2008年5月13日 (火)

アクセス数が10万を突破しました

Robo1_3  こんなに早く10万に達するとは思いませんでした。サイドバーのココログのロゴの下に示してあるように、このブログを始めたのは2005年の8月27日。3年もたたないうちに10万に達するとは自分でも驚きです。これも皆このブログを見ていただいた皆さんのおかげです。改めて御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 最近はめっきり記事を更新する回数が減ってしまいました。こういうご時世で、仕事がこれまでとは比べ物にならないくらい忙しくなったことも一因ですが、一番の原因は昨年別館ブログ「ゴブリンのつれづれ写真日記」を作ってしまったことです。一番時間が空く週末にいそいそとデジカメを持ってあちこち出かけるのですから、レビューを書く時間が満足に取れないのも当然です。楽な方へ気持ちが傾くのは誰しも同じで、簡単に書ける写真日記をどうしても優先してしまいます。昼間カメラを持って出かけ、夕方は写真を整理し記事を書く。映画のレビューを書き始めるのは夜になってから。土日の2日間かけても書きあがらない。月曜日にレビューを載せることが多いのはそのためです。

 まあ、ぼやきはともかくとして、「映画レビュー一覧」や「名作の森」を眺めてみるとよくまあこれだけ書いたものだと我ながら感心します。最初の半年くらいまでは短評でしたが、次第にレビューが長くなってきました。

 これ以外に「~を観ました」シリーズ、「先月観た映画」シリーズ、「これから観たい&おすすめ映画・DVD」シリーズ、しばらく中断していますが「映画チラシ・コレクション」と「映画パンフ・コレクション」のシリーズ、その他雑多な記事、それに別館ブログ「ゴブリンのつれづれ写真日記」の記事が加わるのですから病気にならないのが不思議なくらいです。

 映画はそれなりに観ているのですが、DVDの新作に追われて手持ちの旧作を観る時間がなかなか取れません。しかしまあ、無理をせず気長にやります。レビューは1週間に1本程度しか書けませんが、また時々見に来てください。  これからもよろしくお願いいたします。

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2008年5月12日 (月)

長江哀歌

2006年 中国 2007年8月公開
評価:★★★★★
原題:三峡好人
監督・脚本:ジャ・ジャンクー
製作総指揮:チョウ・キョン、タン・ボー、レン・チョンルン
製作:シュウ・ポンルー、ワン・ティエンユン、チュウ・ジョン
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:リン・チャン
出演:チャオ・タオ、ハン・サンミン、ワン・ホンウェイ、リー・チュウビン
    マー・リーチェン、チョウ・リン、ホァン・ヨン

  長江。黄河と並んで日本でも馴染み深い中国の大河である。昔は揚子江と言っていた。調べてみると揚子江は長江の下流部を指す言い方で、それが長江全体を指す言い方として誤用されていたようだ。上流部は金沙江と呼ばれるそうである。長江という言い方を初めて聞いたのはさだまさしが監督した「長江」という映画が話題になった時である。1981年の映画だからもう27年前になる。映画は観ていないが長江という言葉は記憶に残った。

(1)
  「長江哀歌」は長江を進む船の乗客たちを長々と映し出すところから始まる。最後に映された冴えない中年男ハン・サンミン(ハン・サンミン)が主人公の1人である。奉節(フォンジュ)で乗客たちは船を降りる。ハン・サンミンはどうやらよそ者らしい。紙に書かれた住所を示してバイク・タクシーに乗る。バイクは長江の岸の何もないところで停まる。案内の男が「あの草が生えている辺りだ」と指差したのはなんと河の中だった。紙に書かれた住所「青石街5号」は既に河に沈んでいた。

Deepblue015   実に印象的な出だしである。ハン・サンミンが逃げた妻を捜しているらしいことはストーリーの進展の中で次第に分かってくる。やがて、半ばごろもう1人の主人公シェン・ホン(チャオ・タオ)が登場する。彼女は逆に2年間も音沙汰のない夫を探しに奉節へやってきた。この二人は最後まで接点を持たない。唯一の共通点は2人とも山西省からやってきたことだ。初めての土地でそれぞれ妻と夫を探す主人公たち。これと言ったストーリーもなく、画面は奉節の町を歩き回る二人を追ってゆく。映画は一種のロード・ムービーになる。主人公二人は失われつつある自然や町、あるいは生まれ変わりつつある中国の活力と矛盾の目撃者となる。その中でもう1人の主人公が浮かび上がってくる。それは既に一部河に沈み、やがてそのほとんどが水没する運命にある奉節の町そのものである。

  ジャ・ジャンクー監督はDVD付録のインタビューで三峡ダム建設について次のように語っている。「三峡地区で起こっていることは中国社会の問題を浮き彫りにしていたからです。三峡の現実から国の変貌を表現しようと思いました。中国文化にとって重要な意味を持つ地区です。風景画や詩歌などさまざまな中国の芸術を育んだ土地ですからね。また『三国志』の舞台としても有名だし李白や杜甫が旅した時にもここで多くの詩を詠んでいます。」ジャ・ジャンクー監督の狙いは世界最大のダム建設が中国の重要な文化遺産を水没させ、またそこに住む130万人もの住民から生活の場と故郷を奪ってゆく過程をドキュメンタリー風に描き出すことである。

  三峡ダム建設は万里の長城建設以来の歴史的大事業である。とてつもない規模のダムを建設することによって暴れ河を制御し、同時に発展著しい中国社会に膨大な量の電力を供給する。まさに歴史的大事業だが、その影に故郷を奪われてゆく100万を越える人々がいる。ジャ・ジャンクー監督はその明と暗の両面、特に暗の面に焦点を当てて描こうとしている。出来るだけ作為を加えず、事実を積み重ねてゆく。登場人物には一部を除いてほとんど素人を起用し、現地で撮影したのはそのためである。

  変わり行く奉節を映し出すだけでもかなりのインパクトはある。何しろ100万を超える人Sdlorien01 々に影響を与える大事業だ。しかしいくら大きな数字を示してもそれだけでは一人ひとりの生活の変化や困窮、不安や苦悩は浮かび上がってこない。ただ多くの人々を映し出すだけではなく、一人ひとりの生活の中に入り込み、ダム建設で家を追われることがそれぞれの生活をどのように変えていったのか、人々はその変化をどう受け止めたのかを描き出してこそ「歴史」という抽象的な概念あるいは事象に実態を与えることが出来る。監督が2人の主人公を登場させたのはそういう理由からだろう。二組の夫婦の危機的状況(一組は離婚へと向かい、もう一組は元に戻る可能性を含みつつも借金を背負うことになる)と並行して、それぞれの伴侶を探すロード・ムービー的展開の中で浮かび上がる奉節の町の劇的変化を描くことで、映画に具体性と客観性(深みと広がり)を持たせたのである。

