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2006年8月 1日 (火)

スパングリッシュ

2004年 アメリカ 2006年1月公開
脚本・監督:ジェームズ・L・ブルックス
製作:ジェームズ・L・ブルックス、リチャード・サカイ、ジュリ一・アンセル
製作総指揮:ジョアン・ブラッドショウ、クリスティ・ハウベッガー
撮影監督:ジョン・シール ACS,ASC
音楽:ハンス・ジマー
衣装デザイナー:シェイ・カンリフ、ルイーズ・ミンゲンバック
アソシエイト・プロデューサー:マリア・カヴァーノ
編集:リチャード・マ一クス
美術監督:アイダ・ランダム
出演:パズ・ヴェガ、アダム・サンドラー、ティア・レオーニ、クロリス・リーチマン
    シェルビー・ブルース、サラ・スティール、イアン・ハイランド
    アンジェラ・ゴーサルズ、トーマス・ヘイデン・チャーチ

Photo_3   今回もまたまたアメリカ映画。HPとブログを始めて以来これだけ続けてアメリカ映画を観るのは初めてだろう。つい5、6年前までは珍しくなかったことだが、この2、3年は努力しなければアメリカ映画を観なくなっていた。昨年の9月11日に書いた「サイドウェイ」のレビューの最初の1行は「久々に見たアメリカ映画。とにかく久しぶりに何かアメリカ映画を観てみようと意識して探していたから目に付いたのである」。同11月2日の「マシニスト」の冒頭は「久々にアメリカの娯楽映画を観た。本当にこの手のアメリカ映画は著しく質が落ちた。観たいのに観たくなる映画がないのだからどうしようもない」となっている。それが努力しないでも自然に良さそうなものを選べばアメリカ映画に当たるという状況になったのだから、本格的に好調さが戻ってきたということだろう。

  「スパングリッシュ」は公開時ほとんど注目もされずに終わったようだ。大スターも出演していないし派手な演出があるわけでもない地味な映画だからもともと大ヒットは望むべくもない。しかし観客動員数は映画の良し悪しの指標ではない。「スパングリッシュ」は埋もれさせておくにはもったいない優れた映画である。

  監督はジェームズ・L・ブルックス。「愛と追憶の日々」(1983)、「ブロードキャスト・ニュース」(1987)、「恋愛小説家」(1997)に続いて彼の映画を観るはこれが4本目。寡作だが、平均して水準の高い作品を作り続けている。「恋愛小説家」と並んで「スパングリッシュ」は彼の代表作になるだろう。

  夫と別れて娘のクリスティーナ(シェルビー・ブルース)と二人で暮らすフロール(パズ・ヴェガ)。彼女は生活のため祖国メキシコを捨てアメリカに渡る。入国は「エコノミークラス」だったとクリスティーナが語っているからおそらく密入国だ。二人はテキサス以上にヒスパニックが多いロサジェゼルス(住民の48%がヒスパニック系)に住み着く。クリスティーナの言葉を借りると「角を曲がるとそこは故郷でした」。母のいとこのモニカのところで世話になる。やがて「一つの仕事で週450ドル稼ぐためにアメリカに渡ってから初めて母は”外国”に足を踏み入れる。」フロールはレストランを営むクラスキー家のハウスキーパーとして働くことになる。

  ここから本格的にストーリーが展開していくのだが、最初にこの映画の主題をはっきりさせておくのがいいだろう。「スパングリッシュ」というタイトルではあるが「言葉の壁」がテーマではない。主人公のフロールは最初英語を話せなかった。あるきっかけから積極的に英語を学び始める。その結果ある程度話せるようになったが、そうすることでアメリカを積極的に受け入れはしなかった。言葉がある程度できるようになっても、彼女とアメリカ文化との間には最後まで埋まらない溝があった。フロールはコミュニケーションを取るために仕方なく英語を学んだのであって、最後まで自分の信念は捨てなかった。この映画のテーマは信念であり、その信念あるいは価値観の背後にある文化の重みである。

  監督自身はこの映画の主題を次のように語っている。「異文化が理解し合える点とそうでない点を描いた。この二人(ジョンとフロール)が分かり合える点の一つが子供の問題だ。」「この映画は道徳的な品位の美しさをうたっている。ジョンとフロールの関係にそれを見ることができる」(DVDの付属映像より)。確かにこの映画は異文化の出会いと衝突を描いている。クリスティーナがナレーションで次のように言っている。「一つ屋根の下には社会が存在しました。無意識のうちに主人と使用人が互いを傷つけ合い、ふとしたきっかけで傷が露呈したのです。」

