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2005年12月4日 - 2005年12月10日

2005年12月10日 (土)

ビフォア・サンセット

2004年 アメリカ  031107
原題:Before Sunset
脚本:リチャード・リンクレイター、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
監督:リチャード・リンクレイター
撮影:リー・ダニエル
出演:イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー

 「恋人までの 距離(ディスタンス)」の続編である。僕はこの前編を観ていない。しかし最初の10分ほどで前編とのつながりは理解できるので、特に前編を観ていなくても支障はない。もちろん「恋人までの 距離」を先に観ておけばより感慨深いものがあるのだろうが。前編の最後でアメリカ人青年ジェシー(イーサン・ホーク)とフランス人学生のセリーヌ(ジュリー・デルピー)は半年後にウィーンで会う約束をして分かれる。しかし結局半年後にはセリーヌは都合で行けず、再会を果たせぬまま9年の年月が流れた。

 その後ジェシーは小説家になっていた。セリーヌとの出会いを小説にして出版し成功した。彼がパリの書店で朗読会を開いているところに突然セリーヌが現れる。思わぬ再会に心を弾ませる二人。しかしその日帰国する予定のジェシーにはわずかな時間しか残されていなかった。映画は二人が再会し、別れるまでの85分間をリアル・タイムで描いてゆく。  

 二人は9年間の互いの生活を語りまた互いに聞き出そうとする。この9年間の空隙は互いに大きな心の隙間を生み、また二人を大きく変えた。ジェシーは結婚し子供もいる。しかし夫婦仲は冷め、子供だけが生きがいである。セリーヌは国際環境団体「グリーンクロス」で働いている。セリーヌはその後何人もの男と付き合ったが、未だに独身である。彼女の心の一角にはジェシーへの思いが消えずに残っており、他のどんな男にもそれを埋める事は出来なかったのだ。決して心を満たされることのなかった9年間。二人は9歳年を取り、人生経験を積んだが、心のどこかに互いの存在が引っかかっていた。その間生活は続いていたが、二人の思い出は冷凍保存されたように常に新鮮だった。だからセリーヌはジェシーの朗読会がある事を知って会いに行ったのだし、ジェシーはわずかな時間をすべて彼女との再会に費やしたのだ。

  この映画は全編会話で埋め尽くされている。二人は延々と会話を交わすことによって互いの気持ちを確認しあう。嘘をついたり、相手をからかったりし合いながらも、この9年間互いを求め合っていたことを確認しあう。最初は互いに軽くジャブを繰り出し探りを入れる。しかしセリーヌのアパートに向かうタクシーの中でとうとう二人は本心を明かす。軽妙な会話もここにsunset5いたって感情を交えた悲痛な告白に変わる。互いに連絡も取れず、満たされぬまま過ごした9年間。あの時「なぜ電話番号を交換しなかったのだろう」。取り返しの付かない時間が流れ去ってしまったのだ。しかも再会した二人に残された時間はどんどん少なくなってゆく。だがなかなか別れることが出来ない。ジェシーはついにセリーヌのアパートにまで行ってしまう。いつまでもぐずぐずして去ろうとしないジェシーと、もう時間がないわよと言いつつも強いて彼を追い出そうとはしないセリーヌを映したまま幕。

  これほど言葉が詰め込まれた映画も珍しい。その会話が実に自然だ。脚本にはイーサン・ホークとジュリー・デルピーも加わり、リンクレイター監督と3人が共同で練り上げていったものだ。最初の戸惑いながらの会話から、取り留めのない思い出話、一種の駆け引きの様な遠まわしな表現や皮肉、からかい、夢の話などを交え、しだいに本心が見えてくる展開は実に自然でよく出来ている。二人が書店から出て、カフェに向かって歩いてゆく途中の会話を手持ちカメラで長々と映して行くところからぐんぐん引き込まれてゆく。すれ違う人は誰も振り返りもしない。なんでもないごく普通の会話。それでいてよく練られていることが分かる。この自然さがいい。 

