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2005年11月29日 (火)

寄せ集め映画短評集 その12

在庫一掃セール第12弾。今回は各国映画6連発。

「ザ・インタープリター」(2005年、シドニー・ポラック監督、アメリカ)
 シドニー・ポラック監督というと「一人ぼっちの青春」(69年)、「追憶」(73年)、「トッツィー」(82年)等が有名だ033798が、75年に「コンドル」というサスペンスの名作を作っている。他にも「ザ・ファーム」(93年)という、法律事務所を舞台にしたジョン・グリシャム原作のサスペンス・ミステリーも作っている。
 「ザ・インタープリター」は国連を舞台に同時通訳の女性(ニコール・キッドマン)を主人公にしたという点でユニークである。しかし偶然大統領暗殺計画を耳にしたために命を狙われるという展開はありきたりである。出来は可もなく不可もなくというところか。特にこれといって新味もない。シークレット・サービス役でショーン・ペンがからむ。彼はさすがの存在感だが、こういう組み合わせもありきたりである。ただ、こういう場合ハリウッド映画は二人を必ず恋愛関係にしてしまうのだが、ショーン・ペンが妻を亡くしたばかりでその痛手から完全には立ち直っていないという設定になっていて、深い関係に踏み込ませない(一度だけ無言のまま抱き合う場面があるが)ところはさすがシドニー・ポラックである。
 最初のサッカー・スタジアムのエピソードがどう絡むのかかなり後の方にならないと分からない仕掛けや、狙われるニコール・キッドマン自身にも何か秘密があるというあたりは工夫を感じさせるが、これもよく使われる手だ。何で自分が追われているのかさっぱり分からないという「コンドル」の謎めいた展開に比べるとかなり見劣りする。まあ、平均的な出来栄えで悪くはないのだが、アメリカはこの手の映画を作りすぎているのだろう。「メメント」のような思い切り意表をつく設定でないといまさらもう驚かない。こちらはもう散々この手の映画を観てきているし、早川文庫や創元文庫を読み漁ってきているわけだから。
 この映画の収穫といえるのはニコール・キッドマンの若さと美しさだ。彼女こんなに若かったっけ?こんなに美人だったっけ?正直驚いてしまった。彼女が意外に美人だと気付いた(?)のは「ムーラン・ルージュ」の時だが(ただし最後まで観ていない)、その時よりも若く美人になっている。これが素顔なのか?それともメーキャップの賜物なのか?この映画より深い謎だ。

「ボーン・スプレマシー」(2004年、ポール・グリーングラス監督、アメリカ・ドイツ)
 こちらもそれほど展開に新味があるわけではないのだが、ずっと出来はいい。しかしどこが違うのか、どこがいいのか説明は難しい。前作の「ボーン・アイデンティティ」もそうだが、どこか「ダイ・ハード」(88年)を思わせるところがある。並みのアクション映画とは違う厚みと風格がある。「ダイ・ハード」はサスペンス・ハード・アクションの金字塔で、もう結構前の映画になるがいまだに何度観ても面白いと思う。この「ダイ・ハード」が他の作品よりどこが優れているのか説明するのは難しい。派手なアクション、めまぐるしい展開、強大な敵を相手にした孤独な戦い、これらの点で「ダイ・ハード」に匹敵する、あるいは上回る映画はいくつもあると思うのだが、映画全体の出来として「ダイ・ハード」を超える映画はまだ現れていないと思う。「ダイ・ハード」が優れているのは上に挙げた要素をすべて兼ね備えている上に、主人公に忘れがたい個性と存在感を与えているからだとしか今はいえない。
 「ボーン・スプレマシー」は「ダイ・ハード」に迫る数少ない映画である。「ボーン」シリーズはマット・デイモンの存在感が大きい。それまではおよそアクション俳優というイメージはなかったのだが、あっと驚く変身ぶりを見せてくれた。スマートでかっこいいというタイプではなく、どちらかというとずんぐりしてあまり身軽に見えないのだが、いざというときには俊敏な動きで見事なファイトをする。殺人マシーンという設定に負けていない。へろへろになって孤軍奮闘しながら「なんで俺がこんな目にあうんだ」とぼやくマクレーンは主人公として一つの確固としたイメージを作り上げているが、ジェイソン・ボーンの普段は優しい男だが、一旦緊急事態となれば無言でてきぱきと事を進めることができる冷静な役柄(ほとんど殺し屋のイメージ)もなかなかのキャラクターである。どこかゴルゴ13を思わせる凄みと身のこなし。ブルース・ウィリスなくして「ダイ・ハード」がありえないように、「走るジミー大西」マット・デイモンなくしては「ボーン」シリーズは考えられない。もはや「エイリアン」シリーズにおけるシガニー・ウィーバーの様な存在である。シリーズもので2作目が1作目に並ぶ、あるいは超えるものはそうはない。だからシリーズものの安易な作り方を常々批判してきたが、この水準を維持できるなら3作目があってもいいとさえ思った(元々三部作のようだが)。
 かつて同じ訓練を受けた仲間との格闘シーン、何度も出てくる脱出シーン、ラストのカーチェイス・シーンと盛りだくさんである。追われる立場でありながら、追う立場でもあるという抜群の設定と展開。そのアクションとサスペンスの連続に芯を与えているのは、不完全な記憶と悪夢にうなされつつ自分の記憶とアイデンティティを探ろうとするジェイソン・ボーンの複雑なキャラクターとそれを演じたマット・デイモンの演技力である。演技派の彼を主役に持ってきたことが見事に成功している。断片化した記憶を手繰ってゆくことが重要なサブ・テーマとなっていて、それが謎の解決と結びついている。
 しかも今回は敵役のカール・アーバンに凄みがありターミネーター並にしつこい。ボーン捜索を担当する女性指揮官役のジョアン・アレンもきつい顔で、有能な指揮官らしさ横溢。アクションの展開だけではなく、登場人物たちのキャラクターがしっかり描きこまれていないと、「マトリックス」のように観た次の日にはどんな話だったか全く思い出せないということになってしまう。とにかくいろんな意味でよく出来た映画である。原作はロバート・ラドラムの「殺戮のオデッセイ」(角川文庫)。