  主人公2人を山西省(山西省はジャ・ジャンクー監督の出身地でもある)からやってきたよそ者に設定した理由を監督は次のように説明している。「三峡は知らない土地なので旅人の視点で書くことにしました。」探し当てた土地を飲み込んで滔滔と流れる大河を見て呆然と佇むハン・サンミンの姿は、知識としてだけ知っていた三峡ダム建設の現実を目の当たりに見て衝撃を受けたジャ・ジャンクー監督自身の姿でもあるわけだ。

(2)
  奉節という小さな町で何が起きていたか。ハン・サンミンが訪ねた役所で垣間見た風景がそれを象徴的に示している。住民が党の役人(?)に「話が違うじゃないか」と激しく抗議している。役人はそれに対してこう言い返す。「2千年の町が2年で消える。解決には時間が要る。」それは言い訳だったかもしれないが、「2千年の町が2年で消える」という言葉はそこで起きている事態を正しく指摘している。映画は効果音をほとんど使わない。代わりに画面に常に響き渡っているのは槌音である。建設の槌音ではなく解体の槌音だ。画面は主人公2人を追ってゆくが、その背後に常に映りこんでいるのは解体されつつある町の姿である。どこもかしこも瓦礫の山ばかりなのだ。

  この映画の主題は二組の夫婦の成り行きではない。三峡の変わりゆく姿と同じく変わり行く人々の暮らしである。行き交う人々の背景には常に長江がある。太古と変わらないかのように悠然と流れる大河と解体・建設が進む奉節の町。いや、悠久の大河すらダム建設が進めばその姿が変わって行く。その変化の急激さに社会がきしみだしている。「2千年の町が2年で消える。解決には時間が要る」という言葉は、あながち言い訳とばかり決め付けるわけには行かない。地方の党幹部さえ対応にあたふたするほどの急激な変わりようなのだ。

  水の届かない高台には新しい建物が見えるが、画面に大きく写るのは解体されてゆく瓦礫のような建物だ。その解体作業も実に原始的だ。木槌やハンマーでコンクリートをたたいて壊している。今の日本ではまず見かけなくなった文字通りの肉体労働。重機やドリル、あるいはダイナマイトを使った作業に比べると遥に効率が悪い。万里の長城時代からほとんど変わっていないのではないかという感覚さえ覚える。安い賃金で自分の体を酷使する過酷な労働。危険さえ伴う。チョウ・ユンファにあこがれていたチンピラのような若者マークは解体作業中に瓦礫の下敷きになり命を落とした。そんな仕事でも働き口さえあれば労働者は集まってくる。社会の底辺で働く肉体労働者が就ける仕事はこんな解体作業か、あるいは賃金は高いがそれ以上に危険な炭鉱の仕事などしかないのだ。

  一方、夫を探しているシェン・ホンが夫の知り合いであるワンと真新しい建物のベランダから長江を眺める場面がある。そのベランダを行き交う人々の服装は、上半身裸かあるいはランニングシャツ姿で解体作業をしている下界の人たちと同じ国民とは思えないくらい上等だ。まさに黒澤明の「天国と地獄」のような対比。シェン・ホンはそこで夫を待っていたのだが、ついに夫は現われない。彼女たちが去った後そのビルの支配人らしき人物(彼がシェン・ホンの夫グォ社長なのかははっきりしない)が客を案内して現われ、新しく作られた橋をライトアップさせる。まばゆいばかりに輝く橋。この場面も実に印象的だ。上流に住む貧しい者たちの家と生活と故郷を奪って作り出した電力が上海など下流の大電力消費地を明るく輝かせる。そういう関係を象徴的に示しているからである。

  ここで描かれているのは「ココシリ」が描いたものと同じ関係なのだ。貧しい国の人々が作った食べ物を富める国の人々が口にする。飢えた国で食料にならない珈琲豆を作り、豊かな国の人々がそれを嗜好品として飲む。貧しい国の森林を伐採し豊かな国の人々がそれで家を建てる。あるいは、飢えた人たちが生きるために自分の血を売り、その血が豊かな国の人たちに輸血される。そういう関係が一つの巨大な国の中でも貫徹しているのである。無一文と思われたハン・サンミンがやにわに携帯を取り出して話すシーンが与える不思議な違和感、その違和感は中国における不均衡な経済発展がもたらした歪みの表れなのである。この映画が描いているのはその歪みである。決して失われるものを懐かしみノスタルジーに浸る映画ではない。

  三峡ダム完成間近の奉節の町を象徴するのがドミノを重ねたような不思議な建物だ。監督インタビューによると、この建物は去ってゆく人を祈念する建物になるはずだったといGen1 う。しかし資金難で建設が中断してしまった。「建設・発展」の象徴になるはずのものが結局は「残骸・廃墟」として屹立しているわけである。この「物体」に目をつけたのはさすがだと思う。ただ、その「物体」がロケットのように飛び立ってゆくという描き方には正直疑問が残る。監督はその意図を次のように語っている。「この建造物は周囲と調和がとれていません。三峡ダムの建設も同じで、あまりに早い変化は不調和を生み出します。それを異質な描写を用いて表現しました。」意図通りの効果を得られたとは思えない。むしろ同じシュールな映像でも、窓辺で携帯をかけているハン・サンミンを映したキャメラがパンすると部屋の奥で京劇の格好をした3人の男が携帯でゲームをやっているという映像の方が効果的だった。あるいは、ハン・サンミンが廃墟で妻のヤオメイと飴を分け合っていると突如遠くのビルが轟音とともに崩れ落ちるシーン。これらは古き物と新しい物が混在し、解体作業が日常となっている奉節の町をよく表している。あの不思議な「遺物・異物」は最後まで原爆ドームのようにあの場所に佇立しているべきだったと思う。

(3)
  「三峡好人」という中国語の原題はドイツの劇作家ブレヒトの戯曲『セツアンの善人』をもじったものらしい。アメリカ映画「善人サム」(48年、レオ・マッケリー監督、ゲーリー・クーパー主演)のように都合よく話が進むのはまれで、むしろ振り込め詐欺を見れば分かるように、善人の人のよさにつけ込んでその好意を踏みにじって金儲けに走るのが資本主義の世界である。ここでいう善人とは2人の主人公ばかりではなく、すべてを押し流す河の流れのような社会の変化によって翻弄される人々を指すのだろう。しかしそこに込められた皮肉は翻弄される人々にではなく社会に向けられている。「STILL LIFE」(「静物」と「静かな生活」の両方の意味をかけていると思われる)という英語のタイトルとは裏腹に、奉節の町を覆っているのは変化の嵐である。静かな画面とゆったりとした時間の流れの中に時代の大きな変化が描かれている。家を失い漂流する人々。杜甫や李白が映画いた漂泊の旅人よりはるかに無慈悲に故郷を追われた漂泊の民。21世紀の長江に流れる哀歌(エレジー)には静寂を破るドリルや槌の音、建物が崩れ落ちる音が容赦なく進入してくる。