  ひとつの家に二つの社会(文化)が同居し、それがちょっとしたことでぶつかり合う。互いに無意識のうちに自分の育った文化に基づいて行動するからだ。クラスキー家に入り込んだのが日本人だったらこうはならなかっただろう。長いものに巻かれる日本人、自己主張をしないことで人間関係を保つ日本人なら衝突は避ける。むしろ外国の文化を自国のものよりいいと考えてしまう日本人はアメリカに少しでも早く同化し、英語を話せるようになりたいと考えるだろう。しかしフロールは違った。彼女はいちいち自分の方針に合わないことには抗議する。アメリカはあくまで「外国」であり、アメリカに住みながらも自分たちのラテンの血と文化と価値観を守ろうとする。これは彼女のはっきりとした信念だった。クリスティーナも冒頭のナレーションで、母は「私のラテン的要素が根付くまでメキシコにとどまった」と語っている。国を離れたが、「以来母が”私のメキシコ”」になったのである。フロールは一人のメキシコ人女性として描かれているが、「社会」という表現に表れている様に、彼女には個人を超えた象徴的な意味合いも込められている。

  この主題がよりはっきりと語られる場面がある。クラスキー家の主婦デボラ(ティア・レオーニ)が勝手にクリスティーナを学校に入れる話を進めてしまう。フロールは悩む。彼女はデボラの夫ジョン(アダム・サンドラー)に相談する。「学校に行かせれば2つに1つ。教室であの子だけ変か、他の子に自分を似せてゆくかだわ。」これにジョンは次のように応える。「バーニーの時もそう思った。”変か、同じか”なら変な方がいい。」フロール「まったく同感だわ。」

Kabin1   自らのアイデンティティを捨ててアメリカに同化するのか、たとえ「変」だと見られても自分の育ってきた文化や価値観の根幹の部分を失うまいとするのか。この映画の中で問われているのはまさにこの選択である。ブルックス監督が言うようにジョンとフロールはこの点では同意できる。ジョンは、親が子供のことを心配するのは当然だ、それは親の仕事だとフロールの悩みに共感を示す。フロールは不思議そうにジョンに問う。「人の悩みを理解できる男性は初めて。なぜそう育ったの?」いきなりそう聞かれても簡単に答えられるものではない。ジョンはあっさりと「さあね」と答える。

  しかし物分りのいいジョンとは理解し合えるが、自分勝手なデボラとはしょっちゅう衝突することになる。デボラが築いた夢の城、それがデボラの家だ。採用の面接のためクラスキー家を訪れた時、案内してきたモニカ(フロールの従姉妹)が透明なガラスに気がつかず、思い切り鼻をぶつけて鼻血を出す。曇りひとつなくピカピカに磨き上げたデボラの城。あるいはフロールが初日に出会ったクラスキー家の最新式コーヒーメーカー。まるでロボットのように見えた。

  デボラは郊外に住むアメリカの中流家庭の典型的主婦として描かれている。もちろんかなり誇張されているが、きちんとポイントを抑えた上で誇張されている。バーニー(サラ・スティール)とジョージーという娘と息子の母親。しかし彼女の子育ては物を与え、自分の価 値観を押し付けてただ厳しくするだけ。冒頭の辺りで出てくる場面が面白い。朝ジョンが子供の部屋を覗いてそろそろ起きる準備をしろと言う。起きろとは言わない。そういう気持ちになるだけでいいと。しばらくしてようやく「起きろ」と言う。これにデボラがむくれる。それでは厳しくしている自分がまるで悪役ではないかと。クラスキー家では一事が万事この通りである。なんでも自分の思い通りにしなければ気がすまないデボラ。気が優しくてたいていのことは受け入れてしまうジョン。デボラは自分の価値観を周りの人に押し付ける。ひたすらジョギングをして自分の体型を維持することに夢中だ。その走り方も「邪魔よ、邪魔」とばかりに他人を蹴散らして走っている。経済観念もかなり放漫だ。フロールは週450ドルもらえればいいと思っていたのだが、デボラは650ドルで手を打ってしまう(最初の出会いの場面は傑作、フロールの発音で一騒動を巻き起こす)。