「アイリス」(2001年、リチャード・エア監督、イギリス)
 期待に違わぬいい映画だった。アイリス・マードックの若いときをケイト・ウィンスレット、晩年をジュディ・デンチが演じている。ケイト・ウィンスレットは輝くばかりの若さと美しさで奔放な性格の若きアイリスを魅力的に演じている。一方のジュディ・デンチは最初と最後で全く違うアイリスを演じ分けなければならない。最初に登場したときは理知的な老女であった。テレビで講演をしている場面が出てくるが、言葉も話の内容も明瞭である。しかし、徐々に同じことを繰り返し言ったり、 綴りが書けなくなったりしてゆく。最後は子供のようになってしまう。海岸でメモ帳の紙をちぎり、飛ばされないように上に石を乗せて並べてゆく。何の意味があるのか分からないが(恐らく本人にも分からないのだろう)、非常に印象的な場面である。もう一つ印象的なのは施設に入れられたアイリスが廊下で一人踊っているシーンである。短い場面だが、すぐ次に彼女がベッドで息を引き取る場面が続くだけに何とも強い印象を残す。
 夫である有名な文芸評論家ジョン・ベイリー役のジム・ブロードベントも見事な存在感を示した。若いころから太っていて、頭は禿げかかっており、その上どもりなのだが、まじめで人のよいその性格は人を引き付けるものがある。彼はアイリスがボケてからも決して彼女を見捨てなかった。時にはイライラしてどなったり、ののしったりすることもあるが、すぐに彼女のせいではないと気持ちを入れ替える。原作がジョン・ベイリーなので実際より美化されているとは思うが、いい話だ。
 このところイギリス映画には作家を描いたものや小説の映画化作品が多いが、BBCが果たしている役割が大きいのではないか。この映画もBBCの製作である。

