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2006年12月29日 (金)

歌え!ロレッタ愛のために

1980年 アメリカ 1981年6月 Yuhi
評価:★★★★★
原題:Coal Miner's Daughter
監督:マイケル・アプテッド
製作:バーナード・シュワルツ
原案:ロレッタ・リン、ジョージ・ヴェクシー
脚本:トム・リックマン
撮影:ラルフ・ボード
音楽:オーエン・ブラッドレー
出演:シシー・スペイセク、トミー・リー・ジョーンズ、ビヴァリー・ダンジェロ
   レヴォン・ヘルム、フィリス・ボーエン

  期待をはるかに上回る傑作。最初は短評で扱うつもりだったが、あまりに素晴らしいのでやや短めのレビューに変えた。観ている間ずっとこれはいい映画だと感じ続けていた。迷わず満点を献上。シシー・スペイセクが全曲自分で歌っている。文句なしに素晴らしい。「ビヨンドtheシー」をはるかに上回る出来である。シシー・スペイセクも「リトル・ヴォイス」のジェイン・ホロックスより魅力的だ。ロレッタと夫ドゥーの、波乱を含みながらも決して切れることのなかった絆の描き方も感動的。ドゥーを演じたトミー・リー・ジョーンズはさすがに若いが、やはり存在感のあるうまい俳優だと思った。13歳から恐らく20代後半あたりまでを演じ分けたシシー・スペイセクはそれを上回る出来(13歳を演じて特に違和感を感じさせないところがいかにもシシー・スペイセクらしい)。アカデミー主演女優賞は当然過ぎるほどの結果である。最近の「スタンドアップ」でもいい演技をしていたが、主演級の作品が少ないのがさびしい。さすがに年を取ったし、美人女優ではないからだろう。出演作品で見る限り彼女の絶頂期は80年代である。しかし1949年生まれだからまだ50代半ば。これだけ才能のある女優に90年代以降十分な活躍の場を与えていないとは何たることか。不器用で突出した演技力があるわけでもない笠智衆という無骨な素材からその独特の持ち味を最大限に引き出し、自分の作品になくてはならない存在に出来たのは小津安二郎だけだったように、シシー・スペイセクの魅力と才能を最大限に引き出せたのはこの作品だけだったように思う。惜しいことだ。

  「歌え!ロレッタ愛のために」はカントリー・アンド・ウェスタンの大歌手で、シンガー・ソングライターでもあるロレッタ・リンの伝記映画である。原作はロレッタ・リンとジョージ・ベクシーによるリンの自伝。大歌手といっても日本ではカントリー・ミュージックはあまり人気がないのでなじみのない人かもしれない。ディクシー・チックスやリアン・ライムスが大好きな僕でもさすがにこの時代の曲は滅多に聞かない。しかしこの映画を観て、この時代のカントリーも悪くないと思った。

  「炭鉱夫の娘」という原題どおり、冒頭は炭鉱町とそこに住む炭鉱夫一家の様子が丁寧に描かれる。ケンタッキー州の炭鉱町ブッチャー・ホラー。ロレッタ (シシー・スペイセク)は炭抗夫の父テッド(レヴォン・ヘルム、こんな前から映画に出てたんだ!)、母クララ(フィリス・ボーエンズ)の長女。下に弟と妹が7人もいるという総勢10人の大家族。もうすぐ14歳になる13歳のロレッタは家族に愛され特に不自由も不満もなく暮らしている。しかし炭鉱以外には何もない町だ。酒の密売をしている男がドゥーに言った「ドゥー、山で生まれたら道は3つだぜ。石炭を掘るか、酒を売るか、山を下りるかだ」という言葉がそれをよく表現している。

  「五線譜のラブレター」や「ビヨンドtheシー」などと比べて特徴的なのは、ショービジネス界の華やかさよりむしろ無名の主婦歌手を売り込む段階に時間を割き、ツアーの過酷さ(ロレッタは過労で倒れ一時休業する)をしっかり描いていることである。そして何より感銘深いのは、彼女が6人もの子供を抱える主婦であり炭鉱夫の娘であることを終始意識させていることである。舞台で歌っているシシー・スペイセクはもちろん素晴らしい。しかしこの映画は終始一貫彼女を華やかなスターとして描かなかった。これは賞賛に値する。この映画がドラマとして優れているのはそのためだ。

  ロレッタはドゥーことドゥーリトル(トミー・リー・ジョーンズ)の性急さもあって13歳で結婚する。なにしろドゥーはいきなりロレッタの家に乗り込み、初めて正式に挨拶するロレッタの両親に向って明日ロレッタと結婚させてくれと頼み込むのだ。母親に聞くと「夫に聞いて」と言われ、父親に聞くと「妻に聞いてくれ」と言われ、何度もたらいまわしにされる。このあたりはドゥーの性格Wedd001 がよく出ていて面白い。しかし結婚はしたものの料理は下手、セックスを怖がる(13歳だから無理もない)ですぐ夫婦仲は悪くなる。ドゥーは一人ワシントン州の牧場で働きに行くことになり、妊娠していたロレッタは後から行くことになる。ロレッタがワシントン州へ向う時の、父と駅で抱き合う場面がいい。「いつの間にか大きくなった。昔のお前はもういない。」「次に会うときは母親だな。」列車での別れはお決まりのパターンだが、無口で純朴な父親の優しさと寂しさが伝わってきて実に感動的だ。父親は死に際に娘や孫たちに会うことはなかった(はっきり描かれていないが、ひょっとしたら一度もその後会っていなかったのかも知れない)。結婚を許可した時の言葉、「2つだけ約束しろ。決して殴らず、遠いところへは連れてくな」をこのシーンに重ねてみると、死ぬ前に「娘と会いたかった」と何度も漏らしていたという父のさびしい気持ちが痛いほど伝わってくる。