  他人の感情を無視して自分勝手に行動してしまうデボラの典型的エピソードが別に用意されている。ある時デボラが娘のバーニーに服を買ってくる。大喜びする娘。しかしすべてMサイズだった。小太りのバーニーはむくれてしまう。デボラはなぜ娘がむくれるのか理解できない。ジョンとけんかになる。デボラに悪気はない。彼女は娘も痩せたほうが幸せになれると信じ込んでいるのだ。「今がんばれば、Lサイズにならずにすむのよ!」

  デボラは最初からどこか神経症的な性格を感じさせていた。彼女には自分の周りが見えていない。だから自分の価値観を無神経に周りの人間に押し付けてしまう。夫との関係でもそうで、例えば、レストランが「タイムズ」紙で4つ星をゲットした「祝い」に興奮して夫とベッドに入る場面。デボラは一人で盛り上がり一人で「いってしまう」。「おいおい」とあきれた表情のジョンの顔が印象的だ。ある意味で今のアメリカの象徴だ。自分が間違っていないと信じきっているだけに始末が悪い。彼女の性格付けは実に見事だ。おそらく彼女の母親、昔ある程度知られたジャズ・シンガーで相当浮名を流したエヴェリン(クロリス・リーチマン)と過去にいろんな確執があったのだろう。

  デボラが無意識のうちに取る無神経な行動がいちいちフロールの神経に障る。自分に対することなら我慢もできるが、こと娘に関することではフロールは決して妥協しない。それでなくても娘のクリスティーナは英語も達者だし、どんどんアメリカナイズされている。夏の3ヶ月の間住み込むことになったクラスキー家の海辺の別荘にクリスティーナは大喜びだ。勝手なデボラはいきなりフロールの了解も取らずクリスティーナを連れ出し、髪にメッシュを入れさせて帰ってくる。果ては勝手に奨学金を取る手はずを整えてクリスティーナを学校に入学させてしまう。入学祝にデボラがクリスティーナにペンダントを贈るシーンが象徴的。子供にそんな高価なものを贈ることが子供の成長にとっていいことなのかという疑問など彼女の頭に浮かびはしない(フロールたちとの別れの時も「何かプレゼントするわ、コンピュータは?」とクリスティーナに言っている)。子供が喜ぶに違いないと確信している。いや、実際その通りではある。勝手なまねにフロールは怒るが、当のクリスティーナはバスに乗り込む時デボラに何度もうれしそうに挨拶している。一方、母にはついでにといった感じでそっけなく一言言葉を交わすだけ。

  貧しい祖国よりも豊かなアメリカになじんでゆく娘にフロールの不安は募る。自分をしっかり確立しないうちにアメリカの価値観に同化してゆく娘に対する不安。フロールは必死でそれを食い止める防波堤に自らなろうと努める。その矛先はジョンにすら向けられる。海岸で料理の飾り付けに使うガラス片を拾ってきたらお金をやると子供たちにジョンが言うと、まじめなクリスティーナが640ドル分のガラスを集めてきたからだ。子供にこんな大金を持たせるのはよくないと、フロールはジョンに抗議してお金を返させる(もちろんクリスティーナは不満顔)。しかしデボラと違ってジョンの場合は決裂には至らない。むしろジョンは君だって娘の服のサイズを直しただろうと反論すると、フロールは干渉したことを素直に認める。これを聞いて「言い争いの最中に素直に非を認められるなんて、感動した」とジョンは感心してしまう。このあたりから二人の間に微妙な感情が芽生え始める。

  ここから価値観の衝突という主題とは次元の違うもうひとつの要素が加わる。アメリカ映画の常套手段ではあるが、もともと微妙なバランスを保っていた一つ屋根の下にもうひとつ恋愛関係という不安定要素を付け加えるという意味でよく練れたストーリー展開になっていると思う。結論を先に言えばこの問題は節度を持って解決される。ラスト近くで、ハウスIhana キーパーを辞める決心をしたフロールをジョンが自分のレストランに連れてゆき、フロールに料理を振舞う場面が出てくる。その時点では二人とも互いの気持ちを理解し合っている。料理の後二人はソファに並んで座っている。帰ろうとするフロールをジョンが引き止める。床すれすれにソファからたらした二人の足が映される。「床に触ったら現実世界だ、そう急がないで。」しかしクラスキー家を去るというフロールの固い決意は変わらない。彼女は「愛してる」と言って床に足を着け、去ってゆく。

