のようだ。映画はかなりリアリスティックな作風に変えてあるが、冒頭の場面は原作を意識したのかそこだけ他とは違う独特の映像効果が施された印象的な映像になっている。画面は真っ暗で真ん中の上半身裸の男だけに一部光が当たっている。男は鉄の杭をハンマーで一心に打ち込んでいる。ひたすらハンマーを振り上げ打ち下ろす動作を繰り返す。男の顔は巧妙に映らないようにされているが、チラッと顔の一部が見える ので主演のチャン・イーモウだと分かる。ただそれだけなのだがぐいぐい引き付けられる力強い映像だった。真っ暗な背景に男の上半身がトルソーのように浮かび上がり、光と影の効果で筋肉の力強い動きが伝わってくる。まるでピカソの彫像が動き出したかのようだ(逆に言えば、優れた彫刻は静止していても動きが見える)。監督になる前に俳優と撮影監督として出発したチャン・イーモウの才能が光る素晴らしい映像美だった。

  チャン・イーモウの撮影監督としての才能は随所に発揮されている。井戸の中から入り口を撮った映像も見事だが、何といっても色の使い方が独特だ。「黄色い大地」、「紅いコーリャン」、「菊豆」、「紅夢」などで黄色や赤が効果的に使われていたが、「古井戸」でも赤が意識的に多用されていた。上記の井戸で爆発事故があった場面の後で、井戸の入り口が映される。被害者を運び上げたときに付いたと思われる血痕が井戸の周りに付着している。その後画面が切り替わり一面真っ赤な背景に被害者の戒名が書かれた白い小さな紙が映る。さらに切り替わるとそれが真っ赤に塗られた棺だと分かる。さらMoon43にその後に真っ赤な夕日が映る。真っ赤な色の棺桶など実際には使われないと思うのだが(他に2回棺が出てくるが、ひとつは白木のまま、もうひとつは黒い棺だった)、チャン・イーモウのこだわりだったのだろう。

  赤い色はいたるところに用いられている。旺泉(チャン・イーモウ)はいつも同じ赤い服を着ているし、旺泉と妻の喜鳳が使う新調した布団も真っ赤だ。色使いの強調もやりすぎるといやみで効果も薄れるが、この映画では実に効果的である。才人チャン・イーモウ、撮影監督としても只者ではない。

  全体としてはリアリズムの手法で作り上げている映画だが、随所にユーモアが盛り込まれている。井戸は両村のものだと記された石碑が残っていて村同士の争いはあっけなく決着が付くのだが、その石碑は何とある老婆の家の便所の敷石に使われていた。「証拠品」が運び込まれたときには相手の村の連中が臭いといって見ようとしない。実に滑稽な場面だった。音楽でも工夫が施されている。井戸掘りに飽きた若い連中が盲目の楽団を呼んで音楽を聴く場面。最初は型どおりの曲を弾いているが、退屈でうずうずしている若者たちはもっと楽しい曲をやれとけしかける。党の指導がどうのこうのと言い訳しながらも楽団はもっと色気のある曲を演奏し始める。軽快な曲に乗って踊りまくる若者たち。朝まで踊っていた。この場面は地味な展開が続くこの映画の中でいいアクセントになっていた。

  さらにストーリー上の工夫は旺泉をめぐる三角関係を織り込んだこと。無理やり結婚させられた喜鳳(ルー・リーピン、高見知佳似)と結婚後も思いを断ち切れない巧英(リャン・ユイジン)の間で旺泉は苦悩する。知的かつ都会的で洗練された巧英と伝統的で保守的だがしっかりとした芯を持った喜鳳。二人の性格もきちんと描き分けている。最初は無理やり婿入りさせられた喜鳳には愛情をもてなかった旺泉だが、ある夜いつまでも抱いてもらえない身を嘆いて喜鳳がベッドで泣き出す。さすがに不憫だと思った旺泉は初めて喜鳳を抱く。ここはいい場面だった。おそらくこの時から妻に対してもほのかな愛情がわいてきただろう。しかし彼は巧英への愛を断ち切れなかった。同じ村で生活しているので喜鳳と巧英はたびたび顔を合わせる。互いに相手を意識していることが微妙に表情に表れる。時には互いの目から火花が散る。

