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2005年12月25日 - 2005年12月31日

2005年12月31日 (土)

あの頃名画座があった(改訂版)⑧

◆87年simp-daimaru03
  この年は年間で119本観た。うち日本映画は33本。70年代後半に年間1桁台という信じられない時期があったが、その後徐々に本数が増え、84年からまた100本台に戻った。この頃ロードショー料金1500円。国立フィルムセンターは一般300円、学生200円だった。初めて行った73年頃は70円だったから、14年で4倍以上に値上がりしている。

映画祭および特集
  この年も映画祭や各種特集が多かった。様々あったが、何といっても個人的に思い入れが強いのは文芸座で開催された「中国映画祭‘87」である。10月31日から12月1日までの期間で8本が上映された。もちろん8本全部を観た。料金は一般1500円、学生1300円、前売り1200円。初めて観た中国映画はチェン・カイコーの「大閲兵」である。僕にとって思い出深い映画だ。他に「黒砲事件」、「恋愛季節」、「最後の冬」、「死者の訪問」、「スタンド・イン」、「盗馬賊」、「古井戸」を観た。最後の「古井戸」はこの年の第2回東京国際映画祭のグランプリ作品。この年から中国映画は日本で知られるようになった。名作「黄色い大地」と「野山」が公開されたのもこの87年である。秋ごろから「黄色い大地」という中国映画がすごいらしいといううわさを聞くようになった。観たのは数年後だが、まだ観ぬ中国映画に対する関心が高まっていたので、「中国映画祭‘87」にせっせと通ったのである。とにかくその質の高さに驚いた。88年から東京を離れ長野県の上田市に来たのだが、その後数年間は無理して「中国映画祭」に通った。その後の中国映画の活躍はご存知の通りだが、そのレベルの高さを決定的に世界に印象付けたのは88年に日本で公開された「芙蓉鎮」である。これは文革の生々しい実体を描いた衝撃的な映画だった。

  2月から3月にかけて三百人劇場で「五所平之助特集」。当日券1200円。「鶏はふたたび鳴く」と「大阪の宿」を観た。銀座文化2でも2月~3月にかけて「懐かしの名画スペシャル」特集があり、「逢びき」を観た。一般1200円。岩波ホールでは3月28日から4月3日にかけて「アルゼンチン映画祭」が開催された。料金は当日・前売とも1500円。5本を上映。うち「ミス・メリー」、「オフィシャル・ストーリー」、「戦場の少年たち」の3本を観る。中でも「オフィシャル・ストーリー」は圧倒的な傑作。この年のマイ・ベストテンの1位である。アルゼンチン映画は数こそ少ないがコンスタントに日本に入ってきている。88年の10月には草月ホールで「ラテンアメリカ映画祭」が開かれ、90年10月には銀座テアトル西友で「新ラテンアメリカ映画祭‘90」が開催されている。

  87年はしきりに三百人劇場に通った年だ。まず4月から5月にかけて「ソビエト映画の全貌‘87」。当日券1200円、学生1200円、特別鑑賞券1000円。目玉は長いことソ連で上映禁止になっていた「道中の点検」。堂々たる傑作である。他に観たのは「女狙撃兵マリュートカ」、「鬼戦車T-34」、「処刑の丘」、「想い出の夏休み」、「ローラーとバイオリン」、「アンドレイ・ルブリョフ」、「十月」、「全線」、「ワッサ」、「ジプシーは空に消える」、「アエリータ」、「十月のレーニン」、「解任」。実に14本も観ている。二度目に観る映画も何本か含まれているが、いかに充実した企画だったか分かる。

  同じ三百人劇場で9月に「メキシコ時代のルイス・ブニュエル特集」が組まれた。「エル」、「乱暴もの」、「愛なき女」、「嵐が丘」の4本を観る。12月から翌1月にかけては「ヨーロッパの名匠たち フリッツ・ラングとジャン・ルノワール」と「日本未公開・幻の二大傑作特集」の二つの企画が並行して組まれた。前者は「死刑執行人もまた死す」、「捕らえられた伍長」、「恐怖省」の3本とも観たが、後者は「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」と「キス・ミー・ケイト」のうち「キス・ミー・ケイト」を観逃している。

  松竹シネサロンでは5月に3期目の「寅さんまつり」、第25作~36作まで12本を上映。うち2本を観る。大晦日にはまた新作「男はつらいよ 寅次郎物語」を観て帰省。 第2回東京国際映画祭はなぜか行っていない。理由は覚えていないが、ロードショーで観ようと想ったのかもしれない。ただ映画祭協賛企画と銘打った「フェデリコ・フェリーニ映画祭」が9月25日から10月1日にかけて渋谷のパルコ劇場とスペース・パート3で開催され、「青春群像」を観ている。前売券1200円。

欧米映画先進国以外の映画
  上記のアルゼンチン映画祭と「ソビエト映画の全貌‘87」での上映作品以外に、アルゼンチン映画では「タンゴ――ガルデルの亡命」(フェルナンド・E・ソラナス監督)をスペース・パート3で、ソ連映画では「サクリファイス」(アンドレイ・タルコフスキー監督)を有楽町スバル座で、「ロビンソナーダ」と「ソポトへの旅」をシャンテシネ2で観ている。

kabe140   他に珍しい東ドイツの「フィアンセ」(ギュンター・リュッカー監督)を高田馬場東映パレスで、 トルコ映画「敵」(ユルマズ・ギュネイ監督)を岩波ホールで、チェコの人形アニメーション「真夏の夜の夢」(イジィ・トルンカ監督)を新宿東映ホール2で、スペインの記録映画「戒厳令下チリ潜入記」(ミゲル・リティン監督)を文芸座ル・ピリエで観ている。人形アニメ大国と言われるチェコの中でもイジィ・トルンカは巨匠と言われる存在だが、この頃はまだ無名だった。はじめてあの独特の味わいを持った人形の姿と一切台詞のない不思議な世界を観た時は心底驚嘆したものだ。「戒厳令下チリ潜入記」はスペイン映画だが監督はチリの亡命監督ミゲル・リティン。映画の前に岩波新書で手記が出ていたので楽しみにしていた映画だ。潜入して撮っているので実に貴重な映像である。特にアジェンデ政権がピノチェトによるクーデターで倒されるあたりの記録映像はものすごい迫力だった。