  しかしジャ・ジャンクー監督は奉節の人々を単に哀れな人たちとして描きはしなかった。たとえ解体作業であっても仕事はある。仕事があれば人々は集まってくる。もちろん善人ばかりではない。冒頭の船の中で登場する、無理やり手品を見せて金をせびるやくざ者もいる。解体作業中の事故で命を落とす者もいる。まことに善人には生き難い社会だが、それでも人々はしぶとく生き抜いている。「長江哀歌」が優れているのは、社会の大きな矛盾を描いただけではなく、その中でも営々と生活を営む庶民の姿を共感を込めて描いているところにある。ジャ・ジャンクー監督はDVDの付録とは別のインタビューで、「死刑宣告された街」にしがみつくようにして生活している底辺の人々に触れて次のように語っている。「特に、三峡ダムのあの辺は貧しい地区で、あそこの人間は出稼ぎに出ないと生きていけないので、政府もあまりケアしなかった。彼らは雑草みたいに生きていたんですよ。・・・2600年の歴史がある建造物が取り壊されることにみんな感傷的なんだけど、人間の営みのほうにもっと不具合が出てくると思うんです。」

  あえてずぶの素人を俳優として使ったのも、河と共に生きてきた人々の生活感や息遣いを大事にしたかったからだ。「その土地に呼吸をしてきた彼らの表情は、プロの俳優にもなかなか出せませんからね。」未曾有の経済発展の影で、テレビなどで取り上げられることもなく静かに消えてゆく底辺の人々。監督はあえてそういう人々に焦点を当てた。山田洋次監督は70年代初めに、石船の仕事に見切りをつけ故郷を捨てる決意をした家族と、故郷を捨て新しい土地に向う家族を描いた「故郷」「家族」という2本の傑作を作った。「長江哀歌」は21世紀の「故郷」である。人々を押し流す「大きな力」(「故郷」の主人公が言った言葉)は70年代の日本より遥に強大で情け容赦ない。

  世界一の巨大ダム建設という世紀の大事業は人々に何をもたらし、またもたらそうとするのか。ジャ・ジャンクー監督は、開発と破壊は常に表裏一体であるという視点から巨大ダム建設と人々の生活を描いた。その主題をさらに深く理解するにはゲーテの『ファウスト』(新潮文庫)と関連付けてみるといいかも知れない。

己は幾百万の民に土地を拓いてやる。
安全とはいえないが、働いて自由な生活の送れる土地なのだ。
・・・(中略)・・・
そうだ、己はこういう精神にこの身を捧げているのだ。
それは叡智の、最高の結論だが、
「日々に自由と生活とを闘い取らねばならぬ者こそ、
自由と生活とを享(う)くるに値する。」
そしてこの土地ではそんな風に危険に取囲まれて、
子供も大人も老人も、まめやかな歳月を送り迎えるのだ。
己はそういう人の群れを見たい、
己は自由な土地の上に、自由な民とともに生きたい。
そういう瞬間に向って、己は呼びかけたい、
「とまれ、お前はいかにも美しい」と。

  「日々に自由と生活とを闘い取らねばならぬ者こそ、自由と生活とを享くるに値する。」「己は自由な土地の上に、自由な民とともに生きたい。」何度でも引用したいと思わせる感動的な言葉だ。ファウストが生涯の最後に到達した「歓喜の歌」とも言うべき境地。しかし既に失明していたファウストは重大な錯誤に気づいていなかった。彼の周りで聞こえる槌音は壮大な干拓事業を進める音ではなかった。そこに「建設」されていたのは彼自身の墓穴だったのである。

  しかしこの壮大な戯曲は最後にもう一回転する。メフィストフェレスの手から天使たちがファウストの遺骸を奪い天へ運んでゆくのだ。この一大戯曲の結びの言葉は「永遠にして女性的なるもの、われらを牽(ひ)きて昇らしむ」である。

Cuthaikyo07   「長江哀歌」が描いたのは主人公2人の人探しではない。国家の壮大なプロジェクトによって土地と家とそして何よりも故郷を失ってゆく人々の姿である。ハン・サンミンとシェン・ホンのエピソードはその中からピックアップされた二つのケースである。シェン・ホンの夫は一山当てようと奉節に乗り込んで一応の成功を収めた組である。しかし商売に精を出しすぎて妻を失ってしまった。ハン・サンミンの妻は貧しい生活のために彼に金で売られたのだろう。故郷に逃げ帰ってからも兄の借金のかたにまた売られている。その兄も家をなくし船の上で生活している。巨大なダム建設という事業は国家が自らを埋める巨大な墓穴の建設なのか?もちろんジャ・ジャンクー監督はダム建設そのものまでは否定していない。しかし「長江哀歌」が投げかけている問いを突き詰めれば今の中国の経済発展のあり方そのものまで問い直すことに行き着くことになるだろう。

  『ファウスト』では最後に天使が現れファウストを地獄行きから救った。だが現実世界に天使などいない。故郷を追われた人々はどうなるのか?映画は未来について何も提示しない。しかしかすかな暗示はある。シェン・ホンは夫に離婚を突きつけ、毅然として歩み去った。ハン・サンミンは1年かけてでも借金を返して妻を引き取ることを約束した。この2人以外も恐らく同じなのだ。何度大波にさらわれても民衆はしぶとく生き延びて行くだろう。雑草のように。彼らは悠久の河の流れのように、ずっとそうして生きてきたのだから。

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2008年5月10日 (土)

箱畳池散策

 6日の火曜日は連休最後の日だったので近場に出かけることにした。特にお目当ての場所もなかったので地図をあちこち眺めていたときに箱畳池を見つけた。「はこだたみいけ」と読むらしい。どうも池の中に島があるようだ。これは面白い。さっそく行ってみることにする。

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  丸子に向かい147号線にはいる。虎御前というT字路を右折する。佐久方面に行くときはいつもそこを左折していたので、右折するのは初めてだ。しばらく進むと右側に大きな池が見えてきた。なるほど確かに池の中に島がある。島があるくらいだから池全体はかなり大きい。ため池としては最大級クラスだ。池の中の島にいくつも橋が渡してある。

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  連休なので結構人出があった。ほとんどは釣りに来た人たちだ。家族連れも多い。バーベキューをやっている家族もいた。結構魚は釣れている感じだ。チラッと覗いたバケツにフナが何匹も入っている。

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 ため池というよりは公園というべきだろう。ただ、元々はため池だったようだ。池の近くに立っている石碑にはこの池の成り立ちが詳しく書いてあった。残念ながら字が見えにくいので写真は撮らなかったが、半分くらい銘文を読んでみた。内容はだいぶ忘れてしまったが、堰を作ったり水を引くまで相当な苦労をしたようだ。ネットで調べてみたが何も情報はない。あるのは釣り情報ばかり。残念なことに今はそういう関心しかもたれていないようだ。

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 写真を撮りながらゆっくり池を一周してみる。島がかなり大きく、岸からあまり離れていないので写真ではそれが島であることは分かりにくい。空から撮らないとだめだろう。しかしきれいに整備されていていい雰囲気だ。島には水の神である弁天神社もあった。家族や仲間とやってくれば、釣りをしたり、散歩したり、芝生に寝そべって読書したり、バーベキューをしたりして半日ゆっくり過ごせそうだ。僕としては池と橋があるだけでうれしい。

