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2005年12月 4日 (日)

あの頃名画座があった(改訂版)⑥

◆85年
  85年2月21日、有楽町スバル座で衝撃的な映画を観た。トルコ映画「路」である。社会048966派映画が制したと言われた82年のカンヌ映画祭でグランプリを取った作品である。ユルマズ・ギュネイ監督の映画はこの年の4月に渋谷のユーロスペースで特集が組まれ(「エレジー」、「獄中のギュネイ」、「希望」)、その後も岩波ホールなどで何本か公開された。いずれも優れた作品だったが、やはり「路」が最高傑作だろう。この映画とギュネイ監督については「トルコ映画の巨匠ユルマズ・ギュネイ」で詳しく紹介してある。

  キネマ旬報の85年外国映画ベストテンでギュネイの「路」は2位に、スペイン映画「ミツバチのささやき」は4位に入選した。このことが持つ意味は非常に大きい。どちらの映画も企業の大宣伝によってではなく、観てきた観客たちによって感動が人から人へと伝えられ、アメリカ製の大作の不振を尻目にロングランを続けたのである。この二つの映画の活躍は、80年代に入り次々に公開され、注目を浴びるようになってきた東欧や第三世界を中心とする、映画先進国以外の国の映画の進出を象徴するものである。80年代に入って、ポーランド、西ドイツ、ハンガリーなどの名作が次々と公開され、ソ連、インド、スウェーデンなどの映画も以前に増して身近になった。特に84年から85年にかけて各国映画祭ラッシュで、フランス、イタリアなどのおなじみの国のほかに、ブルガリア、ソ連、ポーランド、スペイン、アフリカ、中国、さらにはスペイン出身のルイス・ブニュエルとスイスのアラン・タネールの個人特集なども催された。そのほか、個々の作品としてはギリシャ、ベトナム、ユーゴ等の映画も公開されている。85年もブラジルの映画や「マルチニックの少年」(フランス映画だが、実質的には第三世界の映画)が公開された。この傾向は年を追うごとに強まっていった。恐らく日本は世界で最も幅広く映画が観られる国である(同時に世界中の小説などが翻訳で読める国でもある)。それは自国の文化を卑下し外国の文化を崇める傾向と裏腹ではあるが、同時に外国の文化を積極的に取り入れようとする旺盛な意欲の表れでもある。

  80年代から、長い間未公開だった作品が日本で初公開される動きが出てきた。85年にはフリッツ・ラングの「メトロポリス」(27年)が公開された。2月に新宿文化シネマ1で観ている。巨大な建物が建ち並ぶ「未来都市」の間を複葉機が飛んでいるのが奇妙だった。見たことがない色を想像することが出来ないように、想像力は決して万能ではなく、現実から完全には自由ではないことがよく分かる。ブラジルのグラウベル・ローシャの作品もこの年ユーロスペースで公開された。11月に「アントニオ・ダス・モルテス」(69年)、12月に「黒い神と白い悪魔」(64年)を観ている。前者はキネ旬の70年ベストテンで11位に入っているから厳密にはリバイバルだが、後者は恐らく初公開と思われる。

  この年も結構特集が多く組まれていた。2月から3月にはアテネフランセでスイスのアラン・タネール監督の特集。「サラマンドル」(70年)を観た。どこかヌーヴェル・バーグを思わせる作品だった。当日1300円。前売1000円。3月に松竹シネサロンで「小津フェア」。「お茶漬けの味」、「一人息子」、「彼岸花」、「長屋紳士録」を観た。小津ブームは衰えを知らない。11月から12月にかけて高田馬場東映パレスで「ブニュエル」特集。「欲望のあいまいな対象」、「ブルジョアジーの密かな愉しみ」、「アンダルシアの犬」、「自由の幻想」、「銀河」、「小間使いの日記」、「哀しみのトリスターナ」を観た。これは願ってもない貴重な特集だった。ACTでも12月29日に「忘れられた人々」を観ている。初期の傑作で、これが観られたのは収穫だ。

  80年代はドイツ映画が復活した時期だ。サイレント映画時代に名作を多数生み出したが、ナチズムの台頭と共に映画人が次々に外国に亡命し、以来全く衰退してしまった。59年の「橋」(ベルンハルト・ヴィッキ監督)という傑出した作品もあるが(ドイツ側から戦争の悲惨さを描いた必見の名作)、ほとんど国際的には観るべき作品はなかった。しかし80年代に入ってライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(「マリア・ブラウンの結婚」、「ベロニカ・フォスの憧れ」)、ヴェルナー・ヘルツォーク(「ノスフェラトゥ」、「アギーレ・神の怒り」)、ヴィム・ヴェンダース(「パリ・テキサス」)、フォルカー・シュレンドルフ(「ブリキの太鼓」)、ヘルマ・サンダース=ブラームス(「ドイツ 青ざめた母」、「エミリーの未来」)などが活躍し始める。ニュー・ジャーマン・シネマという呼称も生まれた。90年代には勢いが衰えたが、このところまた注目作が増えてきた。90年代は世代交代の時期だったのだろう。85年も結構ドイツ映画を観た。3月にユーロスペースで「死滅の谷」、「ジークフリード」、「最後の人」などのサイレント時代の傑作、2月に下高井戸京王で「マリア・ブラウンの結婚」、3月に吉祥寺のバウスシアターで「ベロニカ・フォスの憧れ」、12月に歌舞伎町シネマ2で「白バラは死なず」とスペース・パート3で「ノスフェラトゥ」。