未公開作品の発掘
  この点では三百人劇場が果たした役割は大きい。上記特集で上映されたフリッツ・ラングの「死刑執行人もまた死す」と「恐怖省」、ジャン・ルノワールの「捕らえられた伍長」、マイケル・カーティスの「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」とジョージ・シドニーの「キス・ミー・ケイト」は、いずれもそれまで幻の未公開作品だったものである。

  また同劇場の企画「メキシコ時代のルイス・ブニュエル特集」で上映された作品もおそらく日本初公開である。この後毎年のように新たな作品が発掘されヴェールを脱ぐことになる。

ACT日参、小津ブームは続く、シャンテシネ開館
  ACTにはこの年の前半よく通った(なぜか6月以降は1回も行っていない)。いつもながら貴重な作品をここで観ることが出来た。「カビリアの夜」、「民族の祭典」、「夜と霧」、「我輩はカモである」、「醜女の深情」、「キートンのカレッジライフ」、「秋刀魚の味」、「風の中の牝鶏」、「国民の創生」、「イントレランス」、「タクシー・ドライバー」、「明日に向かって撃て」、「ハスラー」、「尼僧ヨアンナ」、「パサジェルカ」、「影」など。

  この年も小津ブームが続いた。いや、ブームと言うより、名画座や自主上映館の定番という本来あるべき姿になったというべきかも知れない。「落第はしたけれど」、「淑女は何を忘れたか」、「晩春」、「秋日和」、「風の中の牝鶏」、「秋刀魚の味」、「麦秋」、「浮草物語」などを観ている。

  この年初めて行った映画館は日比谷のシャンテシネ1と2である。1では「グッドモーニング・バビロン」、2では上記の「ロビンソナーダ」と「ソポトへの旅」を観ている。恐らくこの年に開館したと想われる。当時としては豪華な感じの映画館ができたという印象だった。今年の8月に久々にシャンテシネ3で「モディリアーニ真実の愛」を観てきた。恐らく十数年ぶりである。映画館横の広場には有名人の手形が押されたタイルが敷いてあった。確か昔はなかったはずだ。すっかり「お登りさん」になった自分を感じた。

結びとして
  これで連載は終了です。8回にわたる大企画も何とか年内に終わらせることが出来てほっとしています。88年以降についてはまた切り口を変えて年毎にまとめて行くつもりです。88年以降は東京を離れてしまいますし、そもそもタイトルの名画座そのものがなくなっていきます。地方にいたのでは東京の様子も分かりません。

   僕にとって90年代はビデオで映画を観る時代でした。2000年以降はビデオからしだいにDVDへ移行し、今年から完全にDVD一本になりました。劇場で映画を観るのは年に数本に過ぎません。その範囲で分かることを書いてみようと想います。

【1987年 マイ・ベストテン】
1 オフィシャル・ストーリー        ルイス・プエンソ
2 サルバドル 遥かなる日々      オリバー・ストーン
3 戒厳令下チリ潜入記         ミゲル・リティン
4 炎628                 エレム・クリモフ
5 敵                    ユルマズ・ギュネイ
6 道中の点検               アレクセイ・ゲルマン
7 バウンティフルへの旅         ピーター・マスターソン
8 死刑執行人もまた死す        フリッツ・ラング
9 スタンド・バイ・ミー           ロブ・ライナー
10 ミッション                ローランド・ジョフィ
次 古井戸                  呉 天明(ウー・ティエンミン)

  プラトーン                オリバー・ストーン
  グッド・モーニング・バビロン      タヴィアーニ兄弟
  真夏の夜の夢             イジィ・トルンカ
  大閲兵                  チェン・カイコー
  最後の冬                呉子牛(ウー・ヅーニィウ)
  緑の光線                エリック・ロメール
  マイ・ビューティフル・ランドレット    スティーブン・フリアーズ
  ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ    マイケル・カーティス
  ジンジャーとフレッド           フェデリコ・フェリーニ
  タンゴ――ガルデルの亡命      フェルナンド・E・ソラナス
  ハンナとその姉妹           ウディ・アレン
  C階段                  ジャン・シャルル・タケラ
  サクリファイス              アンドレイ・タルコフスキー
  眺めのいい部屋            ジェイムズ・アイヴォリー
  モーニング・アフター           シドニー・ルメット   

2005年12月30日 (金)

ライフ・アクアティック

2005年 アメリカ cut
原題:THE LIFE AQUATIC WITH STEVE ZISSOU
アニメーション:ヘンリー・セリック
脚本:ウェス・アンダーソン、ノア・ボーンバック
監督:ウェス・アンダーソン
音楽:マーク・マザースボウ
撮影:ロバート・D・イェーマン
出演:ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、ケイト・ブランシェット
   アンジェリカ・ヒューストン、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム
   マイケル・ガンボン、バッド・コート、ノア・テイラー、シーモア・カッセル
   セウ・ジョルジ、ロビン・コーエン

 「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」のウェス・アンダーソン監督作品。正直言って彼がこういう映画を作る人だとは知らなかった。「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」は軽いコメディだったという以上の記憶はない。どうやら「天才マックスの世界」という映画がオタク心をくすぐる映画だったようだ。

  なるほど確かに「ライフ・アクアティック」はオタクの世界だ。まず手作りクリーチャーがいかにもそれらしい作りである。“クレヨンタツノオトシゴ”やら“キャンディガニ”やら“ベトコンクラゲ”などといった珍妙なものが登場する。当然わざとらしく作ってある。そして極めつけは“ジャガーザメ”。「ナイトメアー・ビフォー・クリスマス」のヘンリー・セリックがアニメーション・ディレクターとして参加しているので作りは確かだ。といっても当方マニアックな世界からはあまりに遠い世界に生きているので、ヘンリー・セリックという名前はこのレビューを書くためにあれこれ検索していて初めて知った。こちとら映画全体に関心が向くのでアニメーターなどには全く関心がない。いずれにしても、細部へのこだわりは相当なものである(だからオタクなのだが)。水中の生物などはパペットを用い、水中で動かしつつ高速撮影した上でスロー再生したものらしい。そうそう、海賊が飼っていた3本足の犬や体にカメラをくくりつけたイルカの撮影隊なんてのも出てきたなあ。

