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2006年10月23日 (月)

僕が9歳だったころ

2004年 韓国 2006年2月公開 Fullmoon1
評価:★★★★
監督:ユン・イノ
原作:ウイ・ギチョル「9歳の人生」(河出書房新社刊)
脚本:イ・マニ
音楽:ノ・ヨンシム
出演:キム・ソク、イ・セヨン、チョン・ソンギョン、ナ・アヒョン
    チュ・ドンムン、チ・デハン、キム・ミョンジェ、アン・ネサン
    チョン・エヨン、ソ・ジノン

  久々の韓国映画。調べてみたら3月に「復讐者に憐れみを」「マラソン」を続けて観て以来。7ヶ月ぶりだ。最近の韓国映画は数が多すぎて何を観ていいのか分からない。どれも同じように思えてしまうので始末が悪い。これは山ほどある恋愛ものとは違っているので借りてみた。ある程度期待していたがなかなかの出来。よくあるガキ大将と転校生の話でパターン通りだが、それに親子の愛情、70年代初頭というノスタルジー味を加えているだけによく出来た映画に仕上がっている。なんといっても子供たちが素晴らしい。実に自然で全く違和感がなかった。

  前に韓国映画を観ていると日本と同じだと思うことがたくさん出てくると書いたことがある。この映画でもそうだった。70年代初頭の韓国の小学校は60年代に小学校時代を過ごした僕の経験とかなり重なる。やたらと生徒を叱り飛ばす怖い担任の先生。罰の与え方も似ている。いたずらした生徒を教壇の前に並ばせて物差しでピシピシと頭をたたく。これが結構痛い。笑ったのは廊下に正座させる罰。僕もよく先生に叱られて廊下に座らされた。僕の場合は机の上蓋(上蓋がはずせた)を両手で持って頭の上に高々と掲げた姿勢で(上蓋を持って万歳しているような格好)正座させられるというものだった。韓国の方はもっとみっともない。自分の靴の片方を頭の上に載せ、もう片方を口にくわえて、両手を挙げて廊下に正座させられている。こりゃあ、完全なさらし者だ。僕の受けた罰は苦痛を感じさせるものだが、韓国の方は屈辱を感じさせるものだ。

 原作小説の邦題が『9歳の人生』となっているのが示唆的である。韓国語の原題が同じなのか分からないが、この映画には確かに「人生」を感じさせるものがある。9歳といえばまだまだ子供だから、「人生」という言葉には当然ギャップがある。子供たちは実に自然なのだが、実年齢より若干年上に設定されているようだ。あるいは大人の願望が込められているといってもいいだろう。そのあたりは監督自身がはっきり語っている。

  実は、この本が出版されてから9年ぐらいは埋もれた存在で、知っている人だけが知っている本だったんですけど、最近になってTVで紹介されて、多くの人が読むようになりました。私自身は今から3年ぐらい前に、作家本人とお会いして、本をいただきました。しかし最初は全然読まなくて本棚にずっと置いてありました(笑)。何カ月か過ぎて、ふと手にとって読んでみると、「こんないい本があるんだ」と。幼い頃に戻りたいという気持ちは、私以外の人もみんな持っているのではないかと思います。現実ではあの頃に戻ることはできませんが、映画の中でなら戻ることができる。そういう思いから映画を作ることになりました。 
eiga.comのインタビューより)

  つまり、ここに描かれているのは「あの時こうだったら」という思いが込められた理想の子供像なのである。喧嘩が強く、頭もいいが、決してそれを自慢することもなく常にクール。かつ絵が上手で、親思い。主人公のヨミンはそんな男の子として描かれている。その彼の学校に転校してきた都会育ちの高慢な美少女。ギクシャクしながらも、付かず離れずの関係が続き、最期は美少女がまた転校して行く。切ない別れと、別れの後に届いた手紙。まさに絵に描いたような展開だ。「ALWAY三丁目の夕日」が昔を懐かしむ時に思い出される典型的なものを総動員した「作られた懐かしさ」の映画だとすれば、「僕が9歳だったころ」はそれを学校生活や淡い初恋などに絞った「作られた懐かしい少年時代」の映画である。いかにもこういう子供時代をすごせたらよかったなあという作りの映画なのだ。

  人間は社会的存在だから、社会状況に応じて人間の意識も変わる。日本でも終戦直後の混乱の時期は子供も大人びていた。親がいなかったり、いても頼れなかったり、事情は様々だろうが子供も生き延びるためには大人にならざるを得ない。当時の写真を見ると、小学生くらいの子供がタバコを吸っている姿は珍しくない。石川サブロウの傑作漫画『天(そら)より高く』(原作半村良)はまさにその時代をたくましく生きた戦災孤児たちを描いたものである。そこには文字通り「人生」があった。