  駅のすぐ次の場面がまたうまい。いきなり数年時間が飛んでいて、料理をしているロレッタの横に子供がいる。さらにキャメラがパンするとまた子供がいる。こんな風に子供が一人ずつ画面に映り、結局4人もいることが分かる(ロレッタはまだ18歳)。おいおいこんなにいるのかとびっくりさせる演出がうまい。大家族の家系なのだ(この後さらに双子を産んでいる!!)。

  炭鉱関連のエピソードとして、もう一つ駅の場面で印象的なシーンがある。汽車を待っている間身重のロレッタは体重計に乗って体重を計る。その後父にも乗れというが、父は「ムダだよ、どこまでが私でどこまでが石炭粉か分からん」と答える。「フラガール」で引用した『ジェルミナール』の一節を連想させられる。炭鉱の仕事は人体を蝕む。父親は常々頭痛がすると言っていた。炭鉱夫の娘を意識させる場面は他にもある。妻が華々しく活躍する陰で荒れて酒びたりになった夫ドゥーのせりふ、「頭が痛いだろ?お父さんの頭痛の原因は石炭粉だった。君には俺だな。」そしてラストシーン、復帰後の舞台で歌う歌。そのタイトルは「炭鉱夫の娘」だった。

 素晴らしいのはシシー・スペイセクばかりではない。夫役のトミー・リー・ジョーンズの存在が大きい。この2人は浮気をしたりけんかをしたりしながらも最後まで互いを支えあった、そういう描き方が素晴らしい。ドゥーの破天荒な性格を彼はよく演じている。例えば最初に彼が登場する場面。軍を除隊したばかりのドゥーがジープでボタ山のような丘の急な坂を登りきれるかどうか賭けをして、見事に勝ってしまうのだ。周りの連中は「クレイジーだ」とあきれている。ロレッタはそれまで会ったことのないタイプのドゥーに惹かれてしまう。

 普通の主婦がカントリー歌手になるきっかけもいい。誕生日のプレゼントにドゥーがギターを買ってくるのだ。「なぜギターなの?」「君の歌が好きだから。」実にシンプルでいいせりふだ。その後の売込みがすごい。2人で車に乗って次々にラジオ放送局に直接乗り込んで売り込む。このあたりの無鉄砲さが笑いを生んでいいリズムを作っている。音楽業界のことをよく知っているような口を利きながら、デモ版として作ったI'm a Honky-Tonk Girlがいきなりチャートの14位に入ったと言われてドゥーはぽかんとしている。チャートのことを知らなかったのだ。抜かりがないようでいて案外すっとぼけたところがある、そんな描き方が可笑しい。

 売れ始めてからは順風満帆な展開。あまりに順調なので憧れのグランド・オプリで歌うことになったときにロレッタが緊張してしまう。「恐いわ、下積みの苦労をしていないから」と漏らすロレッタにドゥーが言ったのは一言「後でしろ」。この大舞台を乗り切るともう恐いものはない。ついには当時一番人気のパッツィ・クライン(ビバリー・ダンジェロ)と知り合い、ジョイントでツアーに出るまでになる。しかし妻が売れて行けば行くほどマネージャー役のドゥーの存在感が薄れ、彼は酒におぼれて荒れてゆく。しかし彼は自分で立ち直った。上に引用した「俺はお前の頭痛の種だ」というせりふの後に、ドゥーはロレッタに結婚以来彼女の夢だった指輪を贈った。

 崩れそうで崩れない2人の関係。父が死んで落ち込むロレッタを支えたのも、ツアーの過密スケジュールと緊張で倒れた彼女を支えたのもドゥーだった。喧嘩もするけどすぐ仲直り。ラストでドゥーがロレッタを車に乗せて景色のいい丘の上に連れてゆく。そこに新しい家を建てようとドゥーが提案する。すでにヒモで仕切って部屋割りも出来ている。ロレッタは怒り出す。「何でも自分ひとりで勝手に決めないでよ。」こんな山の中に家を建てるなんて冗談じゃないと怒っているのかと思ったら、「寝室がこっち向きでは朝日がまぶしいじゃないの」とのご指摘。尚もああだこうだと言いながら車に戻ってゆく。そんな夫婦なのだ。

[追記]
 ロレッタ・リン(ロレッタは女優のロレッタ・ヤングから取った名前)の最盛期は60年代。70年代に活躍したタニヤ・タッカーやドリー・パートンのひとつ前の世代である。炭鉱夫の娘という出自も関係していると思うが、彼女は60年代のウーマン・リブ運動のシンボルでもあった。カントリーという地味なジャンルではあるが、当時のカリスマ女性ヴォーカリストであったジャニス・ジョプリンや「ジェファーソン・エアプレイン」のグレース・スリックとはまた違った意味で影響力を持っていた。歌手としてはパッツィ・クラインの方が上だったかもしれないが、作詞作曲の能力を持っていた点がロレッタの強みである。

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コメント

OBWさん コメントありがとうございます。

これが本当のシシー・スペイセクだと思いましたね。丁度一時的に映画を観る本数が激減していた頃の作品だったので、やっと今頃観ることができました。いい映画は何年たっても色あせませんね。

よいお年をお迎えください。

懐かしい映画ですね~。シシー・スペイセクの若かりし頃の1作。
またみてみたくなりました。

よいお年を♪

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