  登場人物も凝りに凝っている。主人公のスティーヴ・ズィスー(ビル・マーレイ)、その妻(アンジェリカ・ヒューストン)、ズィスーの前に「たぶん、あなたの息子です」と言って現れたネッド(オーウェン・ウィルソン)、雑誌記者のジェーン(ケイト・ブランシェット)、出資者から送り込まれた監視員(バッド・コート)、成金で出資者の男(ジェフ・ゴールドブラム)、さらにチーム・ズィスーの一員としてウィレム・デフォーとセウ・ジョルジも出演している。いずれも周到にユニークな性格付けがなされている。チーム・ズィスーが乗り込む船はベラフォンテ号と名づけられている。チーム・ズィスーのメンバーは揃いのユニフォームと赤いニット帽を身につけている。胸にはチーム・ズィスーの頭文字をかたどったシンプルな “Z”のロゴが入っている。パジャマまで全員同じという徹底ぶり!チーム・ズィスー自体が一種の疑似家族なので必要なアイテムなわけだ。細部にわたる過度なまでの作り込み、それはもうあきれるほどだ。

  キャラクターの性格が全員ゆるゆるの設定。ビル・マーレイの飄々としたキャラクターは映画全体のゆるい性格を決定付けている。いい加減そうでいてどこか憎めないキャラクター。ジェフ・ゴールドブラムは完全に喜劇的キャラクター。全くの成金ぶりで笑わせる。びっくりしたのはウィレム・デフォーだ。「プラトーン」で演じた狂気じみた百戦錬磨の兵士ぶりがいまだに目に焼きついているので、こんなコミカルなおとぼけ役が似合うとは正直驚きだ。ケイト・ブランシェットは日焼けしたような黒い顔で、全く美人ではない役柄。でもこの曲者ぞろいの中ではちょっと浮いていたかな。セウ・ジョルジはいつも船べりでギターを持って歌っているのだが(おかげで海賊の襲撃に気付かなかった)、歌っているのがデビッド・ボウイの曲。だそうだ。

dolphin-wave1   面白いのはベラフォンテ号をそのまま縦に断面で切り取った大きなセットをつくり、船室から船室へとカメラが移動して内部の構造を見せる場面だ。外面は古びているが内部はサウナとかジャグジーまである豪勢なつくり。とにかくセットとか小物も含め、ビジュアル的にこれでもかとばかり、それこそ偏執的ともいえるくらいこだわっている。まさにオタクの誉れ。全体のストーリーなんかどうでもいい。細部にこそ神は宿るというわけだ。作る側も観る側もオタクという性格の映画だから、凝ること凝ること。おかげでオタクでもマニアックでもない僕でも結構楽しめる。

  主人公スティーヴ・ズィスーはジャック=イヴ・クストーを思わせる海洋学者兼映画監督という設定。だがこのところ興行成績は下がりっぱなしの落ち目の監督だ。撮影のための資金繰りもままならない。前作で旧友かつ片腕のエステバンを“ジャガーザメ”に喰い殺され、その敵討ちを映画にしようとチーム・ズィスーを率い新たな航海へと旅立つ。そういう話。クストーとはこれまた懐かしい。「沈黙の世界」か「太陽のとどかぬ世界」を学生の頃に観たはずだ。当時は「世界残酷物語」のグァルティエロ・ヤコペッティと何となく混同していた覚えがある。記録映画作家がまだ珍しかったからだろう。それはともかく、クストーのせいなのか、アメリカ映画なのにどこかフランス映画のテイストがある。

  ズィスー率いる個性豊かな愛すべき仲間たちが繰り広げる冒険物語なのだが、そこに「宇宙戦争」同様サブストーリーとして家族関係が織り込まれている。ズィスーのダメ親父ぶりと「父と息子」の確執を中心にして(妻との確執もある)、その周りに擬似家族としてのチーム・ズィスーを絡ませるという二重構造だ。家族のぬくもりや助け合って仲良く暮らす様子がほほえましいのだが、とにかく話がもたつきすぎる。ドタバタ劇というよりダラダラとだるい展開で、時々脱力系の笑いをかます。もちろんこのチープでレトロな感覚はわざとだしている。このすっとぼけた感じにはまる人ははまるのだろうが、僕には今ひとつだった。

  何せストーリーがゆるゆるでどうしようもない。一応骨格となる枠組みがないと長編にはならないからとりあえずストーリ-を取ってつけてみましたという感じ。全体の構成やストーリーや完成度などはもはやどうでもよく、細部にこだわり「そうそうあれいいよねー」などと仲間と言い合いながら観るような映画だ。このままでは文字通りのマニア向け映画だ。どうせ作るんなら「ナイトメアー・ビフォー・クリスマス」やニック・パークの「ウォーレスとグルミット」シリーズ並の傑作を作れといいたい。せっかくこれだけユニークで面白い登場人物やクリーチャーを作り上げながら、枠組みとなるストーリーがゆるゆるなため長編映画としてはB級どまりになってしまっている。だったらむしろ、いっそ50分くらいの中篇に再編集して、すっきりさせるのが正解かも。

2005年12月29日 (木)

宇宙戦争

原題 : War of the Worldshoseki4
監督 : スティーブン・スピルバーグ
製作 : ポーラ・ワグナー
原作 : H.G.ウェルズ
音楽 : ジョン・ウィリアムス
出演 : トム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンス
     ミランダ・オットー

  スピルバーグの「宇宙戦争」は評価が大きく割れているようだ。否定派の理由はほぼ共通している。宇宙人に襲われた地球を救うために一人のアメリカのヒーローが雄雄しく立ち上がり、敵をばたばたと倒して地球を救う、およそこういうストーリーを期待していたのに当てがはずれてがっかりしたというものだ。恐らく頭の中には「インデペンデンス・デイ」のイメージがあったに違いない。そう、確かにヒーローも出てこないし、大統領が活躍したりもしない。主演のトム・クルーズはヒーローどころか、ただひたすら逃げ惑うばかりだ。