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  池だけではなく近くの草に覆われた山や、遠くの眺めもいい。そうそう、立科はリンゴの産地。道沿いにリンゴの木がずらっと並んでいる。池の近くにもあったので、そばに行って写真を撮った。丁度白い花がきれいに咲いていた。リンゴの花をこれほど間近に見たのは初めてだ。思わぬ収穫。

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 ほとんどが釣りに来ている人たちなので、僕のように釣りに何の関心もなく、ただ写真を撮り散策している人間はかなり異質の存在だった。それでもこの池には強く引かれた。天気のいい週末にでもまた来てのんびり本を読んですごしてみよう。

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2008年5月 6日 (火)

神秘の池

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 今日まで連休だったので久しぶりに写真日記を載せることにします。ガソリン代が上がったこともあり、連休中はあまり出かけないことにして庭の手入れに時間を割きました。ブログを初めて以来庭は荒れ放題だったのです。プランターに新しい花を活け替えました。何とか連休中に玄関前アプローチの周囲はきれいになりました。家の横と裏はさながらタンポポ畑ですが。

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  さて、今日は連休最後の日なので箱畳池に行ってきました。その写真は後日載せますが、今回はその後にちょっと立ち寄った小さな池の写真を紹介します。長野県工科短大横の較差点を生島足島神社の大鳥居の方に降りてゆく途中にある池です。大鳥居の手前右側にもう一つ鳥居があるのですが、丁度その向かい側になります。

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  最初に見つけたのはもう10年以上前になります。近くを散歩していてたまたま見つけたのです。道より少し高いところにあるので、車で走っていたのでは気づきません。もう何年も行ってなかったので写真を撮っておきたかった。

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  荒れているかと心配していましたが、木が生長したせいか素晴らしい公園になっていました。パーゴラがあるところもいいのですが、何といっても素晴らしいのはその横にある小さな池。行ってびっくりしました。木立に囲まれてまるで神秘の池のようでした。以前来たときはここまで美しくはなかった。

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 いつの間にか「シークレット・ガーデン」という言葉がぴったりの場所になっていました。上田リサーチパークのはずれにある小さなスペースに過ぎないのですが、まるでそこだけ別世界のようです。人跡もまばらな山奥にある知られざる池といった趣。「ここだけは誰にも教えたくなかった」と言いつつしっかり教えている記事がよく雑誌にありますが、僕にとってここはまさにそういう場所です。

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2008年5月 5日 (月)

「長江哀歌」を観ました

Deepblue023  念願の「長江哀歌」をやっと観た。これを観ずして07年に公開された映画のベストテンはつけられないと思っていた。しかし、まだまだ観ていない映画がたくさんある。中国映画だけでも「雲南の少女ルオマの初恋」、「呉清源 極みの棋譜」、「中国の植物学者の娘たち」(カナダ・フランス製作の映画だが中国映画に加えていいだろう)とまだ3本も残っている。他にも「アフター・ウェディング」、「サラエボの花」、「シッコ」、「ヒロシマナガサキ」、「ペルセポリス」、「迷子の警察音楽隊」、「ミリキタニの猫」、「モン族の少女パオの物語」等々。観たい映画がまだこれだけあるようではベストテンを作れるのは早くても6月末になりそうだ。

 最初に観たジャ・ジャンクー監督作品は「プラットホーム」。2003年9月に観た。正直言ってこの作品の印象はあまり良くなかった。「映画日記」には当時の感想が次のように書いてある。「期待して観たのだが、長くて退屈な映画だった。芸術を気取る監督によくある、これと言ったストーリーもなく、連続性のない細切れ的な映像を少ない科白でつなぐというタイプの映画だ。」ただ、一定の魅力もあることは認めている。「文革後の短い開放的な時代に生きた青年たちの淡い恋愛、目的もなくただその日が過ぎて行くだけのような生き方、そういう時代の雰囲気が多少なりとも伝わってくる。・・・人物たち以上に引き付けるものは、どさ回りをしながら通過する土地の風景である。煉瓦造りの崩れかけたような貧しい家々、何もないだだっ広い平原、広大な低地にかかる橋の上を走り抜ける汽車。上海や北京のような大都市とは掛け離れた田舎の生活と風景がもう一つの主人公だと言えるかもしれない。」それでもあまり感心しなかったのは、作る側の独りよがりが目立つ作品だと感じたからだろう。

 今観ればもっと寛容に受け止められるかもしれないが、とにかく当時は「評論家好みの監督」と片付けていた。かといって無視するつもりもなく、2004年の「世界」は観るつもりだったがレンタル店に置いてなかったのでまだ観ていない。98年の「一瞬の夢」はDVDを持っているがこれも未見。結局「長江哀歌」がジャ・ジャンクー作品2度目の体験となった。

 あちこちで評判を聞き、『キネマ旬報』ベストテンで1位に選ばれているだけに「長江哀歌」はぜひとも観たかった。幸い期待は裏切られなかった。淡々と描くスタイルは「プラットホーム」と共通する。だが、農村を回る文化工作隊の青年たちをあえて突き放して描いた「プラットホーム」と違い、「長江哀歌」は全く関係のない2人の主人公を丹念に追ってゆく。「プラットホーム」が文革後の短い開放的な時代を通して時代の変化と流れを描いたとすれば、「長江哀歌」は2人の主人公を通して現在の中国の劇的変化を描いた。三峡の変わりゆく姿と人々の暮らしの変化を通して、古いものを壊して遮二無二近代化を図る中国の現状とそれに対する不安と疑問が浮かび上がってくる。それがこの映画の主題である。

 人を訪ね歩く2人の主人公たち。彼らが行く先々で絶えず聞こえてくるのは槌音である。建設ではなく解体の槌音。次々に解体されてゆく建物と町。二人は尋ね人を何とか捜し当てるが、ハッピーエンドは待っていない。一組の夫婦の絆はもはや修復できないところまで来ていた。もう一組の夫婦もかろうじて関係がつながってはいるが、先がどうなるか分からない。人間の絆も町も壊されてゆく。社会の変化に押し流され、ただ彷徨うばかりの人間たち。それがダムに沈む町とシンクロするように描かれている。瓦礫の山ばかり目立つ奉節の町。解体される場面は多いが建設の場面はほとんどない。その象徴がドミノを重ねたような不思議な建物だ。DVD所収の監督インタビューによると、この建物は去ってゆく人を祈念する建物になるはずだったという。しかし資金難で建設が中断してしまった。「建設」の象徴になるはずのものが結果的に「廃墟」として屹立している。ライトアップされて幻想的に夜の川の上に浮かびあがる橋も描かれるが、それは三峡の明るい未来を示すものとして描かれてはいない。

 中国はどこに向っているのか。淡々とした映像の向こうに見えるのはどんな明日なのだろうか。

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2008年5月 3日 (土)

先月観た映画(08年4月)