「長雨」(1979年、ユ・ヒョンモク監督、韓国)
 最近の韓国映画はアメリカ映画に似てきたが、この作品は韓国独自の文化風習を色濃く反映している。しかも南北問題という韓国独特の社会・政治問題を中心にすえている。
 033799ある一家の家にその家の嫁の家族が移り住むことになる。嫁の母親もいて、2人のおばあさんは最初仲良く暮らしていた。丁度人民軍と韓国軍が一進一退の攻防を繰り広げていた時期だ。ところがその村が人民軍の占領下に置かれたときに、その一家の次男が人民軍に惹かれ参加してしまう。彼以外の家族はみな当然韓国側だ。嫁の家族にも同じような年頃の息子がおり、彼は右派の活動をしていたので裏山に隠れ住むことになる。人民軍に入った息子は撤退間際に山に隠れているいとこを密告する。幸いそれを予期していたため、いとこは無事だった。しかし韓国軍による解放後、彼は軍に入り戦死してしまう。彼の母は人民軍を呪う。それを聞いたもう一人のばあさん(つまり、息子が人民軍に参加した方)は激しく相手のばあさんをののしる。嫁の小さな息子もチョコレートに釣られおじが人民軍に参加していることを教えてしまう。こうして一家は真二つに割れてしまう。南北分断の悲劇を一つの家族の中に描きこんでいるわけだ。
 情勢は人民軍に不利になってゆくが、人民軍の息子を持つばあさんは、息子は決して死なないと公言する。しかし最後の戦闘で人民軍は壊滅する。それでもばあさんは息子の無事を主張してはばからなかったが、祈祷師が予言した日に息子は帰らなかった。代わりに蛇が門から入ってくる。それを見てばあさんは気を失う。するともう一人のばあさんが茶碗に食べ物を供え、(おいの生まれ変わりである)蛇に心を込めて話しかける。家のことは心配しなくてもよい。みな無事にやっている。だから安心して帰りなさいと。その言葉を理解したのか、蛇はゆっくりとまた門から出て行った。その一部始終を聞かされたもう一人のばあさんは、横たわったまま自分の非をわびる。外出を禁じていた孫にもわび、外で遊ぶことを許す。ようやく許しが出た孫は喜び勇んで長雨のあけた外に飛び出してゆく。希望と平和への祈りが込められた、感動的なラストシーンだった。
 南北分断が人々に与えた苦難を描くことは朝鮮戦争後ずっと韓国映画の主題の一つだった。最後に止むまでずっと降り続いている雨は、この鬱屈した重苦しい時代の雰囲気を象徴している。「長雨」(1979年)はその主題を扱った映画の代表作の一つだ。

「ホワイト・バッジ」(1992年、チョン・ジヨン監督、韓国)
 東京映画祭でグランプリを受賞した作品。時代は、パク・チョンヒ大統領が暗殺された1979年。期待通りの傑作だ。今では忘れられてあまり知られていないが、韓国はベトナム戦争時アメリカに協力してベトナムに派兵していた。この映画はそのベトナムから戦争後遺症を患って帰国した元韓国兵の話である。いわばアメリカ映画「帰郷」の韓国版といったところか。 最後にベトナムでの壮絶な戦闘シーンが出てくる。3人を除き部隊はほぼ全滅してしまう。敵をひきつける役目をさせられたことが翌日視察に来た司令官(?)から知らされる。「帰らざる海兵」と同じ設定だ。もちろん主題はベトナム戦争そのものよりも、その戦争後遺症を描くことにある。主人公役のアン・ソンギおよび彼と共に生き残った一人の一等兵に焦点が当てられている。
 その一等兵は、間違って民間人を殺してしまった上官に、その事実を隠蔽するために生き残った他の民間人も殺すよう命じられる。一等兵はためらうが、銃で脅されやけになって殺してしまう。直後に自分のやってしまった事実を見てのけぞる。彼は最後の戦闘で生き残るが精神に深いダメージを受けてしまう。一方アン・ソンギの方は大きな負傷もせず、精神を病むこともなく、その後ベトナム戦争を描く作家として暮らしている。そこにかつての部下である例の一等兵が突然電話をかけてくる。彼は自殺願望に悩まされ、妻との間もうまく行かず、死ぬことも出来ない。毎日サイレンや銃声を思わせる音におびえる生活。信頼する元上官のアン・ソンギに戦場から持ち帰った銃を預かってほしいと頼みこむ。
 ラストはアン・ソンギが預けられた銃で元部下を撃ち、地面に横たわった死体の横に彼自身も横たわる。むなしそうな顔を空に向けたアン・ソンギと部下の死体が映し出されストップ・モーションになる。
 韓国は第二次世界大戦以降も朝鮮戦争とベトナム戦争を経験した。また北との小競り合いも日常的にある。アメリカほどではないが、日本と違った現代史を歩んで来た国である。アメリカ製ベトナム戦争映画のブームが終わった後にこの映画が作られた意味を理解するには、韓国の歴史をよく調べねばならないが、この映画が作られた翌年の93年にキム・ヨンサムによる文民政権が生まれたことと無関係ではないだろう(その前まで軍人の大統領が続いた)。韓国にとってある意味ではまだ戦後になっていないのかもしれない。

