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2005年12月18日 (日)

「男の争い」とフィルム・ノワール

1955年 フランス映画 053864
監督、脚本:ジュールス・ダッシン
脚本:オーギュスト・ル・ブルトン、ルネ・ウェレル
撮影:フィリップ・アゴスティーニ
音楽:ジョルジュ・オーリック
出演:ジャン・セルヴェ、ロベール・マニュエル
    カール・メーナー、マガリ・ノエル
   ジュールス・ダッシン、マリー・サブレ
       ジャニース・ダルセ、クロード・シルヴァン
   マルセル・リュポヴィシ、ロベール・オッセン

  「フィルム・ノワール」の定義は難しい。ウィキペディアによると次のように説明されている。

 1946年、フランスの映画評論家ニノ・フランクが、アメリカで第二次世界大戦中に製作された「マルタの鷹」、「飾窓の女」などの犯罪映画の一群を指して、この呼称を与えたのが起源と言われる。以後フランスの映画評論界において用語として定着し、後にはアメリカにも逆移入された。フランス語であるため、ジャン・ピエール・メルヴィルやジョゼ・ジョヴァンニらの作ったフランス製ギャング映画がフィルム・ノワールとされがちだが、もともとは、ハリウッドで製作された犯罪映画を指し、「マルタの鷹」(監督:ジョン・ヒューストン、主演:ハンフリー・ボガート)をそのはしりとする。・・・ノワールの特徴は主として、男を堕落させる「運命の女(=ファム・ファタール)」が登場し、ロー・キー(暗いトーン)で撮影され、行き場のない閉塞感が作品全体を覆っている。・・・主演女優の多くははっきりとした悪女役であり、そうでない場合でも、結果的に主人公の男を破滅させる原因を作ることの多い役柄である。

  ファム・ファタルはキーワードの一つだが、ハード・ボイルドとの関係はどうなっているのか。ダシール・ハメットの小説やヘミングウェイの「殺人者」はハード・ボイルドの代表作だが、これらは「フィルム・ノワール」の代表作とも重なる。要するに、「フィルム・ノワール」の文体はハード・ボイルドで、登場人物は男の場合ギャングか犯罪者が多く、女はファム・ファタル、かつ黒いあるいは暗い色調を基調にし、さらに何らかの犯罪が絡んだ映画だということになるのだろうか。定義というのは、定義したとたんにもれてくる映画がいくつも出てくるものである。まあ、とりあえずそんな定義をした上で、それに類した映画を加えればいいのだろう。隣接のジャンルにはサスペンス映画、ギャング映画、ケイパー・ムービー(要するに金庫破り映画)やその他犯罪映画全般があるのでどこまで含めるかは選ぶ人による。(ちなみに、本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」のmiscellanyコーナーに「フィルム・ノワール」の作品リストを挙げてあるので、興味がある方はそちらも覗いてみてください。)

  ファム・ファタルについては高橋裕子が『世紀末の赤毛連盟』(岩波書店)で面白い指摘をしている。彼女の指摘をまとめると次のようになる。

  赤い髪は望ましからぬ属性ばかり引き寄せてしまう。情熱的で癇癪持ちなどというのはまだいいほうで、滑稽とも考えられたし、はては信用をおけぬ、悪魔的、などとして忌み嫌われた。旧約聖書のカイン、福音書のユダ、北欧神話の神ロキ、これら裏切り者の悪役たちは皆赤毛とされている。赤毛はあらゆる「のけ者」の印となった。
  赤い髪はラファエル前派の作品の女たちの顕著な特色として登場する。ラファエル前派が赤毛を好んだのは、グループのメンバーを魅了したモデル(エリザベス・シダルやアレクサ・ワイルディング)がたまたま赤毛の美女だったからだとも言えるだろうが、むしろ「ファム・ファタル」のイメージと関係があるのではないか。
  「ファム・ファタル」とは「宿命の女」と一般に訳されるが、文字通りの意味は「致命的な女」である。美しく、謎めいていて男をとりこにするが、その心は邪悪で男を破滅させる女、それがファム・ファタルである。デリラ、サロメ、カルメン、クレオパトラなどがその代表格である。ラファエル前派は赤毛のファム・ファタルを多く描いてきた。それは伝統的に赤色と結び付けられてきたマイナスのイメージが、男をさいなみつつ魅了する、男に滅びをもたらすが、むしろそれゆえに却って相手を魅了するという倒錯した理想像を表現するのにうってつけだったからではないか。さらには「のけ者」、「アウトサイダー」の象徴としての赤毛の伝統も世紀末に新たな活力を得ている。「滅ぼしつつ魅了するもの」、「アウトサイダー」、この二つの意味は、相互に重なり合って「世紀末の赤毛連盟」を成り立たせている。その最も濃厚に重なった部分を代表するのが「女吸血鬼」のイメージである。

  確かに最強の、あるいは究極のファム・ファタルは「女吸血鬼」だろう。どんなに美人で妖艶であってもお近づきにはなりたくない。「フィルム・ノワール」では、例えば「深夜の告白」のように、男を誘惑して殺人を犯させ、男が罠だと気付いたときには既に破滅の渕にあるという現れ方をするのが典型である。

  さて、「男の争い」だが、この映画にはいわゆるファム・ファタルは出てこない。女性の登場人物はいるが、基本的に男中心の男くさい映画である。ハリウッドで赤狩りにあい、アメリカを逃れてヨーロッパに渡ったジュールズ・ダッシン監督が55年にフランスで発表した作品。同年公開のジャック・ベッケル作品「現金に手を出すな」と並ぶフレンチ・フィルム・ノワールの初期作品である。55年には他にジャン・ピエール・メルヴィルの「賭博師ボブ」とアンリ・ドコワンの「筋金(ヤキ)を入れろ」も作られている。アメリカでは「狩人の夜」(チャールズ・ロートン)や「キッスで殺せ」(ロバート・アルドリッチ)などが同年に作られている。

