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2006年4月 3日 (月)

黒いオルフェ

Moonharp_w3 1959年 フランス・ブラジル合作
製作・監督:マルセル・カミュ
脚本:ジャック・ヴィオ
原作:ヴィニシウス・ヂ・モライス
撮影:ジャン・ブールゴワン
音楽:アントニオ・カルロス・ジョビン、ルイス・ボンファ
出演:ブレノ・メロ、マルペッサ・ドーン、レア・ガルシア
    ルールデス・デ・オリヴァイラ、アデマール・デ・シルヴァ
    ワルデタール・デ・リーザ

  ギリシャ神話のオルフェウスを描いた映画作品には49年のジャン・コクトー作品「オルフェ」、59年の「黒いオルフェ」、99年のブラジル映画「オルフェ」がある。コクトー作品はギリシャ神話を大胆に脚色したもので、死神がバイクに乗って街を疾走するシーンが印象的だった(60年の遺作「オルフェの遺言」はオルフェウス神話とは直接の関係はない)。「黒いオルフェ」はヴィニシウス・デ・モライスの戯曲をフランス人監督マルセル・カミュがオール・ブラック・キャストで描いた異色作。1959年にカンヌ映画祭グランプリ、1960年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞。当時絶賛された映画だが、そこに描かれていたのはあくまで外国人の見たブラジル、西洋人の目から見たエキゾチックなブラジルに過ぎない。カーニバルの活気と楽しさにあふれているが、その背後にある貧困、犯罪の蔓延という現実が十分描かれていない。おそらくそういう思いがブラジル人にはあるのだろう。その欠けているものを描こうとしたのがブラジル版「オルフェ」というわけだ。興味深いがまだこちらは観ていない。

  もう1本「黒いオルフェ」と同じ59年に映画化されたオルフェ映画がある。シドニー・ルメット監督、マーロン・ブランド主演の「蛇皮の服を着た男」。これはテネシー・ウィリアムズの戯曲『地獄のオルフェウス』を映画化したものだ。ほとんど知られていない作品だがなかなかの力作。74年にたまたまテレビで観て以来観る機会がなかったが、なんと去年DVDが出た。まだ手ごろな値段の中古版が出ないが、いずれ入手したい。

  「黒いオルフェ」を観るのは今回で3度目になる。今回観てやはり一番強烈なのは音楽と色彩の洪水だ。年に一度のリオのカーニバルの前日に始まり、カーニバル当日にクライマックスを迎え、その翌日の朝に終わる。途切れることなくサンバのリズムが映画の中で鳴り響いている。静かな場面でも遠くから音楽や歌が聞こえている。音楽は常に踊りと結びついている。サンバのリズムに乗って踊り回る人々。その人々の服装や飾り付けの強烈な原色の色彩。リズムと踊りと色彩と熱気が一体となって、画面の中で渦を巻いている。

  冒頭、船に乗って人々がリオにやってくる場面が映し出されるが、船の甲板でもう人々は踊り出している。このうねるようなリズムが全編途切れなく続いている。リオのカーニバルは言わばブラジル版「ええじゃないか」の世界で、貧しい人々も借金してまで衣装をそろえ、その日ばかりはすべてを発散して踊り続ける。普段丘の上に住む貧しい人々もいっせいに山を降りて踊りに加わる。激しいリズムとくるくる回りながら踊る体の動きには生の息吹があふれかえっている。サンバのリズムが聞こえてくるだけで体が自然に動き出す。体の中にリズムが埋め込まれた人々。この映画を観ていて、音楽でアパルトヘイトを突き崩した南アフリカの人々を描いた傑作「アマンドラ!希望の歌」を思い出した。ここでも音楽は生きる力だった。うねる太鼓のリズム、はじける肉体、あふれかえる熱気。歌に込めた自由への意思。ここでの音楽は抑圧を跳ね返す力にすらなっていた。

  「黒いオルフェ」の中で音楽は絶えず聞こえているのだが、もちろんメリハリが付けられている。当然静かな場面もある。そこではもう一つのブラジルの音楽が取って代わる。この映画の頃から急速に盛り上がっていったボサノヴァが取り入れられているのだ。オルフェ(ブレノ・メロ)がギターの弾き語りで歌う有名な「カーニバルの朝」は日本でも知られる名曲。他にも「フェリシダージ(悲しみよさようなら)」やラストで子供たちが朝日に向かって歌う「オルフェのサンバ」など静かな曲が効果的にさしはさまれている。