「子供たちの王様」(チェン・カイコー監督、中国)★★★★★
「パンズ・ラビリンス」(ギレルモ・デル・トロ監督、スペイン・他)★★★★★
「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(オリヴィエ・ダアン監督)★★★★☆
「アスファルト・ジャングル」(50、ジョン・ヒューストン監督、米)★★★★
「サッド・ヴァケイション」(青山真治監督、日本)★★★☆
「フライトプラン」(ロベルト・シュヴェンケ監督、米)★★★☆
「デビルズ・バックボーン」(ギレルモ・デル・トロ監督、スペイン)★★★☆
「魔笛」(ケネス・ブラナー監督、イギリス)★★★
「パーフェクト・ストレンジャー」(ジェームズ・フォーリー監督、米) ★★☆

 4月は忙しかった。映画の鑑賞数もぐっと減ってしまった。「子供たちの王様」「パンズ・ラビリンス」「エディット・ピアフ 愛の讃歌」についてはそれぞれのレビューを参照してください。「子供たちの王様」は映画の会で鑑賞。個人的には3度目の鑑賞でした。
 「アスファルト・ジャングル」を最初に観たのは73年11月。実に35年ぶりの鑑賞。当時個人的につけていた「月間ベストテン」の2位に選んだ作品。本館HPに当時の「月間ベストテン」(つけていたのは1972年9月から1974年12月まで)リストを掲載した時に、名前の挙がっていた作品を廉価版DVDでいくつか購入したのです。その中から選んでみたのがこの映画。レビューを書こうと思いつつ未だ手がつけられずにいます。

「アスファルト・ジャングル」
Sky_window  ストーリーの展開はジュールス・ダッシンの「男の争い」やジャン=ピエール・メルヴィルの「仁義」に似ている。強盗には成功するが、結局最後はみんな捕まるか殺される。「男の争い」や「仁義」には劣るものの、映画の出来としてはなかなかのものだ。
 この映画をフィルム・ノワールに入れるかどうかは人によるが(フィルム・ノワールの定義自体が未だに未確定のままだ)、犯罪というものに対する考え方に関していくつか示唆に富むせりふがある。悪徳弁護士のエマリックが、犯罪者が怖いという妻に言った言葉。「彼らも別に変わった人間ではない。犯罪とは人間の努力の裏面に過ぎない(left-handed form of human endeavor)。」犯罪は人間の本性の一面である。人間の行動の明と暗は切り離しがたく結びついており、しばしば境界があやふやになると言いたげだ。
 ラスト近くで警察のコミッショナーが記者のインタビューに答えている言葉もこれに呼応している。腐敗した警官は100人に1人だ。99人は日夜町を守っている。「よくもわるくも警察がいなければどうなる。戦いは終り、ジャングルが勝ち、猛獣のみが横行し始める。」善と悪は互いにせめぎ合っており、善(警察を指している)の側が戦いをやめればたちまち悪がのさばると。映画は出所したばかりのドックがノミ屋のコビーに50万ドルのもうけ仕事を持ちかけるところから始まる。はじめから悪は悪として登場する。当然の前提として描かれ何の疑問も差し挟まれない。強盗団が壊滅するのは水も漏らさぬ計画に偶然の要素が入り込んできたからだ。ドック「何時間もかけて細部まで計算しつくした。それがだ、警報装置が理由もなく鳴り始め、暴発した弾がルイに命中、能無しパトロールまで私のバッグに目を付けた。こんな偶然には打つ手がない。」
 昨今の暗い事件の報道を見れば、犯罪が人間の性に深く食い込んだ抜きがたい要素であることは簡単に否定できない。警察のコミッショナーの宣言にもかかわらず、警察までもが腐敗していると聞いて今更驚くものはいないだろう。しかし単に犯罪を人間の性だというだけでは単純すぎる。なぜ犯罪が生まれるのかをどこまで深く追求しているかが問われねばならない。
 その点で面白いのがディックス(スターリング・ヘイドン)という人物である。コミッショナーは彼こそが一番のワルだと記者会見で断言したが、人間的陰影が一番描かれているのはディックスなのである。彼の先祖はアメリカに初めてサラブレッドを輸入した人物である。大きな牧場を持っていたが全部失った。それ以来強盗で金を稼いではレースにつぎ込んでいるという落ちぶれ男。彼は手に入れた金で故郷の牧場を買い戻そうと思っていた。ラストで瀕死のディックスは故郷の牧場にたどり着く。そのまま牧場で倒れ、仰向けに横たわる。虚しさが後を引くラストだ。
 ただこれとて深い人間監察というわけではない。単純化を防ぐちょっとした工夫というに留まる。スターリング・ヘイドンも今観ると大根だ。エマリックを演じたルイス・カルハーンやドック役のサム・ジャッフェには及ばない。エマリックとドックの人物像をもっと掘り下げ、ディックスにもっとうまい役者を当てていれば文句なしの傑作になっていただろう。

「サッド・ヴァケイション」
 キネ旬のベストテンで4位にはいった作品だが、僕はこの手の作品は評価しない。いわゆる評論家連中が誉めそやすタイプの映画だ。浅野忠信、オダギリジョー、宮崎あおい、石田えり、中村嘉葎雄、板谷由夏と豪華な顔ぶれ。間宮運送という小さな運送会社がストーリーの中心にあり、その会社の社長である間宮(中村嘉葎雄)はいろんな傷を持った人々を受け入れる心の広い人物として描かれている。しかし話の展開はそれぞれの心の傷に焦点を当てる。
 一見温かみのある小さなコミュニティの裏側にはひりひりする心の傷や満たされない思いが充満しているという描き方。それはそれでいいのだが、どうも人間描写が薄っぺらなのだ。冒頭に出てくる中国からの密航者のエピソードがその典型で、単なる背景として描かれるだけである。せっかくオダギリジョーを起用しながら全く彼の存在は活かされていない。一癖ある流れ者たちの吹き溜まりという設定なのだが、それぞれの人物像の掘り下げが浅すぎる。
 この種の映画は結局社会と人間の関係を掘り下げない。社会は単なる背景に遠のき、つまるところ人間個人の感情や情念を描くに留まる。人間の内面を掘り下げることが重要だという考えなのだろうが、その際に安易に人間の社会性を切り離してしまう。だから薄っぺらな映画が出来上がる。これは先進国の映画にほぼ共通した傾向で、上滑りした中空で遊んでいるだけである。アフリカを舞台にした映画やイラン映画、あるいはボスニア紛争を描いた映画などに比べると、どうしても底の浅さが露呈してしまう。主人公である浅野忠信の心の迷いを描く執拗さには異様な迫力があるのだが、どこかやくざな視点が入り込んでいて(時々浅野忠信の顔が白竜そっくりになる)空回りしてしまう。そのあたりが残念だ。

「デビルズ・バックボーン」
 「パンズ・ラビリンス」のギレルモ・デル・トロ作品だということで観た映画。「パンズ・ラビリンス」と同じスペイン内戦時代を描いているというので多少の期待をしていたが、残念ながらスペイン内戦はほとんど関係ない。舞台はある孤児院をほとんど出ない。だからどこであってもいつの時代であってもいいようなものだ。作品としては純粋なホラーというよりはホラー・サスペンスといったところか。人間の怨念やゾンビのようなものが出てこないことには好感を持ったが、サスペンスとしてはありきたり。謎めいた孤児院の雰囲気はよく出来ていて、リンボの水に浸けられた「悪魔の背骨」を持った赤ん坊の死骸も不気味だ。