  また総じて激しい戦闘シーンを期待している。だがまともな戦闘シーンなどほとんど描かれない。あらかじめ強力なシールドが張られているため、人間の武器など役に立たないという設定になっていることもあるが、そもそも全体像は何も分からない。一貫して逃げ惑うトム・クルーズ親子に焦点が当てられているので、彼らが遭遇しないものは画面に映らないのである。最初のトライポットの攻撃によって街が破壊されるシーンだけは迫力があるが、後は逃げ隠れしてるだけじゃないか。逃げ回るだけでは面白味に欠けると。映画に「刺激」だけを求める人たち、あるいはトム・クルーズに世界を救って欲しいと願っていた人たちには総じて評判が悪い。

  もう一つ共通しているのは、もっときちんと説明をいれるべきだという不満。一体宇宙人は何が目的で地球にやってきたのか、そもそも何が起こっているのかさっぱり分からないじゃないか。あの血のように赤い植物の根っこの様なもの、あれは一体なんだ。こういう疑問には一切答えていない。これは肯定派にもある不満である。

  そもそも「宇宙戦争」にヒーロー物語を期待するのが間違っている。H・G・ウェルズの原作がまずアンチ・ユートピア小説なのである。映画でも一部引用されているが、冒頭にこう書かれている。

  十九世紀の末において、このおそるべき事実を知っていた者が、はたして何人いたことであろうか?われわれの住む地球は、われわれの知能をはるかに凌駕する生物によって、するどく見守られ、周到綿密に観察されていたのである。その生物たるや、われわれ人類同様、生き、かつ死に、そしてその眼で、われわれ地球人がこの世の営みにあくせくしているさまを、顕微鏡下の水滴中にうごめき、繁殖をつづける微生物でも見るように、観察と研究とをつづけているのだった。
  その間われわれ人類は、物質の支配に成功した思いあがりから、無限の自己満足に陶酔し、意味もない日常瑣事《さじ》に追いまくられ、地球上を右往左往していたにすぎなかった。それは顕微鏡下に見る滴虫類のうごきと、なんら異なるところがなかったといえよう。宇宙間に存在するより古い星の世界に、われら人類の危難の涙がひそんでいようとは、夢にもおもいを馳せなかったのだ。・・・(中略)
  しかし、うぬぼれつよく、虚栄心に盲《めし》いた地球人は、十九世紀の末にいたるまで、そこに、われわれ人類をはるかに超える能力をもつ知的な生命が発達していること、いや、そういった生物の生息している事実さえ、みとめようとしなかった。
 (宇野利泰訳 http://www.gutenberg21.co.jp/U_sensou.htmより)

  人類の「思い上がり」と「自己満足」という表現に込められた皮肉な視線、そしてその思い上がった人類をまるで「微生物」のように観察している「われわれの知能をはるかに凌駕する生物」の存在。これだけでこの古典的SF小説の基本的な姿勢が読み取れる。地球の支配者として思い上がった人類に警告を発しているのである。万物の霊長を自認して「虚栄心に盲いた」人類を裸にしてしまったのだ。裸になった人間はまことに弱い存在である。何も持たずに裸でジャングルに放り出されたら一体何日生きられるか。人間の肌ほどもろい皮膚はない。ちょっと引っかいただけで血がにじむ。鋭い爪も牙もない。裸の人間は無力である。

  しかし人間はそのもろさを智恵で補ってきた。鋭い爪や牙がなければ武器を持てばよい。早く走れないなら自動車に乗ればいい。空を飛べないなら飛行機やヘリコプターを使えばいい。やわな体も服を着れば寒くないし、必要なら防弾チョッキや丈夫な防護服を着ることも出来る。それでも弱ければ戦車でも装甲車でも用意すればいい。象の様な力がなければ重機を使えばいい。こうして人間は地球上のどんな動物よりも早く走れ、高く遠くまで飛べ、どんな猛獣よりも強くなることが出来た。それもすべて人間の智恵のおかげである。しかしその驕り高ぶった人類よりもっと優秀な生物がいたとしたら?それこそ「宇宙戦争」の主題であった。

  人類を上回る智恵と武器を持った宇宙人の前では人間は文字通り裸同然である。逃げ惑うしかない。パニックになり、人を押しのけてでも自分だけ助かろうとあがきまくる。実際そうなることは1938年の10月30日に証明された。H.G.ウエルズの「宇宙戦争」をオーソン・ウエルズが脚色して、ラジオで「火星人来襲」のドラマを本当のニュース放送のように流したところ、事実だと思い込んだ人々が大騒動を起こしましたという有名な話である。

  この『宇宙戦争』をうまくアメリカのイデオロギーに合わせて改変したのが他ならぬ「インデペンデンス・デイ」である。アメリカ人は大統領を先頭に勇敢に宇宙人と戦い、ついにこれを撃退するという、なんとも都合のいい話。アメリカが世界を救う。アメリカ・アズ・NO1というお話である。ほぼ同時に作られ、この「インデペンデンス・デイ」をおちょくったかと思えるのがティム・バートンの「マーズ・アタック」である。オールスター・キャストなのだが、有名俳優は早々に殺されてしまう。大統領ならぬ無名の人たちが活躍する映画である。もっとも火星人も悪ガキ程度でスピルバーグ版のような無慈悲さはない。明らかに「インデペンデンス・デイ」タイプの映画に対する意識的なアンチテーゼとして作られている。

to   こうしてみるとスピルバーグ版の性格(特質)が見えてくる。ここでは人類の「思い上がり」や「うぬぼれ」に対する風刺よりは、むしろ「強いアメリカ」に対する風刺がこめられている。その上に9.11のテロで逃げ惑うアメリカ人の姿がかぶさっている(壁にたくさんの行方不明者の名前が貼られているシーンがあった)。さらには、もう一ひねりして見れば、アメリカの道理のない侵略によって女子供まで無差別に殺されたイラク国民の姿もオーバーラップされているともいえる。ちょうど53年版の映画が核戦争の恐怖を重ね合わせていたように。スピルバーグ版はまさにそういう映画である。その出発点を正確に抑えないと見当違いな感想に終わってしまう。原作ではイギリスの各地に隕石と思われるものが落下したことになっていたのを、アメリカを舞台に変えてはいるが、それは別に問題ではない。原作がイギリス小説で映画はアメリカ映画だというだけのことだ。重要なのはアメリカ万歳、アメリカが世界を救うという観点がほとんどないことである。ただ、トム・クルーズが手榴弾で宇宙船を破壊するあたりは「インデペンデンス・デイ」を想起させる。まあ、ちょっとは反撃もしないと観客の気持ちが収まらないと考えたのだろう。

