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2006年6月 5日 (月)

ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ

1998年 イギリス 2000年1月公開
原題:Hilary and Jackie
原作:"A Genius in the Family"、『風のジャクリーヌ』(ショパン社)
監督:アナンド・タッカー
脚本:フランク・コットレル・ボイス
撮影:デヴィッド・ジョンソン
音楽:バーリントン・フェロング
出演:エミリー・ワトソン、レイチェル・グリフィス、ジェームズ・フレイン
   デヴィッド・モリッシー、チャールズ・ダンス、セリア・イムリー
   ビル・パターソン、オーリアル・エヴァンス、キーリー・フランダース

  先日「ゴブリンのこれがおすすめ 14」で伝記映画を取り上げた時はまだ「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」を観ていなかった。なんとなく暴露もののような印象があって手がPiano1 出なかったのである。観たいと思っていた新作DVDが借りられなかったので、手持ちのDVDからたまたま選んだのがこの映画だった。最初の場面からぐっと引き付けられた。最後のあたりでは久々に涙を流した。どうしてもっと早く観ておかなかったのかと後悔するほどの素晴らしい作品だった。

  ジャクリーヌ・デュ・プレ。イギリスはドイツ、オーストリア、イタリア、ロシアなどに比べるとクラシックの大作曲家を生まなかったが、粒ぞろいのオーケストラや室内楽団を保有する国である。しかしどういうわけか弦楽器の名演奏者が育たない。その数少ない例外がチェロのジャクリーヌ・デュ・プレである。僕は今でこそ様々なジャンルの音楽を聴くが、学生の時はクラシック一辺倒だった。そのころ買ったジャクリーヌ・デュ・プレの名盤「ハイドンとボッケリーニのチェロ協奏曲」(ジョン・バルビローリ、ロンドン交響楽団/ダニエル・バレンボイム指揮、イギリス室内管弦楽団)は今でも数少ない愛聴盤のひとつである。CDも買ったがやはりレコードの方に思い入れがある。レコードを久々に棚から引っ張り出してみた。ジャケットにジャックリーヌの顔が大きく写っている。どことなくカレン・カーペンターに似ている。結構美人だ。うっすらと笑みを浮かべたその顔には何の陰りもない。

  「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」は伝記映画のジャンルに入るが、彼女の芸術的苦心や苦悩はそれほど描かれてはいない。むしろ焦点は芸術家・プロの演奏家としての生き方と普通の人生との相克である。それは姉との確執という形で表面化する。邦題は「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」となっているが映画の原題は「ヒラリーとジャッキー」。ジャッキーはジャクリーヌ(エミリー・ワトソン)の愛称で、ヒラリー(レイチェル・グリフィス)は姉の名前である。二人とも子供の頃から音楽的才能を発揮し、地元のコンクールでともに楽器別の優勝者になっている。しかし姉は普通の生活を選び、ジャッキーはプロの演奏家の道を選ぶ。別々の道を選びながらも、二人の間には不思議な絆があった。映画の冒頭で幼い二人が仲良く遊んでいる光景がまるで思い出の中の1シーンのように懐かしい雰囲気を帯びて映し出される。二人が海岸に走ってゆくと、波打ち際に大人の女性が一人立っていた。逆光で顔は見えない。ジャッキーはその人物と何か言葉を交わす。結局その人物が誰かわからないまま画面は切り替わる。

  ジャッキーは才能をどんどん伸ばして一流の演奏家になってゆく。ダニエル・バレンボイム(ジェームズ・フレイン)という売り出し中のピアニストとも結婚する。順風満帆のように見えるが、その頃から彼女に奇矯な行動がちらほら現れてくる。

  ジャッキーにはどんなに名声を得てもどこか満たされないものがあった。ロンドンや外国での華々しい活躍の裏で、故郷や家族への思いが募っていった。印象的なエピソードがある。外国での演奏旅行中どうしても洗濯ができず、彼女は洗濯物を実家に送る。しばらくしてジャッキーがホテルに戻った時洗濯物が届けられていた。ジャッキーはホテルのフロント係の目の前で包みを開け洗濯物を顔に押し当てる。「私のうち、私のうちの匂い!」部屋に上がり、ベッドに洗濯物を広げてその匂いをかぐ。ここは非常に感動的な場面だ。人気の絶頂にありながら、彼女の心には埋めがたい隙間ができていた。

  彼女の演奏に対する打ち込みようは恐ろしいほどだったという。力演のあまり大量の汗をかいたようだ。マドリッドで巨匠カザルスに食事に誘われた時も、使いの者にわきの下が匂うからと言って断る場面も描かれている(腕を上げると使いの女性が「おおっ」とのけぞるところが可笑しい)。音楽に激しく打ち込んだ分、その反動も大きかったのだろう。家Sdnight01 族から離され一人孤独に悩む。次第に募る故郷と姉への思い。自分も姉のような平凡な幸せが欲しいと願うジャッキーの渇きに似た思いがなんとも切ない。しかし演奏活動を続ける限りそれは望むべくもない。徐々にストレスがジャッキーを押しつぶしてゆく。幸福な子供時代からあまりに遠く隔たってしまった。平凡さすらうらやましい。音楽をやめようとまで思い悩む姿は痛々しいほどだ。ヒラリーがジャッキーに言った「平凡な幸せを掴むのも才能がいるのよ」という言葉が胸をえぐる。

