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2006年3月21日 (火)

いつか読書する日

medaka7 2004年 
監督:緒方明
脚本:青木研次
撮影:笠松則通
照明:石田健司
美術:花谷秀文
音楽:池辺晋一郎
衣装:宮本まさ江
出演:田中裕子、岸部一徳、仁科亜季子、渡辺美佐子
    上田耕一、香川照之、鈴木砂羽 奥田佳菜子
    杉本哲太、左右田一平、神津はづき、田根楽子
    馬渕英里何、柳ユーレイ

  昨年の日本映画の好調を裏付ける作品。韓国の名作「八月のクリスマス」を思わせる抑えた演出で、原稿用紙に日記を綴ってゆくようなそんな佇まいの映画だ。副題を付けるなら「牛乳配達は二度恋のベルをならす」。

  舞台となるのは西東市という架空の街だが、実際の撮影は緒方監督が少年の頃住んでいた長崎市で行われた。映画はまだ薄暗い早朝に大場美奈子(田中裕子)が坂道を自転車で走り下りてくるところから始まる。今まで知らなかったが、長崎は坂が多い街だ。ほとんど街全体が山の斜面に造られているという印象である(もっとも、市電が走っているから中心部は平地なのだろう)。自転車を走らせる美奈子は勤め先の牛乳販売店に向かっていた。販売店で美奈子は冷蔵庫から牛乳を取り出し、店主(懐かしや!左右田一平)と一緒に軽トラックに牛乳を積み込む。自転車で配達するには坂が多すぎて不便なのだろう。配達地区まで車で来ると美奈子は袋に牛乳を入れ替え、歩いて坂道を登りながら牛乳を配ってゆく。一軒一軒牛乳箱から空き瓶を取り出し、新しい牛乳瓶を入れてゆく。ある家ではいつも老人が玄関前に座っており、美奈子は直接老人に牛乳瓶を手渡し、その場で飲み終わるのをまってまた空き瓶を受けとる。この一連の手順を大場美奈子ははっはっと息をして坂道を駆け上がりながら繰り返す。特に急な階段の前では「よしっ」と掛け声をかけてから上り始める。日常の事細かな行動の繰り返しを丹念に描写してゆく。まるでウルグアイ映画「ウィスキー」のようだ。

  この出だしが象徴的である。この映画の大半はなんでもない日常を描いている。美奈子以外の主要登場人物である小説家の皆川敏子(渡辺美佐子)と市役所の福祉課に勤務する高梨槐多も、最初は美奈子が牛乳を配達している内の2軒としてさりげなく登場する。同じことの繰り返しなのは朝の牛乳配達ばかりではない。昼はスーパーでレジ打ちのパート。夜は布団に入って一人で本を読む。この1日のサイクルを彼女はずっと繰り返してきたのだ。大場美奈子は50歳。いまだ独身。これまで特に大きな変化もなく一人で暮らしてきた。

  正直最初の30分は幾分退屈で、時間が長く感じられた。もちろんこの単調な日常描写のためである。なぜこれほど日常を事細かに描写するのか。それは彼女がこの単調な生活を自分に強いてきたからである。牛乳の配達が終わってからスーパーへ自転車で向かう美奈子の横を高梨槐多の乗った市電が追い抜いてゆく。美奈子と槐多は互いに顔を合わせない。どこか思わせぶりなのだが、最初はそれがどういうことなのか観客には分からない。

  実は美奈子と槐多は高校の同級生で恋人同士だった。ところがある事故がきっかけで突然二人の関係は切れてしまった。通勤途中顔を合わせなかったのは意識して互いを見ないようにしていたのである。美奈子が勤めるスーパーに槐多が買い物に来ることもあるが、槐多はわざわざ別のレジに並ぶ。分かれてから30余年。二人は互いに知らん顔をしながら、それでいて互いを忘れられずにいた。いや忘れられないからこそ互いに知らん顔をしている。槐多には妻がいる。妻の容子(仁科亜季子)は癌を患い先が長くない。寝たきりである。映画が進むにつれそういった事情が分かってくる。

  牛乳瓶の音で槐多の妻容子が目を覚まし、夫の槐多に起きているかと聞く場面が最初のあたりでさりげなく描かれる。何度か同じような場面が出てくるが、やがて毎朝槐多は美奈子が階段を上り牛乳箱の瓶を入れ替える音に耳をすましていたことが分かってくる。自転車の美奈子を市電の槐多が追い抜いてゆく場面も後半でもう一度出てくるが、今度は互いに相手を意識している。同じような場面を何度も繰り返し描くが、事情が分かってくると最初に出てきた場面を思い出し、そうかあれはこういうことだったのかと思い返すことになる。美奈子も槐多も30年間それぞれの思いを押し隠して生きてきた。美奈子が一生懸命走るのも昔の思い出を振り切るためである。「淋しかったらクタクタになればいいのよ。」思い出したくないからくたくたになるまで働き、寝てしまう。一見単調な繰り返しのように思えるが、ストーリーが進むにつれて前に出てきた場面を違った思いで反芻することになる。平凡な生活の中に隠された心のうずきが少しずつ見えてくる。その描き方がうまい。