  「僕が9歳だったころ」が描いているのは1970年代初頭だから時代はもっと下るが、日本の50年代後半から60年代の感覚に近いだろう。しかも舞台はソウルのような都会ではなく釜山近郊の小さな村である。今よりずっと貧しい時代であり、家族の絆は今よりずっと強く、当然子供たちは今よりずっと大人びていた。子供の世界にも社会や大人の世界が否応なく反映している。その1つが貧しさだ。主人公ヨミン(キム・ソク)が母親に連れられて新しい靴を買いにゆく場面がある。最初は愛想のよかった靴屋の主人が、ヨミンの母(チョン・ソンギョン)の右目が白くにごっているのを見て急に態度を変え、「朝から縁起が悪い」と靴を売るのを断り二人を追い払ってしまう。障害者に対する差別と偏見が露骨に出ている。後で明らかになるが、ヨミンの母親は昔インク工場で働いていた時、誤って薬品が目に入ってしまった。たが貧しくて病院に行けなかったのである。

  たびたび母親が世間から冷たくされているのを見てきたのだろう、ヨミンは「俺が金を稼いで目を治してあげるんだ」という思いでひそかにバイトをして金をためている。この気持ちが泣かせるが、昔はこういう感情は珍しくなかった。みんなが貧しかったから自然に助け合う気持ちがあったのである。少ないものを奪い合うのではなく、むしろ分け合っていた。子供も子供ながらに色々な「大人の」事情を察知していた。だから昔の子供は今の子供より遥かにませていた。小学生から塾通いなどというばかげた風習もなく、学校が終われば遊ぶことしか頭になかった。自然に子供たちの「社会」が生まれ、仲間の間のルールを学び、先輩からいろんなことを教えられた。けんかをしたり仲直りをしたりして成長していったものだ。

  ヨミンは母親にサングラスを買ってやろうという思いでアルバイトをしている。何と彼がやっているのはアイスクリームの街頭売りとトイレの汲み取りのバケツの数を数える「仕事」である。前者は懐かしいという気持ちで観られるが、後者には仰天した。トイレからバケツ何杯分汲み取ったかを数える(数によって料金が変わるのだろう)仕事があったとは!タップンタップンと肥え桶を天秤棒で担いで行く業者、それを傍で見ながら数を数えている子供。これほど時代を伝える「絵」はない。そういう時代だったのだ。

  映画のスタッフたちはこの時代を再現することに多大な努力を注いだそうである。トタン屋根の粗末な家など当時の風景が見事にスクリーンによみがえっている。ただ、その中を走り回っている子供たちは、上記の監督インタビューにあるように、理想化された子供たちである。ある意味で作り物の世界だともいえる。にもかかわらず、この映画には「ALWAY三丁目の夕日」同様、それと分かっていてもその甘美な世界に身を任せたいと043205_3 思わせる魅力がある。そう思わせるのは、上にも書いたように子供たちが実に自然に振舞っているからである。この自然さがこの映画の命である。これ見よがしのあざとさがない。ヨミンのけなげさには共感せざるを得ないし、「アメリカ帰り」の触れ込みで転校してきたウリムが田舎の子供には輝かんばかりに見え、一気にクラスの人気を独り占めにしてしまうあたりも実にリアルだ。そのウリムに大好きなヨミンを奪われ、ウリムに嫉妬するおかっぱ頭のクムボク(ナ・アヒョン)の気持ちも痛いほど伝わってくる。中でも、このナ・アヒョンという子役の演技の自然さは「演技」していることすら感じさせないもので驚嘆に値する。周りが寄ってたかって弄繰り回さなければ、将来とてつもない名女優になるかもしれない(女優を志すかどうか分からないが)。役柄としても美少女ウリム以上に魅力的なキャラクターだ。

  ヨミンとクムボクにはもう一人ギジョン(キム・ミョンジェ)という仲間がいる。この仲良し三人組の中ではギジョンの印象が一番薄い。しかしこれは子役の問題ではなく役柄の問題である。原作では嘘をつきまくる屈折したキャラクターになっているようだが、映画では普通の少年にしてしまったために個性が消え、ヨミンの陰に隠れてしまっている。この三人組の間に溝を作ってしまう典型的な美少女ウリム(イ・セヨン)は見るからに鼻に付く役柄だが、すねた表情やあきれたように横目でヨミンをにらむ表情などが実に様になっていて、「下妻物語」の深田恭子をほうふつとさせる。ただ、一見傲慢でわがままだが父親に対する深い心の傷を隠し持っているという設定はありきたりだ。最後の手紙もいかにも作ったような「泣かせる」せりふである。しかし日本のお気軽ドラマ「白鳥麗子でございます」のようなわざとらしさはない。演じたイ・セヨンものびのび育てば人気女優になるだろう。

