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2005年10月22日 (土)

寄せ集め映画短評集 その10

在庫一掃セール第10弾。今回は日・韓・中アジア映画6連発。

スウィングガールズ(2004年、矢口史靖監督)
cut-cup01   いやあ、これは楽しめました。まだ頭の中で「ムーンライト・セレナーデ」のメロディが鳴っている。ストーリーは3、4行でまとめられる程度の単純明瞭な話。あとは小ネタやギャグでつなぐ。そんな作りの映画である。だからもっと練習風景を描いてほしかったとか、家族が娘の上達振りに驚きながら熱心に応援するようなシーンも見たかった、というようなプチ不満も出てくるわけだ。実際僕も友子(上野樹里)たち数人がスーパーか何かの前で演奏しているのを見て仲間たちがあわてて楽器を買いに走り、ぴかぴかの楽器を手に演奏に加わるシーンを見て、それまで練習に参加していなかったのに何で同じようにうまく演奏できるんだよと突っ込みを入れたくなった。あるいは、友子が演奏風景を撮ったテープを出し遅れたために音楽祭に出場できなくなるが、雪で出演予定の高校がキャンセルになり友子のビッグバンドが出場できるようになる、しかし友子たちの乗った電車も止まってしまいぎりぎり音楽祭に間に合うという展開も、さながらハリウッド映画の様な「劇的な」効果を狙った、つまり受け狙いの演出だと言わざるを得ない。確かに「つっこみどころ満載」の映画なのだ。
  しかし、スウィングする楽しさという理屈を超えた要素がこの映画の一番の魅力なのである。ラストの演奏は素人の演奏にしては十分楽しめる。演奏の水準はともかく、うねるスウィング感、弾むリズムと体、女の子が身をくねらせ演奏する視覚的効果、なかなかのものである。ジャズはおじさんがしんねりむっつり楽しむものという一般的イメージを思い切り突き崩してゆく快感、女子高生がジャズをやるという意外性、おじさんの音楽と若い世代のギャップを突き崩す爽快感。難しいことを言わずに楽しめばいいじゃん、そんな単純明快さがストレートに伝わってくる。
  もちろん、演奏そのものばかりではなくドラマの部分、例えば友子たちがスウィング・ジャズの魅力に徐々にはまってゆくところも見所なのだが、先に書いたようにあまりにあっさり変わってしまうので、その点では少々不満が残る。友子たちが苦しんだりめげたりしつつ徐々に上達してゆく様子をあえて描こうとしなかったのは、それを描くと映画の性格が変わってしまうと思ったからだろう。俺が描きたいのは「巨人の星」のような「スポこん映画」ではない。若いギャルがとにかく元気にはじけてる、はじけすぎてすっ転んだり、火にかけた餃子にアルコールをぶっ掛けてスプリンクラーを作動させてしまったりするドタバタのコメディなんだということだろう。そのためには少々話がちぐはぐになってもいい、そんなことなど気にならないような面白い映画にすればいいというわけだ。
  確かに少々気になることはあっても十分楽しめる映画になっている。舞台を山形に設定して、出演者に山形弁を話させたことも成功している。スウィング・ジャズだけではなく山形弁も大いに受けた。特にいまどきの女の子が方言で話すというギャップが逆に魅力だった。
 出演した女の子たちも魅力的だ。矢口監督のこだわりぶりが結構功を奏している。ドラム担当の直美(豊島由佳梨)のおかっぱ頭は何と岸田劉生の「麗子像」 をイメージしたものだそうな。笑っちゃいました。トランペットをソロで吹いた良江(貫地谷しほり)の表情が素晴らしかった。上野樹里に次いで美人だが、この演奏場面が一番輝いていた。そして何といっても上野樹里がかわいい。「ジョゼと虎と魚たち」ではどこに出ていたのというくらい印象がなかったが、この映画では魅力爆発。演奏中のスタイルもなかなかはまってる。
   僕はモダン・ジャズ以後が好きなのだが、この映画を観てスウィング・ジャズも悪くないなと思った。考えてみれば、ジャズは難しい、小難しいことを言うおじさんたちの音楽だという印象はモダン・ジャズ以降の印象だ。ディキシーランドやスウィング時代のジャズはもっと大衆的だった。確か日本最初のトーキー映画「マダムと女房」(1931年)だったと思うが、ジャズを演奏するおじさんが出てきた。そんな前から日本でジャズが流行っていたのかと驚いた覚えがある。ジャズはダンスと結びついていた。聴いて踊れる音楽だったのだ。