  ジャッキーは夫のダニエルにも同じ欲求を話す。「チェロを弾けなくても私を愛してくれる?」・・・ダニエル「音楽に乗って揺れる体、酔い輝いてる目。ダンスとダンサーをご覧、いつも一体だ。」「普通の人間の暮らしをしたいの。」「田舎に引っ込んでパンでも焼くのか?ニワトリに餌を?アマチュア連中と音楽会。」「姉を侮辱するの?」「違うよ。」「姉は自分で道を選んだわ。私たちは曲芸のサル。」

  彼女の心の隙間は徐々に拡大してゆく。平行して奇矯な行動もエスカレートしてゆく。姉の「普通の人間の生活」への憧れもゆがんだ形で表れる。ジャッキーは休養をとり、癒しを求めて田舎に住む姉夫婦を訪ねる。姉夫婦はジャッキーを歓迎する。しかしジャッキーはヒラリーにとんでもない欲求を突きつける。義理の兄キーファーが欲しい。精神的ストレスがどうにもならないセックスへの渇きとして表れていた。妹の病的な行動に危険を察知したヒラリーは悩んだ末夫と寝ることを許す。この映画の中でもっともスキャンダラスな場面である。もちろん映画は興味本位の描き方はしていない。姉、姉の夫、そしてジャッキー本人も悩み苦しんでいる様を冷徹に見つめてゆく。ジャッキーの姉のヒラリーと弟のピアーズ共著の原作は出版後激しい批判を浴びた。イギリス音楽界の至宝ジャクリーヌ・デュ・プレのスキャンダラスな暴露本。確かに批判も出るだろう。われわれには真相はわからない。問題は映画として説得力があるかどうかだ。少なくとも、ジャッキーの奇矯な行動は極端な精神的ストレスと後に発病する不治の病から来るものだという映画の描き方には納得が行く。

  ヒラリー、キーファー、ジャッキーの間の不自然な関係は長くは続かなかった。やがてジャッキーは演奏活動を再開する。しかし姉妹の間に深い傷を残した。ジャッキーが田舎の姉夫婦を訪ね、姉夫婦がうれしそうにジャッキーを迎える場面は実は二度描かれる。二度目は上の「私たちは曲芸のサル」というせりふのすぐ後。映画の前半はヒラリーの視点で描かれていた。名声の絶頂にいた妹に深い悩みがあることにヒラリーは気づき、妹の非常識な望みに戸惑う。ジャッキーの視点から描かれた後半部分はヒラリーに見えなかったジャッキーの内面の苦悩に光を当てる。ダニエルとの夫婦仲にも隙間が生じ、ジャッキーが精神的に不安定になっている事情が観客にはわかってくる。音楽家として人間として悩んでいたことがわかる。二つの視点は二度描かれるジャッキーが帰郷する場面で交錯する。ジャッキーは傷ついて帰ってきたのだ。そして姉を裏切ることによってさらに傷は深まってゆく。視点をかえて二度繰り返し描くことによって、ジャッキーの心の闇をより深くえぐってゆく。デヴィッド・リーンの名作「逢びき」の手法を応用した見事な演出である。

  やがて悩めるジャッキーをさらに追い詰める出来事が起こる。突発性硬化症がついに発症したのだ。ジャッキーはコンサートの直前に自分がいつの間にか失禁していたことに気づく。演奏は何とか最後までやれたが、演奏後自分では立てなかった。その後は不治の病が徐々に彼女の体を冒してゆく様子をこれまた冷徹に描き出してゆく。激しい痙攣が彼女を襲う。見舞いに来た姉にひどい言葉を浴びせる。もうずいぶん前から、ことある毎に姉を侮辱する言葉を吐いていた。姉への思いが極端にゆがんで表れている。

  夫のダニエルは仕事と称して家に寄り付かなくなる。1本の電話からジャッキーは彼の 浮気に気づく。一人さびしく家に残されたジャッキーは不自由な指で昔の自分のレコードをかける。音楽が流れる中キャメラは彼女の周囲をなめるように写し取る。隣の部屋に掛けられた黄色い演奏会用の美しい衣装がなんともむなしく映る。彼女の正面には誰も弾くことはないチェロが置かれている。ジャッキーは身体が麻痺して、車椅子に座っている。やがて彼女はレコードを止め泣き崩れる。