  だが、このリズムと踊りの狂乱のさなかで展開されるドラマは今回観て弱いと思った。ギリシャ神話を現代によみがえらせる、しかもヨーロッパではなく南米のブラジルを舞台にするという試みの大胆さは賞賛に値するが、ドラマ展開にどうしても無理がある。神々の意思が現実を左右する神話の世界に比べると現代社会ははるかに複雑である。この二つの世界はかなり異質な世界であって、その二つを結び付けようとするとどうしても齟齬が生まれる。中でも問題となるのは「死」や「運命」の描き方だ。冒頭あたりでオルフェは婚約者のミラ(ルールデス・デ・オリヴァイラ)と役所の婚姻係へ行く。係りの男に名前を聞かれオルSun11 フェが答えると「じゃあ花嫁さんはユリディスだ」と言われる。ここにオルフェとユリディスの運命的出会いが暗示されている。実は市電の運転手をしているオルフェは既にユリディス(マルペッサ・ドーン)と会っていた。彼が運転する市電に乗った客のひとりがユリディスだったのである。ユリディスはカーニバルを見物に来たのではなく、彼女を追い掛け回している謎の男から逃れるために、リオに住む従姉妹のセラフィナ(レア・ガルシア)を訪ねてきたのである。ところがそのセラフィナの家はオルフェの家の隣だった。出会った二人はたちまち互いにひきつけられてしまう。

  その夜二人は結ばれるが、彼女には死の影が迫っていた。彼女を追い回していた男(アデマール・ダ・シルヴァ)がリオにも姿を現す。その男は髑髏のマスクをかぶり、黒ずくめの服には骸骨が描かれている。明らかにこの男は死神を象徴している。実に不気味な存在なのだが、ドラマの展開にうまく嵌め込まれているとは言い難い。骸骨姿が画面から浮いているという意味ではない。むしろカーニバルの最中で人々は皆様々な衣装を身につけているから、誰も彼を取り立てて意識しないくらいである。そうではなく、ファンタジーならともかく、普通の現代劇に「死」の象徴としての髑髏マスクを登場させたのではリアリティがないということである。コクトーのように最初からシュールな展開であれば違和感はないのだが、突如何の理由も脈絡もなく死神が現れ、人を黄泉の国に連れ去るというのは神話の世界ならぬ現代世界ではリアリティに欠ける。

  言い方を換えれば、オルフェとユリディスの悲劇的運命をうまくドラマ化できていないのである。ギリシャ神話の元の話を無理やり入れ込んでいる感じだ。さすがにオルフェがユリディスを連れ戻すために黄泉の国に行く話しを入れ込むことはできないので、苦し紛れにオルフェに夜の街をさまよわせる。病院から警察署に行き、最後に不思議な祈祷所に行く。そこで霊媒の口を通じてオルフェはユリディスの声を聞く。振り向いてはいけないと言われたが、オルフェは気になって振り返ってしまう。オルフェが振り返ってしまったためにユリディスは蘇えることができなくなってしまった。オルフェは嘆きつつユリディスの遺骸を丘の上に運ぶ。そこで嫉妬したミラに石を投げつけられ、崖から転落する。

  「振り返ってはいけない」というのはオルフェが黄泉の国からユリディスを連れ帰るときに言われる有名な言葉だが、どうも現実味が薄い。単なる神話とのつじつま合わせにしか思えない。ミラの嫉妬が実に現実的なだけに、祈祷所でのエピソードには違和感がある。またオルフェがさまよう人気のない夜の街や無機質な病院や警察署が映像として力がない。要するに、現代的な死の世界を描けなかったのだ。このあたりが一番弱いところである。

  マルセル・カミュは死に付きまとわれた女とギター引きの恋を悲劇として描きたかったのかもしれない。だが、結果的には、今風に言うと、訳の分からぬストーカーに恋人の命を奪われた男の話で終わっている。以前観たときはカーニバルの躍動的な描写とキャストを全員黒人にしたことに感心して、ストーリーの弱さはあまり気にならなかったように思う。多少不満も感じたのだろうが、ギリシャ悲劇を下敷きにしていることを意識すれば話はつながっていると思っていた。しかしどうもそれほど単純ではなさそうだ。いろんな要素が介在している。ギリシャ神話と現代の世界観の違い、原作となった舞台劇と映画の違い(映画は演劇よりも格段にリアリティが要求される)、そして古代悲劇と現代悲劇の違い。突き詰めればリアリティの問題である。