  映画を支配しているのはヒーローの勇気ではなく恐怖である。訳のわからない恐怖。侵略者は最後まで得体が知れない。侵略者が火星人だとすら説明されていない。そもそもなぜ地球が攻撃されるのかも分からない。これは意図的にしたことだろう。原作にはきちんと説明があるからだ。火星人は死滅の危機に瀕しており、「さしせまった必要性」によって「みどりの色濃い植物、灰色の水、豊饒を告げる雲をうかべた大気」を持った別の星への侵略に駆り立てられていたのである。

  あえて何も説明しなかったのは明らかに「得体の知れない恐怖」を描きたかったからだろう。それこそスピルバーグの原点である。最初に撮ったTV映画「激突」は正体の分からないトラックに追い回される恐怖映画である。トラックの運転手は足元しか映されない。最後まで顔が見えない恐怖。「ジョーズ」もいつ巨大サメが現われるか分からない恐怖が充満していた。スピルバーグは得体の知れないものの怖さを知り尽くしているのだ。「得体の知れない恐怖」という意味ではSF映画の金字塔「エイリアン」の第1作もまさに敵の姿が見えない恐怖をこれ以上ないほど徹底して描きこんでいた(ちなみに宇宙人の形もグニョグニョした生き物ではなくエイリアンに近い)。しかしエイリアンはまだ銃や砲弾で倒せた。ところがシールドを張ったトライポッドには全く通用しない。しかもトライポッドの破壊力は絶大である。突然理由も分からず強力な兵器を持った敵に襲われたら誰でも逃げ惑うしかない。何で襲われるのか分からないし、敵の正体も分からないからなおのこと怖い。スピルバーグはそういう逃げ惑う人間の恐怖体験を描きたかったのだ。だからこそヒーローでもスーパーマンでもない普通の男が主人公として必要なのである。彼の視点からは全体像が何もわからない。映画を観ているわれわれにわかる(例えば字幕などで)ことでも、彼にはわからない。反撃すら出来ず、緊張と恐怖と無力感にさいなまれるばかり。その無力感と恐怖が(偽ラジオ番組が証明したように)現実的だからこそ怖い。

  トライポッドを下から人間が見上げるショットが実に効果的だ。その巨大さが視覚的に伝わるし、まさに「細菌」並みの人間のちっぽけさと無力さが実感される。しかもトライポッドは正確に人間1人ひとりをレーザー光線で焼き払ってゆくので、次は自分も殺されるという恐怖感が直に伝わってくる。このあたりの描き方は憎いほどうまい。生き血を吸うシーンなんかよりずっと怖い。そんなものはホラー映画で慣れっこだ。

  ウエルズの原作では一人の男が主人公であり語り手である(一部彼の弟が語り手になる部分があるが)。主人公は途中で家族と別れてしまい、逃げる途中で他の避難民と一緒になることはあるが基本は一人で行動する。スピルバーグ版の映画では親子をメインのキャラクターにした。その結果、家族愛というサブ・テーマが織り込まれる。アメリカ映画得意のテーマである。どんな緊迫したアクションものでも、アメリカ人はこれを描かないと気がすまない。「アルマゲドン」しかり、「ディープ・インパクト」しかり。なぜなら、そこが泣かせのツボだからだ。だが、ここでもスピルバーグは型どおりには描かない。トム・クルーズがかっこいい父親役でないのは言うまでもない。息子には馬鹿にされている。泣きわめく娘には散々てこずらされる。全くいいところのない父親である。彼を単なる港湾労働者に設定したように、あくまで普通の父親に過ぎない。子供たちの前で勇敢なところを見せる場面は全くない。最後に家族が再会した後も、基本的な関係は変わらないだろう。別れた妻とはよりが戻る可能性はないし、子供たちは母親の方を慕っている。その描き方がいい。スピルバーグは最後まで原作通りアンチ・ユートピアの姿勢を保っている。

  主人公を兄弟ではなく親子にしたのは、単なる戦争アクションものではなく人間のドラマを描きたかったからだろう。ただ人間ドラマとしては今ひとつだ。ティム・ロビンスの起用も十分生かされているとはいえない。息子にいたっては本当に必要だったのかという疑問すら浮かぶ。家族愛のテーマは意図したほど映画にふくらみを与えているとはいえない。むしろ、パニックになって車を奪い合ったり、われ先にとフェリーに乗り込もうとするあさましい群衆のほうがリアルだった。

 なお、タイトルがいろいろ物議をかもしているが、原題を見るとWorldsは複数形になっている。つまり火星と地球という二つの世界の間の戦争という意味である。

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2005年12月27日 (火)

あの頃名画座があった(改訂版)⑦

◆86年fudesaku1
   この年は全部で136本鑑賞。その内53本はなんと日本映画である。自分でも驚くほど日本映画を観ていた。しかもかなり貴重な作品も観ている。「原爆の子」、「裸の島」、「愛染かつら」、「君の名は」、「荷車の歌」、「にっぽん泥棒日記」、「貸間あり」、「幕末太陽伝」、「馬」、「豚と軍艦」、「めし」、「人情紙風船」、「宗方姉妹」、「父ありき」、「戸田家の兄弟」、「墨東綺譚」、「青べか物語」、「帰郷」(50年、大庭秀雄監督)など。「天空の城ラピュタ」もこの年の新作として観ている。