  会話が中心なので舞台劇のようだが、手持ちカメラで自由にパリの街中を移動してゆくところは映画ならではの演出だ。それでいて焦点は二人の男女にずっと絞られている。パリのカフェも遊覧船もあくまで背景に退く。唯一存在感のあったのはセリーヌのアパート。あのしみだらけの階段と彼女の部屋。そして何といってもニーナ・シモンのCD。セリーヌがニーナ・シモンの物まねをしながらコンサートの様子を再現する場面はとりわけ素晴らしい。「ベイビー、飛行機に遅れるわよ」なんて台詞も様になっている。ジェシーに請われて歌も1曲披露している。ジュリー・デルピー、なかなかの芸人だ。

  アメリカ映画だがフランス映画の様なタッチ。どこかエリック・ロメールを思わせる。単にパリが舞台というだけではない。しゃれた会話とその間隙からにじみ出てくるやるせない思い。どうしてもストレートな表現になりがちのアメリカ映画とは一味もふた味も違う。この微妙なヨーロッパ的タッチがこの映画を際立たせている。ひょっとして前作よりも出来はいいのではないか。時間の空隙と心の隙間、それを埋めようとするかのような言葉の洪水。取り返せない時間と満たされぬ思い。絵にかいたようなラブ・ロマンスの設定は前作があったからこそ成り立った。むしろこちらを先に観て、その後第1作を観たほうがより自然に入り込めるかもしれない。

 最後のクールな終わり方にも好感が持てる。別れの場面を哀愁切々と描くような終わり方をあえて避けている。ジェシーはまだセリーヌの部屋にいて帰りたくなさそうだ。そんな状態のまま終わってしまう。ひょっとしたら飛行機をキャンセルしたのではないか。そんな想像も可能だ。

 ジュリー・デルピーといえば「汚れた血」と「ティコ・ムーン」が印象的だ。「ティコ・ムーン」の独特の髪型と真っ赤な髪の毛が不思議に似合っていた。不思議な顔で、特にあの目というかまぶたに特徴がある。今ひとつブレイクしないが、どこか地味な印象があるからだろう。この映画を観て「トリコロール/白の愛」を観たくなった。どういうわけかシリーズ中「青」だけしかまだ観ていない。

2005年12月 4日 (日)

あの頃名画座があった(改訂版)⑥

◆85年
  85年2月21日、有楽町スバル座で衝撃的な映画を観た。トルコ映画「路」である。社会048966派映画が制したと言われた82年のカンヌ映画祭でグランプリを取った作品である。ユルマズ・ギュネイ監督の映画はこの年の4月に渋谷のユーロスペースで特集が組まれ(「エレジー」、「獄中のギュネイ」、「希望」)、その後も岩波ホールなどで何本か公開された。いずれも優れた作品だったが、やはり「路」が最高傑作だろう。この映画とギュネイ監督については「トルコ映画の巨匠ユルマズ・ギュネイ」で詳しく紹介してある。

  キネマ旬報の85年外国映画ベストテンでギュネイの「路」は2位に、スペイン映画「ミツバチのささやき」は4位に入選した。このことが持つ意味は非常に大きい。どちらの映画も企業の大宣伝によってではなく、観てきた観客たちによって感動が人から人へと伝えられ、アメリカ製の大作の不振を尻目にロングランを続けたのである。この二つの映画の活躍は、80年代に入り次々に公開され、注目を浴びるようになってきた東欧や第三世界を中心とする、映画先進国以外の国の映画の進出を象徴するものである。80年代に入って、ポーランド、西ドイツ、ハンガリーなどの名作が次々と公開され、ソ連、インド、スウェーデンなどの映画も以前に増して身近になった。特に84年から85年にかけて各国映画祭ラッシュで、フランス、イタリアなどのおなじみの国のほかに、ブルガリア、ソ連、ポーランド、スペイン、アフリカ、中国、さらにはスペイン出身のルイス・ブニュエルとスイスのアラン・タネールの個人特集なども催された。そのほか、個々の作品としてはギリシャ、ベトナム、ユーゴ等の映画も公開されている。85年もブラジルの映画や「マルチニックの少年」(フランス映画だが、実質的には第三世界の映画)が公開された。この傾向は年を追うごとに強まっていった。恐らく日本は世界で最も幅広く映画が観られる国である(同時に世界中の小説などが翻訳で読める国でもある)。それは自国の文化を卑下し外国の文化を崇める傾向と裏腹ではあるが、同時に外国の文化を積極的に取り入れようとする旺盛な意欲の表れでもある。