刑務所の中(2002年、崔洋一監督)
  淡々としているが結構面白い。花輪和一の原作に出てくる主人公はとっちゃん坊やのようなダサいおっさんだが、山崎努が演じると格好よくなってしまうのはまあ仕方がない。同房の4人もなかなか面白い面子をそろえたが、やはり原作の漫画のほうが個性的な気がする。先に原作を読んでいると物足りなさを感じてしまうのは避けがたい。
  原作では雑居房や独居房の内部、あるいは食事のメニューが偏執狂並の正確さで事細かに再現されている。これが魅力だった。何しろめったに入れるところではないから。画家は細かいところをよく観察していて後になっても正確に再現できるというが、漫画家も同じなのだと感心した覚えがある。こっちもじっくりと見てしまう。しかし映画だとあっさりそのままに映し出されてしまうのでどこか物足りない。雑居房や作業場の様子など実に原作そっくりに再現されているだけに、もっとじっくり眺めたかった。もっとなめるようにゆっくり「塀の中」を映す場面があってもよかったのではないか。
   原作の方はいわば半分図鑑、半分観察記録の様な作りなので、どちらかというと記録映画向き。しかし、映画は本来動きを表現するものなので、劇映画にするには確かに苦労するだろう。どうしても行進している場面、作業をしている場面、風呂に入る場面、野球をしている場面など、動きのある場面を長く撮ってしまう。主人公の感じたことなどをナレーションで入れているが、原作ではもっと「へー」と思うことがたくさん入っていたはずだと思ってしまう。原作を読んでいるとまさに「へー」の連続である。「70ヘー」「80へー」当たり前。さすが「塀の中」の世界だ。映画だとそれが「30ヘー」くらいに減ってしまう。へーと思う回数も減る。それでも大きな不満も感じることなく、退屈もせずに観られたから映画として悪い出来ではないと思う。

ジョゼと虎と魚たち(2003年、犬童一心監督)
cut   難病ものや障害者ものは基本的に好きではないが、これはいい映画だ。何より泣かせようとしていないところがいい。聾唖の障害者はよく映画になるが、下半身麻痺の障害者が主人公になる映画は珍しい。障害を持ったジョゼを演じた池脇千鶴が出色の出来。障害ゆえのゆっくりとした話し方、疑わしそうに他人を見る目つき、心からうれしそうに笑う笑顔、どれもが自然だ。妻夫木聡もさわやかな青年を印象的に演じている。しかしこれは池脇千鶴の映画だ。 出会いは衝撃的だが、別れはあっさりしている。わずか数ヶ月しか関係は続かなかった。映画としては異例だが、実際の問題として考えてみれば無理からぬ結論である。理想論ではいかない現実を痛みをこめて描いている。そこに共感できる。「あれは壊れ物だから」というジョゼの祖母の言葉を取ってみてもその厳しさは理解できる。
   映画は2人の一番楽しかった時期だけを描いている。甘いと言えば甘いが、2人の関係がどんどん壊れてゆく過程を見させられるのはつらい。妥当な描き方だろう。
   タイトルの意味は、閉じ込められて生活していたジョゼが、恒夫(妻夫木)に連れられて初めて動物園で虎を見たこと、恒夫が実家に帰る時にジョゼも一緒に行き、途中「魚の館」というラブホテルに泊まったことからきている。ベッドの中でジョゼは恒夫に目をつぶらせる。その暗闇の中で自分は育ったと言う。最も感動的な場面である。
   ジョゼはサガンの小説に出てくる登場人物の名前だ。奇妙な題名も作品を観終わった時には深い陰影を帯びている。ただ、残念ながらもう一つ掘り下げ方が足りないという印象を受けた。