  86年の正月に(1日から4日にかけて)なんと連続7本もテレビで観ている。「喜びも悲しみも幾歳月」、「アパートの鍵貸します」、「ヘアー」、「ジョーズ」、「ミスター・アーサー」、「チャップリンのサーカス」、「誰が為に鐘は鳴る」。正月ってこんなに映画やってたんだっけ?まあ、他に観るものがないからせっせと観ていたのだろう。

  この年も各種の意欲的な特集が組まれた。銀座文化2は企画が面白い。1月から2月にかけて世界の美女を特集。バーグマン、ディートリッヒ、グリア・ガースン、エリザベス・テイラーの競演。「熱いトタン屋根の猫」(テイラー)を観る。竹橋の近代美術館(一時フィルムセンターが身を寄せていたところ)で2月から3月にかけて「特集・逝ける映画人を偲んで(1984-85)」。「地獄門」(衣笠貞之助監督)、「非行少女」(浦山桐郎監督)、「馬」(山本嘉次郎監督)の3本を観る。一般300円、学生200円。3月から4月にかけて大井武蔵野館と大井ロマンで川島雄三特集。「あした来る人」、「風船」、「しとやかな獣」、「天使も夢を見る」、「貸間あり」、「接吻泥棒」を鑑賞。別に並木座で「幕末太陽伝」を観る。

  東銀座の松竹シネサロンで「寅さんまつり」。当日一般1300円、学生1100円、前売1000円。全作品を放映するという大企画。第1期は4月26日から6月6日までの12本。チラシにチェック印をつけながらせっせと通った。第1期は8本を鑑賞。第2期は10月4日から24日までの12本。こちらは4本鑑賞。第3期は翌年の5月。この時見逃した2本を11月に文芸地下で鑑賞。大晦日の12月31日に新作「男はつらいよ 幸福の青い鳥」を見て帰省。

  7月7日から8月1日まで三百人劇場で「成瀬巳喜男特集Vol.1」。当日1200円、前売1000円。「めし」、「乱れる」、「稲妻」、「あにいもうと」の4本を観ている。10月から11月にかけて「Vol.2」があったが、こちらはなぜか1本も観ていない。10月にテアトル新宿でチャップリンの特集。長短編あわせて5本観る。新宿の東映ホールで10月から11月にかけて「マルクスの二挺拳銃」、「マルクス一番乗り」、「オペラは踊る」、「マルクス兄弟珍サーカス」、「マルクス兄弟デパート騒動」。このころマルクス兄弟ブームだった。

  11月1日から12月1日まで日比谷のみゆき座で「みゆき座開場30周年記念 東宝シネ・ルネッサンス‘86」を開催。「グランド・ホテル」、「女だけの都」、「巴里の屋根の下」、「リラの門」の4本を鑑賞。11月に池袋のスタジオ200で「トルコ新作映画特集」。4本上映されたが観たのは「エニー・アザー・ウーマン」(シェリフ・ギョレン監督)のみ。当日1200円、前売1000円。なお、東京国際映画祭はこの頃は1年おきにやっていたので86年はお休み。

  この頃はかなりいろいろな国の映画が観られるようになってきた。中でも岩波ホールの果たした役割が大きいのは言うまでもない。2月に「アルシノとコンドル」。ニカラグア映画だが監督はチリのミゲル・リティン。3月にユーゴスラビア映画「パパは出張中!」(エミール・クストリッツァ監督)。11月にインド映画「家と世界」(サタジット・レイ監督)。12月にトルコ映画「群れ」(ユルマズ・ギュネイ監督)。

   池袋のスタジオ200では珍しいフィリッピン映画「悪夢の香り」(キッドラット・タヒミック監督)を観た。ほとんど素人の自主上映作品並の出来だった。キネカ大森でスイス映画「光年のかなた」(アラン・タネール監督)、シネ・ヴィヴァン六本木でギリシャ映画「シテール島への船出」を観た。ユーロスペースでトルコ映画「ハッカリの季節」を観る。翌日ユルマズ・ギュネイ監督の「エレジー」と「獄中のギュネイ」を二度目の鑑賞。新宿の東映ホール1でエジプト映画「アレキサンドリアWHY?」と「放蕩息子の帰還」(共にユーセフ・シャヒーン監督)を観る。エジプト映画は初めて観た。歌舞伎町シネマ2でハンガリー映画「ザ・バルチャー 哀しみの叛逆」。東欧には珍しいアクション映画だった。

  2月1日に面白い経験をしている。この日は先ず高田馬場東映パラスで「血の婚礼」(カルロス・サウラ監督)と「ル・バル」(エットーレ・スコラ監督)観た後、同じ馬場のACTで新藤兼人監督の「裸の島」を観た。「ル・バル」と「裸の島」はどちらも一切台詞のない映画だった。こんな偶然があるものだ。

fudesaku4   この年はなぜか音楽映画を結構観ている。ユーロスペースで「ミニー・ザ・ムーチャー」、渋谷ジョイシネマで「ゴスペル」、池袋ジョイ・シネマ2で「ブルー・タートルの夢」、日比谷映画で「真夏の夜のジャズ」。スティングの「ブルー・タートルの夢」なんて観た事自体完全に忘れていた。

  この年発掘された未公開作品はエドワード・ドミトリク監督の「十字砲火」(47年)。新宿ビレッジ2で観た。もう1本。吉祥寺のバウスシアターで観たピーター・ブルック監督の「注目すべき人々との出会い」も恐らくそれまで未公開だ。神秘思想家グルジェフの伝記映画である。神秘的かつ瞑想的で、実に変わった映画だった。