  一方、同じ頃、ジョンの家ではもうひとつの嵐が吹いていた。デボラも不動産屋と浮気をしていたのだ。それに気づいた彼女の母が「あんな良い亭主はどこを探してもいない、こんなことを続けていたらジョンに逃げられてしまう」と忠告する。デボラはあんただって昔は散々遊び歩いていたじゃないの、「みんなママのせいよ!」と激しく非難する。娘のひどい言葉を飲み込んでエヴェリンは娘を抱きしめる。このシーンは感動的だった。その後ジョンにすべてを打ち明けたデボラ。当然ジョンと激しい言い合いになる。フロールが辞めさせてもらおうと腹を立ててやってきたのはまさにそういう修羅場の最中だった。ジョンとフロールがレストランで食事をしている間、デボラは鼻の頭を真っ赤に泣き腫らしていたのである。

  しっかりと自分の考えを持っているジョンとフロールは自覚的に関係を絶つことができたが、デボラの場合はそうは行かない。6時間泣き続けたというデボラをエヴェリンがずっと慰め続けていたのだ。デボラは帰ってきたジョンを、エヴェリンに言われたとおりに「帰ってくれてよかった」と言って迎えた。それぞれ別の部屋に向かう二人。落ち込むジョンに娘のバーニーが「大事なことで心配するのはうれしいわ」と声をかける場面が素晴らしい。母にふりまわされ続けた娘だが優しい娘だった。

  フロールは娘を守るためハウスキーパーを辞める。彼女の判断は正しかったのか?観客の頭にはエヴェリンがフロールに言った「私は私のために生きた。あなたは娘のために。どっちもダメね」という言葉が引っかかっている。エヴェリンがそう言ったのは、学校を辞めさせるというフロールにクリスティーナが泣いて抗議したからだ。デボラとフロール。二人の母親が対比的に描かれている。デボラは無神経に自分の考えを回りに押し付けていたが、それはフロールも同じだった。フロールも娘をアメリカ人家庭から引き離し、無理やり学校も辞めさせてしまった。どちらの母親も娘に自分の価値観を押し付けた。しかし映画ははっきりと二人に違った判断を下している。デボラが否定されていることは明らかだ。もちろん全面否定ではない。子育てや自分の生きがいで悩まない親はいない。完璧な人間などいない。良かれと思って結局は空回りしているデボラの不完全さを映画は決して突き放して描いてはいない。クールで皮肉な視線だが、決して冷たい視線ではない。ではフロールは?

  クラスキー家を出てバス停まで来たときフロールが娘に聞く。「それがあなたの望み?違う人になりたい、私と?」その答えは最初から示されている。映画のストーリーはクリスティーナが大学の入学願書に書いた文章の再現なのである。その論文には自分が尊敬するのは母であると最初に書かれているのだ。そしてこう結ばれている。「私の人格は以下の事実のみに帰結するのです。”私は母の娘”。」

  ヒスパニック系移民はだいぶ前に黒人を抜いてアメリカ最大の少数派になっている。にもかかわらず黒人に比べるとほとんど映画に登場せず、ましてや主人公として扱われることはほとんどなかった。しかしスペイン語はいまや事実上アメリカの第2言語となっており、ヒスパニック系移民たちはアメリカのありようを変えてしまいかねないほどの影響力を持ち始めている。この映画はそういった事情を反映している。

  「スパングリッシュ」は、これまで自分たちより遥かに劣った人種としてしか描かれなかったメキシコ人がほとんど初めて正当に扱われた映画である。西部劇ではひどい場合にはほとんど野蛮人扱いだった。当時インディアンと呼ばれていたネイティヴ・アメリカンたちとさして変わらない扱いだったのである。だからこそメキシコ人とその文化や価値観を肯定的に描いたこの作品は重要な歴史的意義を持っているのである。これから彼らはもっと映画で描かれるようになるだろう。そのほぼ最初の映画が彼らに正当な敬意を払った、しかも映画として優れた作品であったことは長く記憶にとどめるべきである。中南米からのアメリカ移民を描いた先駆的傑作「エル・ノルテ 約束の地」(グレゴリー・ナヴァ監督、93年)はいまだに一般には知られていない。「スパングリッシュ」には同じ運命をたどらせたくない。

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