  メインのストーリーはヨミンとウリムの「恋の駆け引き」だが、その対になるサブストーリーとして「小部屋の哲学者」パルボンが美人ピアノ教師に寄せる片思いのエピソードが差し挟まれている。このエピソードは原作ではもっと描きこまれているのかもしれないが、映画ではややもてあまし気味だ。いっそなくてもよかったという指摘すらある。それでもカットしなかったのはヨミンの成長に重要なかかわりを持っているからだろう。親のしつけも子供の成長に大きな影響を与えるが、煙たい親よりも往々にして他人から大きな影響を得ることはよくあることだ。パルボンを通じてヨミンは大人の世界の一端を垣間見るのである。パルボンとヨミンの接点は手紙だ。ピアノの美人教師に片思いをしているパルボンはヨミンに恋文を運ぶ「恋のキューピッド」の役を頼む。しかし返事は連れないものだったのだろう。憤激のあまり「あの女は俗物だ」、「俗物を憎めない俺は本当の俗物だ」と叫ぶ彼をヨミンは不思議そうに見ている。いかにも70年代らしいクサイせりふに思わず失笑してしまう(いたよなあ、そんな奴)。パルボンからなぜ直接会って言うのではなく手紙を書くのか話して聞かされたヨミンは、自分もウリムに手紙を書いてみようと思いつく。しかしウリムがその匿名の手紙を教師に渡したために、ヨミンは教室の前でその手紙を読まされる羽目に。ありがちな展開だが悪くはない。

  しかしこんなことではめげないところがすごい。クールなガキ大将ヨミン、見上げた奴だ。まあこんな感じで、二人の間はうまくいきそうになるかと思えば思わぬ展開でだめになるということの繰り返しだ。好きな気持ちを素直に表せない意地っ張りなところは男なら誰しも経験済みのことで、それはそれで結構リアルだ。川でおぼれかけたウリムをヨミンが助けるというありがちな展開の後で、「礼なんかいい。″男は女を守れ″と父さんに教わったからだ。お前を好きだからじゃない」と精一杯強がるあたりは苦笑してしまう。型どおりの展開だが、考えてみれば小学生の「恋」なんてそんなものだ。惹かれる思いと強がりの綱引き状態。男の子も女の子も経験不足で、戸惑うばかり。

  この型通りの展開を救っているのが、ウリムにヨミンを取られて憤懣やるかたないクムボクの存在。何かとウリムに突っかかる。やがてウリムがアメリカに住んでいたというのは真っ赤な嘘だと知ってしまうが、ウリムを気遣うヨミンに口止めされてしまう。憎くて憎くて仕方がないのに大好きなヨミンとの約束を破ることは出来ない。彼女の内心の葛藤はいかばかりだったか。しかしついに我慢の限界を超えてしまい、ウリムとつかみ合いになる。このお茶目で気が強そうな田舎娘がどれだけこの映画を引き締めているか。繰り返すが、本当にすごい子だ。

  もう1つ、ところどころに挿入されるユーモアの味付けも忘れてはいけない。絵心のあるヨミンが絵のコンクールか何かで入賞したときのエピソードが傑作である。担任の教師(アン・ネサン)とヨミンが校長先生(チェ・ソン)にお褒めの言葉をもらっている。絵もさることながら校長は「夢をつかむ子」というタイトルにいたくご満悦の様子。担任教師も調子に乗って、常日頃から子供たちには夢を持つよう指導していますからと抜け目なく自己アピール(実際はそんなことしていない)。校長がどこからこのタイトルを思いついたのかねと聞くと、ヨミンは「のろまな子(クムルデヌン)」と書くつもりが間違って「夢をつかむ子(クムルタヌン)」と書いてしまったとあっさり答える。妹を描いた絵だったのである。恥ずかしさに縮こまる思いで座っている担任教師の神妙な顔が実に滑稽だ。『ちびまる子ちゃん』なら顔中に縦線が入っているところだろう。何とも痛快な場面である。