  同じ町に住みながら、一生分かれ分かれの生活をするはずだった二人を再び結びつけたのは槐多の妻容子だった。彼女はふとしたことから二人の秘められた思いに気づいてしまう。もう自分の命が長くないことを知っている容子は、美奈子を呼び自分が死んだ後は夫と付き合ってほしいと告げる。夫にも同じことを話す。このあたりは非現実的だ。そもそも30年もお互いに昔の気持ちを持ち続けているというのも実際にはありえない話である。緒方監督自身もあるインタビュー(非常に学ぶところの多い優れたインタビュー)で「話そのものを取り出した場合、実はやっぱりファンタジーですよ。・・・ところどころに一種の寓話性みたいなものを残しておきたいなというのが狙いとしてあります」と語っている。おそらくここで評価が分かれるだろう。きれい事過ぎてありえないと受け取る人もいれば、ありえないからこそ引き込まれるのだという人と。男女でも別れるだろう。おそらく「マディソン郡の橋」に近いケースではないか。30年も同じ人を思い続けるということ自体に女性は惹かれるだろう。その点男は冷めている。

  僕自身、上のありえない設定以外にもこの映画には腑に落ちない点をたくさん感じる。美奈cyouzu1子はラジオ番組に匿名で「私には大切な人がいます。でも私の気持ちは絶対に知られてはならないのです」と投書する。しかし隠しておきたいのならどうして投書するのか。なぜ美奈子はその投書と牛乳配達の美奈子を結び付けたのか。前者は、完全に隠し切るのは息 苦しいから匿名で投書したのだと一応の説明はつくが、後者は女の勘だというのではすっきりしない。またそうと分かってからも、容子はどうして自分の気持ちを槐多と美奈子に直接伝えるようなことをしたのか。普通ならひっそりと分からないように二人を引き寄せる方法を考えるだろう。ちょっと不自然だ。

  ファンタジーだからと言ってしまえばそれまでだが、色々と意図的な誘導を感じてしまう。槐多が笑い顔のままで死んだのもありえない話だ。これなどもリアリティを無視した象徴的な描き方である。あるいは、認知症老人問題、育児放棄・児童虐待といった現代の社会問題が出てくるが、うまくドラマの中でつながっていない。どういうわけかドラマに厚みを加えるというよりは、逆に話が拡散してしまっている感じを受ける。また、あれほど美奈子が働いている場面がありながら、どういうわけか美奈子にあまり生活感がないのも不思議だ。一人暮らしだからだろうか。

  しかしこれらの疑問はあっても、この作品にはそれらを超える不思議な魅力がある。その魅力のかなりの部分は田中裕子と岸部一徳の存在感にある。二人とも50歳という設定。「きみに読む物語」のような老人同士の愛情を描いた作品は少ないが、中年の恋愛を肯定的に描いた作品も同様に少ない。その意味で貴重な作品である。演じている田中裕子もちょうどその年齢である。彼女ももう50になるのか。1979年のNHKテレビ小説「マー姉ちゃん」でデビューしてから四半世紀以上たっている。デビューした頃からあののっぺりした顔がどうしても好きになれなかった。うまい女優だと思ったこともない。しかしこの映画の彼女はなかなかいい。化粧もせず日々の生活を平々凡々と生きている中年の女性を余すところなく演じている。ほとんど無表情な役なのだが、派手な役よりもこういう役柄の方が彼女には合っているのかもしれない。美奈子に感情移入してしまうことはないが、共感はできる。

  無表情な人物を演じさせたら岸部一徳もすごい。以前からそうなのだが、彼が出てくるとあたりの音が消える(気がする)。画面全体に透明感が漂い出すというのか、せりふ無用の不自然なほど静けさに満ちた世界になる。実に不思議な雰囲気を持った俳優だ。全体にせりふの少ないこの映画にはぴったりの配役である。ほとんど妻と会話を交わすことなく淡々と世話をし、美奈子への思いを無表情な顔の奥に隠し仕事に励む男。まだしゃんとしている美奈子に比べると背中を丸めた立ち姿は隠しようもなく中年を感じさせる。容子が死ぬ前、一度だけスーパーのガラス越しに彼と美奈子の目が合ったことがある。ガラス越しに交わす無言のまなざし。この映画を象徴する場面だ。