「ビッグ・フィッシュ」(2003年、ティム・バートン監督、アメリカ)
 ティム・バートンにしてはなんともストレートな映画だ。デヴィッド・リンチの「ストレイト・ストーリー」のようなものか。もちろんティム・バートンらしいファンタスティックな雰囲気や登場人物もたくさん出てくる。5メートルの大男や魔女(ヘレナ・ボナム・カーター)、上半身は双子で下半身は一人分の姉妹、サーカスの芸人達。何と言ってもユニークなのは桃源郷のような町スペクターだ。全員が裸足で生活し、たった3行の詩を書く作家ノザー(後に銀行強盗になり、その後成功する、スティーブ・ブシェーミ)や旅人の靴を町の入り口の電線に吊るす少女ジェニファー・ビル(後の魔女)など住民もユニークだ。
 主人公のエドワードはほら話(トール・テイル)が大好きな男(アルバート・フィニー、若い頃をユアン・マクレガー)で、死期を迎えている。散々ほら話を聞かされてすっかり親父が嫌いになった息子のウィルがしぶしぶ父親を見舞いに来る。この作品の中心テーマは、ウィルが父親を理解してゆくプロセスを描くことである。その外枠の中に父親の若い頃の回想というストーリーが入り込んだ形になっている。この部分がいい。特に妻サンドラ(若い頃をアリソン・ローマン、年取ってからをジェシカ・ラング)との出会いと結婚の部分。素晴らしいロマンスになっている。若い頃のはつらつとしたエドワードとすっかり太りベッドに横になったきりの現在のエドワードの差、この差が、息子ウィルが見る父親像と母親やウィルの妻ジョセフィーン(マリオン・コティヤール)が見るエドワード像との乖離につながっている。やがて少しずつ父親への誤解が解け、ついには父親の最期の時にウィルが作り話をするに至る。若いとき魔女の瞳を覗いたエドワードはその中に自分の未来を見たという。しかしその死の場面がどんなものだったかは誰にも話したことがなかった。その死の場面を息子に語らせようとするのだ。息子は精一杯想像力を働かせ、父親の話を引き継いで物語に結末をつける。ここで初めて息子と父の共同作業が行われるのである。二人が力を合わせて(想像力を駆使して)一つの物語を完成させる。いい結末だ。
 ファンタジーにロマンスを程よくミックスさせ、さらにアメリカの伝統のトール・テイルを組み合わせるという脚本が秀逸だ。「シザー・ハンズ」「ナイトメアー・ビフォー・クリスマス」と並ぶ彼の代表作になるだろう。

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コメント

真紅さん コメントありがとうございます。

こんな前の記事をきちんと読んでいただいただけで感激です。

アイリス・マードックはヴァージニア・ウルフ、マーガレット・ドラブルなどと並んで、20世紀のイギリス文学を代表する女性作家です。その彼女の晩年がこんな状態だったとはこの映画を観るまで知りませんでした。輝くばかりに美しいケイト・ウィンスレットと大女優ジュディ・デンチが同じ女性を演じるという設定もこれ以上ないほどの贅沢さ。堪能しました。

ゴブリンさま、こんにちは。
『アイリス』感想のURLを貼らせていただきました。単独の記事でないのでTBは止めておきますね。
自分の人生の最期について、考えさせられる映画でした。
生き様が死に際に現れるのでしょうが、そこに愛はあるのだろうか・・などと。
ケイト・ウィンスレットがますます大好きになりました。いい女優さんですね。
『ビッグ・フィッシュ』も好きです。
ではでは、またお邪魔させて下さいね。

 カゴメさんいつもありがとう。
 確か精神保健福祉士の資格を持っているということを何かのレビューで読みましたが、やはりそういう関係のお仕事をされているのですね。そうなるとなおさら「アイリス」に共感するものがあるのでしょう。僕は文学畑の人間なのでその方面からの共感が強いです。
 「ビッグ・フィッシュ」は僕も大好きです。ファンタジックな彼の作風がさりげなく出ていて、大人の御伽噺という味わいになっています。「コープス・ブライド」も早く観たいと思っています。

この中で、カゴメが好きな作品と言えば、
「アイリス」と「ビッグ・フィッシュ」ですね。
「アイリス」はウィンスレットもデンチもブロードベントも、
充実した深みのある芝居を観せてくれましたね。
カゴメは毎日認知症の人の介護をしているので、
尚更、感慨深いものを感じたです。
「ビッグ・フィッシュ」は唯一、レビューを自粛している作品。
カゴメはこれを観てて、おかしくなるんじゃないかと思うくらい、
声を放って号泣しました。魂がカラになるほど・・・。
「バクダット・カフェ」と並ぶ、心の故郷のような作品です。

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