永遠の片想い(2002年、イ・ハン監督、韓国)
  「八月のクリスマス」、「イルマーレ」、「動物園の隣の美術館」「猟奇的な彼女」などと並ぶ韓国映画ラブ・ロマンスの傑作である。喫茶店でアルバイトをしているジファン(チャ・テヒョン)はそこで2人の女性と知り合う。最初は清楚なスイン(ソン・イェジン)に惹かれるのだが、あっさりはねつけられる。しかしやがてもう一人のギョンヒ(イ・ウンジュ)とともに3人は付き合い始める。2人ともそれぞれに魅力的だ。二人にそれぞれ引かれながらも、ギョンヒの方が好きだとやがてジファンは自覚する。だが実は2人とも病弱だった。2人とも子どものころに病院で知り合い、その後互いに支えあうようにして付き合ってきたのだ。あるとき雨に濡れたことが災いしてスインは病床に就いてしまう。結局そのまま直ることなく彼女は死んでしまう。
  映画は3人が付き合い始めた頃と、その数年後を交互に描いている。スインが死んだ後ジファンとギョンヒは分かれてしまったらしい。しかし差出人のない手紙がずっとジファンの元に届いていた。ジファンはギョンヒを探し始め、ついに彼女と会う。手紙を出していたのはギョンヒだった。しかしギョンヒの方も既に長くない命を覚悟していた。
  難病ものの一種だが、女性二人そろって病弱という点が新鮮である。このようなタイプの三角関係というのは確かに今までなかった。テーマの新鮮さもあるが、やはりこの映画の魅力は2人の女性にある。二人の美女をそろえたのだから強力だ。しかも2人の女性の死で悲恋に終わる。韓国映画のラブ・ストーリー作りのうまさに改めて感心させられる。

ほえる犬は噛まない(2000年、ポン・ジュノ監督、韓国)
  どこか漫画チックで、シュールなブラック・コメディー。しかし最近の日本映画によくあるようなひねこびた映画ではない。むしろ健全な批判精神が背後に感 じられる。大学の非常勤講師と思われるユンジュ(イ・ソンジェ)は妻が妊娠していて、教授の座を狙っている。韓国も相当な賄賂社会のようで、学長に賄賂を 贈るよう先輩から助言されている。しかしその金がなかなか工面できない。妻からは色々小言を言われて面白くない。何となくいらいらする毎日。そんな生活を しているときに同じマンションの住人が飼っている犬のほえ声が気に障ってしょうがない。ある日その犬を捕まえ屋上から投げ捨てようとするが、さすがにそれは出来ない。仕方がないので地下の廃品置場にある箪笥の中に閉じ込める。ところがその犬は手術して声が出ないようになっている犬だということが後で分かる。犬違いだった。あわてて地下室に行くが、そこでとんでもない光景を見る。ボイラー係が犬を捕まえて料理しようとしているところだった。犬はもう死んでいた。
  ユンジュはその後ほえる犬をつきとめ、今度は本当に屋上から投げ捨てて殺してしまう。犬がいなくなった持ち主たち(最初は女の子、次はばあさん)が、マンションの管理事務所に張り紙許可のはんこをもらいに来る。事務所に勤めるヒョンナム(ペ・ドゥナ)はある時犬誘拐犯を見つけマンション中を追いかけるが、途中で急に開いたドアにぶつかり犯人を逃してしまう。
  皮肉なことにユンジュの妻が犬を飼い始める。ある日散歩をしているときにその犬が行方不明になる。仕方なくユンジュも張り紙を出すために管理事務所にはんこをもらいに来る。ここでユンジュとヒョンナムが再会する。このヒョンナム役のペ・ドゥナが何ともチャーミングだ。美人ではないが、坂井真紀似で同じようなキャラクターだ。退屈な仕事に飽き飽きし、いつも女友達とぶらぶらしているが、犬と犯人探しに一生懸命になるところがいい。ユンジュの犬を危ういところで助けたのも彼女だ。
TEL_w2  妻の退職金で何とか裏金を作りユンジュは学長に取り入る。そこで酒をしこたま飲まされる。教授の席が一つ空いたのは同じことをやった先輩が酒を飲まされ、酔っ払って地下鉄に轢かれたからだ。ユンジュもふらふらになるが無事家の近くまで帰る。木の根元で寝入っているところをヒョンナムに助け起こされ、一 緒にマンションに帰る。仕事よりも犬と犯人探しに夢中になっていたヒョンナムは、仕事を首になったとユンジュに話す。自暴自棄になっていたユンジュはわざと彼女の前で走る姿を見せ、実は自分が犬誘拐の犯人だと告白する。夜の通りを2人で走るシーンが印象的だ。
  ラストシーンは授業をしているユンジュの姿で終わるが、結局教授になれたのかどうかは判然としない。憂鬱そうに考え込んでいるユンジュのアップで終わる。はちゃめちゃなようだが、どこか芯はしっかりしている。良質のコメディである。