  この映画は冒頭とラストのイメージ描写を除けば、終始姉妹二人の関係を冷静に描いている。ラストで甘い思い出にくるんでしまうが、全体は決して露悪的でもなく美Gogo_2_1化してもいない。最初は姉のほうが才能を認められ、ジャッキーは姉と一緒にいたいがために一生懸命練習に励む。しかし妹のほうが才能で上回ると、姉は妹のレッスンが終わるのを母と待っているという屈辱的な立場に転落する。退屈で何度もフルートを口に運ぶが、結局音を出せないヒラリーの姿がなんとも哀れだ。このようにありのままに二人の関係を描いたことがこの作品を成功させていると言ってよい。

  ラストでヒラリーと弟ピアーズが乗っている車のラジオからジャッキーの死を報じるニュースが流れる。1973年、28歳で演奏活動から隠退を余儀なくされてから14年。42歳だった。ヒラリーは弟に車を停めるよう頼み、車から降りる。彼女が歩いてゆくにつれて時間が逆転してゆく。黄金の国へ行った話しが読み上げられ、幼い二人が海岸へ走ってゆく場面に。波打ち際に一人の女性が立っていた。前にも出てきた映像。立っていたのは大人のジャッキーだった。彼女は幼いジャッキーにささやく。「心配しなくていいのよ。」

  このラストは実に見事だ。しかしそれ以上に印象的なのはその前の場面である。この場面があったからこそラストに忘れがたい余韻が残るのである。

  ヒラリーはジャッキーにひどく侮辱されて以来、しばらく妹を避けていた。しかしある嵐の晩、彼女は何か胸騒ぎを感じた。それまでのいきさつをすべて投げ捨て、弟を連れてジャッキーに会いに行く。ジェーン・エアが遠く離れたロチェスターの声を聞くあの有名な場面を思わせる。ヒラリーがジャッキーの部屋に入ると、ダニエルがベッドに寄り添いジャッキーに何か飲ませようとしている。ジャッキーは激しく痙攣していた。ヒラリーが交代して妹を抱く。激しく痙攣している妹に姉は語りかける。

  「本当に愛している人ってイメージが焼きついてる。その人を思うとそのイメージが浮かぶ。BBCでドラムを破った日のママ。誰かを失ったらイメージを思い浮かべ、その人を取り戻す。私の中のあなたのイメージを知りたい?ジャクリーヌ・デュ・プレのイメージ、それはあの浜辺、あなたがチェロを弾き始める前の話よ。プロの演奏家にも今のあなたにもなる前。私たちは遊んでいた。私がまだ13歳のころ。私は黄金の国へ行った。キンバローゾ・コトパクシーが私の案内役。オリノコから灼熱のカラハリ砂漠、ヴェルト草原の大自然からステップ地帯へ。そして故郷へ。あの日言ったことを覚えてる?あなたは言った“心配しないでいい”と。その通りだったわ。」いつしかジャッキーの震えは止まっていた。

  ジャッキーを演じたエミリー・ワトソン、ヒラリー役のレイチェル・グリフィス。ヒラリーをあからさまに侮辱する時のエミリー・ワトソンの顔は本当に憎々しげである。観ていて腹が立つほどだ。だからどんなに侮辱されてもやさしく妹を支え続けるレイチェル・グリフィスに心を惹かれる。彼女の端正な顔は実に美しく魅力的だった。しかしその差は役柄から来ている。ともに名演だった。

  劇中使われるジャクリーヌ・デュ・プレ本人の演奏は言うまでもなく素晴らしい。名演とされるエルガーのチェロ協奏曲のコンサート・シーンは圧巻である。体を大きく動かすジャクリーヌ・デュ・プレの演奏スタイルを再現させたエミリー・ワトソンの熱演も見事。もうひとつ音楽的演出で出色だったのは、ベートーヴェンを演奏中に突然キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」を演奏し始める場面。乗りにのって最後に「これが正しいベートーヴェンだ」とダニエルが口にする(仕掛けたのもダニエル)。彼女が活躍したのがいつの時代だったのかを強烈に印象ずける意表をつく演出だった。そういえば、キーファーがSOHOで上映中の「突然炎のごとく」を観にヒラリーを連れて行こうとするのを、父親が「そんないかがわしい場所に行くことは許さん」と反対する場面もあった。

  演出といえば、原作からの脚色、キャメラワークも含め見事だった。これほど一つひとつの場面が鮮明に記憶に残る作品は滅多にない。

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コメント

 おおつかまきこさん コメントありがとうございます。
 久しぶりですね。ご無沙汰しておりました。この映画は本当にいろんな場面が目に浮かびます。映像の力と音楽の力にあふれた映画でした。数ある伝記映画の中でも出色の傑作だと思います。
 ただ、有名な作曲家は誰でも知っていますが、演奏家となるとクラシック・ファンでないとあまり知られていません。優れた映画の割にあまり広く知られていないのが残念です。
 

この映画 数年前に見て
とてもよく覚えています。

ゴブリンさんの文章を読んで 
鮮明に映像が思い浮かびました。


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