  80年代から、長い間未公開だった作品が日本で初公開される動きが出てきた。85年にはフリッツ・ラングの「メトロポリス」(27年)が公開された。2月に新宿文化シネマ1で観ている。巨大な建物が建ち並ぶ「未来都市」の間を複葉機が飛んでいるのが奇妙だった。見たことがない色を想像することが出来ないように、想像力は決して万能ではなく、現実から完全には自由ではないことがよく分かる。ブラジルのグラウベル・ローシャの作品もこの年ユーロスペースで公開された。11月に「アントニオ・ダス・モルテス」(69年)、12月に「黒い神と白い悪魔」(64年)を観ている。前者はキネ旬の70年ベストテンで11位に入っているから厳密にはリバイバルだが、後者は恐らく初公開と思われる。

  この年も結構特集が多く組まれていた。2月から3月にはアテネフランセでスイスのアラン・タネール監督の特集。「サラマンドル」(70年)を観た。どこかヌーヴェル・バーグを思わせる作品だった。当日1300円。前売1000円。3月に松竹シネサロンで「小津フェア」。「お茶漬けの味」、「一人息子」、「彼岸花」、「長屋紳士録」を観た。小津ブームは衰えを知らない。11月から12月にかけて高田馬場東映パレスで「ブニュエル」特集。「欲望のあいまいな対象」、「ブルジョアジーの密かな愉しみ」、「アンダルシアの犬」、「自由の幻想」、「銀河」、「小間使いの日記」、「哀しみのトリスターナ」を観た。これは願ってもない貴重な特集だった。ACTでも12月29日に「忘れられた人々」を観ている。初期の傑作で、これが観られたのは収穫だ。

  80年代はドイツ映画が復活した時期だ。サイレント映画時代に名作を多数生み出したが、ナチズムの台頭と共に映画人が次々に外国に亡命し、以来全く衰退してしまった。59年の「橋」(ベルンハルト・ヴィッキ監督)という傑出した作品もあるが(ドイツ側から戦争の悲惨さを描いた必見の名作)、ほとんど国際的には観るべき作品はなかった。しかし80年代に入ってライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(「マリア・ブラウンの結婚」、「ベロニカ・フォスの憧れ」)、ヴェルナー・ヘルツォーク(「ノスフェラトゥ」、「アギーレ・神の怒り」)、ヴィム・ヴェンダース(「パリ・テキサス」)、フォルカー・シュレンドルフ(「ブリキの太鼓」)、ヘルマ・サンダース=ブラームス(「ドイツ 青ざめた母」、「エミリーの未来」)などが活躍し始める。ニュー・ジャーマン・シネマという呼称も生まれた。90年代には勢いが衰えたが、このところまた注目作が増えてきた。90年代は世代交代の時期だったのだろう。85年も結構ドイツ映画を観た。3月にユーロスペースで「死滅の谷」、「ジークフリード」、「最後の人」などのサイレント時代の傑作、2月に下高井戸京王で「マリア・ブラウンの結婚」、3月に吉祥寺のバウスシアターで「ベロニカ・フォスの憧れ」、12月に歌舞伎町シネマ2で「白バラは死なず」とスペース・パート3で「ノスフェラトゥ」。