至福のとき(2002年、チャン・イーモウ監督、中国)
   意外にもコメディだった。いわゆるハートウォーミング・コメディ。ヒロインのウー・イン(ドン・ジエ)が盲目の娘という設定なので難病ものの一種だが、ヒロインの苦悩を中心にすえるのではなく、彼女を取り巻く人々の冷淡さと暖かさに焦点を当てたことが成功につながった。
  主人公のチャオ(チャオ・ベンシャン)がいい。失業して金はないが、どうしても結婚したいと何度も見合いを重ねている。本当は痩せ型がすきだが、贅沢は言っていられないと今度は太った女性にアタックした。お互いに気が合い、順調に付き合いが続いている。結婚資金に必要な5万元を何とか捻出しようと、公園 に放置されたバスの内部を改装し、デート場所「至福のとき」を作り上げる。まあ即席のラブホテルだ。意外に客が付き多少の収入が入ってくる。チャオは見合い相手に自分を旅館の社長だとほらを吹く。しかし相手の太った女性には前夫の連れ子の盲目の娘ウー・インがいた。彼女はこの娘を何とか厄介払いしたくて仕方がない。この娘に何とか仕事を見つけてやってほしいと頼まれたチャオは、嘘をつき続けるしかなく、バス「旅館」の仕事をさせようとつれてゆくが、何と公園再開発で丁度バスがクレーンで取り払われるところだった!
  仕方がないので、ウー・インにマッサージが出来ることを利用し、工場跡を彼が経営する旅館のマッサージ室に仕立て上げて、そこで彼女をだまして働かせる。友人たちに頼んで客を装わせる。この当たりがよく出来ている。貧乏人同士が知恵を寄せ合って何とか彼女をだまし続けようとする。しかし客として払う金が底をついた。窮余の策で、どうせ目が見えないのだから分からないだろうと、ただの紙をお札の大きさに切っただけの紙片をウー・インに渡す。彼女はすぐに札が偽ものだと気づいた。最初から変だとは思っていたのだ。しかし彼女はだまされた振りを続ける。チャオ自身と彼の仲間たちが、最初は結婚するまでの方便としてウー・インをだましていたのだが、やがてそれが彼女に対する本当のやさしい気持ちに変わってゆくところが感動的である。
    一方チャオは花束を持って見合いの相手の家に行くがいつ行っても留守。電話も通じない。何度目かにアパートに行ったとき別の部屋に移っていることに気づく。部屋を覗くと、もっと大きな花束を持った見知らぬ男と彼女は抱き合っていた。チャオが非難すると、相手の女はチャオのことを調べて見て嘘に気づいたとやり返す。もう結婚してしまったから帰ってくれとチャオを追い返す。やけっぱちになって飲んだくれたチャオが家に帰ってみると、ウー・インの声を吹き込んだテープレコーダーが置手紙代わりにおいてあった。チャオは仲間たちとその声を聞く。最初から何か変だと思っていたこと、お金が途中から偽ものに変わったことに気づいていたこと、しかし彼らの親切がとてもありがたく、楽しい時間をすごせたこと、しかし自分はここを出て自分ひとりでやってゆくことを決心したこと、などが語られていた。
   ラストシーンは街中を一人で歩いているウー・インの姿を長く映し出している。その表情は明るい。はたして彼女一人でやって行けるのか、実の父親に会えるのか、見ているほうは不安を感じるが、彼女の明るい表情に安心させられる。
 型どおりのハートウォーミング・コメディだが、登場人物たちを見る優しい視線に共感せざるを得ない。どたばた調の「キープ・クール」も傑作だったが、観終わった後の後味のよさは当然こちらの方が上だ。舞台となった街は大連。

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