「魔笛」
 ケネス・ブラナー監督作品なので借りてみたが、正直がっかりした。第一回東京国際映画祭で観たフランチェスコ・ロージの「カルメン」同様本格的なオペラで、初めから終りまで朗々たる歌を聞かされたのではもううんざりである。どうも僕にはオペラは合わない。せりふを全部歌で言うというのはどうしても違和感がある。まだるっこくて仕方がない。古いミュージカル映画が好きでないのも同じ理由だ。
Haikyotohana  ただ、冒頭の導入部分、演奏がなり続ける中、大平原に幾筋もの塹壕が掘られている光景をキャメラが映し出すシーンには迫力があった。複葉機が空を飛びまわるシーンも恐らくCGだろうがなかなかリアルだった。あるいは中ほどで、巨大な墓地が映し出されるシーンも圧巻だった。演説するザラストロの姿からキャメラが引いて行くと、画面手前に墓標が延々と続いている。さらに引くと全く緑のない荒れ果てた茶色の台地が続く。むき出しの土と枯れ木しかない。これらのシーンは見せるのだが、どうも間延びした演出で面白みに欠ける。

 テレビで鑑賞した「フライトプラン」はサスペンス映画としては水準程度の出来か。「パーフェクト・ストレンジャー」にいたってはもうすっかり内容を忘れている。あらすじを読んでも思い出せない。その程度の作品だということだろう。

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2008年4月28日 (月)

エディット・ピアフ 愛の讃歌

2007年 フランス・チェコ・イギリス 2007年9月公開
評価:★★★★☆
監督:オリヴィエ・ダアン
制作:アラン・ゴールドマン
脚本:オリヴィエ・アダン、イザベル・ソベルマン
撮影:永田鉄男
衣装デザイン:マリット・アレン
編集:リシャール・マリジ
音楽:クリストファー・ガニング
出演:マリオン・コティヤール、ジェラール・ドパルデュー、シルヴィー・テステュー
    パスカル・グレゴリー、エマニュエル・セニエ、クロチルド・クロー
   ジャン=ピエール・マルタンス、マルク・バルベ、カトリーヌ・アレグレ
   ジャン=ポール・ルーヴ、マノン・シュヴァリエ、カロリーヌ・シロル

Akari1  僕は映画を観ている間は内容の理解に関心を向けているので、劇中で使われている音楽に注意を向けることは滅多にない。5、6千枚のCDを持っているのにサントラ盤が1桁程度しかないのは恐らくそのためだ。持っているサントラ盤で今ぱっと思いつくのは「嫌われ松子の一生」、「僕のスウィング」、「ドリームガールズ」、そしてコンピレーション盤が1枚くらい。曲単位で鮮烈に印象に残っているのは(最近のものにしぼって言えば)「ロード・オブ・ウォー」で使われたジェフ・バックリィの「ハレルヤ」、「やさしくキスをして」で使われたビリー・ホリデイの「奇妙な果実」、そして「靴に恋して」と「モディリアーニ 真実の愛」で使われた「バラ色の人生」である。

 エディット・ピアフ(1915-1963)。彼女のことを知らなくても「愛の讃歌」と「バラ色の人生」を知らない人はいないだろう。2曲とも発表後半世紀以上たった今聴いても全く色あせない名曲である。「愛の讃歌」が日本では一番有名だが、僕が一番すきなのは「バラ色の人生」だ。何度聞いても感動してしまう。シャルル・トレネの「ラ・メール」、イヴ・モンタンの「枯葉」、シャルル・アズマブールの「ラ・ボエーム」、「想い出の瞳」、「帰り来ぬ青春」、「遠い想い出」、コラ・ヴォケールの「さくらんぼの実る頃」、ジルベール・ベコーの「そして今は」、エンリコ・マシアスの「恋心」などと並んで、ピアフの「愛の讃歌」と「バラ色の人生」はシャンソンの名曲として僕の心の中に刻みつけられている。

 歌手にはいろいろなタイプがあり、声が一番の魅力である歌手もいるが、およそ美声からは程遠い人もいる。ロック界でいえば、例えば、ニール・ヤング。およそまともな歌手になれそうもない特異な声だが、60年代半ばの「バッファロー・スプリングフィールド」から「CSN&Y」を経て、いまだに第1線で活躍しているのは驚異的だ。衰えを知らず、90年代以降のアルバムはほとんどすべてが傑作と言っていい。あるいはルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」はどうだ。数え切れないほどの美声歌手や歌のうまい歌手がカバーしたが、あの独特のだみ声で歌ったルイ・アームストロングの歌を超えるものが一つでもあっただろうか?だみ声といえばトム・ウェイツの歌も味わい深い。もっとも彼の場合は歌手としてよりも作曲家としての才能の方が上だと思うが。

 ピアフも決して美声ではない。小さな体から声を搾り出すようにして歌う。彼女の代表曲はピアフのことを何も知らずに聴いても素晴らしいが、彼女の凄絶な人生と重ね合わせて聞いた時その感動はさらに深まる。「エディット・ピアフ 愛の讃歌」で歌われるピアフの曲がどれも輝いているのは、それらの曲がどれも彼女の人生のドラマと重ね合わされているからだ。ラストのオランピア劇場で歌われる「水に流して(私は後悔しない)」の感動は、単にCDで聞いただけでは決して得られないほど深い。これほど歌に人生がにじみ出ている歌手は他にそうはいない。

* * * * * * * * * *

Fs5  「エディット・ピアフ 愛の讃歌」は晩年のピアフが公演中に倒れるシーンから始まる。そのすぐ後に時代は一気に1918年に飛ぶ。しばらくピアフの少女時代を映したかと思うと、またすぐ1959年のニューヨークに飛ぶ。口紅を塗っている大人のピアフ。背後の壁にはビリー・ホリデイのポスターが貼ってある(この二人の大歌手は奇しくも同年生まれである)。このように時代がせわしないほど交錯する。そのために映画が分かりにくくなっているという指摘は少なくない。もっとじっくりと彼女の人生を映し出して欲しかった。そう感じた人も多いだろう。僕自身もカットバックを多用しすぎだと感じている。しかし、そう感じる人たちも含めて、この映画は観る価値のある映画だと認めている。逆から考えてみるといい。頭の中が混乱するほど彼女の人生をバラバラに組み替えても、波乱に富んだピアフの人生が、歌うことの喜びと苦渋に満ちた悲しみが、なおかつ強烈に観客に伝わってくるのだと。それほど彼女の人生は壮絶だったのだ。時間の切り方がどうの、演出の仕方がどうの、マリオン・コティヤールのなりきりぶりがどうのと言う前に、この映画の根源的魅力・説得力はピアフが歩んだ人生そのものの壮絶さにあることをまず確認しておく必用がある。彼女の人生のすさまじさが観客を圧倒するのだ。