  「ベロニカ・フォスの憧れ」を観た吉祥寺のバウスシアターと隣のジャブ50は新しく出来た映画館で、比較的ラインアップもよく何回か利用している。バウスシアターでは他に「哀愁のトロイメライ」と「ふたりの駅」を観に行っている。この頃は封切館での鑑賞も多くなっている。渋谷ジョイシネマ(「五つの夜に」、「プレイス・イン・ザ・ハート」)、新宿ピカデリー(「アマデウス」)、渋谷パンテオン(「コットンクラブ」)、コマ東宝(「乱」)、テアトル吉祥寺(「インディ・ジョーンズ」、「レイダース」)、シネ・ヴィヴァン六本木(「カオス・シチリア物語」、「エル・スール」)、みゆき座(「バレンチナ物語」)、新宿ビレッジ(「田舎の日曜日」)、シネセゾン渋谷058785(「そして船は行く」)等々。シネセゾン渋谷はシネマスクエア東急と並ぶ単館ロードショー館だった。単館ロードショーと言えば岩波ホールの代名詞だったが、この頃から単館ロードショーの映画館が増えてきた。

  岩波ホール、ACT、下高井戸京王、並木座、八重洲スター座、文芸座、三鷹オスカー、三百人劇場、などのおなじみの映画館にもせっせと足を運んでいる。岩波ホールでサタジット・レイ監督の「遠い道」「ピクー」を観た。80年代の岩波ホールはしきりにサタジット・レイ作品を取り上げていた。

  85年は「第1回東京国際映画祭」(6月)が開催された記念すべき年だ。「チケットぴあ」で前売り券を買って観に行った。この時初めてチケットぴあを利用した。そうしないと当日券は売り切れると思ったからである。第2回映画祭からはいくつもの映画館で同時平行的に上映されるようになったが、1回目は渋谷の「NHKホール」のみで行われた(入ったのは初めて)。確か杮落としはデヴィッド・リーン久々の大作「インドへの道」だった。他に「カルメン」(フランチェスコ・ロージ監督)、「アデュー・ボナパルト」、「ラブ・ストリームス」、「日記」、「パリ・テキサス」、「マスク」の7本を観ている。「マスク」(「エレファント・マン」と同じ主題の映画)を観たとき、ゲストに主演のシェールが来ていて、廊下でタバコを吸っていたら目の前を通って行った。サインはもらわなかったが(僕は俳優や監督個人には一切関心がないのでそういう趣味はない、あくまで作品がすべてである)、有名外国女優(昔は「ソニーとシェール」のコンビで知られた歌手だったが)を直に観たのはこの時が最初で今のところ最後である。

  あの頃はとにかく観たい映画があればどこにでも行っていた。5月18日は変わったところに行っている。小津の「出来ごころ」を観たのだが、場所は水道端図書館とある。確か飯田橋駅か水道橋駅の近くだったと思う。図書館等の公共の施設で映画を上映するのは珍しくはないが、ここはたまたま「ぴあ」に載っていたのだろう。86年3月29日にも「高円寺会館」で「荷車の歌」と「ドレイ工場」を観たとあるが、これもその類いか。映画は覚えているが「高円寺会館」は全然覚えていない。

 12月31日、新宿松竹で「男はつらいよ 柴又より愛をこめて」と「祝辞」を観た。この頃から盆と正月は寅さんを見て帰省する習慣になった。新宿か上野で観ることが多かったと思う。

【1985年 マイ・ベストテン】次点の下は並べただけで、順位ではない。
1 路                                   ユルマズ・ギュネイ
2 カオス・シチリア物語          タヴィアーニ兄弟
3 ミツバチのささやき       ビクトル・エリセ
4 パリ・テキサス         ヴィム・ヴェンダース
5 田舎の日曜日          ベルトラン・タヴェルニエ
6 マルチニックの少年       ユーザン・パルシー
7 ふたりの駅            エリダル・リャザーノフ
8 バレンチナ物語          アントニオ・ホセ・ベタンコール
9 インドへの道           デヴィッド・リーン
10 ファニーとアレキサンドル     イングマル・ベルイマン
次 ル・バル              エットーレ・スコラ
  遠い道              サタジット・レイ
  希望                ユルマズ・ギュネイ
  エレジー             ユルマズ・ギュネイ   
  刑事ジョン・ブック 目撃者  ピーター・ウェアー
   アマデウス            ミロス・フォアマン   
  コクーン             ロン・ハワード   
  そして船は行く          フェデリコ・フェリーニ   
  ノスフェラトゥ          ヴェルナー・ヘルツォーク

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