  もちろん韓国映画だから「泣かせ」のポイントもふんだんに盛り込まれている。例えばウリムの転校の挨拶で明かされる彼女の「秘密」、転校したウリムから届いた手紙(「名前を明かせる女」という署名がいい)。だが何といっても圧巻なのは、親に黙ってお金を稼いでいたヨミンを母親が折檻する場面だ。ズボンの裾を捲り上げさせて木の枝でふくらはぎを容赦なくたたく。身をよじって痛がるヨミンの姿が真に迫っている。やがてヨミンが金を稼いでいた理由が母親にも分かり二人は抱き合って泣く。非常に感動的な場面だが、不思議なほど感情を排して冷静に描かれているように感じる。典型的な「泣かせ」の場面だが、「さあ泣いてください」という演出ではない。母親は本気で折檻しており、ヨミンは本当に痛がっている。ヨミンはあまりの痛さに思わずお金の目的を「白状」してしまうが、お金を稼いでいる理由を知っても、母親は「私のことがそんなに恥ずかしいのか」とすぐには折檻の手を休めない。母を思う心と、子を思う心、世間からいじめられている母親を見たくないという気持ちと、安易に同情されたくない、子供を働かせるほど困っていると世間に思われたくないという気持ちが本気でぶつかり合っている。涙をしぼる場面というよりもむしろ鬼気迫る場面だった。そういう描き方になっている。単なるお涙頂戴的演出では到達できない境地、素晴らしい演出だった。

  貧しかったあのころ。しかし幸福感に満ちていた。いや、実際は苦労の連続だったに違いない。しかしだからこそささやかな幸せが本当に心に沁みるのである。思い出の中の過去とは自分が子供だった頃である。大人の苦労を知らず、親に守られていたことにも気づかずに僕らは一心に遊んでいた。思い出がセピア色に美しく定着してしまうのはノスタルジア効果である。「僕が9歳だったころ」はたぶんにそのノスタルジア効果に乗った作品ではあるが、しかしただ甘く切なく過去を描いただけではない。背伸びした子供たちが垣間見た大人の世界(引きこもり哲学者パルボンは結局自殺してしまう)、子供同士あるいは子供と親が本気でぶつかり合う姿も描いている。今は希薄になってしまった家族愛や他人を思いやる心を「泣かせ」路線に走ることなく描き出したこと、美少女を登場させながらもただ「視覚的に」楽しませる演出にはしなかったこと、田舎の純朴な子供たちに存分に活躍の場を与えたこと、これらはすべて、美男美女が美しく映し出される「韓流」映画に対するアンチテーゼなのである。

  ユン・イノ監督はこの作品の前に「バリケード」と「マヨネーズ」を撮っている。どちらも高く評価されているようだが、日本で公開されたのは3作目の「僕が9歳だったころ」が最初でTyo4300_1 ある。前の2作がどんな作品なのか気になるところだ。「僕が9歳だったころ」は子供たちが主役なのでだいぶ気を遣ったようだ。合宿をして子供たち同士、そして子供たちとスタッフが仲良くなるよう努めたという。また、韓国語が分からないので観ている間は気づかなかったが、子供たちはみな方言を話していて、ソウルから来たウリムだけが都会の言葉で話していたそうである。当時の風俗や建物、子供たちの遊びなどかなり時代考証にもこだわった。映画の冒頭、ヨミンと母親が仕事に出かける父親を家の前で見送る場面などは、日本ではもう観られなくなってしまった光景だ。自分では経験したことはないが(実家は自営業)、なぜか懐かしかった。

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コメント

やまさん TB&コメントありがとうございます。

監督自身も実際にはあんな感心な子供はいないと言っていますが、確かにそのとおりでしょう。でもこうして映画に描かれるとそのけなげさに共感してしまいますね。

人間の一生は子供時代をどう過ごすかでかなりの程度決まってしまうのではないでしょうか。今のように子供の頃から重圧背負って生きてりゃあまともに育つはずないですよ。

TB有難うございます。

「ALWAYS」と比較されますが、僕はこちらの方が良かったです。
そうですよね、こんな子供になりたかったですね。
喧嘩は強く、仲間を助ける意識もあり、硬派なガキ大将。
あこがれます。

また、宜しくお願いします。

wakoさん TB&コメントありがとうございます。

ストーリー自体はありがちな話なのですが、いわゆる「韓流」とは違う、あざといところがあまりない素朴な映画でした。子供たちの揺れ動く心が丁寧につづられていて共感してしまいますね。

時々また覗いてみてください。

TBありがとうございました。
私はこの映画、型どおりの韓国映画でなく、丁寧に描写していてとても気に入った作品だったので、ゴブリンさんのレビューを読んでもう一度観たくなってきました。

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