 そこに描かれたのは大文字の「人生」ではない。すなわち、「あなたにとって人生とは?」と聞かれたときの抽象的な「人生」ではなく、パリの裏路地の壁の汚れやしみ、街の雑踏や街に立ち込める臭い、その中でうらぶれた歌を歌う母親(クロチルド・クロー)の姿であり、それを気にも留めずに行過ぎる人々の姿であり、母の近くでうずくまるように座っていたときの寂しさと空腹感である。あるいは、娼婦たちが笑いさざめき泣き叫ぶ娼館での生活であり、彼女たちの肌のぬくもりであり、実母以上に愛情を込めてピアフを見守っていたティティーヌ(エマニュエル・セニエ)との身を引き裂かれるような悲しい別れであり、その記憶が伴う痛みである。あるいは、初めて舞台に立つピアフ(マリオン・コティヤール)を押しつぶしそうになった不安と重圧であり、その舞台で味わった歓喜と解放感、肌で感じた聴衆の熱い反応であり、マルセル(ジャン=ピエール・マルタンス)と共に過ごした幸せな時間とその突然の終結がもたらした胸がつぶれるような悲しみと絶望感であり、生涯の友となったマレーネ・ディートリッヒ(カロリーヌ・シロヌ)にかけられた温かい言葉に小娘のように感動したことである。抽象的な人生ではなく、紛れもなくピアフが体験した一つひとつの出来事が具体的に再現されているからこそ感動的なのだ。

 ドイツ占領時代の活躍やイヴ・モンタンらとの多彩な恋愛が描かれていないことに不満を感じるよりも、むしろ140分かけてもなお描き尽せなかったピアフの人生の豊かさにこそ思いを馳せるべきだ。頂点もどん底も味わった。いつまでも癒えぬ心の傷とそれを紛らすために過剰に摂取したモルヒネや麻薬やアルコールで身も心もボロボロになった晩年の姿。最後まで何かを求め続けてのた打ち回るようにして生きてきた人生。彼女の人生は大事なものを次々に失う人生だった。どんなに名声を得ても、その心の空隙を埋められなかった。それでも歌うことをやめず、最後の最後に本当に求めていた歌と出会い、病み衰え老婆のように老け込んだ体を押して舞台に立った。

Photo  映画はその舞台に立つピアフを何度も映し出すが、舞台の上で実際に曲を歌うシーンはラストで「水に流して(私は後悔しない)」を歌うシーンだけである。ここにこの映画のはっきりとした演出意図が表れている。恋愛のエピソードをマルセル1人にしぼったように、歌も「愛の讃歌」や「バラ色の人生」を軽く流し、あえてラストの「水に流して」をクライマックスにしたのである。この映画が焦点を当てているのはピアフの絶頂期ではなく、人生の最晩年である。ピアフ自身が「これこそ私が待ち望んでいた曲よ、私の曲よ。私の人生そのものだわ」と呼んだ「水に流して(私は後悔しない)」を引っさげてオランピア劇場に出演したピアフにスポットライトを当てたのだ。「もし人生をもう一度やり直すとしたら」とインタビューで聞かれたピアフは「同じ人生を歩む」と答えた。“いいえ、私は何も後悔していない。私は代償を払った。清算した。忘れた。過去なんてどうでもいい。私はまたゼロから出発する”と歌ったピアフ最後の大ヒット曲「水に流して(私は後悔しない)」こそ、彼女の人生を締めくくるにふさわしい歌だった。満足に立つことも出来ないほどボロボロになっても“私は何も後悔していない”と見事に歌い上げてショーを成功させたところにピアフの真髄がある。映画はそう描いている。

 伝記映画であるにもかかわらず、時系列順にエピソードを並べなかったのは晩年のピアフの視点から過去を振り返っているからである。ラスト近くで死を迎えつつあるピアフの姿が映される。カットバックが多用されるのは死の床に横たわるピアフが過去を思い出すという設定になっているからだろう。しかしその過去は順風満帆からはおよそほど遠いものだった。舞台の大喝采は長く続かない。次々に不幸が彼女を襲う。40代にして老婆のようになり、髪はチリチリで前かがみでよたよた歩くピアフの姿が容赦なく映し出される。

 「昔のことを思い出そうとしても思い出せないの。」最後にピアフの記憶に残った思い出は少女時代だった。パリの路地裏に立ち、売春宿で育った記憶。薄汚いパリの裏路地を這いずり回るようにして生きていた子供時代。最後に去来するのはその思い出だ。1918年当時のパリの路地裏を再現した美術は本当に見事だった。この点は強調しておくべきである。あの薄汚れた路地裏。しみだらけの壁。人々のみすぼらしい服装。ロマン・ポランスキーの「オリバー・ツイスト」で再現された19世紀のロンドンも見事だったが、あれでもまだきれい過ぎた。20世紀初頭の下層社会を視覚的にこれほどリアルに描いた例を他に知らない。

 少女時代の不幸な生い立ちがピアフに一生付きまとった。満足に食事も取れなかっただろう。慢性的な栄養不足で虚弱体質に育ってしまった。身長142cmという、日本人から見ても小柄な体だったのは明らかに栄養不足のせいである。角膜炎を患い危うく失明しそうになったのも不十分な食事のせいだろう。幸い角膜炎は治ったが、ピアフは「聖テレーズ、目を見えるようにして下さい」と一生懸命に祈ったおかげだと信じる。それ以後、ピアフは聖テレーズの十字架を決して手放さなかった。舞台に立つ前には必ず十字を切ったという。

 しかし少女時代は決して不幸のどん底ではなかった。母親のアネッタが娘を置いてどこかへ行ってしまったために、エディットは父ルイ(ジャン=ポール・ルーヴ)の実母の営む娼館へ預けられる。ここでの生活はエディットの人格形成に大きな影響を与えたに違いない。母を失ったエディットはここで実母以上に母親らしい娼婦たちと出会ったのである。様々な事情の果てに娼婦にまで身を落とした女たち。しかし彼女たちは決して自堕落でも無慈悲な女たちでもなかった。「銀馬将軍は来なかった」や「キムチを売る女」で描かれた娼婦たちが決して絵空事ではなかったことがこの娼館でのエピソードで分かる。幼いエディットは彼女たちに優しさと悲しさを、社会の残酷さを、そして何よりも社会の最底辺に突き落とされながら必死で生きようとするたくましさを見たのである。パリの路地裏での生活とノルマンディーの娼館での生活、これらの経験がどれほどピアフの人生と彼女の歌に大きな影響を与えたことか。これらの経験があったからこそピアフはピアフになったのである。最後の最後までピアフは「路地裏の歌手」という言葉が似合う歌手だった。