  旺泉と巧英の関係は村では誰でも知っていた。その二人をさらに結びつけたのはやはり井戸掘りだった。対立する村との乱闘の際、旺泉はとっさに井戸に飛び込んで英雄になった。それを県の委員に評価されて、県の水利局で行われる水文地質講習会に出るよう誘われる。講習会を終えた旺泉はたまたま町に出ていた巧英と一緒に村に戻ってくる。彼らはトラクターに乗って村に帰ってくる。おんぼろのトラクターで、しかもついでにタンクに水をたっぷり入れて運んでいるので揺れが激しい。今にもひっくり返りそうで、観ているこちらがはらはらする。後で車が出てくる場面があるが、あのトラクターを見ていたせいか普通の自動車が高級車に見えた。村に着くと人々は一斉にバケツなどを持って水のタンクに群がる。そこに羊の群れが乱入してくる。村人の持っているバケツから羊が遠慮なく水を飲んでゆく。数が多すぎてなかなか羊を追い払えない。村は大混乱。コミカルな場面だが、水は人間だけではなく家畜にとっても不可欠なのだということにはっと気づかされた。秀逸な場面だと思う。そういえばこの村には犬や猫がいなかった。家畜はともかく、犬猫にまで水をまわす余裕がないからだろう。

  ちょっと話が脱線した。引退を間近にした党の支部書記が「辞める前にこの手で井戸を掘り当てたいんだ」と後押ししたこともあって、村は地質学を学んできた旺泉を中心に若者たちを動員して井戸掘りを始める。それに先立って、村で数少ない高卒の旺才と巧英が旺泉を手伝って地質調査を始めた。三人で散々山を歩き回る。最初に触れた山々の眺めはこの場面で映し出されたものである。垂直にそそり立つ絶壁に作られた狭い道を旺泉と巧英がこわごわ進む場面も出てくる。実際にそこで撮ったと思われる映像で、観ているこっちも背筋がぞくぞくするほど怖くなった。

  皮肉な運命によって二人はまた接近してゆく。クライマックスは旺泉と旺才と巧英が井戸に入っているときに起きた落盤事故だ。一瞬画面が真っ暗になる。何も見えない。旺泉がマッチを擦ってやっと見えるようになる。旺泉と巧英は助かったが、旺才は崩れてきた土石の下敷きになってしまった。ランプひとつが光源の暗闇に取り残された二人は、互いの気持ちを確認しあう。そして一度だけ愛し合った。薄暗がりの中で互いに寄り添って横たわる二人の黄色みがかった映像には切なさとはかなさが漂う。非常に美しいシーンだった。

  二人は無事救出された。退院した旺泉はまた井戸のところへ行く。彼はまた井戸掘りを始めた。ラストはさらに掘り進めるための資金を村人に訴える場面。「子孫たちに井戸を掘らせるな」という旺泉の叫びが胸に響く。妻の喜鳳は率先してミシンを提供する。井戸から水が出なかった場合お金は返ってこない。でもだめだったらまた掘ればいいと訴える彼女の言葉もまた感動的だった。巧英も友人を介して持ち物を供出したが、本人は既に村を立ち去っていた。一夜限りの思い出を残して旺泉と巧英の悲恋は終わった。

  最後に村に建てられた石碑が映される。過去の井戸掘削の歴史が長々とつづられている。何度も刻まれる「水はなし」の文字が目に痛い。そして最後の1行が映る。「83年正月に機械式一号井完成 出水量毎時50トン」。長年村を苦しめた労苦はそのとき終わった。

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