  決して明るい映画ではないが、秘めた思いを描きながら鬱屈もしていない。二人が一生懸命日常を生きているから。会話の少ない映画だが、様々な場面やそのつながりからそこに描かれていないことまで読み取れる。今井正の名作「にごりえ」のレビューにも書いたが、これは昔から日本人が得意としてきた表現法である。緒方監督自身もそのあたりを十分意識して演出している。「映画ってスクリーンだけじゃなくて、人の心に入ったときに初めて完結するんですね。映画はやっぱり僕は見世物ではなく、見えないものを映すものだろうと思っているんで。それは例えば人を好きになったときの気持ちであったり、心の揺れであったり、葛藤であったり、あるいは空気であったり、ようするにパッと目にわからないもの。」

  もう一人重要な役割を果たしているのは容子である。全体にせりふが少ないこの作品にあって、病に伏せている容子はさらにせりふが少ない。しかしこの作品中で最も印象的な言葉を読者に投げかけてくるのは容子だ。容子から美奈子とのことを言われ、槐多は「俺さ、若いころにさ、絶対平凡に生きてやるって決めたんだよ。・・・必死になって、そうしてきたんだ。邪魔なんだあの人」と答える。それに対して容子が浴びせた言葉は強烈だった。「あなたはずっと気持ちをね、殺してきたのよ。気持ちを殺すって周りの気持ちも殺すことなんだからね。あの人と向き合いなさいよ、付き合いなさいよ。あたしにできることって、もうこれしかないじゃない。」最期に書き残した手紙もずばりと核心に踏み込んでいる。「あなたたちは互いに知らんぷりをしながら、結局惹かれあっているのです。ただ決して認めようとしないのです。」

  容子を演じた仁科亜季子は主演の二人に比べると存在感は薄いが、体が弱って行くはかなさのようなものはよく描かれている。こういうせりふがあった。容子「昼間蚊が飛んでた。夏でもないのに。」槐多「刺された?」容子「刺してもくれない。」美奈子と夫の間の秘められた愛情を知った時、容子はどんな思いだったのか。これもはっきりとは示されない。三人がそれぞれ胸のうちに思いを秘めている。それを退屈にならずに、また説明的にならずに描きとおした監督や脚本家の力量は賞賛すべきである。

  容子の葬儀の後、美奈子と槐多はそれぞれの母親と父親が事故で死んだ場所へ行く。そこで二人は互いの気持ちを確かめあう。二人は美奈子の家に行き初めて愛し合う、雨と涙でびしょ濡れになりながら。それまで封印されていたものが一気に噴き出す。しかしその短い盛り上がりの後、急転直下事態は予想外の方向に展開してゆく。

  緒方監督は「この映画のテーマというのは『人は過去にふりまわされて生きていくものではないか』ということです」と語っている。やっと過去から開放され幸福をつかんだと思った矢先に、指から幸福がすり抜けてゆく。しかし今度もまた美奈子はそれを乗り越えていった。美奈子はいつものように牛乳を配達し終えた後、そのまま坂を上りきって丘の上から街を見下ろす。ここで映画は終わる。美奈子が打ちひしがれていないのが救いだ。その表情は落ち着いていて明るい。ショックがないわけはない。過去を忘れることはないだろうが、引きずりはしないだろう。ある意味で、30年間胸に突き刺さっていたとげが抜けたのである。ほんの一晩だったが槐多の気持ちを確かめることができた。彼の肌を感じることができた。それを思い出にまた生きて行ける。美奈子をいつも温かく見守っている皆川敏子(渡辺美佐子)に「これからどうしていくの?」と聞かれ、美奈子は「読書でもするわ」と答える。また一日一日を力強く生きてゆくだけ。

  淡々とした展開の映画だが、非常に強い余韻を残す。坂道に響く美奈子の息遣いと牛乳瓶の音がいつまでも耳に残る。丘から眺める長崎の街は美しい。坂ばっかりの街だが、どの坂にも表情がある。その坂を美奈子は明日もまた駆け上ってゆくのだろう。

  最後に余談だが、槐多は有名な画家の息子という設定になっている(父の絵を売りに行く場面が出てくる)。となれば、槐多という名前は夭折した画家村山槐多から取った名前だろう。画家だった父が尊敬する村山槐多の名を息子に付けたと推測できる。ただ、わざわざそういう名前をつけたことが映画の中で特に意味を持たされていない気がする。

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コメント

kimion20002000さん こちらにもコメントありがとうございます。昔のレビューにコメントをいただくのは最近あまり新しいレビューを書いていないせいですね。今月下旬から6月にかけてはいい作品がどんどんDVDになりますので、これからは頑張って書きます。
長崎に行かれたことがあるのですか。僕は今回広島へ初めて行ってきましたが、長崎はまだ行ったことがありません。でもこの映画で坂が多いところだと知りました。
あの本棚は僕も気になりました。巻き戻すところまではしませんでしたが、彼女がどんな本を読んできたのかを知れば、より彼女を理解できるでしょうね。DVDは持っているのでいつかまた見直したときに良く見てみようと思います。