  この頃には新作はほとんど封切館か二番館で観ている。この年初めて行った映画館は結構多い。「おもいでの夏」と「草原の輝き」を観た五反田TOEIシネマ、「アルジェの戦い」と「無防備都市」を観た池袋のパモス青芸館(ACTの池袋新劇場)など。珍しいところでは「自由を我等に」を観たシアター三省堂。神田の三省堂書店の中にあったのだろうか。全く覚えていない。封切館や二番館はどこでもほとんど同じなので特に名前は挙げない。1年を通してよく通ったのは松竹シネサロン(最多の6回)、並木座、ACT、岩波ホール、ユーロスペース、そして新宿の東映ホール1と2(何と、合わせて8回も行っている)。文芸地下は2回行っているが、文芸座やル・ピリエには1度も行っていないのは意外だ。いわゆる名画座は他に佳作座、早稲田松竹、荻窪オデヲンにそれぞれ1、2度行った程度。パール座や三鷹オスカーは1度も行っていない。前年何度か通った八重洲スター座や下高井戸京王も皆無。新作はロードショーで観て、名画座では古い名画を観るというように使い分けていたようだ。

  名画座よりもむしろACT、三百人劇場、国立近代美術館(フィルムセンター)、スタジオ200、シアターアプル、パモス青芸館などの自主上映館を頻繁に利用している。当時は気がつかなかったが、こうして振り返って整理してみるといろんなことが分かって面白い。

【1986年 マイ・ベストテン】
1 パパは、出張中!         エミール・クストリッツァ
2 黄色い大地             陳 凱歌(チェン・カイコー)
3 未来世紀ブラジル         テリー・ギリアム
4 群れ                 ユルマズ・ギュネイ
5 シテール島への船出        テオ・アンゲロプロス
6 野山                      顔学恕(ヤン・シュエシュー)
7 家と世界                サタジット・レイ
8 ダウン・バイ・ロー          ジム・ジャームッシュ
9 蜘蛛女のキス               ヘクトール・バベンコ
10 ザ・リバー               マーク・ライデル
次 十字砲火               エドワード・ドミトリク
  カラー・パープル            スティーブン・スピルバーグ
  ラウンド・ミッドナイト        ベルトラン・タヴェルニエ
  カイロの紫のバラ          ウディ・アレン
  注目すべき人々との出会い    ピーター・ブルック
  アルシノとコンドル         ミゲル・リティン

  「野山」を観たのは89年3月である。「黄色い大地」は89年4月。「未来世紀ブラジル」は88年11月。いずれもビデオで観ている。僕がはじめて中国映画を見たのは87年である。一般に知られるようになったのも「古井戸」が東京国際映画祭でグランプリを取った87年頃からだ。なお、次点の下は並べただけで、順位ではない。

酔画仙

2002年 韓国 Kingyo01
監督:イム・グォンテク
主演:チェ・ミンシク、ユ・ホジョン、アン・ソンギ、ソン・イェジン
    キム・ヨジン ハン・ミョング、チョン・テウ、チェ・ジョンソン

  「酔画仙」は実在した天才画家チャン・スンオプ(1843~1897)の生涯を描いた伝記映画である。監督は名作「風の丘を越えて~西便制」のイム・グォンテク。2002年の第55回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。彼の作品を観るのは「シバジ」、「風の丘を越えて」に続いて3作目である。

  「酔画仙」はさすがの出来だ。岩波ホールで公開されたが、いかにも岩波ホール向きの作品である。「風の丘を越えて」では韓国伝統のパンソリを題材にしたが、こちらは水墨画の世界。墨といっても黒以外の色も用いるが、やはり黒墨を中心としてシンプルな線と構図と墨の濃淡で表現する画である。

  チャン・スンオプは「朝鮮時代三大画家」の一人とされる巨匠である。「酔画仙」はチャン・スンオプの幼少の頃から死ぬまでを描いている。彼は19世紀・朝鮮時代末期に貧しい家に生まれた。子どもの頃から既に天才的な絵の才能を発揮し、やがては宮廷画家にまでなる。しかし破天荒で束縛を嫌うスンオプは宮廷を抜け出し自由に生きる。絵の道も生き方に似て、型どおりの画法を嫌い独自の絵を追求する。彼の自由奔放な生き方と独自の絵の追求がこの映画の主題である。

 しかし、残された絵も彼に関する記録も極めて少なく、その生涯には謎が多い。「最後は仙人になった」と言われることから「酔画仙」と呼ばれるようになったようだ。したがって、映画「酔画仙」の大部分は残されたわずかな絵や資料を基に創作され脚色されたものである(ショッキングなラストも当然創作である)。恐らくそのためだろう、「アビエイター」や「ビヨンドtheシー」のように、無理やり一人の人物の一生を2時間の映画の中に詰め込もうとして消化不良になってしまったという印象はあまりない。無理なく彼の創作や創作上の苦悩と破天荒な生き方に焦点を当てられたのである。

  また、恐らく彼の自由奔放な生き方ゆえであろう、イム・グォンテクの作品としては重苦しさがあまりない。基本的には娯楽映画ではなく芸術的な映画だが、適度に娯楽性も盛り込んでいる。スンオプに与えられる絵の助言も分かりやすく難解ではない。

  見所は何といってもその創作過程。何もない紙にいきなり筆を入れると、たちまちそこに見事な絵が出来上がってゆく。驚異の世界だ。映画では一気に描き上げてゆく様子が描かれているが、実際は筆を入れるまでにかなりの時間をかけるのだろう。下書きもなく何もない白紙に一気に描き入れるのだから、当然それまでに頭の中で絵の姿が出来ていなければならない。「気」が高まるのを待って、エイとばかりに筆を走らせる。絵の具で描く絵のように全体を塗りつぶすわけではない。基本的に線画である。したがってビアズリーの挿絵のように白と黒のコントラストによる構成の妙が命である。もっともビアズリーの場合「ライン・ブロック」と呼ばれる印刷法の制限で白と黒の対比だけで、微妙な中間色や濃淡を表すことは出来ないのだが、水墨画は筆だから線の太さや濃淡がまた味わいを生む。しかし、白地の部分を活かして余計な部分をいっさい切り捨てて、わずかな的確な線だけを生かすという表現法には共通するものがあるだろう。クリムトの絵のような極彩色で装飾過多の世界とは対極にある(クリムトの絵が悪いと言っているわけではない、あれはあれで好きだ)。