Ht1  決して居心地がいいばかりではなかったはずの娼館から父親に連れ去られるシーンがなぜあれほど悲痛なのか。単に慣れ親しんだ人たちから引き離されるのが辛かったというだけでは充分な説明にならない。一番辛かったのはティティーヌとの別れだったに違いない。ティティーヌにしても実の娘を奪い取られる思いだったろう。ティティーヌとの別れが悲痛なのは唯一手元にあった愛情をもぎ取られてしまうからである。ピアフの歌のテーマはほとんど常に愛であった。愛こそ両親の愛を充分得られなかった幼い時から彼女が常に求め続けていたものなのである。歌、愛、人生、この三つは常にピアフの中で一体だった。そしてピアフにとっての愛は常にその愛を無残に奪われる悲しみと背中合わせだったのだ。

  この映画はピアフの名曲をたっぷりと味わう映画ではない。ピアフの人生のエピソードを網羅的に紹介する映画でもない。ピアフという歌手と彼女の歌がどのように生まれ、彼女の歌にどのような思いが込められていたかを描く映画である。そこにアメリカ映画との決定的な違いがある。アメリカ映画なら「愛の讃歌」や「バラ色の人生」を何度も流しただろう。クライマックスにこの2曲を舞台で歌うシーンをもってきて、さらにこの歌が生まれるきっかけとなった恋愛をたっぷりと描いただろう。

 しかしこの映画はとことんその逆を行く。たとえばミュージック・ホールでの初舞台のシーン。不安のあまりエディットは部屋に閉じこもる。ようやく説得されて舞台に上がり、歌い始める。そこからはわざと歌声を消している。代わりにBGMを流す。その初舞台が成功だったことは、次第に自信に満ちた表情に変わってゆくピアフと歌に反応し始める観客の映像に語らせている。最後の拍手だけ実際の音が入る。

  「バラ色の人生」はマルセルをピアフが恋する女の目で見つめ、「一生の男だわ」とつぶやく後に流れてくる。しかしピアフはすぐ歌い終わりテーブルについてしまう。そのすぐ後にマレーネ・ディートリッヒと初めて出会う印象的な場面が続く(大スターの出現にピアフはすっかり上がってしまい、立ち上がるときイスを引っ掛ける)。あの名曲があっさり使われている。「愛の讃歌」はマルセルの死を聞いてピアフが泣き叫ぶ後に流れる。半狂乱になって部屋を飛び出すとそこはステージだったという劇的な展開になってはいるが、曲そのものはBGMのような扱いですぐ途切れてしまう。こういう演出はドラマチックな盛り上げを得意とするアメリカ映画にはまず出来ない。実にフランス映画らしいひねった作りだ。

  恋に傷つきながら、恋なしでは生きられないピアフ。恋こそが彼女と彼女の歌の源泉だった。イヴ・モンタンとの恋が「ラヴィアン・ローズ」を生み、プロ・ボクシングの世界チャンピオンだったマルセル・セルダンとの恋が「愛の讃歌」を生んだ。ピアフの人生は決してバラ色一色ではなかった。しかしそれでも彼女は生まれ変わってもまた同じ人生を生きたいと断言できた。苦しみや悲しみなしに彼女の歌は生まれなかった。ステージの上で咲いた華麗なバラ。しかし地面の下にはいくつもの悲しみと絶望感と孤独感が埋まっている。それも含めて彼女の人生だった。

  ピアフに扮したマリオン・コティヤールの演技が素晴らしかった。「ビッグ・フィッシュ」や「ロング・エンゲージメント」にも出ていたらしいが、全く記憶に残っていない。この映画は彼女を語る上で欠かすことのできない作品になるだろう。最後にラスト近くで描かれる若い女性記者とピアフのインタビューを引用して終わろう。
  「女性へのアドバイスをいただけますか?」
  「愛しなさい。」
  「若い人へ。」
  「愛しなさい」
  「子供には?」
  「愛しなさい。」

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2008年4月21日 (月)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(08年5月)

【新作映画】
4月19日公開
 「ラフマニノフ ある愛の調べ」(パーヴェル・ルンギン監督、ロシア)
4月26日公開
 「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(ポール・トーマス・アンダーソン監督、米)
 「アイム・ノット・ゼア」(トッド・ヘインズ監督、米・独)
 「モンテーニュ通りのカフェ」(ダニエル・トンプソン監督、フランス)
 「愛おしき隣人」(ロイ・アンダーソン監督、スウェーデン・他)
 「さよなら。いつかわかること」(ジェームズ・C・ストラウス監督、米)
 「砂時計」(佐藤信介監督、日本)
5月10日公開
 「最高の人生の見つけ方」(ロブ・ライナー監督、アメリカ)
 「ハンティング・パーティ」(リチャード・シェパード監督、米・他)
 「ミスト」(フランク・ダボラン監督、アメリカ)
 「光州5・18」(キム・ジフン監督、韓国)
5月17日
 「マンデラの名もなき看守」(ビレ・アウグスト監督、独・仏・南ア・他)

【新作DVD】
4月23日
 「厨房で逢いましょう」(ミヒャエル・ホーフマン監督、独・スイス)
 「ボビーZ」(ジョン・ハーツフェルド監督、米・独)
 「ナルコ!」(ジル・ルルーシュ監督、フランス)
 「北極のナヌー」(アダム・ラベッチ、他監督、アメリカ)
 「転々」(三木聡監督、日本)
4月25日
 「ディスタービア」(D.J.カルーソ監督、アメリカ)
 「レディ・チャタレー」(パスカル・フェラン監督、ベルギー・仏・英)
 「2days トゥー・デイズ」(ジョン・ハツフェルド監督、アメリカ)
 「バンディダス」(ヨアヒム・ローニング、他監督、メキシコ・米・仏)
 「モン族の少女パオの物語」(ゴー・クアン・ハーイ監督、ベトナム)
 「モンゴリアン・ピンポン」(ニン・ハオ監督、中国)
 「アクターズ・スタジオ ジョニー・デップ」
4月26日
 「水没の前に」(リ・イーファン監督、中国)
5月8日
 「ヴィーナス」(ロジャー・ミッチェル監督、イギリス)
5月15日
 「グッド・シェパード」(ロバート・デ・ニーロ監督、アメリカ)
5月21日
 「ALWAYS 続・三丁目の夕日」(山崎貴監督、日本)
 「僕のビアノコンチェルト」(フレディ・M・ムーラー監督、スイス)
5月23日
 「ONCE ダブリンの街角で」(ジョン・カーニー監督、アイルランド)
 「チャプター27」(J.P.シェファー監督、米・加)
5月30日
 「題名のない子守唄」(ジュゼッペ・トルナトーレ監督、伊・仏)
6月4日
 「ユゴ 大統領有故」(イム・サンス監督、韓国)
6月6日
 「サラエボの花」(セスミラ・ジュバニッチ監督、ボスニア・ヘルツェゴビナ)
 「4分間のピアニスト」(クリス・クラウス監督、ドイツ)
6月11日
 「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」(ティム・バートン監督、米)
6月13日
 「迷子の警察音楽隊」(エラン・コリリン監督、イスラエル・仏・米)

【旧作DVD】
4月25日
 「地の果てを行く」(35、ジュリア