  「ベロニカ・フォスの憧れ」を観た吉祥寺のバウスシアターと隣のジャブ50は新しく出来た映画館で、比較的ラインアップもよく何回か利用している。バウスシアターでは他に「哀愁のトロイメライ」と「ふたりの駅」を観に行っている。この頃は封切館での鑑賞も多くなっている。渋谷ジョイシネマ(「五つの夜に」、「プレイス・イン・ザ・ハート」)、新宿ピカデリー(「アマデウス」)、渋谷パンテオン(「コットンクラブ」)、コマ東宝(「乱」)、テアトル吉祥寺(「インディ・ジョーンズ」、「レイダース」)、シネ・ヴィヴァン六本木(「カオス・シチリア物語」、「エル・スール」)、みゆき座(「バレンチナ物語」)、新宿ビレッジ(「田舎の日曜日」)、シネセゾン渋谷058785(「そして船は行く」)等々。シネセゾン渋谷はシネマスクエア東急と並ぶ単館ロードショー館だった。単館ロードショーと言えば岩波ホールの代名詞だったが、この頃から単館ロードショーの映画館が増えてきた。

  岩波ホール、ACT、下高井戸京王、並木座、八重洲スター座、文芸座、三鷹オスカー、三百人劇場、などのおなじみの映画館にもせっせと足を運んでいる。岩波ホールでサタジット・レイ監督の「遠い道」「ピクー」を観た。80年代の岩波ホールはしきりにサタジット・レイ作品を取り上げていた。

  85年は「第1回東京国際映画祭」(6月)が開催された記念すべき年だ。「チケットぴあ」で前売り券を買って観に行った。この時初めてチケットぴあを利用した。そうしないと当日券は売り切れると思ったからである。第2回映画祭からはいくつもの映画館で同時平行的に上映されるようになったが、1回目は渋谷の「NHKホール」のみで行われた(入ったのは初めて)。確か杮落としはデヴィッド・リーン久々の大作「インドへの道」だった。他に「カルメン」(フランチェスコ・ロージ監督)、「アデュー・ボナパルト」、「ラブ・ストリームス」、「日記」、「パリ・テキサス」、「マスク」の7本を観ている。「マスク」(「エレファント・マン」と同じ主題の映画)を観たとき、ゲストに主演のシェールが来ていて、廊下でタバコを吸っていたら目の前を通って行った。サインはもらわなかったが(僕は俳優や監督個人には一切関心がないのでそういう趣味はない、あくまで作品がすべてである)、有名外国女優(昔は「ソニーとシェール」のコンビで知られた歌手だったが)を直に観たのはこの時が最初で今のところ最後である。

  あの頃はとにかく観たい映画があればどこにでも行っていた。5月18日は変わったところに行っている。小津の「出来ごころ」を観たのだが、場所は水道端図書館とある。確か飯田橋駅か水道橋駅の近くだったと思う。図書館等の公共の施設で映画を上映するのは珍しくはないが、ここはたまたま「ぴあ」に載っていたのだろう。86年3月29日にも「高円寺会館」で「荷車の歌」と「ドレイ工場」を観たとあるが、これもその類いか。映画は覚えているが「高円寺会館」は全然覚えていない。

 12月31日、新宿松竹で「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」と「祝辞」を観た。この頃から盆と正月は寅さんを見て帰省する習慣になった。新宿か上野で観ることが多かったと思う。

【1985年 マイ・ベストテン】次点の下は並べただけで、順位ではない。
1 路                                   ユルマズ・ギュネイ
2 カオス・シチリア物語          タヴィアーニ兄弟
3 ミツバチのささやき       ビクトル・エリセ
4 パリ・テキサス         ヴィム・ヴェンダース
5 田舎の日曜日          ベルトラン・タヴェルニエ
6 マルチニックの少年       ユーザン・パルシー
7 ふたりの駅            エリダル・リャザーノフ
8 バレンチナ物語          アントニオ・ホセ・ベタンコール
9 インドへの道           デヴィッド・リーン
10 ファニーとアレキサンドル     イングマル・ベルイマン
次 ル・バル              エットーレ・スコラ
  遠い道              サタジット・レイ
  希望                ユルマズ・ギュネイ
  エレジー             ユルマズ・ギュネイ   
  刑事ジョン・ブック 目撃者  ピーター・ウェアー
   アマデウス            ミロス・フォアマン   
  コクーン             ロン・ハワード   
  そして船は行く          フェデリコ・フェリーニ   
  ノスフェラトゥ          ヴェルナー・ヘルツォーク

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