  「男の争い」は典型的なケイパー・ムービー(金庫破り映画)である。ジュールス・ダッシン042680は後にアメリカで「トプカピ」(64)も作っているから、このジャンルはお気に入りなのかもしれない。ついでながら、意外なところではパトリス・ルコントもケイパー・ムービーを作っている。84年の「スペシャリスト」(未公開だが90年代にビデオが出た)である。アメリカ映画ばりにスピーディな演出をしていて驚かされる。

  「男の争い」はギャングのトニー(ジャン・セルヴェ)が5年の刑期を終えて娑婆に戻ったところから始まる。長い刑務所生活で病気にかかったのか時々咳き込む。彼に昔の仲間ジョーが仕事を持ちこむ。宝石商ウェブ商会のショーウインドーの中身だけを盗む計画だった。トニーは一旦断る。しかし後で今度はトニーの方から同じ宝石店の金庫を狙う計画を持ちかける。ジョーは久々の大仕事に大乗り気で、さっそく仲間を集める。イタリア系のマリオ(ロベール・マニュエル)と彼がミラノから呼び寄せた金庫破りの名人セザール(ジュールス・ダッシン自らが扮している)が加わり総勢4人。

  それから準備が始まる。まずは下見。宝石店がある一角の見取り図を徹底して頭に叩き込む。宝石店や並びの店の閉店と開店の時間を調べ、警察の見回り時間をチェックする。それから一番のハードルである警報機対策。ハイテクを駆使した防犯システムを完備した現代から見るとなんともお粗末だが、その警報機はなかなか優秀だ。電源をはずしても、電源コードを切断しても音がなる仕組み。あるいは近くでちょっと大きな音を出しても反応する。いろいろ試してみた末ある方法を思いつく。これで問題解決。さらに泥棒の七つ道具を準備していざ出陣。

  男たちは宝石店に向かう。まず宝石店の真上の部屋に侵入する。ここからの30分がすごい。今見ても見ごたえたっぷり。息を呑む30分だ。自然音だけで一切の効果音を使わない。ちょっとでも立てる音が大きすぎれば警報機が鳴る。緊迫の時間帯。七つ道具を使ってまず床の板をはずし、コンクリートを少しずつ削って穴を開けてゆく。小さな穴が開くとそこから傘をさかさまに差し込み開く。コンクリートの破片が床に落ちないようにするためだ。後は穴を少しずつ大きくしてゆくだけ。この作業だけで数時間経過する。やっと人が入れるほどの穴が開き、まずひとりがロープを伝って下に降りる。警報機のところに行きあらかじめ試しておいた「措置」を施す。これで警報機は問題ない。次に金庫を前に倒し裏側に穴を開ける作業に取り掛かる。詳しくは見てのお楽しみ。とにかく見事2億フラン相当の宝石を手に入れる。

  翌日新聞に宝石店に泥棒が入ったことが大々的に報道され、男たちは祝杯を挙げる。ところがほんのちょっとしたことから足がつく。金庫室から引き上げるときセザールが宝石を1個引き出しから取っていった。セザールはそれを贈り物としてナイトクラブの歌手ヴィヴィアナ(マガリ・ノエル)にあげたのだが、それが対立するギャング、ピエールの手に渡ってしまう。ピエールはトニーが刑務所に入っている間に彼の情婦マドー(マリー・サブレ)を自分の女にしていた。警察ではなく因縁の相手ピエールとの抗争がここから始まる。ピエールはまずマリオとその愛人を殺す。次にセザールを襲い情報を聞きだす。そしてジョーの息子を誘拐して、子供と宝石の交換を要求してくる。トニーは単身ピエールのアジトに乗り込み・・・。

  この先はあまり詳しくいえない。ラストが秀逸である。トニーはジョーの息子トニオを車に乗せジョーの家に向かう。トニーは重傷をおっており、息も絶え絶えだった。ペダルを踏む足には血が滴り落ちている。後ろの座席のトニオは何も知らずはしゃぎまわっている。キャメラは進行方向ではなく、空や木や周りの建物、あるいは運転しているトニーを映す。前が見えないので観ている観客は非常な不安を感じる。もう長くは持たない、一刻も早く着かなければとあせるのだが、赤信号が邪魔する。止まっている間に気を失いそうになる。見事な効果である。若い頃ヒッチコック監督のもとで働いた経験が十分生かされている。やっとジョーのアパートの前にたどり着き、土手の様なところに乗り上げて車は止まる。トニーは息絶えていた。

  トニーを演じるジャン・セルヴェのハード・ボイルドな佇まいが秀逸だ。終始ニコリともせず、苦みばしった表情を変えない。ジュールス・ダッシンのシャープな演出も特筆ものだ。結局ギャングたちは双方とも全滅。見終わった後、ジョーの妻(ジャニーヌ・ダルセー)が夫に言った台詞がラストシーンに漂うむなしさに重なってくる。「一つだけ言いたいことがあるの。他にもいたわ、あなたのように貧しかった子供は。でもどうして、どこが違うの?その子達と。なぜあなたはギャングになって、他の子はならなかったの?私はこう思うの、ジョー。他の子は強かったのよ。」

 マガリ・ノエルが歌うシャンソン「ル・リフィフィ」が印象的だ。「ル・リフィフィ」の意味は「争い」。作詞はジャック・ラリュ、作曲はフィリップ・ジェラールである。

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