  上で、リオのカーニバルはブラジル版「ええじゃないか」の世界だと書いたが、それはつまり踊り狂う人々の熱気の影に普段の貧しい生活の苦しみがあることを意味している。お祭り騒ぎの後はまたつらい日常が待っている。カーニバルの踊りがあれほど熱気に満ちているのは日常生活の悲しみと苦しみを思いっきりぶちまけているからだ。その悲しみにギリシャ神話のオルフェを重ね合わせれば素晴らしい芸術が生まれるだろう。カミュ自身が実際にリオでカーニバルを見たときの感想をそう語っている。しかしその日常はあまり描かれない。オルフェがカーニバルに備えて、もらったばかりの給料で質屋からギターを引き出す場面や、彼らの住むみすぼらしい粗末な家を映す程度で済ましている。だが、ブラジルの現実をもっと描きこめばいいのか。99年のブラジル版「オルフェ」はそれを試みたが、どうやら必ずしも成功はしなかったようだ(未見なので断言はできないが)。

  現実を描きこめば描きこむほど元のギリシャ神話との乖離が広がる。ではそもそも古代神話を現代に取り込むこと自体が無理なのか。そうかも知れない。少なくとも古典的世界観をそのまま持ち込むことはもはや無理だ。だが、まったくつながらないわけではないだろう。神話とは言っても、ギリシャ神話の神は人間に近い。人間と同じ姿であり、恋愛もすれば嫉妬もする。だから比喩的に使うことは可能かもしれない。「黒いオルフェ」はあまりに話の展開を元の神話に合わせ過ぎた。そこから齟齬が生じた。神話とのつながりは暗示程度にとどめ、思い切ってもっと換骨奪胎すべきだったのではないか。

  オルフェとユリディスの恋は悲劇的結末を迎える。崖から転落したオルフェとユリディスは折り重なるように倒れている。二人は死んでやっと結ばれたかのようだ。しかしほとんど悲哀感はない。実に乾いている。それは意識的なものだろう。なぜならある意味でオルフェは死んでいないからだ。オルフェの奏でていたギターは彼と親しくしていた少年が代わって奏でている。少年がギターを弾くと太陽が昇る。オルフェがギターを弾いて陽を昇らせたように。新しいオルフェの誕生。女の子が現れ少年二人と丘の上で踊る。丘の上から見下ろす海の景色が美しい。オルフェがカーニバルに用意した新曲「カーニバルの朝」を少年たちに弾いて聞かせたとき、少年はオルフェにギターを貸して欲しいと頼む。オルフェは古いギターだからと断る。見るとギターに“オルフェは私の主人”と書いてある。オルフェが言う。「昔もオルフェがいた。これから先もいるだろう。でも今のオルフェは俺だ。」

  何代にもわたって生まれ変わってきたオルフェ。竪琴はいまやギターに代わったが、生まれ変わる度にユリディスと出会い、愛の歌を奏で、恋をする。そして死神が現れてはまた彼女を連れ去ってゆく。少年二人と踊っていた少女は次の代のユリディスなのだろう。人間は何度生まれ変わっても恋をする。そして死がそれを分かつ。このパターンは代わらない。神話と現代のつながりはここにある。

  ストーリーの展開に十分こなれていないところはあるが、映像の力、音楽と踊りの躍動感、神話を現代のブラジルに置き換えた大胆な脚色、これらは今でも十分魅力的である。

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コメント

ほんやら堂さん コメントありがとうございます。
あの強烈な色彩の映画を白黒で観たらどんな風に見えるのでしょうね。あるいはまた違った魅力があるかも知れません。
主題曲は映画音楽の名曲として有名でしたから、TVからテープに録音するという苦労も理解できます。僕は映画音楽を集めたレコードで持っていました。あのレコードどこに行ってしまったのか。今聞いたら懐かしいでしょうね。

ゴブリンさんこんにちわ.
「黒いオルフェ」は,高校生の時NHK教育TVで見ました.
その時は音楽が目的だったので,TVのイヤホンジャックにオープンリールのレコーダーをつないぎ,必死で録音をした覚えがあります.
当時我が家のTVはカラーじゃなかったので,僕のイメージの中の「黒いオルフェ」は白黒です.ラストシーンで朝日の中踊る子供達の笑顔が印象に残っています.

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