  彼の絵がどれほど、またどのように革新的であるかは、それ以前の画法とじっくり比べてみないとよく分からない。映画だけでは無理だ。ただ彼が画家として成長してゆく過程はそれなりによく描かれていたと思う。その折々に語られる助言、例えば、ただ対象をそのまま描くだけではなくそこに描く者の心を付け加えなければならない等の助言も難解ではなく、何とか素人にもついてゆける。伝統にこだわらない彼の自由な画風が、彼の自由奔放な生き方と裏表の関係にある事が強調されている。偏屈なほど束縛を嫌い、逃亡と放浪を繰り返す。何しろ「宮廷画家に任命されてから宮廷を3回も逃げだした」、「酒と女なしでは絵が描けなかった放蕩者」などの記録が残っているそうである。どう考えても窮屈な世界におとなしくこもっている類の男ではない。

  スンオプが師と慕い、またスンオプを一番理解し的確な助言を与えたのはキム・ビョンムン(アン・ソンギ)である。スンオプ役のチェ・ミンシク同様、名優アン・ソンギはまさに適役である。岩の様な落ち着きと深い知識を持ち、温かくスンオプを見守る慈父の様な存在。やがて政変によって官憲に追われ隠れ住むことにもなるが、そんな境遇でも落ち着きと気品を失simp-daimaru01わない。難しい役だがアン・ソンギは見事にそれに応えた。彼は貴族ながら改革派の進歩的知識人で、水墨画にも深い知識を有している。貧民街で育った下賎な身分のスンオプを見出したのも、彼を絵の師匠に弟子入りさせたのもキム・ビョンムンである。そして何よりもスンオプの絵の最も優れた理解者であり助言者であった。彼の類まれな絵の才能を見抜き(スンオプの観察力と記憶力は驚くべきもので、若い頃古い画帳を夜中に一度こっそり盗み見ただけで本物そっくりに再現してしまった)、さらに中国画の真似ではなく朝鮮画の真髄を見つけるよう助言する。彼にはその期待に応えられるだけの才能があると見抜いていたからだ。そしてスンオプもそれに応えようと苦悩する。彼が一番酒におぼれたのはその時だ。彼ほどの才能をもってしても新しい画法を生み出すのは容易ではない。悩むほどに酒を飲み、飲むほどに苦悩は増す。もっとも、酒を飲まなければ絵が描けないというのは、伝説の類だろう。かつて麻薬をやるといい演奏が出来るとされたジャズ・ミュージシャンと同じで、何の根拠もない。酒も麻薬も逃避に過ぎない。有名人ほど逸話も多く、話には尾ひれがつくものである。実際に酒はかなり飲んだのだろうが、それと創作とは何の関係もない。一度見ただけで絵を再現したという話もその類で、どこまで信じられるか分かったものではない。ただこれは基本的にフィクションなので、それはそれとしてとりあえず受け入れておけばいい。

  改革派のキム・ビョンムンは日本と組んで体制の転覆を図ったが、三日天下で終わり、やがて追われる身となる。スンオプも巻き込まれそうになる。清国と日本の間で翻弄されてきた朝鮮の歴史が絡められているが、これはそれほど深く描かれてはいない。背景程度だ。スンオプは一人放浪し自己を見つめ直し、自分の絵を追求する。

  彼が放浪する土地の風景が素晴らしい。色彩に乏しく、まさに水墨画のような寒々とした景色も出てくる。霧にかすむ山、荒涼とした草原、これらの映像が彼の描く水墨画の世界に見事にマッチしている。一方、彼の家の庭など、人家があるところでは花の色など色彩があふれている。それが赤や黄色などの色をワンポイントのように使う彼の絵の世界にまた合う。彼が絵の発想をどこから生み出すのかほとんど描かれていない(また描きようがない)が、水墨画の様な自然の中を歩く彼を描くことによって、彼は自然から絵の発想を得ていると暗示しているようだ。これはなかなか見事な演出である。彼はあくまで自然を描く画家であり、彼は創作上の壁にぶつかると自然の中に入り、自然を見つめ彼自身の心を見つめる。彼の絵の源泉は酒や女ではなく自然なのである。

  キム・ビョンムンの助言とスンオプの出自が最後に結びつく場面がある。スンオプは貧しい生まれであるため画の才能を認められつつも、周りの画家仲間たちから馬鹿にされていた。身なりにしても彼だけがみすぼらしいなりをしていた。彼が庶民の集まる安酒場に行き昔のなじみと話をする場面が何度か出てくる。そこは彼にとって落ち着ける場所なのであろう。そんな彼にキム・ビョンムンがもっと庶民的な絵を描くべきだとある時助言する。スンオプはそれに応えて一枚の絵を彼に献上する。ラスト近く、スンオプは官憲に追われるキム・ビョンムンが隠れ住んでいる庵に行くが、キム・ビョンムンはいない。だが彼に渡した絵が置かれていた。スンオプは、以前キム・ビョンムンに頼まれたとおりに、絵の中の家に黄色の彩色を施す。ただ一人信頼していた師に対する彼の限りない思慕の情が表れていて素晴らしい場面である。

  しかし、優れた映画なのだがなぜか感動は薄い。「風の丘を越えて」とは違って、魂の奥底をゆさぶられるような感動はない。彼や彼の絵があまりに常人の理解を超越しているからか。いや、そうではないだろう。才能は別にして、彼も酒と女におぼれ、悩み苦しむ普通の人間である。優れた画家として認められた後も、どこか庶民的なところが残っている。恐らくイム・グォンテク監督の演出が感情移入をあえて阻んでいるのである。劇的な演出や安易な涙を誘う演出は避けている。そして何よりも、彼の演出がスンオプの内面に過度に入り込まず、終始客観的冷静に描いているからだろう。このことが作品の出来を高めたのか低めたのか、にわかには判断しがたい。

  最後に女優について一言。スンオプが最初に憧れるソウン役でソン・イェジンが出ている。しかしこれが彼女の最初の映画出演作で、その美しさは印象的だが出番は多くない。むしろ彼を慕い続けた妓生メヒャンを演じたユ・ホジョンとスンオプの妻(愛人?)役のキム・ヨジンの方がずっと重要な役である。特にユ・ホジョンの美しさと存在感は特筆に価する。

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