こんにちは。
これから、ゴブリンさんの映画レヴュー一覧をときどき眺めつつ、たまたま重なったレヴューに一言コメントですが、やっていこうと思います。
TBはたぶんこちらからはうまくいかない、と思います。

「いつか読書する日」は、長崎でしょうが撮影シーンが印象的で、現地に行ったとき、ああここが自転車でのぼった坂道かな、なんて思いながらブラブラしたことがあります。

主人公の部屋が映し出されるシーンはありますよね。たぶん小道具の人たちなんでしょうが、本棚にズラッと本を並べるわけですが、僕はその本棚に凄く興味があるんですね。
DVDを何回も巻き戻してしまいましたよ(笑)
「間宮兄弟」なんかもそうですけどね。

生活感のない主人公ですが、本棚を見ると、なんとなくわかります。

ほんやら堂さん TB&コメントありがとうございます。
日付を見ると1年半前に書いた文章ですね。感覚的にはもう3年くらいたったような気がします。あれからずいぶんいろんな映画を観たということでしょう。
そうですね、若い人には退屈に感じるかもしれませんね。やはりこの映画を理解するにはある程度の人生経験が必要かもしれません。
ご指摘のシーンはぼんやりとしか記憶がありません。いずれまた見直してみたい映画です。最近どんどん記事が長くなっていますが、一つの理由は後で読んでどんな映画だったか思い出せるように詳しく書いているのです。記憶力は落ちる一方です。でも、書いていないシーンは忘れてしまうのですね。

ゴブリン様

コメント有り難うございました.
おっしゃるとおり良い映画でした.

この映画には見ていてすごく落ち着くものがあります.
年のせいか,こういう映画が気持ちにフィットするようになったのかも知れません.

子供のアパートに児童相談所と共に立ち入った後,車の中で高梨槐多が泣くシーンも印象的でした.

カゴメさん いつもTB&コメントありがとうございます。
「八月のクリスマス」を思わせる静謐な作品ですね。こういう作品が作れるようになったことは日本映画の成熟を示していると思います。日常を描くと「犬猫」、「茶の味」のようなコミカルな演出になりがちですが、この映画はせりふを使わずに役者の佇まいや息遣い、あるいはその場の空気で秘められた思いを描くという日本人がかつて得意としていた表現方法をよみがえらせた作品です。貴重な作品ですね。
ここ数年の中ではきわめてユニークな作品ですので他に類する作品はほとんど思いつきません。敢えて挙げれば「紙屋悦子の青春」あたりでしょうか。

ゴブリンさん、TBさせてくらさいませ♪♪♪

この作品、小耳に挟んでだいぶ経っていたのですが、
つい先日、フッ思い出し観てみました。
で、あまりの物凄さに驚愕。
これは素晴らしい傑作だと感じ入ったです。

カゴメはここ10年~20年の邦画を、
どことなく突き放して観てたんですが、
こんな懐かしい感覚を誘われる作品は久しぶりに観た思いです。
何だか、ホンの数年前に作られたとは思えない古典的な風韻のある作品ですね。

最初の方の、夜明け前の自転車に乗ったシーンから、
「ああ、これは・・・」と心に静電気が生じました。
それからはもぉ、息を詰める思いで観てしまいました。
いや、本当に驚いた。これは凄い。

今は、何故もっと早くこれを観なかったのだろうと、
悔やむ気持ちで一杯であります。
正直、カゴメよりもずっと先にご覧になっていたゴブリンさんを嫉妬したくなるくらいで(苦笑)。

もし、こういった路線で他の作品をご存知でしたら、
是非、お教え頂きたいであります。
まだまだ知らない近年の(邦画の)傑作ってあるんですね。

 yanzさん コメントありがとうございます。
 特に波乱に満ちた展開もなく、日常を淡々と描く、それでいて退屈させないというのは非常に難しいことだと思います。無表情な顔の下にある様々な思いを丁寧に描いている映画でした。
 また時々お寄りください。

TBいただいた路上の風景のyanzです.多方面から分析されていて素晴らしい記事ですね.興味深く読ませていただきました.それにしても,映画に造旨が深くていらっしゃいますね.
>まるでウルグアイ映画「ウィスキー」のようだ。
言われて目から鱗でした.「ウィスキー」と言われて思い出したのですが,私のフェイバリット映画のひとつである「ユマニテ」にも共通するものを感じます.これからも宜しくです.

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